「トランスサイエンスの不可視化」に、科学哲学のヘザー・ダグラスが第四の声を加えた。境界線はなぜ隠れるかではなく、そもそも境界線が実在するという前提自体が疑わしいという批判だ。一方、人類学のメアリ・ダグラスは「誰が悪いのか」という増幅のパターンを説明する。
※この文書は AI Claude、スライド資料、音声解説 は Gemini により生成されており誤りを含む恐れがあります。
目次
緒言
RS05では、RS04の4段階連鎖モデル(①トランスサイエンスの不可視化→②心理的乖離→③対応類型の誤診断→④社会的増幅による固定化)を、複数の認知科学理論により検証しました。本稿ではさらに、人類学と科学哲学の視点から検証を加えます。ただし、これらの分野の理論を4段階すべてに機械的に当てはめることはせず、自然に接続する段階にのみ適用します。
本稿で扱う二人の研究者は、いずれも姓が「ダグラス」であるため、以下ではメアリ・ダグラス(社会人類学、1921-2007、University College London)とヘザー・ダグラス(科学哲学、Michigan State University)として明確に区別します。両者は血縁・師弟関係を含め、学問的な系譜上の関係はありません。
人類学的検証:メアリ・ダグラスの文化理論
文化理論の概要
メアリ・ダグラスは、Wildavskyとの共著 Risk and Culture: An Essay on the Selection of Technical and Environmental Danger(1982年、University of California Press)において、リスク認知に関する従来の二分法――リスク評価は科学の問題、リスク認知は個人の心理の問題――を批判し、両者の中間に文化的要因を導入することを提唱しました。ダグラスは、社会集団がどのように組織されるかという様式(グリッド・グループ理論――階層主義、個人主義、平等主義、運命主義の4類型)と、その集団に属する人々が抱くリスクに関する価値判断との間に対応関係があると論じます。価値判断の類型が異なる集団間では、価値判断を含めた合意形成が極めて困難になるとされます。
続編にあたる Risk and Blame: Essays in Cultural Theory(1992年、Routledge)では、リスクと危険は文化的に条件づけられた観念であり、社会生活の圧力と、責任の所在に関する社会的に受容された観念によって形作られると論じられます。ここで提示される「リスクを法廷的資源(forensic resource)として捉える」という視点は、リスクを単なる確率計算の対象ではなく、誰に責任があるかを問う、社会的な責任追及の資源として捉え直すものです。
第二段階(心理的乖離)への接続
RS04・RS05では、Slovic(1987)の心理測定的パラダイム(専門家=確率・重篤度、市民=恐ろしさ・未知性)と、これを支える感情ヒューリスティック・アベイラビリティ・ヒューリスティックという、個人単位の認知メカニズムを確認してきました。
メアリ・ダグラスの文化理論は、この構図そのものを批判の対象とします。彼女の議論の要点は、市民の側を「専門家に対する、認知バイアスを持つ一枚岩の集団」として扱うのではなく、市民自身が所属する社会集団の類型(グリッド・グループの位置)によって、異なるリスク認知パターンを持つという点です。したがって心理的乖離は、単に「専門家と市民」という二項対立ではなく、「専門家」対「複数の異なる文化類型を持つ市民集団群」という、より複雑な構造として捉え直されます。これは個人単位の認知バイアスという水準(認知科学)とは異なる、集団・文化という水準を第二段階に追加する、正当な理論的深化です。
第四段階(社会的増幅)への接続
RS04ではKaspersonらの社会的増幅理論(SARF)を、RS05ではこれを駆動する個人内メカニズムとしてアベイラビリティ・カスケード(Kuran & Sunstein, 1999)とネガティビティバイアス(Rozin & Royzman, 2001)を確認しました。これらはいずれも「なぜ増幅が起きるか」という機序を説明する理論です。
メアリ・ダグラスの「リスクを法廷的資源として捉える」視点は、これとは異なる問いに答えます。すなわち、増幅された言説の内容が、なぜしばしば「誰が悪いのか」という犯人探しの形を取るのか、という問いです。BSE事例における「政府の対策が不十分だったから」という帰属が80%を占めたこと(RS04既出)、生産農家・検査担当獣医師への非難の集中とその悲劇的な帰結、HPVワクチン事例をめぐる責任の所在に関する言説の展開――これらは、増幅過程が単なる情報の量的拡大ではなく、文化的に共有された「誰が責任を負うべきか」という枠組みに沿って組織化されていることを示唆します。ダグラスの理論は、Kuran & Sunsteinの機序論を補完する形で、増幅された言説の内容面の説明を提供します。
