なぜ日本の都市は、駅を中心につくられているのでしょうか。街の賑わいも、地価も、人の流れも、駅を核に広がっています。これは偶然ではありません。徒歩、路面電車、鉄道、自動車 交通技術は、つねに都市の骨格そのものを形づくってきました。自動車都市の渋滞・環境負荷・排除への反省から生まれたのがTOD(公共交通指向型開発)です。しかしTODは万能薬ではありません。地価を上げ、もとの住民を追い出すことさえある。誰のためのTODなのか。都市理論シリーズ第十弾。
目次
はじめに ― なぜ都市は駅を中心につくられるのか
日本の都市に暮らす人なら、誰しも経験的に知っていることがあります。それは、街の賑わいが、しばしば駅を中心に広がっている、ということです。主要な駅の周りには、商業施設が集まり、人々が行き交い、地価も高くなります。駅から離れるにつれて、街は次第に静かになっていきます。私たちは、待ち合わせを駅で行い、買い物を駅前で済ませ、駅を起点に一日の移動を組み立てます。日本の都市生活は、駅という場所を中心に、組織されているといってもよいでしょう。
では、なぜ都市は、駅を中心につくられるのでしょうか。これは、一見すると当たり前のことのようでいて、実は、都市と交通の関係をめぐる、奥深い問いを含んでいます。本稿が探究するのは、この問いです。すなわち、交通システムが、都市の構造を、どのように形づくるのか、という問いです。
前回の第9回では、都市デザインを論じ、良い都市空間とは何かを探究しました。その中で、クラレンス・ペリーの近隣住区論を通じて、徒歩圏を基礎とした生活圏という発想に触れ、それが現代のTOD(公共交通指向型開発)の理念と、思想的に通じることを見ました。本稿は、この流れを引き継ぎ、良い都市空間を、個々の街路や広場のスケールから、都市全体の移動と交通のスケールへと広げて考えます。良い都市空間は、良い移動の仕組みと結びついてはじめて、真に人々の生活を支えるものとなります。その、都市と交通の結びつきを、正面から論じていきます。
本稿が中心的に取り上げるのが、TOD(Transit-Oriented Development、公共交通指向型開発)という考え方です。これは、鉄道駅などの公共交通の拠点を中心に、高密度で、用途が混在し、歩いて暮らせる都市を作ろうとする、現代の都市計画・交通計画の主要な理念です。近年、TODが世界的に注目されている背景には、20世紀の自動車中心の都市が生み出した、さまざまな問題への反省があります。渋滞、環境負荷、郊外への無秩序な拡散、そして自動車を運転できない人々の排除 — こうした問題を乗り越え、持続可能で公正な都市を作る道として、公共交通を基軸とした都市づくりが、改めて見直されているのです。
ただし、本稿は、TODを、あらゆる都市問題を解決する万能の処方箋として、礼賛するものではありません。むしろ、これまでの連載で論じてきた、成長機械論、ジェントリフィケーション、都市正義といった批判的な視座を通じて、TODがはらむ問題や限界をも、見据えていきます。交通と都市の関係を、技術の問題としてだけでなく、権力、利害、公平性の問題として捉えること — それが、本稿の立場です。まずは、交通技術が、歴史の中で、都市の形をどのように作り変えてきたのかを、たどることから始めましょう。
交通が都市を形づくる
都市の形は、その時代に人々が利用できた、移動の手段 — 交通技術 — によって、大きく規定されてきました。人々がどれくらいの速さで、どれくらいの距離を移動できるかが、都市がどこまで広がれるか、どのような構造をもつかを、決定づけてきたのです。都市史家や交通研究者は、この、交通技術と都市構造の関係を、いくつかの段階に分けて整理してきました。よく知られた整理としては、徒歩都市(walking city)、公共交通都市(transit city)、自動車都市(automobile city)という三類型がありますが、本稿では、説明の便宜上、公共交通都市を、路面電車都市と鉄道都市という二つの段階に分け、徒歩都市・路面電車都市・鉄道都市・自動車都市という四つの類型を通じて、交通が都市を形づくってきた歴史をたどります。なお、これらはあくまで理念的な整理であり、実際の都市はこれらの要素が重なり合って成り立っている点には、留意が必要です。
徒歩都市 ― 歩いて到達できる範囲の都市
機械的な交通手段が登場する以前、人々の移動は、もっぱら徒歩(と、一部の馬車)に頼っていました。この時代の都市 — 徒歩都市(walking city) — の大きさは、人間が歩いて移動できる範囲によって、厳しく制約されていました。
人が歩いて無理なく移動できる距離は限られているため、徒歩都市は、比較的小さく、コンパクトでした。都市の直径は、せいぜい数キロメートルにとどまり、人々は、職場、住居、市場、教会などのあいだを、歩いて行き来していました。その結果、徒歩都市は、一般的に、高密度で、用途が混在する構造をもっていました。住む場所と働く場所が近接し、さまざまな機能が、狭い範囲に密集していたのです。もっとも、用途が混在していたとはいえ、中世や近世の都市にも、身分や階級による居住地の分化や、同業者が集まる職業地区などは存在しており、完全に無秩序に混ざり合っていたわけではない点には、注意が必要です。それでも、現代の機能分離型の都市と比べれば、徒歩都市が、はるかに用途の混在した、コンパクトな都市であったことは確かです。興味深いことに、このコンパクトで高密度、用途混在という徒歩都市の特徴は、後で見るように、現代のTODが目指す都市像と、多くの点で共通しています。人間の足という、最も基本的な移動手段に立脚した都市は、おのずと、歩いて暮らせる都市になっていたのです。
