厚生経済学とは何か。JEL分類D6の構造を出発点に、パレート基準の限界から、Bergson(1938年)の社会厚生関数Samuelson(1947年)による発展とArrowの不可能性定理との緊張関係、Scitovsky(1941年)のダブルテストとパラドックスまでを一次文献で整理する。KMKシリーズ第1回。KK01・KK04で確認した理論の学説史的な位置づけを再整理する。※この文書は AI Claude、スライド資料、音声解説 は Gemini により生成されており誤りを含む恐れがあります。

はじめに

本稿はKMKシリーズ第I部として、厚生経済学Welfare Economics)という学問分野そのものを対象とし、その学問的位置づけと理論的基礎を整理するものである。KK01第2章で確認した通り、公共経済学(H)は、JEL分類上のD6(厚生経済学)を、規範的分析の基礎として大きく参照してきた。KK01・KK04では、公共財理論・外部性理論・厚生経済学の第一・第二基本定理Kaldor-Hicks基準といった、D6の一部を、公共経済学の理論的前提として扱ってきたが、これらはいずれも厚生経済学という広大な理論体系の一部にとどまる。本稿は、KK01・KK04で扱った内容を簡潔に再確認しつつ、これまで扱ってこなかった厚生経済学の理論的基盤――Bergson-Samuelson社会厚生関数補償テストの理論体系――を、独立した理論領域として掘り下げることを目的とする。

本稿の構成は次の通りである。まず厚生経済学の定義と学問的射程を確認する。続いてパレート効率性厚生経済学の基本定理を、KK01からの再確認として整理する。さらにBergson-Samuelson社会厚生関数を、これまで扱ってこなかった理論として詳しく扱う。最後に補償テストの理論体系として、Kaldor-Hicks基準の再確認とあわせて、Scitovsky(1941年)のダブルテストを新たに扱う。対応するJEL分類は、D61〜D64(配分効率性費用便益分析外部性公平性・格差、利他主義)を中心とする。

厚生経済学の定義と学問的射程

AEA/JEL分類における位置づけ

厚生経済学は、JEL分類上、D6という中分類として位置づけられ、D61(配分効率性費用便益分析)、D62(外部性)、D63(公平性・格差・その他の規範的基準・測定)、D64(利他主義・慈善・世代間移転)という4つのサブ分類から構成される[1]。この構造を、KM01第1章1.1で確認したミクロ経済学(D)全体の構造と照らし合わせると、D6は、D1〜D5(消費者理論・生産者理論・市場構造論・一般均衡論)が扱う「経済主体は実際にどう行動するか」という実証的・記述的な問いから、「その帰結は望ましいと言えるか」という規範的な問いへと、視座を転換させる中分類として位置づけることができる。

隣接分野との境界

厚生経済学は、KK01第1章1.2で確認した通り、H(公共経済学)の規範的分析の直接的な理論的基盤である。もっとも、両者の関係は一方向的なものではない。すなわち、厚生経済学公共経済学に理論的基盤を提供する一方、公共経済学における具体的な応用(交通・医療・教育等の個別政策領域における厚生分析の蓄積)が、厚生経済学の理論そのものの精緻化を促してきたという、双方向的な発展の関係にある。また、KK02第4章で確認したD7(集合的意思決定の分析)との境界も重要である。D6が「望ましい状態とは何か」という規範的な問いを扱うのに対し、D7は「その望ましい状態を、実際の集合的意思決定過程を通じてどう実現するか(あるいはできないか)」という、より実証的な問いを扱う。KK02第4章4.1で確認したArrowの不可能性定理は、まさにこのD6とD7の境界――規範的に望ましい社会的選好の集約が、実証的な意思決定手続きとしては一般に不可能であるという結果――を象徴する定理として位置づけられる。

米国における学会・研究機関の布置

厚生経済学そのものを専門に扱う独立した学会は、KM01第1章1.3で確認したGame Theory SocietyやKK01第1章1.3で確認したNBER Public Economics Programのような形では存在しないが、この分野の理論的な発展は、主として主要な経済学専門誌――『Quarterly Journal of Economics』『Econometrica』『Journal of Political Economy』――において、集中的に展開されてきた。本稿第3章・第4章で確認するBergson(1938年)、Scitovsky(1941年)の基礎的な論文は、いずれも『Quarterly Journal of Economics』に掲載されている。

主要先行研究

本節で扱った厚生経済学の学問的位置づけの主要資料を一覧すると、次の通りとなる。

領域 資料 要点
JEL分類体系 American Economic Association, JEL Classification System D6分類の全体構造
D6とD7の境界 Arrow (1951)(KK02で既出) 規範的な社会的選好集約の実証的な不可能性

パレート効率性と厚生経済学の基本定理(再確認)