科学哲学的検証:ヘザー・ダグラスの価値自由の理想批判
帰納的リスク論の概要
ヘザー・ダグラスは Science, Policy, and the Value-Free Ideal(2009年、University of Pittsburgh Press)において、第二次世界大戦後、多くの科学哲学者が前提としてきた「科学は価値自由であるべきだ」というイデオールが、妥当でも望ましくもないと論じます。本書の中心にあるのは「帰納的リスク(inductive risk)」論です。
あらゆる経験的な主張には帰納的な不確実性が伴い、その不確実性のもとで「これは真である」と判断を下す際、判断を誤る場合のコスト(偽陽性のコストと偽陰性のコスト)は非対称です。この非対称性をどう扱うかという判断には価値判断が不可避的に組み込まれます。これは科学を政策に応用する段階だけでなく、一見「純粋に事実を確定しているだけ」に見える科学的方法論の内部(どの程度の統計的有意性を「確定」とみなすか、どの検査結果を「陽性」と判定するか)にも、既に価値判断が織り込まれていることを意味します。ヘザー・ダグラスは、価値が科学的探究全体を通じて本質的な機能を果たすべきだが、その役割は特定の点で制約されるべきだという、新しい理想像を提示しています。
第一段階(トランスサイエンスの不可視化)への接続
RS04・RS05で確認した第一段階の原因論は、これまで一貫して「価値判断を含むトランスサイエンスの部分」と「純粋に科学的な部分」という境界線がどこかに実在し、それを可視化すればよいという前提に立っていました。RS側の説明(Weinberg, 1972; 国立国会図書館報告書)はこの前提のもとで「可視化・手順化」を解決策とし、STS側のGieryn(境界画定作業論)とRS05で確認した認知科学(ナイーブ・リアリズム、バイアスの盲点)は、その境界線が「なぜ隠されるか」(戦略的行為か、無自覚な認知バイアスか)を論じましたが、いずれも境界線自体が実在するという前提そのものは疑っていませんでした。
ヘザー・ダグラスの帰納的リスク論は、この前提そのものに切り込みます。BSEの確定診断、HPVワクチンの副反応と因果関係の「確定」――これらは一見「純粋な事実確認」に見えますが、その判定基準の設定自体に、見逃しのコストと過剰反応のコストのいずれをより重く見るかという価値判断が既に組み込まれています。したがって、「まず事実を確定し、その後に価値判断が加わる」という段階的な構造そのものが、科学的方法論のレベルで既に成立していません。これはRS04で確認したJasanoffの共同生産論と方向性は近いものの、STSの社会学的な語彙(知識と社会秩序が「共に生産される」)ではなく、**科学哲学固有の技術的な語彙(統計的判断基準に内在する価値負荷性)**でこの主張を展開しており、独立した理論的資源として扱えます。
第一段階における四つの原因論の比較
RS05では、第一段階についてRS・STS・認知科学という三つの原因論を比較しました。ヘザー・ダグラスの検証により、ここに科学哲学が第四の声として加わります。
| 観点 | RS | STS | 認知科学 | 科学哲学 |
| 原因の性質 | 制度・手続きの不備 | 意図的・戦略的な行為 | 無自覚な認知バイアス | 境界線という前提そのものの誤り |
| 主体の自覚の有無 | 想定なし | 主体は自覚的 | 主体は無自覚 | 主体の自覚は問題にしない(方法論の構造そのものを問う) |
| 代表的理論・文献 | トランスサイエンス論(Weinberg, 1972) | 境界画定作業論(Gieryn, 1983) | ナイーブ・リアリズム(Ross & Ward, 1996)、バイアスの盲点(Pronin et al.) | 帰納的リスク論(Heather Douglas, 2009) |
| 含意される解決策 | 手続きの可視化・制度設計 | 権力関係の民主化、参加型プロセス | メタ認知訓練、批判的思考教育 | 科学的方法論内部での価値判断の位置づけの明示化 |
| 理論の限界 | なぜ可視化が行われないかの説明が弱い | 全てを「戦略」に還元しすぎる可能性 | 制度・権力という集団的次元を扱えない | 個別の政策決定における実務的な処方箋を示しにくい |
ヘザー・ダグラスの理論が他の三者と質的に異なるのは、それが**「不可視化がなぜ起きるか」という原因論ではなく、「そもそも可視化すべき明確な境界線が実在するという前提自体が疑わしい」という、一段階メタなレベルの批判**である点です。RS・STS・認知科学の三理論は、いずれも「境界線はあるが、それが見えなくなる」という共通の枠組みを共有した上で、その原因を異なる水準(制度・権力・認知)に求めていました。ヘザー・ダグラスは、この共通の枠組み自体に疑問を投げかけています。