路面電車都市 ― 軌道に沿って伸びる都市
19世紀後半、都市の交通に、大きな変化が訪れます。馬車鉄道、そして電気で動く路面電車(streetcar)の登場です。路面電車は、人々が、徒歩よりも速く、遠くまで移動することを可能にしました。これにより、都市は、それまでの徒歩圏の制約を超えて、外側へと拡大しはじめます。
この時代の都市 — 路面電車都市(streetcar city) — の特徴は、その独特の形にあります。都市は、路面電車の軌道に沿って、放射状に、指のように伸びていきました。人々は、路面電車の駅から歩いて行ける範囲に住居を構えたため、市街地は、軌道に沿った帯状に発展したのです。軌道と軌道のあいだの、駅から遠い土地は、開発されずに残されました。アメリカの都市に見られた、路面電車の沿線に発展した郊外住宅地 — 路面電車郊外(streetcar suburb) — は、その典型です。重要なのは、この時代の都市拡大が、あくまで公共交通の軌道に沿って、徒歩圏を保ちながら進んだ、という点です。人々は、路面電車で都心へ通勤しつつ、駅の周りの歩ける範囲で、日常生活を営んでいました。
鉄道都市 ― 鉄道網が骨格をなす都市
路面電車に続いて、より高速で大量の輸送を担う鉄道(とりわけ都市鉄道・通勤鉄道)が、都市の構造に決定的な影響を与えるようになります。鉄道は、路面電車よりもさらに速く、より遠くまで人々を運び、都市圏を大きく拡大させました。
鉄道都市(railway city)においては、鉄道の駅が、都市の構造の結節点となります。人々は、鉄道で都心の職場へ通勤し、駅を中心とした地域に居住します。駅の周辺には、商業や生活の機能が集積し、賑わいの中心となります。この鉄道都市の構造は、まさに、本稿の冒頭で述べた、駅を中心とした都市そのものです。とりわけ日本の大都市圏は、この鉄道都市の典型として発展してきました。後の章で詳しく論じるように、日本では、鉄道網の整備と、駅を中心とした市街地の形成、沿線の開発とが、密接に結びついて進められてきました。鉄道という交通技術が、駅を中心とした、高密度で公共交通に依存した都市構造を、生み出してきたのです。
自動車都市 ― 拡散する都市
20世紀、とりわけその半ば以降、都市の交通と構造に、最も大きな変革をもたらしたのが、自動車(automobile)の普及です。自動車は、それまでの公共交通とは、根本的に異なる特性をもっていました。公共交通が、決まった路線と駅に沿った移動であったのに対し、自動車は、道路さえあれば、どこへでも、自由に移動できます。この自由が、都市の形を、劇的に変えていきました。
自動車都市(automobile city)においては、都市は、もはや軌道や駅に束縛されません。道路網が張り巡らされた範囲であれば、どこでも開発が可能になり、都市は、あらゆる方向へと、面的に拡散していきました。鉄道都市が、駅を中心とした密度の高い構造をもっていたのに対し、自動車都市は、低密度で、広範囲に拡散した構造をもちます。この、自動車に依存した、低密度で拡散的な都市の発展が、次章で論じる、郊外化とスプロールの現象です。そして、この自動車都市が生み出したさまざまな問題への反省こそが、本稿の主題であるTODが登場する、直接の背景となるのです。
このように、徒歩、路面電車、鉄道、自動車という交通技術の変遷は、都市の構造を、コンパクトな徒歩都市から、軌道に沿った路面電車都市・鉄道都市を経て、拡散した自動車都市へと、作り変えてきました。筆者の見るところ、ここで重要なのは、交通技術が、単に移動を便利にしただけでなく、都市の密度、形、土地利用、そして人々の暮らし方そのものを、根底から規定してきた、という点です。交通は、都市の血管であると同時に、都市の骨格を形づくる力でもあったのです。
モータリゼーションと郊外化
前章で見た自動車都市への移行 — モータリゼーション(motorization、自動車の大衆的普及) — は、20世紀の都市に、巨大な変化をもたらしました。本章では、この変化が、とりわけアメリカにおいて、どのような形で進み、どのような問題を生み出したのかを、見ていきましょう。アメリカに注目するのは、そこが、自動車中心の都市発展を最も徹底して経験し、その帰結としての問題を、最も鮮明な形で示した社会だからです。
自動車社会の到来と郊外化
20世紀初頭、フォードによる大量生産が自動車を安価にし、アメリカは、世界に先駆けて、自動車が大衆の足となる社会 — 自動車社会 — へと移行しました。第二次世界大戦後、この動きは、いっそう加速します。豊かになった人々は、自動車を手に入れ、より広く、緑豊かな住環境を求めて、都市の中心部から、郊外へと移り住んでいきました。これが、郊外化(suburbanization)です。
この郊外化を、政策的に後押しした要因も、見逃せません。アメリカでは、戦後、連邦政府による高速道路網の建設(州間高速道路網)が、大規模に進められました。これにより、自動車での長距離移動が容易になり、郊外から都心への通勤が可能になりました。また、住宅ローンの優遇などの政策も、郊外の持ち家の取得を促しました。こうして、中産階級の人々が、こぞって郊外の一戸建て住宅へと移り住み、都心から郊外へと向かう、大規模な人口の移動が生じたのです。
都市スプロールとその帰結
この郊外化が生み出した、都市の拡散的な発展の形態を、都市スプロール(urban sprawl)と呼びます。スプロールとは、計画性を欠いたまま、低密度の市街地が、農地や自然を侵食しながら、無秩序に外側へと拡大していく現象を指します。自動車があれば、どこへでも移動できるため、開発は、駅や中心部に束縛されることなく、安価な土地を求めて、際限なく外延へと広がっていきました。
