本レポートの位置付け【ZE05-1】〜【ZE05-3】では、Theory of Changeロジックモデル、Logframeという、いずれも表形式・図式によって介入の論理を可視化する実務ツールを扱いました。本レポートで扱うProgram Theoryプログラム理論)は、これらのツールが暗黙のうちに前提としている理論的基盤そのものを対象とする、より学術的な評価アプローチです。具体的には、①介入がなぜ・どのようなメカニズムを通じて効果を生むのかを説明する理論的枠組みそのものを評価対象とするTheory-Driven Evaluation(Huey T. Chen)と、②文脈・メカニズム・結果の三者関係を通じて「何が・誰に対して・どのような状況で効果を持つか」を問うRealistic EvaluationRay Pawson and Nick Tilley)という、二つの主要な学派を中心に整理します。本レポートでは、これらの理論的基盤を、英国国立衛生研究所(NIHR)が実施したロンドンの若年者向け無料バス乗車制度評価研究を実例として、公共交通政策への適用を検討します。

概念の定義

Program Theoryとは何か

Program Theoryは、プログラムがどのように組織化されるべきか、そしてなぜそのプログラムが機能すると期待されるのかについての、明示的または暗黙の一連の前提であると定義されますプログラム理論とは、プログラムがどのように組織化されるべきか、そしてなぜそのプログラムが機能すると期待されるのかについての、明示的または暗黙の一連の前提であるとされ、プログラムを支える決定的に重要な前提を検討する際、評価者は、理論駆動型評価が、プログラムのどの構成要素がうまく機能し、どの構成要素がうまく機能していないかをステークホルダーが理解する助けとなる、洞察に富んだ情報を提供するものであることを考慮すべきであるとされています。この定義が示す通り、Program Theoryは単一の理論を指すのではなく、当該プログラムの設計者・実施者・ステークホルダーが(明示的にであれ暗黙的にであれ)共有している、介入の作動原理についての一連の想定の総体を指します。

記述的前提(Change Model)と処方的前提(Action Model)

Program Theoryを体系化した心理学者・社会学者のヒューイ・T・チェン(Huey T. Chen)は、プログラム理論を「記述的前提」と「処方的前提」という二つの部分に区分しました理論駆動型評価を設計する基盤として、プログラム理論とは、プログラムの根底にあるステークホルダーの処方的前提と記述的前提の体系的な構成であり、それが明示的であれ暗黙的であれ変わらないとされ、記述的前提は変化モデルと呼ばれ、プログラムの目標を達成するためにどのような因果過程が生じると期待されるかを扱い、処方的前提は行動モデルと呼ばれ、望ましい変化を生み出すためにプログラムにおいてどのような行動が取られなければならないかを扱うとされています

このうち変化モデルChange Model)は、介入(Intervention)、規定要因(Determinants)、アウトカムOutcomes)という三つの構成要素から成り、当該介入がどのような媒介的なメカニズム(規定要因)を通じてアウトカムに影響を及ぼすと想定されているかという、因果過程についての理論です変化モデルは介入・規定要因・アウトカムという三つの構成要素から成るとされています。他方、行動モデルAction Model)は、対象集団に到達し介入サービスを提供するために、スタッフ・資源・実施環境・支援組織をどのように編成するかについての体系的な計画であるとされ、実施組織、プログラム実施者、連携組織・地域社会のパートナー、生態学的文脈、対象集団、そして介入・サービス提供のプロトコルという要素を含みます行動モデルとは、対象集団に到達し介入サービスを提供するために、スタッフ・資源・実施環境・支援組織を編成するための体系的な計画であるとされています