考察:自然に接続する範囲の見極め
本稿の検討を通じて、人類学と科学哲学の理論は、4段階のうち特定の段階には強く自然に接続する一方、他の段階には無理に接続すべきでないことが確認されました。
メアリ・ダグラスの文化理論は、第二段階(心理的乖離に文化・集団という水準を追加)と第四段階(社会的増幅の内容面――犯人探しのパターン化――を説明)に自然に接続しますが、第一段階・第三段階への接続を試みると、境界画定や状況診断という、文化理論が直接扱う対象ではない論点に無理に橋渡しすることになり、理論的な必然性を欠きます。
ヘザー・ダグラスの帰納的リスク論は、第一段階に極めて強く接続し、RS自身が採用する「トランスサイエンスの可視化」という解決策の前提そのものに内在的な疑問を投げかけますが、その射程は科学的方法論と科学助言のあり方に関するものであり、第二段階以降(心理的乖離、対応類型の誤診断、社会的増幅)に接続を試みることは、本稿では見送ります。
これにより、第一段階と第四段階には複数の分野(第一段階:RS・STS・認知科学・科学哲学、第四段階:RS・認知科学・人類学)からの理論的検証が蓄積された一方、第三段階(対応類型の誤診断)は、これまでRS(Sandman)と認知科学(楠見の実験、二重過程理論)のみで検証されており、人類学・科学哲学からの自然な接続は今回確認できませんでした。この空白は、無理に埋めるのではなく、本稿では空白のまま明示しておきます。
まとめ・今後の課題
本稿では、RS04の4段階連鎖モデルに対し、人類学(メアリ・ダグラス)と科学哲学(ヘザー・ダグラス)による検証を行いました。メアリ・ダグラスの文化理論は第二段階・第四段階に、ヘザー・ダグラスの帰納的リスク論は第一段階に、それぞれ理論的な必然性を伴って接続することが確認された一方、いずれの理論も残りの段階には無理に適用しないという判断を行いました。
第一段階については、RS・STS・認知科学・科学哲学という四つの異なる水準(制度・権力・個人の認知・科学的方法論の構造)からの原因論が並立することが明らかになり、RS05で示した「三層が同時に成立しうる」という見立てに、第四の層が加わりました。第三段階に人類学・科学哲学からの接続が見出せなかったことは、本連鎖モデルの理論的な空白として、今後の課題に位置づけます。
今後の課題としては、①第三段階(対応類型の誤診断)に自然に接続する人文・社会科学分野が他にあるかの探索、②メアリ・ダグラスのグリッド・グループ理論を、BSE・HPVワクチン等の具体的事例における実際の社会集団の対立構造に当てはめる実証的検討、③ヘザー・ダグラスの帰納的リスク論が示唆する「科学的方法論内部での価値判断の明示化」が、実際のRS実施主体(PMDA、食品安全委員会等)でどこまで制度化されているかの検証、が挙げられます。
参考文献
[1] Douglas, M., & Wildavsky, A. (1982). Risk and Culture: An Essay on the Selection of Technical and Environmental Danger. Berkeley/London: University of California Press.
[2] Douglas, M. (1992). Risk and Blame: Essays in Cultural Theory. London/New York: Routledge.
[3] メアリー・ダグラス.Wikipedia.https://ja.wikipedia.org/wiki/メアリー・ダグラス
[4] なぜリスクは過小/過大に評価され、専門知が貶められるのか―メアリ・ダグラスのリスク文化論.伊藤嘉高(地域社会学)研究室.https://ito-hiro.sakura.ne.jp/blog/104/
[5] Douglas, H.E. (2009). Science, Policy, and the Value-Free Ideal. Pittsburgh: University of Pittsburgh Press.
[6] Koertge, N. (2014). Review of Science, Policy, and the Value-Free Ideal, by Heather E. Douglas. Mind 123(491):891-894.
[7] Fagan, M.B. (2009). Review of Heather E. Douglas, Science, Policy, and the Value-Free Ideal. Notre Dame Philosophical Reviews.