こうしたスプロール型の都市は、やがて、深刻な問題を抱えていることが明らかになります。第一に、皮肉なことに、渋滞(congestion)です。すべての移動を自動車に依存する都市では、道路の容量を超える交通が集中し、慢性的な渋滞が発生します。道路を拡張しても、それがかえって自動車の利用を誘発し(誘発交通)、渋滞が解消されないという現象も、広く知られるようになりました。第二に、環境負荷です。自動車の排出ガスは、大気汚染と、地球温暖化をもたらす温室効果ガスの、大きな発生源となりました。第三に、さまざまな社会的コストです。広大な土地が、道路と駐車場に費やされ、自然と農地が失われました。長時間の通勤は、人々の時間と健康を奪いました。
そして、第四に、本連載の問題意識にとってとりわけ重要な、社会的な公平性の問題です。自動車に依存した都市は、自動車を運転できる人々を前提として作られています。そのため、自動車をもたない、あるいは運転できない人々 — 低所得層、高齢者、子ども、障害のある人々 — は、移動の自由を著しく制約され、社会から取り残されてしまいます。仕事や、買い物や、医療や、社会的な活動への参加が、自動車を運転できるかどうかに、左右されてしまうのです。これは、本連載の第6回で論じた都市正義の問題、とりわけ、移動の権利や、交通をめぐる社会的排除の問題に、直接つながります。筆者の見るところ、自動車中心の都市は、効率や利便性を一部の人々にもたらす一方で、移動の手段をもたない人々を、構造的に排除する側面をもっていたのです。
こうした自動車都市の問題への、根本的な反省の中から、公共交通を基軸とした、より持続可能で公正な都市づくりへの模索が始まります。その中心的な理念として登場したのが、TODでした。
TODとは何か
TODとは、Transit-Oriented Development の略であり、日本語では「公共交通指向型開発」などと訳されます。これは、鉄道駅やバス停などの公共交通の拠点を中心に、その周辺を、高密度で、用途が混在し、歩いて暮らせるように開発する、都市づくりの考え方です。前章で見た、自動車に依存した拡散的な都市への反省から生まれた、いわば、都市を再び公共交通と徒歩を基軸としたものへと、作り変えようとする理念です。
TODの基本的な特徴を、いくつか挙げておきましょう。第一に、公共交通を中心に据えることです。自動車ではなく、鉄道やバスといった公共交通を、人々の移動の基軸とします。第二に、高密度な開発です。公共交通の拠点の周辺に、人口と都市機能を集中させ、公共交通を支えるだけの利用者を確保します。第三に、用途の混合です。住居、商業、業務、公共施設などを、駅の周辺に混在させ、人々が日常生活の多くを、その範囲で済ませられるようにします。第四に、歩行者の重視です。駅を中心とした徒歩圏を、歩いて快適に移動できる、人間中心の空間として設計します。そして、これらの結果として、第五に、駅を中心とした都市構造が形づくられます。
こうしたTODの理念が、現代において注目されるようになった背景には、前章で論じた自動車都市の問題への反省に加えて、いくつかの要因があります。地球温暖化への対応として、自動車への依存を減らし、二酸化炭素の排出を抑える必要が高まったこと。都市の無秩序な拡散を抑え、限られた資源を効率的に使う、持続可能な都市の必要が認識されたこと。そして、本連載が繰り返し論じてきた、すべての人々の移動の権利を保障する、公正な都市への希求です。TODは、こうした、環境、効率、公平という複数の課題に応える、統合的な都市づくりのモデルとして、期待されているのです。
ただし、ここで一つ、注意しておくべきことがあります。TODは、しばしば、第8回で論じたコンパクトシティの理念と結びつけて語られますが、TODは、コンパクトな都市構造を実現するための、有力な手法の一つであって、両者は完全に同一のものではありません。コンパクトシティは、土地利用の集約や、生活サービスの再配置など、より広い政策の組み合わせを含む概念であり、TODは、その中で、公共交通の拠点を中心とした開発という、具体的な手法を担うものです。この点を踏まえた上で、次章では、このTODの理念が、どのような思想的な系譜の中から生まれてきたのかを、たどっていきましょう。
TODの思想的系譜
TODは、ある日突然、生まれたわけではありません。それは、20世紀の都市計画・都市デザインの思想の積み重ねの中から、形づくられてきました。本章では、TODの思想的な系譜を、単なる制度の説明としてではなく、理論史としてたどります。とりわけ重要なのは、TODの直接の起源が、1980年代以降のニューアーバニズムと、それを代表するピーター・カルソープらの議論にある、という点です。それ以前の理論家たちは、TODの「直接の起源」ではなく、その思想的な「先駆」として位置づけられます。この区別を意識しながら、見ていきましょう。
クラレンス・ペリー ― 徒歩圏という思想的先駆
TODの思想的な先駆として、まず挙げるべきは、第9回でも取り上げた、クラレンス・ペリー(Clarence Perry)の近隣住区論(neighborhood unit)です。1920年代に提唱されたこの理論は、小学校を核とし、徒歩圏を基礎として、日常生活が安全に完結する、近隣の生活単位を構想したものでした。
ペリーの近隣住区論と、TODとのあいだには、徒歩圏を基礎とするという点で、明確な思想的連続性を見ることができます。ペリーが、小学校を中心とした徒歩圏に生活機能を集約しようとしたように、TODは、鉄道駅を中心とした徒歩圏に生活機能を集約します。中心となる核が、小学校から鉄道駅へと変わってはいますが、徒歩で到達できる範囲に、日常生活を組織するという基本的な発想は、共通しています。