第一・第二基本定理の精緻な検討

KK01第2章2.3で確認した通り、厚生経済学の第一基本定理は、外部性が存在せず、完全競争・完全情報・合理的な主体という条件のもとでは、私的市場均衡パレート効率的であることを示す。第二基本定理は、政策担当者が市場の価格機構そのものに介入することなく、事前の資源再配分(一括税・一括移転)を行うことができる限り、任意の効率的な配分競争均衡として分権的に実現しうることを示す。本稿の文脈で改めて強調すべき点は、この二つの定理が、いずれも「パレート効率性」という、比較的弱い規範的基準にのみ依拠している点である。パレート効率性は、ある配分から、誰かの効用を犠牲にすることなく、他の誰かの効用を高めることができない状態を指すにすぎず、複数のパレート効率的配分の間で、どれが社会的により望ましいかという、分配的な優劣については、何も語らない。この限界こそが、本稿第3章で確認するBergson-Samuelson社会厚生関数、および本稿第4章で確認する補償テストという、パレート基準を超えた評価基準を必要とした理論的背景である。

パレート基準の限界と補償テストの必要性

KK04第2章2.1で確認した通り、パレート基準の実務上の限界は、現実の政策変更の大多数が、必ず何らかの「敗者」を生むため、この基準では評価できないという点にあった。この限界に対する、歴史的に最初の理論的対応が、KK04第2章2.1で確認したKaldor(1939年)・Hicks(1939年)の補償原理であった。もっとも、この補償原理そのものにも、KK04で確認した通り、シトフスキー・パラドックスという、重要な理論的限界が存在した。本稿第4章では、このパラドックスを提示したScitovsky自身の理論的な貢献を、より詳しく確認する。

主要先行研究

本節で扱った厚生経済学の基本定理の主要文献は、KK01第2章で確認したArrow and Debreu(1954年)に依拠する。詳細はKK01を参照されたい。

Bergson-Samuelson社会厚生関数

Bergson(1938年)の定式化

パレート基準・補償テストが抱える理論的な限界――分配的な優劣について沈黙するか、あるいは内的な一貫性を欠くという限界――に対し、より根本的な理論的解決を試みたのが、Abram Bergsonが1938年に『Quarterly Journal of Economics』誌に発表した論文「A Reformulation of Certain Aspects of Welfare Economics」である[2]。Bergsonがこの論文の目的として自ら述べたのは、Cambridge学派の経済学者たち(MarshallPigou、Kahn、Edgeworth)、Pareto、Barone、Lernerらの研究において展開されてきた、経済的厚生の最大化条件を導出するために必要とされてきた価値判断を、精確な形で明示することであった[3]。Bergsonの理論的な貢献は、社会全体の厚生を、個々人の効用u1, u2, …, unの関数として、次のように定式化した点にある。

W = W(u1, u2, …, un)

この関数Wは「社会厚生関数social welfare function)」と呼ばれ、各個人の効用uiが増加すれば、Wも増加するという性質(各引数について単調増加)を持つものとして定義される[4]。この定式化の理論的な独自性は、パレート基準のような、個人間の効用比較を回避しようとする消極的な立場を取るのではなく、むしろ、個人間の効用比較を含む価値判断が不可避であることを正面から認めた上で、「様々な価値判断のもたらす帰結を分析することは、経済分析の正当な仕事である」という立場を取った点にある[4]。Bergsonは、この社会厚生関数Wを最大化する一階条件を導出することで、パレート効率性の条件(限界代替率の均等化等)に加えて、分配的な望ましさに関する追加的な条件(社会的な限界効用の均等化)が必要とされることを示した。

Samuelson(1947年)による発展、Arrowとの関係

Bergsonが提示した社会厚生関数枠組みは、Paul A. Samuelsonが1947年に発表した著作『Foundations of Economic Analysis』において、より体系的に発展させられ、一般均衡理論の枠組みの中に統合された[5]。Samuelsonは、この社会厚生関数を用いて、生産可能性フロンティアの制約のもとでの厚生最大化条件を導出し、この枠組みを政策分析に応用可能な形へと「操作化」した[5]。この理論的な発展の経緯から、この社会厚生関数は今日、「Bergson-Samuelson社会厚生関数」と呼ばれている[4]。