この区分の実務上の意義は、プログラムが期待された効果を上げなかった場合に、それが「プログラムの実施が計画通りに行われなかったこと(実施の失敗)」によるのか、それとも「計画通りに実施されたにもかかわらず、そもそもの因果関係の想定が誤っていたこと(プログラム設計の失敗)」によるのかを、行動モデル評価と変化モデル評価とを区別することで切り分けられる点にありますチェンは、プログラム理論の規範的な部分と因果的な部分を区別しており、規範理論すなわち行動モデルはプログラムの根拠と正当化を含み、行動モデル評価は、計画された介入がどのように実施されたかを正確に記述するものであり、失敗した介入が実施上の失敗によるものか、プログラム設計上の失敗によるものかを確認することを可能にするとされ、因果理論すなわち変化モデル評価は因果過程を検討するものであるとされています

成立の背景と歴史

1980年代のプログラム理論運動

Program Theoryという概念そのものの起源は、【ZE05-1】で扱ったキャロル・ワイスの1972年の著作に遡るとされていますが、これを体系的な評価アプローチとして確立したのは、1980年代から1990年代にかけてのレナード・ビックマン(Leonard Bickman)、ヒューイ・T・チェン、ピーター・ロッシPeter Rossi)らの一連の研究です理論駆動型評価という用語はヒューイ・T・チェンとピーター・H・ロッシによって考案されたとされ、チェンによる1990年の著作が、プログラムの変化の理論をどのように構築するか、そして異なる種類の設計について説明する、理論駆動型評価を実施するための最初の包括的な入門書であったとされ、その起源はキャロル・ワイスによる1972年の著作にまで遡ることができるとされています。1990年に公刊されたチェンの著作「Theory-Driven Evaluations」は、理論駆動型評価の実施方法を体系的に示した最初の包括的な文献として位置付けられています。

Theory-Driven EvaluationとRealistic Evaluationの分岐

1990年代には、プログラム理論評価に用いるアプローチが、大きく二つの方向に分岐しました。一つは、チェンの行動モデル・変化モデル図式を精緻化する方向であり、もう一つは、社会学者レイ・ポーソン(Ray Pawson)とニック・ティリー(Nick Tilley)が1997年に公刊した「Realistic Evaluation」に代表される、批判的実在論(Critical Realism)の哲学的立場に基づくアプローチです。ポーソンとティリーは、実験的評価が、介入を変数の集合に還元し、介入群と対照群を比較することで文脈を捨象してしまうという欠陥を持つと批判し、「因果的な結果はメカニズムが文脈の中で作動することから生じる」という実在論的な説明モデルを提起しましたポーソンとティリーが評価への実在論的アプローチを設定する出発点は、伝統的な実験的評価が、介入を一連の変数に還元し、介入群と対照群を用いて差異を統制しようとすることによって文脈切り離してしまうために欠陥があると論じることであり、彼らは、因果的な結果はメカニズムが文脈の中で作動することから生じるという、異なる「実在論的」な説明モデルを想定しているとされています

適用範囲

Theory-Driven Evaluationの類型

チェンの枠組みに基づく理論駆動型評価は、プログラム理論の概念的枠組みのどの部分に焦点を当てるかに応じて、複数の類型に分かれます。行動モデルの実施状況を評価する「理論駆動型プロセス評価」、変化モデルの媒介メカニズムを評価する「介在メカニズム評価」、効果の異質性を左右する調整要因を評価する「調整メカニズム評価」、そしてプロセスとアウトカムを統合的に評価する「統合的プロセス・アウトカム評価」が、一般的に適用される類型として挙げられています一般的に適用されている理論駆動型評価の類型には、理論駆動型プロセス評価、介在メカニズム評価、調整メカニズム評価、そして統合的プロセス・アウトカム評価が含まれるとされ、理論駆動型プロセス評価は、概念的枠組みにおける行動モデルの実施の部分を評価することに焦点を当てるとされています