ただし、第9回でも強調したように、ペリーをTODの「直接の起源」と見なすことには、慎重でなければなりません。ペリーは、あくまで1920年代という時代の中で、徒歩圏の生活単位という発想を、先駆的に示した人物です。TODは、後で見るように、ペリーとは別の、より新しい議論から、直接に生まれました。ペリーは、TODへと至る思想の流れの、遠い源流の一つとして位置づけるのが、正確でしょう。また、第9回で触れたように、ペリーの近隣住区論には、住区を閉じた単位として構想したことによる、社会的な分離や排他性の危険という限界もありました。この点も、忘れてはなりません。
ジェイン・ジェイコブズ ― 歩行者空間と街路の活力
TODの思想的な系譜において、より直接的に重要な影響を与えたのが、第9回で詳しく論じた、ジェイン・ジェイコブズ(Jane Jacobs)です。彼女が『アメリカ大都市の死と生』で展開した、近代の機能主義都市計画への批判と、活気ある都市の街路の擁護は、TODの思想に、深く流れ込んでいます。
ジェイコブズが、活気ある都市の条件として挙げた、混合用途、短い街区、建物の多様性、高密度という四つの条件を、思い起こしてみましょう。これらは、TODが目指す都市像と、見事に重なります。TODが重視する、用途の混合、高密度、歩いて快適な街路といった要素は、まさにジェイコブズが擁護した、多様で活気ある都市の条件そのものです。また、ジェイコブズが論じた、街路に人々の視線が注がれることで安全が保たれるという「街路の目」と自然監視の考え方も、人々が歩いて行き交う、賑わいのあるTODの街路において、生きるものです。
筆者の見るところ、ジェイコブズの思想は、TODに、その目指すべき都市空間の質についての、重要なヴィジョンを提供しました。TODは、単に駅の周りに人を集めるだけの、量的な開発であってはなりません。それは、ジェイコブズが擁護したような、用途が混在し、歩いて楽しく、人々が交わる、質の高い都市空間でなければならない — この、空間の質への志向において、TODは、ジェイコブズの思想と、深く結びついているのです。実際、後で見るピーター・カルソープ自身も、自動車に依存した郊外化への批判という点で、ジェイコブズの問題意識を受け継いでいます。ジェイコブズからニューアーバニズム、そしてTODへと至る思想の流れには、機能主義都市と自動車依存型の郊外への批判という、一貫した問題意識が流れているのです。
ニューアーバニズム ― 郊外化への批判と歩ける街
ペリーやジェイコブズの思想を受け継ぎ、TODの直接の母体となったのが、1980年代以降にアメリカで興った、ニューアーバニズム(new urbanism)という運動です。これは、前章で論じた、自動車に依存した郊外化とスプロールを、正面から批判し、それに代わる都市づくりのあり方を提唱した、建築家・都市計画家たちの運動でした。
ニューアーバニズムの問題意識は、明快でした。第二次世界大戦後のアメリカの郊外開発が生み出した、低密度で、用途が分離され、自動車なしには生活できない、画一的な郊外 — これが、コミュニティを衰退させ、環境を破壊し、人々の暮らしを貧しくしている、という批判です。これに対してニューアーバニズムは、伝統的な都市や町に見られた、歩いて暮らせる、コンパクトで、用途が混在し、コミュニティ感覚のある街を、現代に取り戻そうとしました。
ニューアーバニズムが掲げた理念は、いくつかあります。歩ける街(walkability)を作ること。用途を混合させること。コンパクトで、ある程度の高密度をもつ都市構造を目指すこと。多様な人々が暮らせる、包摂的なコミュニティを作ること。そして、公共交通を都市づくりの基軸とすること。これらの理念は、まさに、TODの構成要素そのものです。この運動を代表する人物としては、次に詳しく論じるピーター・カルソープのほか、アンドレス・デュアニー(Andrés Duany)とエリザベス・プレイター=ザイバーク(Elizabeth Plater-Zyberk)の名が、しばしば挙げられます。ニューアーバニズムという、より広い都市づくりの運動の中から、とりわけ公共交通の拠点を中心とした開発という考え方が、TODとして結晶化していったのです。
ピーター・カルソープ ― TODの提唱者
このニューアーバニズムの運動の中で、TODという概念を明確に提唱し、その理論を確立した中心人物が、アメリカの建築家・都市計画家、ピーター・カルソープ(Peter Calthorpe)です。本稿の主題にとって、最も重要な人物といえます。
カルソープは、1993年に著した『次なるアメリカの大都市圏(The Next American Metropolis)』をはじめとする一連の著作と実践を通じて、TODの理念を、体系的に提示しました。彼の問題意識の核心にあったのは、前章で論じた、自動車に依存した郊外化が、もはや持続可能ではない、という認識でした。際限なく拡散し、自動車なしには成り立たず、環境を破壊し、コミュニティを衰退させる都市のあり方を、根本から転換しなければならない — カルソープは、そう考えました。