もっとも、この社会厚生関数という概念そのものの存立可能性は、KK02第4章4.1で確認したArrow(1951年)の一般可能性定理によって、根本的な疑義を突きつけられることとなった。Arrowの不可能性定理は、個人の選好順序から社会的な選好順序を導出する手続きが、一定の穏当な条件のもとでは一般に存在しないことを示すものであり、この結果は、Bergson-Samuelson型の社会厚生関数の存在そのものに、破滅的な含意を持つと、Arrow自身によって当初から主張されてきた[4]。Arrowはこの立場を、1980年代初頭にはやや軟化させたとされるが、この論争は今日に至るまで、完全には決着していない[4]。興味深いことに、この理論的な論争にもかかわらず、社会厚生関数という道具立ては、KK04で確認した分配加重を用いたCBAをはじめ、最適課税論、気候変動経済学など、幅広い応用分野において、理論的な存立可能性をめぐる論争とは独立に、実務的に活用され続けてきた[4]。この事態は、KK01第1章1.4で確認した「規範的分析と実証的分析」という方法論的区分に照らせば、Bergson-Samuelson型の社会厚生関数が、Arrowの不可能性定理が示す実証的・手続き的な困難とは、ある程度独立した、規範的な分析装置として、独自の実務的価値を持ち続けてきたことを示すものと理解することができる。

主要先行研究

本節で扱ったBergson-Samuelson社会厚生関数の主要文献を一覧すると、次の通りとなる。

領域 文献 要点
社会厚生関数の原型 Bergson (1938) 個人間の効用比較を含む価値判断の明示的な定式化
社会厚生関数の体系化 Samuelson (1947) 一般均衡理論への統合、政策分析への操作化
社会厚生関数の存立可能性への疑義 Arrow (1951)(KK02で既出) 一般可能性定理による理論的挑戦
Arrow批判へのSamuelsonの応答 Samuelson(1970年代以降の一連の論考) 社会厚生関数概念の擁護

補償テストの理論体系

Kaldor-Hicks基準(再確認)

KK04第2章2.1で確認した通り、Nicholas Kaldorが1939年に発表した補償原理は、受益者が被害者に仮想的に補償してなお利益が残る場合には、その政策変更を望ましいとみなすべきであるとする基準であり、John R. Hicksが同年に、被害者の視点から等価な基準を提示した。この二つの基準は、パレート基準とは異なり、実際の補償を要件とせず、補償の可能性のみを問う点で「潜在的パレート改善」とも呼ばれ、KK04で確認した通り、今日のCBA実務の理論的な基盤となっている。

Scitovsky(1941年)のダブルテストとパラドックス

KK04第2章2.1で予告した通り、Kaldor-Hicks基準には、Tibor Scitovskyが1941年に『Review of Economic Studies』誌に発表した論文「A Note on Welfare Propositions in Economics」において指摘した、重要な理論的欠陥が存在する[6]。Scitovskyが示したのは、状態Aから状態Bへの移行がKaldor-Hicks基準のもとで改善と判定される一方で、状態Bから状態Aへの逆方向の移行もまた、同じKaldor-Hicks基準のもとで改善と判定されてしまうという、論理的な矛盾――「シトフスキー・パラドックス」――の存在であった[6]。

このパラドックスが生じる理論的な背景は、次のように説明される。Kaldor-Hicks基準における補償の可能性は、ある特定の価格体系・所得分配のもとでの、両当事者の効用可能性フロンティア(utility possibility frontier)に依存する。ある政策変更は、価格・所得分配そのものを変化させるため、政策変更前と後とでは、異なる効用可能性フロンティアが成立する。この二つのフロンティアが交差する場合、状態Aから状態Bへの移行を評価する際のフロンティア(状態Bにおけるフロンティア)と、状態Bから状態Aへの逆方向の移行を評価する際のフロンティア(状態Aにおけるフロンティア)とが異なるために、双方向の移行がともに「改善」と判定されるという、矛盾した結果が生じうる[6]。

Scitovskyはこのパラドックスを解消するため、「ダブルテスト(double criterion)」ないし「シトフスキー基準」と呼ばれる、より厳格な基準を提示した。この基準は、状態Aから状態Bへの移行がKaldor-Hicks基準を満たし、かつ、状態Bから状態Aへの逆方向の移行がKaldor-Hicks基準を満たさない(すなわち「反転テスト」に合格する)場合にのみ、状態Bへの移行を真の改善とみなすべきであるとするものである[6]。この基準は、両方向のテストを同時に課すことで、シトフスキー・パラドックスが示すような論理的な矛盾を、形式的には回避することができる。

Samuelsonによる補償テスト批判

もっとも、Scitovskyのダブルテストそのものにも、その後の研究によって、重要な限界が指摘されてきた。Samuelsonは1950年代の一連の論考において、Scitovsky基準が依然として、恣意的な価値判断(なぜ両方向のテストという特定の組み合わせが、適切な基準たりうるのか)を含んでいることを指摘し、より根本的には、パレート基準を離れて何らかの補償テストに依拠しようとする試みそのものに、理論的な限界があることを論じた。この批判の延長線上に、Samuelsonが本稿第3章で確認したBergson-Samuelson社会厚生関数を発展させたことは、学説史的に理解可能な展開であった。すなわち、Samuelsonは、Kaldor-Hicks-Scitovsky型の補償テストという、パレート基準を部分的に緩和する迂回路ではなく、Bergson型の社会厚生関数という、より正面から価値判断を組み込む理論的な道具立てをこそ、厚生経済学の中心に据えるべきであると考えたのである。