Realistic Evaluationの適用範囲

Realistic Evaluationは、単一の答えとして「介入は効果があるか」を問うのではなく、「何が、誰に対して、どのような状況で効果を持つのか」を問うことに主眼を置くアプローチであり、複数の主体・複数の文脈にまたがる複合的な介入(Complex Intervention)の評価に特に適しているとされていますポーソンとティリーは、評価が意思決定者にとって有用であるためには、単に「この介入は効果があるか」と問うのではなく、「どのような状況で、誰に対して、何が効果を持つのか」を特定する必要があると論じたとされ、実在論的評価は「この文脈において、その特定のメカニズムがこれらの主体に対して作動し、それらのアウトカムを生み出した。その別の文脈では、この別のメカニズムが作動し、これらの異なるアウトカムを生み出した」という形式の、文脈-メカニズム-アウトカムCMO)ステートメントを生み出すべきであるとされています

策定プロセス

Action Model/Change Model Schemaの構築

チェンの枠組みに基づく理論駆動型評価の準備段階では、行動モデルと変化モデルのそれぞれについて、構成要素を特定していく作業が行われます。行動モデルの構成要素には、実施組織(プログラムを主催する組織)、プログラム実施者(サービスを実際に提供するスタッフ)、連携組織・地域社会のパートナー(実施を支援する外部組織)、生態学的文脈(プログラムが置かれた社会的・政治的・制度的環境)、対象集団(介入の受益者として想定される集団とその特性)、そして介入・サービス提供のプロトコル(提供されるサービスの内容・手順)が含まれます。変化モデルの構成要素には、介入そのもの、介入がアウトカムに影響を及ぼす経路上に位置する媒介的な規定要因(Determinants)、そして最終的なアウトカムが含まれます介入・規定要因・アウトカムという三つの構成要素から成る介在メカニズム評価のモデルの例として、学校を基盤とする禁煙防止プログラムの評価が挙げられています

CMO仮説の構築と精緻化(Realistic Evaluationの手順)

Realistic Evaluationの策定プロセスは、まず初期のプログラム理論(複数の理論が併存する場合もある)を引き出すことから始まります。この初期理論は、文脈-メカニズム-アウトカム構成(CMOC)という特有の発見的枠組みを中心に組み立てられます実在論的評価の主たる目的は、観察された結果につながるメカニズムと、それを可能にした文脈上の条件を明らかにすることであり、介入がなぜ・誰に対して・どのような状況で機能するかを説明することに焦点が置かれ、理論に基づく他の多くの評価と同様、実在論的評価はまず初期のプログラム理論(あるいは複数のプログラム理論)を引き出すことから始まり、実在論的評価にとってこのプログラム理論は、文脈-メカニズム-アウトカム構成(CMOC)と呼ばれる特有の発見的枠組みを中心に構築されるとされ、これが実在論的評価における因果推論の中心的な形式を描き出すとされています

初期のCMO仮説を構築した後、これを精緻化するための経験的データを収集する段階に進みます。データ収集の方法は特定の手法に限定されず、CMOCのどの部分を精緻化するために必要なエビデンスかに応じて、質的・量的いずれの手法も用いられますその後、実在論的評価はこれらのCMOCを精緻化するための経験的データの収集に取り組み、データ収集は方法論的に中立であり、したがってCMOCの特定の部分を精緻化するために必要なエビデンスに応じて、質的または量的なものになりうるとされています。分析の最終段階では、観察されたアウトカムのパターンについて、最も頑健で説得力のある説明を提供するCMO構成がどれであるかを判定し、それを当初のプログラム理論と比較して、必要に応じて理論を修正するという手順が取られます分析の最終段階は、観察されたアウトカムパターンについて最も頑健で説得力のある説明を提供するCMO構成を判定することであり、この結果として得られたCMO構成は、当初のプログラム理論と比較され、評価結果に照らして修正される、あるいはされないとされています。この過程で用いられる理論の抽象度は、特定のプログラム内の特定の個人という具体的なものから、異なる種類のプログラムを横断する抽象的なものまで様々でありうるものの、ポーソンとティリーは、両者の中間に位置する「中範囲理論(Middle Range Theory)」が最も有用であると論じています。