カルソープが提唱したTODの構想は、具体的でした。彼は、鉄道駅やバスの拠点を中心に、おおむね徒歩圏(駅から概ね400〜800メートル程度の範囲)に、高密度で、用途が混在した市街地を形成することを提案しました。この徒歩圏の範囲は、カルソープが、人々が無理なく歩ける距離として、典型的には4分の1マイル(約400メートル)から2分の1マイル(約800メートル)を想定したことに、由来します。その中心には、商業や公共の施設を集め、その周りに住宅を配置し、全体を、歩いて快適に移動できる、人間中心の空間として設計します。そして、これらのTODの拠点を、公共交通のネットワークで結ぶことで、都市圏全体を、自動車に過度に依存しない、持続可能な構造へと再編しようとしました。すなわち、カルソープのTODは、単に一つの駅前を開発するというだけでなく、公共交通のネットワークを骨格として、都市圏全体を組織しなおす、という構想だったのです。後年、カルソープは、この発想を、都市圏全体のスケールで都市を再構想する「リージョナル・シティ(regional city)」の議論へと、さらに発展させていきます。
筆者の見るところ、カルソープの貢献は、それまで漠然と語られてきた、公共交通を基軸とした都市づくりの考え方を、TODという明確な概念と、具体的な設計の原則へと、体系化した点にあります。彼の議論によって、TODは、単なる理想ではなく、現実の都市計画・交通計画に適用できる、実践的なモデルとなりました。今日、世界各地で進められているTODの取り組みは、カルソープが体系化した、この理念を、直接の出発点としているのです。
TODの構成要素 ― 「5D」による整理
TODの理念は、その後の研究の蓄積を通じて、より体系的に整理されてきました。TODを構成する要素を、何が公共交通の利用を促し、自動車への依存を減らすのか、という観点から分析する枠組みとして、広く知られているのが、いわゆる「5D」です。これは、頭文字がいずれもDで始まる、五つの要素からなります。本章では、この5Dを通じて、TODを構成する要素を、体系的に見ていきましょう。なお、この5Dは、もともとはセルベロらの交通研究において、3D(Density, Diversity, Design)として提示され、後に二つの要素が加えられて発展したものです。
Density(密度)
第一の要素が、密度(density)です。これは、公共交通の拠点の周辺に、人口と就業者、都市機能を、どれだけ集中させるか、ということです。高い密度は、TODの根幹をなします。なぜなら、鉄道やバスといった公共交通が成り立つためには、それを利用する十分な数の人々が、駅の周辺に集まっている必要があるからです。密度が低ければ、公共交通の利用者は確保できず、サービスを維持できません。逆に、駅の周辺に高密度で人々が集まれば、公共交通は多くの利用者を得て、頻度の高い、便利なサービスを提供できます。これが、さらに利用者を呼び込むという、好循環を生み出します。高密度は、公共交通を支える、需要の基盤なのです。
Diversity(用途の多様性)
第二の要素が、用途の多様性(diversity)、すなわち用途の混合です。これは、駅の周辺に、住居、商業、業務、公共施設など、さまざまな用途を混在させることです。前章までで見たジェイコブズの議論を、思い起こしてください。用途が混在することには、二つの重要な意味があります。一つは、人々が、日常生活の多くを、徒歩圏の中で済ませられるようになり、自動車に頼る必要が減ることです。もう一つは、一日のさまざまな時間帯に、さまざまな目的の人々が街路を行き交い、街が絶えず活気を保つことです。用途の多様性は、TODを、単なる通勤の拠点ではなく、生活の場として豊かなものにするのです。
Design(都市デザイン)
第三の要素が、都市デザイン(design)です。これは、第9回で詳しく論じた、歩行者中心の、質の高い空間設計を指します。駅を中心とした徒歩圏が、歩いて快適で、安全で、魅力的な空間でなければ、人々は、歩くことや公共交通を使うことを選びません。歩道の整備、街路樹、人間尺度の建物、滞留できる広場 — こうした、ゲールやホワイトが論じたような、人間中心の都市デザインが、TODの成否を左右します。Densityが量を、Diversityが機能を担うとすれば、Designは、TODの空間の質を担うのです。
Destination Accessibility(目的地へのアクセス性)
第四の要素が、目的地へのアクセス性(destination accessibility)です。これは、ある場所から、人々が行きたいさまざまな目的地 — 職場、商業施設、文化施設など — へ、どれだけ容易に到達できるか、ということです。いかに駅前を立派に開発しても、その駅が、人々の行きたい場所へ、公共交通で便利につながっていなければ、意味がありません。都市圏全体の中で、その拠点が、どれだけ多くの目的地へのアクセスを提供できるかが、重要になります。これは、個々のTODの拠点が、孤立して存在するのではなく、都市圏全体の交通ネットワークの中に、適切に位置づけられていることの重要性を示しています。
Distance to Transit(公共交通への近接性)
第五の要素が、公共交通への近接性(distance to transit)です。これは、人々の住まいや職場から、公共交通の駅や停留所までの、距離の近さを指します。当然のことながら、駅が近ければ近いほど、人々は公共交通を使いやすくなります。TODが、駅を中心とした徒歩圏に開発を集中させるのは、まさに、この近接性を高めるためです。多くの人々が、駅から歩いてすぐの範囲に住み、働くことで、公共交通の利用が促されるのです。
筆者の見るところ、この5Dという枠組みが示しているのは、TODが、単一の要素ではなく、密度、用途、デザイン、アクセス性、近接性という、複数の要素の組み合わせとして成り立っている、ということです。これらの要素は、互いに関連し、支え合っています。高密度であっても、デザインが貧しければ人は歩かず、用途が単一であれば生活は成り立たず、ネットワークから孤立していれば目的地に行けません。TODが有効に機能するためには、これらの要素が、総合的に満たされる必要があるのです。そしてこのことは、TODが、交通政策だけでも、土地利用政策だけでも、都市デザインだけでも実現できない、これらを統合した政策モデルであることを、示しています。