この学説史的な展開は、KK04第2章で確認した現代のCBA実務における分配加重の理論的な位置づけを、改めて明確にする。すなわち、KK04で確認した分配加重は、Scitovsky型の補償テストの精緻化という方向ではなく、むしろBergson-Samuelson型の社会厚生関数――所得階層に応じて異なる社会的な限界効用のウェイトを、明示的に組み込むという発想――の、実務的な具体化として位置づけるのが、学説史的によりよく整理された理解である。この整理は、KMK03で分配加重理論をより本格的に扱う際の、理論的な出発点となる。

主要先行研究

本節で扱った補償テストの理論体系の主要文献を一覧すると、次の通りとなる。

領域 文献 要点
補償原理(Kaldor基準) Kaldor (1939)(KK04で既出) 仮想的な補償可能性に基づく政策評価
補償原理(Hicks基準) Hicks (1939)(KK04で既出) 被害者の視点からの等価な基準
シトフスキー・パラドックスとダブルテスト Scitovsky (1941) 効用可能性フロンティアの交差による論理的矛盾、反転テストによる解消の試み
補償テストへの批判 Samuelson(1950年代の一連の論考) 補償テストの恣意性の指摘、社会厚生関数への理論的回帰

おわりに

本稿では、厚生経済学の定義と学問的射程(JEL分類D6の構造、公共経済学・集合的意思決定論との境界)、パレート効率性厚生経済学の基本定理(KK01からの再確認)、Bergson-Samuelson社会厚生関数(Bergsonの定式化、Samuelsonによる発展とArrowとの理論的緊張関係)、そして補償テストの理論体系(Kaldor-Hicks基準の再確認、Scitovskyのダブルテストとパラドックス、Samuelsonによる補償テスト批判)を扱った。本稿を通じて確認できたのは、厚生経済学という分野が、パレート基準という最小限の規範的合意から出発し、Bergson-Samuelson型の社会厚生関数、Kaldor-Hicks-Scitovsky型の補償テストという、少なくとも二つの異なる理論的方向性――価値判断を正面から組み込む方向性と、価値判断を回避しつつ実務的に運用可能な基準を模索する方向性――へと分岐しながら発展してきた、豊かな理論的系譜を持つという点である。

次回KMK02では、本稿で確立した理論的基礎の上に、交通の分配的正義論として、公平性・格差とアクセス貧困を扱う。

参考資料一覧

  1. American Economic Association, “JEL Codes: D6. Welfare Economics,” aeaweb.org/econlit/jelCodes.php?view=jel
  2. Bergson, A. (1938) “A Reformulation of Certain Aspects of Welfare Economics,” Quarterly Journal of Economics 52(2): 310-334
  3. Bergson, A. (1938) 前掲論文における目的の記述(Backhouse, R.E.による学説史的整理を参照)
  4. Bergson-Samuelson社会厚生関数の学説史(Igersheim, H. “A Short History of the Bergson-Samuelson Social Welfare Function”を参照)
  5. Samuelson, P.A. (1947) “Foundations of Economic Analysis,” Harvard University Press
  6. Scitovsky, T. (1941) “A Note on Welfare Propositions in Economics,” Review of Economic Studies 9(1): 77-88

年表

用語集

Claudeログ

KMK01の執筆に入る。以降、レポートタイトルは冒頭に「厚生経済学」を入れる。必要な文献を収集する。Good, solid material on Bergson-Samuelson. Now let me get Scitovsky’s double criterion for completeness.ファイルが途中で切れている。続きを追記する。Good, clean cut point. Now let me append the rest using str_replace to add content after this point.Now let me validate citation integrity and character count.引用整合性は確保できている(6件、過不足なし)。ファイルを出力する。KMK01「厚生経済学とは何か ― 学問的位置づけと理論的基礎」を配置した。KMKシリーズの第1回として、タイトル冒頭に「厚生経済学」を入れる命名規則を適用している。

完成度: 本文約7,500字(目標30,000字の約25%)。引用整合性(6件、過不足なし)は確保済み。

内容面で完成している要素:

KK04で予告していたシトフスキー・パラドックスをここで本格展開し、KK04の分配加重を「Scitovsky型の精緻化」ではなく「Bergson-Samuelson型社会厚生関数の実務的具体化」として位置づけ直すという、学説史的な整理も行いました。これはKMK03(分配加重理論)への重要な橋渡しになります。

文字数は引き続き目標に届いていません。KMK02に進むか、拡充を先に行うか、ご指示をいただきたい。