収集すべきデータ

行動モデル評価のためのデータ

行動モデル評価に必要なのは、プログラムが計画通りに実施されたかどうかを検証するための、実施記録・忠実度(Fidelity)データです。台湾における中学生向け薬物乱用防止プログラムの評価事例では、行動モデルの主要な構成要素と、実際の実施状況との整合性を表形式で示すことで、理論駆動型プロセス評価が実施されています理論駆動型プロセス評価を例示する事例として、台湾における中学生向けの大規模な薬物乱用防止プログラムの評価が挙げられ、プログラムの行動モデルと実際の実施との整合性が表として示されているとされています

変化モデル評価のためのデータ(介在メカニズムのデータ)

変化モデル評価には、介入から規定要因(媒介変数)、そしてアウトカムへと至る経路上の各段階についてのデータが必要です。これには、当該規定要因が実際に変化したかどうかを示すデータと、その変化がアウトカムの変化とどの程度相関しているかを示すデータの双方が含まれます。

文脈・メカニズムを検証するための質的データ(Realistic Evaluation)

Realistic Evaluationにおいては、メカニズムが文脈によってどのように活性化・抑制されるかを理解するために、経済的・地理的・歴史的・社会的・政治的状況や、対象集団内部の多様性についての質的な情報収集が重視されます文脈は、プログラムの過程でメカニズムが機能するかどうかを決定するものであり、例えばアウトカムは経済的・地理的・歴史的・社会的・政治的状況によって異なりうるとされ、評価者は、異なる文脈でどのようなメカニズムが働く可能性が高いか、そしてその文脈がどのようにメカニズムに影響を与えるかについての、文脈-メカニズム-アウトカム仮説を構築するとされています。この種の質的データは、量的なアウトカムデータだけでは把握できない、「なぜ・どのようにして」効果が生じたかについての説明を提供する上で不可欠とされています。

質の確認

Theory-Driven Evaluationにおいては、プログラム理論と実際の実施との「整合性(Congruency)」が、行動モデル評価における中心的な質の基準とされます理論駆動型プロセス評価は、プログラム理論の主要な構成要素、特に行動モデルの部分と、その実際の実施との間の整合性についての、包括的な評価であるとされています。Realistic Evaluationにおいては、導出されたCMO構成が、観察されたアウトカムのパターンをどれだけ説得力を持って説明できるかという「説明力」が中心的な質の基準とされ、これは実験的評価が重視する内的妥当性とは異なる評価軸です。

公共交通関連政策への適用:ロンドン無料バス乗車制度の事例

本節では、英国国立衛生研究所(National Institute for Health Research, NIHR)が資金提供し、2014年に公表された「On the buses: a mixed-method evaluation of the impact of free bus travel for young people on the public health」を取り上げます。この研究は、ロンドンで導入された若年者(12〜17歳)向け無料バス乗車制度が公衆衛生に及ぼす影響を、プログラム理論に基づくロジックモデルの構築・検証・改訂という手順を通じて評価したものであり、Program Theory公共交通政策の評価に実際にどのように適用されたかを示す実例です。URLは以下の通りです。

当初のロジックモデルと文脈の特定

この研究は、無料バス乗車制度という介入が公衆衛生上のアウトカム身体活動量、外傷率、社会的包摂等)に至る因果経路について、研究開始時点で仮説的なロジックモデル(因果経路モデル)を構築し、これを研究全体を通じて検証・改訂するという手順を取りました。研究の結論部分では、この当初モデルを、収集された量的・質的エビデンスに基づいて改訂版ロジックモデルへと更新する作業が行われています当初のプログラム理論を再訪し、無料バス乗車が公衆衛生に及ぼす影響を図式的に要約するため、改訂版のロジックモデルを用いるとされています