日本の鉄道都市とTOD
ここまで、主として欧米の文脈で、TODの思想と理念を見てきました。しかし、TODを論じる上で、日本の都市は、きわめて重要な事例を提供します。なぜなら、日本の大都市圏は、TODという概念が欧米で理論化されるよりもはるか以前から、結果として、TODに類似した、駅を中心とした都市発展を経験してきたからです。本章では、この日本の鉄道都市の特徴を、詳しく見ていきましょう。ただし、後で論じるように、日本の鉄道都市を、理想的なTODとして過度に美化することには、慎重でなければなりません。
日本の鉄道都市と私鉄経営モデル
日本の都市、とりわけ東京、大阪などの大都市圏が、駅を中心とした高密度な構造をもつに至った背景には、日本独特の、鉄道と都市開発の関係があります。その核心にあるのが、民間の鉄道会社(私鉄)による、鉄道事業と不動産事業を一体化した経営のモデルです。
このモデルの特徴は、鉄道会社が、単に鉄道を運行するだけでなく、その沿線の土地を開発し、住宅地を分譲し、駅前に百貨店などの商業施設を作り、さらには沿線に学校やレジャー施設を誘致する、という点にあります。鉄道会社は、沿線の開発によって人口を増やし、その人々が鉄道を利用することで、鉄道事業の収益を確保します。同時に、鉄道が通ることで沿線の土地の価値が上がり、不動産事業からも利益を得ます。鉄道事業と不動産事業が、相互に支え合い、利益を生み出す、この統合的なモデルが、日本の鉄道都市の発展を、強力に推進してきました。
このモデルの先駆者として広く知られるのが、阪急電鉄を築いた小林一三です。彼は、20世紀の初頭、大阪近郊で鉄道を敷設するにあたり、沿線の土地をあらかじめ取得して住宅地を開発し、ターミナル駅には百貨店を設け、沿線には宝塚歌劇などの集客施設を作るという、鉄道・不動産・商業・レジャーを一体化した経営を展開しました。この「小林一三モデル」とも呼ばれる手法は、その後の日本の私鉄経営の、一つの範型となりました。東京圏においても、東急電鉄が、田園都市の理念を掲げて沿線の郊外住宅地を開発し、西武鉄道が、沿線開発とレジャー事業を展開するなど、同様のモデルが、各地で展開されてきました。
東京圏の特徴 ― 駅中心の生活
こうした鉄道会社による沿線開発の積み重ねの結果として、とりわけ東京圏は、世界的に見ても際立った、駅を中心とした都市構造をもつに至りました。その特徴を、いくつか挙げておきましょう。
第一に、駅を中心とした生活です。人々は、駅から歩いて行ける範囲に住み、駅前で買い物をし、鉄道で通勤・通学します。駅は、単なる乗降の場ではなく、人々の生活の中心的な拠点となっています。第二に、きわめて高い公共交通の利用率です。東京圏の鉄道網は、稠密に発達しており、通勤・通学をはじめとする多くの移動が、鉄道によって担われています。自動車に依存するアメリカの都市とは、対照的です。第三に、高密度な市街地です。駅の周辺に人口と機能が集中し、高密度で、用途が混在した市街地が形成されています。これらの特徴は、まさに、TODが目指す都市像と、多くの点で一致します。
ここから、しばしば指摘されるのが、「日本は、TODを理論化する以前から、結果としてTOD的な都市構造を形成していた」という視点です。カルソープらが、1980年代以降に、自動車都市への反省としてTODを構想するよりもずっと前から、日本の大都市圏は、鉄道を基軸とした、駅中心の高密度な都市を、実際に作り上げてきました。この意味で、日本の鉄道都市は、TOD的な都市構造の、いわば「先行事例」として、世界から注目されてきたのです。
ただし、この視点は、単純化を避けて、慎重に理解する必要があります。第一に、日本の鉄道都市の発展は、TODのような明確な理念や政策に基づいて、計画的に進められたというよりは、民間鉄道会社の経営上の動機と、行政の制度とが結びつく中で、結果として形成された側面が大きい、という点です。それは、設計された理想というより、歴史的に生成された構造でした。第二に、TODは、本来、土地利用の規制や、歩行環境の意図的な設計といった要素をも含む概念であり、日本の鉄道都市が、こうした側面まで含めて、完成されたTODであったとはいえません。実際、日本の駅前には、歩行環境やデザインの面で課題を抱える例も少なくありません。第三に、後の章で論じるように、日本の鉄道都市は、TODの理念がうたう、公平性や持続可能性といった観点から見れば、必ずしも理想的とはいえない問題も、抱えています。日本の鉄道都市を、完成されたTODのモデルとして美化するのではなく、結果としてTOD的な構造を形成しながらも、独自の文脈と課題をもつ事例として、捉えることが重要です。
日本のTODと連続立体交差・駅前再開発
近年の日本では、こうした歴史的な鉄道都市の蓄積の上に、より意識的なTODの取り組みも、進められています。駅とその周辺を一体的に整備し、駅前の再開発によって商業・業務・居住の機能を集積させ、歩行者中心の空間を整える取り組みは、各地で行われています。また、鉄道の高架化などによって、鉄道で分断されていた市街地を一体化し、駅を中心とした都市空間を再編する、連続立体交差事業なども、進められてきました。これらは、日本がもともともっていた鉄道都市の構造を、現代のTODの理念に照らして、さらに洗練させていく試みと見ることができます。
TODへの批判 ― 誰のためのTODか