[8] Gieryn, T.F. (1983). Boundary-work and the demarcation of science from non-science: strains and interests in professional ideologies of scientists. American Sociological Review 48(6):781-795. (RS04参考文献[27]・RS05参考文献[4]と同一)
[9] Weinberg, A.M. (1972). Science and trans-science. Minerva 10(2):209-222. (RS04参考文献[19]・RS05参考文献[5]と同一)
[10] Ross, L., & Ward, A. (1996). Naive realism in everyday life: Implications for social conflict and misunderstanding. In T. Brown, E.S. Reed, & E. Turiel (Eds.), Values and Knowledge (pp. 103-135). Hillsdale, NJ: Erlbaum. (RS05参考文献[1]と同一)
[11] Kuran, T., & Sunstein, C.R. (1999). Availability Cascades and Risk Regulation. Stanford Law Review 51(4):683. (RS05参考文献[12]と同一)
[12] Rozin, P., & Royzman, E.B. (2001). Negativity bias, negativity dominance, and contagion. Personality and Social Psychology Review 5(4):296-320. (RS05参考文献[13]と同一)
[13] Jasanoff, S. (1987). Contested boundaries in policy-relevant science. Social Studies of Science 17(2):195-230. (RS04参考文献[28]と同一)
年表
- 1921年:メアリ・ダグラス誕生(1921年5月25日、イタリア・サンレモ)
- 1966年:メアリ・ダグラス『汚穢と禁忌』刊行
- 1972年:ワインバーグが「トランスサイエンス」概念を提示(Minerva 10(2))
- 1982年:メアリ・ダグラス&Wildavsky『Risk and Culture』刊行。グリッド・グループ理論に基づく文化理論を提示
- 1983年:Gierynが「境界画定作業(boundary-work)」論を発表(American Sociological Review)
- 1992年:メアリ・ダグラス『Risk and Blame』刊行。「リスクを法廷的資源として捉える」視点を提示
- 1996年:Ross & Wardが「ナイーブ・リアリズム」概念を提示(Values and Knowledge所収)
- 1998年:ヘザー・ダグラスがピッツバーグ大学で科学史・科学哲学の博士号取得
- 1999年:Kuran & Sunsteinが「アベイラビリティ・カスケード」論を発表(Stanford Law Review 51(4))
- 2001年:Rozin & Royzmanが「ネガティビティバイアス」論を発表(Personality and Social Psychology Review 5(4))
- 2007年:メアリ・ダグラス没(5月16日、ロンドン)
- 2007年:Fricker, M.『Epistemic Injustice』刊行(RS06本文では検討の結果、接続を見送り)
- 2009年:ヘザー・ダグラス『Science, Policy, and the Value-Free Ideal』刊行。「帰納的リスク」論を提示
- 2013年:楠見孝が文部科学省の作業部会に「認知心理学からみたリスクコミュニケーションのあり方」を提出
用語集
- グリッド・グループ理論:社会集団の組織される様式(階層主義・個人主義・平等主義・運命主義の4類型)と、その集団のリスクに関する価値判断との対応を論じる、メアリ・ダグラスの文化理論の中核概念
- リスクを法廷的資源として捉える視点:リスクを確率計算の対象ではなく、誰に責任があるかを問う社会的な責任追及の資源として捉え直す、メアリ・ダグラスの視点
- 帰納的リスク(inductive risk):経験的な主張に伴う帰納的不確実性のもとで、判断を誤る場合のコスト(偽陽性/偽陰性)の非対称性をどう扱うかという判断に、価値判断が不可避的に組み込まれるとするヘザー・ダグラスの理論
- 価値自由の理想(value-free ideal):第二次世界大戦後の科学哲学が前提としてきた、科学は価値判断から自由であるべきだとする考え方。ヘザー・ダグラスはこれを妥当でも望ましくもないと批判した
- 境界画定作業(boundary-work):「科学」と「非科学(政治・価値判断)」の境界線を、専門家が権威維持のためその都度戦略的に引き直すとする理論(Gieryn 1983)
- ナイーブ・リアリズム(素朴実在論):自分は客観的に現実を認識しており、他者の異なる認識は不正確・偏っていると感じる認知傾向(Ross & Ward 1996)
- 四つの原因論:第一段階(トランスサイエンスの不可視化)について並立する、制度の不備(RS)・戦略的行為(STS)・無自覚な認知バイアス(認知科学)・境界線という前提自体の誤り(科学哲学)という4つの異なる説明水準
Claude ログ
RS06を執筆しました。二人のダグラス(メアリ・ダグラス=人類学、ヘザー・ダグラス=科学哲学)を冒頭で明確に区別した上で、それぞれが自然に接続する段階だけに絞って論じています。
- メアリ・ダグラスの文化理論:第二段階(心理的乖離に文化・集団という水準を追加)と第四段階(社会的増幅の内容面=犯人探しのパターン化を説明)に接続
- ヘザー・ダグラスの帰納的リスク論:第一段階に強く接続し、RS自身の「トランスサイエンスの可視化」という解決策の前提そのものに疑問を投げかける、一段階メタな批判として位置づけ
第一段階の比較表はRS05の3理論(RS・STS・認知科学)に科学哲学を加えた4理論版に更新しました。第三段階には人類学・科学哲学いずれからも自然な接続点が見つからなかったことを、無理に埋めずそのまま空白として明記し、今後の課題としています。