改訂の過程で研究チームが明確化したのは、評価対象となった「介入」の意味そのものでした。すなわち、単に「バス運賃が無料であること」ではなく、「良好なバスサービスという文脈のもとでの、全年齢層に及ぶ普遍的な無料バス乗車」こそが、評価すべき介入であったという点ですまず介入の意味を明確化すると、介入の主要な要素は、ロンドンにおけるバスシステムの改善という広範な政策の文脈のもとで、すべての若年者に無料バス乗車を提供したことであり、評価されたのは「良好なバスサービスという文脈における普遍的な無料バス乗車」であるとされ、介入(若年者への普遍的な無料バス乗車へのアクセス)と、特定された効果の前提条件である文脈の主要な要素(効率的で利用しやすいバスネットワーク)を明示したとされています。この整理は、【ZE05-4】の枠組みで言えば、良好なバスネットワークという「文脈」が、無料化という「介入」から社会的包摂等の「アウトカム」に至る経路を可能にする前提条件として明示的に位置付けられたことを意味します。

作動メカニズムとしての「普遍性」

本研究が特定した中心的なメカニズムは、この制度が特定の所得層や特定の目的(通学等)に限定されない「普遍的な(Universal)」給付であったことが、若者集団の間でバス移動を「デフォルトの移動手段」として定着させ、仲間同士での移動を可能にしたという点にありました。研究チームはこれを、個々人へのサービス提供を単純に積み上げても予測できない、システム全体の「創発的特性(Emergent Property)」であると位置付けていますこの制度が仲間同士の学校外での外出を可能にしていたという報告のように、若者の大多数がバスサービスを頻繁に利用しているという事実は、成人によるバス利用にも一定の(限定的ではあるが)波及効果を持ち、これがバス移動を全人口にとっての移動手段として正常化することをさらに強化しているとされ、具体的には、質的な知見で特定されたこの制度の効果の多くは、バス移動が無料であるという事実そのものからではなく、若者にとって普遍的に無料であるという事実から生じており、これはシステム全体の創発的特性、すなわち個々の部分の相互作用から生じるが、個々の部分の活動を単純に合計しても予測できないシステム全体の特性と呼ばれるものであるとされています。この知見は、特定の所得層や特定の通学路線に限定した制度設計であったとしたら、同じ効果は生じなかった可能性が高いことを、障害を持つ若者(アクセス可能な交通手段が利用できないため恩恵を受けられなかった)やOysterカードを保有しない若者(無料化の恩恵を受けられなかった)という「反証事例」との対比から論じています。

CMO構成としての整理

本研究の知見は、本レポートで扱ったCMO構成の枠組みに沿って整理すると、以下のように要約できます。文脈は「良好なバスネットワークが存在し、かつ普遍的な(所得層を問わない)給付として制度設計されていること」、メカニズムは「バス移動の社会的地位の正常化(スティグマ化されない移動手段としての定着)と、仲間同士での移動可能性の拡大」、アウトカムは「若者の社会的包摂・自立した移動能力の向上」であったと整理されます。他方、活動的な移動(徒歩・自転車)への影響については、当初想定されていた負の効果(バス利用増加による徒歩・自転車移動の減少)を裏付ける強いエビデンスは得られず、無料化が新たな外出機会を生み出したことで、徒歩移動を伴う追加的な旅行が生じた可能性が示唆されています徒歩を主な移動手段とする旅行の件数は減少したものの、全体的な活動的移動の水準が減少したという強いエビデンスはほとんどなく、これは一部にはバス移動が一定の徒歩を伴うためであり、また質的エビデンスが示唆するところによれば、この制度が追加的な旅行を生み出したためであるとされています

高齢者のバス利用への影響(若年者の利用増加による高齢者の締め出し)についても、量的データからはそのような置き換え効果は確認されず、当初のロジックモデルにおいて想定されていたリスクの一部は、実際には生じなかったことが示されました若年者の無料移動が、一般的に、あるいは特に放課後の学校帰宅時間帯において、高齢者をバスから締め出したというエビデンスはなかったとされています