ここまで、TODの理念と、その意義を論じてきました。しかし、本連載の一貫した立場として、TODを、あらゆる問題を解決する万能の処方箋として、無批判に礼賛することはできません。本章では、これまでの連載で培ってきた批判的な視座 — ジェントリフィケーション、成長機械論、都市正義 — を通じて、TODがはらむ問題と限界を、十分に検討します。これは、本稿にとって、きわめて重要な章です。
ジェントリフィケーションとしてのTOD
TODへの第一の、そして最も重要な批判は、それが、第6回で論じたジェントリフィケーションを引き起こしうる、という問題です。実際、近年の研究では、「交通指向型ジェントリフィケーション(transit-induced gentrification)」という言葉で、この現象が論じられています。
そのメカニズムは、こうです。ある地区に、新たに鉄道駅が作られ、TODによって、魅力的で、便利で、歩きやすい街が整備されたとします。これは、一見すると、望ましいことです。しかし、その結果として、その地区の利便性と魅力が高まれば、当然、その地区の不動産価値が上昇します。地価が上がり、家賃が上がれば、もともとそこに住んでいた低所得層は、上昇した家賃を払えなくなり、住み続けられなくなって、その地区から排除されていきます。皮肉なことに、公共交通の整備という、本来は人々の移動を支えるはずの取り組みが、結果として、もともとそこに住んでいた、公共交通を最も必要としていたかもしれない人々を、追い出してしまう。これが、交通指向型ジェントリフィケーションの問題です。第6回で論じた、ニール・スミスの賃料格差(rent gap)の議論を思い起こせば、駅の整備による地価の上昇は、まさに、再投資と高所得層の流入を呼び込む、典型的な契機となりうるのです。
成長機械論からの批判 ― TODは誰の利益のための装置か
第二の批判は、第4回で論じた成長機械論(growth machine theory)の視座から、TODを捉え直すものです。モロッチ(Harvey Molotch)とローガン(John Logan)が論じたように、都市は、土地の交換価値を高めることで利益を得る、不動産所有者や開発業者を中心とした「成長連合」によって、成長へと駆り立てられる「成長機械」としての側面をもっています。
この視座からTODを見ると、別の顔が見えてきます。TODは、その美しい理念とは別に、実際には、再開発、不動産投資、地価上昇の、強力な手段として機能しうるのです。駅の整備とその周辺の高密度開発は、土地の価値を大きく高めます。これは、その土地を所有する者、開発を手がける者、そしてそこに投資する者にとって、大きな利益の源泉となります。すなわち、TODは、持続可能で公正な都市づくりという理念の旗のもとで、実際には、土地の交換価値の増大を追求する、成長連合の利害と、深く結びついて進められる場合があるのです。とりわけ、先に論じた日本の私鉄経営モデルは、まさに、鉄道整備による沿線の地価上昇から利益を得るという、構造をもっていました。これは、日本の鉄道都市が、TOD的な構造をもつと同時に、不動産価値の増大を動力とする、成長機械的な性格をも、色濃くもっていたことを示しています。
筆者の見るところ、ここで重要なのは、TODそのものが善でも悪でもない、ということです。問題は、TODが、誰の利益のために、どのように進められるのか、という点にあります。同じTODという手法が、すべての人々の移動と生活を支える公共的な装置にもなれば、一部の者の利益のための、地価上昇の装置にもなりうる。この両義性を見据えることが、重要なのです。
都市正義からの批判 ― 利益と負担の分配
第三の批判は、第6回で論じた都市正義(urban justice)の視座から、TODをめぐる利益と負担の分配を問うものです。ここで問われるのは、根本的な問いです。すなわち、「TODによって、誰が利益を得て、誰が負担を負うのか」という問いです。
先に見たように、TODによる地価の上昇は、土地の所有者や開発業者に利益をもたらす一方で、もともとの低所得の住民を、排除しうるものでした。また、新たに整備された便利で魅力的な街を享受できるのは、しばしば、そこに新たに移り住んでくる、比較的豊かな層です。一方で、排除された人々は、より不便で、地価の安い、公共交通の乏しい場所へと、押しやられてしまうかもしれません。つまり、TODの利益と負担は、社会の中で、決して平等には分配されないのです。
この問題は、本連載で繰り返し登場してきた理論家たちの問いに、直接つながります。アンリ・ルフェーヴル(Henri Lefebvre)の「都市への権利(right to the city)」の視座からすれば、TODによって作られた都市空間が、誰のものであるのか — そこに生きる人々の集合的なものなのか、それとも資本と一部の層のものなのか — が、問われます。デヴィッド・ハーヴェイ(David Harvey)の視座からすれば、TODは、資本が、空間への投資を通じて利益を生み出す、一つの回路として捉えられます。そして、スーザン・ファインスタイン(Susan Fainstein)の「ジャスト・シティ(公正な都市)」論の視座からすれば、TODは、公平、多様性、民主主義という基準に照らして、評価されなければなりません。TODが、本当に公正な都市づくりであるためには、それが生み出す利益が、一部の者に独占されるのではなく、社会的に公正に分配され、そして、その過程で、もともとそこに住む人々が排除されないことが、必要なのです。