本事例からの示唆

ロンドン無料バス乗車制度の事例は、Program Theoryに基づくアプローチが、単一の量的指標(利用者数の増減等)だけでは捉えられない、制度の作動メカニズム(普遍性による正常化という創発的特性)を明らかにし、当初のロジックモデルを、エビデンスに基づいて誠実に改訂するというプロセスを具体的に示しています。特に、量的データが「効果があったかどうか」を、質的データが「なぜ・どのようにして効果が生じたか」を、それぞれ補完的に説明するという混合研究法の運用は、【ZE05-1】で扱ったTheory of Changeにおけるエビデンスの三角測量の考え方とも共通するものです。

代表文献

政府資料・国際機関のガイドライン

国際比較

本レポートで参照した資料の範囲では、Theory-Driven EvaluationとRealistic Evaluationは、いずれも英語圏の学術的評価論の系譜に属しますが、その哲学的基盤と主たる担い手には違いがあります。チェンの理論駆動型評価は、米国の応用社会科学(Applied Social Science)の系譜に属し、行動モデル・変化モデルという二分法を通じて、プログラムの実施と因果過程を分離して評価するという、比較的実務志向の強い枠組みです。他方、ポーソンとティリーのRealistic Evaluationは、英国の社会学・批判的実在論の哲学的系譜に属し、複合的な社会介入(刑事司法・保健医療政策等)を主たる適用対象として発展してきました。本レポートで扱ったロンドンの無料バス乗車制度評価研究は、NIHRという英国の公衆衛生研究資金配分機関の枠組みの中で実施されており、Realistic Evaluationの発想を色濃く反映した混合研究法として位置付けられます。

代表的論点

「介入」の定義そのものを問い直すこと

ロンドン事例が示す通り、Program Theoryに基づくアプローチの重要な貢献の一つは、当初「無料バス乗車」として単純に定義されていた介入を、「良好なバスネットワークという文脈における普遍的な給付」として再定義した点にあります。これは、変化モデルにおける「介入」の定義そのものが、評価の過程を通じて精緻化されうることを示す論点です。

創発的特性の評価可能性

普遍的給付が生み出す「正常化」という創発的特性は、個々の受益者への効果を積み上げる形の伝統的な効果測定では捉えられない性質のものです。この点は、Realistic Evaluationが量的な効果測定だけでなく質的な文脈理解を重視する理由を、具体的な政策事例を通じて示しています。

行動モデルと変化モデルの区別の実務上の効用

【ZE05-3】で扱ったハノイ公共交通事業の事例(垂直の論理のギャップ)を、本レポートのチェンの枠組みで再解釈すると、当該事業の課題は、行動モデル(パイロット活動の一部が予算不足で実施されなかったという実施上の失敗)と、変化モデル(UMRT整備という外部要因への依存を明示できなかったという設計上の課題)の双方にまたがるものであったと整理できます。このように、Program Theoryの概念枠組みは、【ZE05-1】〜【ZE05-3】で扱った実務ツールの評価結果を、事後的に理論的に再解釈するためのメタ的な枠組みとしても機能します。

限界

本レポートで整理したProgram Theoryには、いくつかの限界が指摘されています。第一に、Realistic Evaluationは、量的な効果の大きさそのものよりも、メカニズムの説明に重点を置くため、政策の費用対効果を厳密に定量化することを目的とする評価には必ずしも適していません。第二に、CMO構成の判定は、最終的に評価者の解釈に依存する部分が大きく、複数の評価者が同一のデータから異なるCMO構成を導く可能性があります。第三に、本レポートで参照した資料は英米の学術的評価論に集中しており、他の言語圏・地域における理論駆動型評価の受容・展開についての詳細な比較検証は、本レポートで参照した一次資料の範囲を超えるため、不明とします。

まとめとシリーズ内での位置付け

本レポートでは、Program Theoryを、①1970〜80年代のワイス・ビックマン・チェンによる理論的基盤の確立という成立過程、②行動モデル(処方的前提)と変化モデル(記述的前提)というチェンの二分法、③文脈-メカニズム-アウトカム構成(CMO)を中心とするポーソンとティリーのRealistic Evaluation、④ロンドンの無料バス乗車制度における、普遍性という創発的メカニズムの発見と、それに基づくロジックモデルの誠実な改訂という実例、という観点から整理しました。Program Theoryの特徴は、【ZE05-1】〜【ZE05-3】で扱った実務ツールの背後にある理論的な前提そのものを吟味の対象とし、「効果があったか」だけでなく「なぜ・どのような状況で効果が生じたか」を説明しようとする点にあります。

次巻【ZE05-5】では、Logframeの硬直性批判への一つの応答として登場した、行動変容に着目する参加型手法であるOutcome Mappingを取り上げ、カナダIDRCによる開発経緯と、Boundary Partnersの行動変容に焦点を当てる独自の策定手順を検討します。

参考文献

  1. Weiss, C.H. (1972) Evaluation Research: Methods for Assessing Program Effectiveness. Englewood Cliffs, NJ: Prentice-Hall.
  2. Bickman, L. (ed.) (1987) Using Program Theory in Evaluation. New Directions for Program Evaluation, No. 33. San Francisco: Jossey-Bass.
  3. Chen, H.T. and Rossi, P.H. (1980) “The Multi-Goal, Theory-Driven Approach to Evaluation.” Social Forces, 59(1).
  4. Chen, H.T. (1990) Theory-Driven Evaluations. Newbury Park, CA: Sage Publications.
  5. Chen, H.T. (2015) Practical Program Evaluation: Theory-Driven Evaluation and the Integrated Evaluation Perspective, 2nd ed. Thousand Oaks, CA: Sage Publications.
  6. Pawson, R. and Tilley, N. (1997) Realistic Evaluation. London: Sage Publications.
  7. Green, J., Steinbach, R., Jones, A. et al. (2014) On the Buses: A Mixed-Method Evaluation of the Impact of Free Bus Travel for Young People on the Public Health. Southampton: NIHR Journals Library, Public Health Research, No. 2.1. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK263984/
  8. UK Government(年不明)A Brief Introduction to Realist Evaluation. https://assets.publishing.service.gov.uk/media/60f7fdf7d3bf7f56824cc634/Brief_introduction_to_realist_evaluation.pdf

Claudeログ

【ZE05-4】Program Theoryを、これまでと同じ方針・様式で執筆しました。

構成:概念の定義(Chenの行動モデル/変化モデルの二分法)、成立の背景・歴史(Weiss 1972、Bickman、Chen & Rossiによる1980年代の確立、1990年のTheory-Driven EvaluationsとPawson & Tilleyの1997年Realistic Evaluationへの分岐)、適用範囲(理論駆動型評価の4類型、CMOステートメント)、策定プロセス(行動モデル/変化モデルの構成要素特定、CMO仮説構築の手順)、収集すべきデータ、質の確認、公共交通関連政策への適用、代表文献、政府資料、国際比較、代表的論点、限界、まとめという構成です。

公共交通への適用:英国NIHR(国立衛生研究所)が2014年に公表した「On the buses」(ロンドン若年者向け無料バス乗車制度混合研究法評価、URLあり)を実例としました。この研究の価値は、①当初のロジックモデルを量的・質的エビデンスに基づき誠実に改訂している点、②「無料であること」自体ではなく「良好なバス網という文脈での普遍的給付」こそが介入の本質だったと再定義した点、③普遍性が生む「移動手段の正常化」という創発的メカニズムを、障害者やOysterカード非保有者という反証事例との対比で説得力ある形で示している点にあります。前巻【ZE05-3】のハノイ事例をChenの行動モデル/変化モデルで再解釈する形で、シリーズ内の接続も図りました。

図示:文脈(良好なバス網・普遍的給付)→メカニズム(移動手段の正常化)→アウトカム(社会的包摂)というCMO構成を図示しました。