筆者の見るところ、TODをめぐるこれらの批判が示しているのは、TODが、技術や計画の問題であると同時に、深く政治的な問題でもある、ということです。どのようなTODを、誰のために、どのように進めるのか — この問いには、本連載が一貫して論じてきた、都市をめぐる権力、利害、公平性の問題が、凝縮されています。TODを、その理念の美しさだけで評価するのではなく、それが現実の社会の中で、誰に利益をもたらし、誰を排除しうるのかを、つねに問い続けること。それが、TODを公正なものとするための、不可欠の条件なのです。
日本の今後の課題
最後に、視点を日本の将来に向け、日本の都市と交通が直面する課題と、その中でのTODの意義を、考えておきましょう。日本は、欧米とは異なる、独自の課題に直面しています。それは、人口減少と高齢化という、かつて経験したことのない条件です。
これまで論じてきたTODや、欧米の自動車都市の議論は、多くの場合、人口の増加や、都市の成長を前提としていました。しかし、現代の日本は、人口が減少し、高齢化が進む社会です。この条件のもとでは、TODをめぐる課題の性格も、大きく異なってきます。
第一に、地方都市の問題です。人口減少は、とりわけ地方都市において、深刻な影響をもたらしています。かつて鉄道やバスの沿線に発展した市街地でも、人口が減り、商店や生活サービスが撤退し、公共交通の利用者も減少しています。利用者が減れば、公共交通の経営は苦しくなり、減便や廃止に追い込まれます。そうなれば、自動車を運転できない高齢者などは、移動の手段を失い、生活が成り立たなくなってしまいます。第8回でも論じた、公共交通の維持は、人口減少時代の日本にとって、切実な課題です。
第二に、こうした中で注目されているのが、第8回でも論じた、コンパクトシティ政策です。これは、人口が減少する中で、拡散した市街地を維持し続けることの困難に対応し、都市機能と居住を、一定のエリアに集約しようとする政策です。そして、このコンパクトシティを実現する上で、TODの考え方が、重要な役割を果たします。公共交通の拠点を中心に、生活機能と居住を集約することは、人口減少時代に、限られた資源で、持続可能な都市を維持していくための、有力な方策となりうるのです。
こうした取り組みの先進的な事例として、しばしば紹介されるのが、富山市です。富山市は、人口減少と高齢化が進む中で、路面電車(LRT)を軸とした公共交通網を整備し、その沿線に居住や都市機能を誘導する、「お団子と串」と表現されるコンパクトな都市構造を目指す政策を、進めてきました。これは、日本の地方都市における、TODとコンパクトシティを結びつけた、注目すべき試みといえます。ただし、こうした取り組みも、本稿で論じてきた批判的な視座 — 誰が利益を得て、誰が負担を負うのか、もともとの住民が排除されないか — から、つねに検証される必要があることは、言うまでもありません。
筆者の見るところ、人口減少時代の日本において、TODは、都市の成長のための手段というよりも、むしろ、縮小する社会の中で、すべての人々の移動と生活を、いかに公正に支えていくか、という課題に応えるための、重要な考え方となりつつあります。成長を前提としたTODから、持続可能性と公平性を重視するTODへ — この転換が、日本の、そして世界の都市づくりに、求められているのです。
まとめ
本稿では、「なぜ都市は駅を中心につくられるのか」という問いを出発点として、交通と都市の関係を、多角的に論じてきました。最後に、その議論を整理しておきましょう。
第一に、交通と都市構造の関係です。徒歩、路面電車、鉄道、自動車という交通技術の変遷は、都市の密度、形、土地利用を、根底から規定してきました。コンパクトな徒歩都市から、軌道に沿った鉄道都市を経て、拡散した自動車都市へ — 交通は、都市の骨格を形づくる力だったのです。
第二に、TODの意義です。自動車都市が生み出した、渋滞、環境負荷、社会的排除といった問題への反省から、公共交通を基軸とした、高密度で、用途が混在し、歩いて暮らせる都市づくりの理念として、TODが登場しました。それは、ペリーやジェイコブズを思想的な先駆とし、ニューアーバニズムとピーター・カルソープによって、直接に体系化されたものです。密度、用途、デザイン、アクセス性、近接性という5Dに整理されるその構成要素は、TODが、交通・土地利用・都市デザインを統合した政策モデルであることを示しています。日本の鉄道都市は、この理念が理論化される以前から、結果としてTOD的な都市構造を形成してきた、重要な事例です。
第三に、TODの限界です。本稿が一貫して強調してきたように、TODは、万能の処方箋ではありません。それは、ジェントリフィケーションを引き起こし、成長連合の利害と結びつき、利益と負担を不公正に分配しうる、両義的な手法でもあります。TODが、本当に公正な都市づくりであるためには、それが、誰のために、どのように進められるのかを、つねに問い続けなければなりません。
第四に、今後の課題です。とりわけ人口減少と高齢化が進む日本において、TODは、成長のための手段から、縮小する社会の中で、すべての人々の移動と生活を公正に支えるための考え方へと、その意味を変えつつあります。
本稿を通じて見えてきたのは、交通計画とTODが、単なる交通工学や技術の問題ではなく、本連載が一貫して論じてきた、都市をめぐる権力、利害、公平性の問題と、分かちがたく結びついている、ということです。誰が、どのような都市を、誰のために作るのか — TODをめぐる議論もまた、最終的には、この問いへと立ち返っていくのです。
次回予告
本稿では、交通という観点から、都市の構造と、その持続可能性・公平性を論じてきました。とりわけ、自動車都市の生み出した環境負荷への反省や、人口減少時代の都市の維持といった課題を通じて、私たちは、都市の「持続可能性」という主題に、繰り返し触れてきました。
次回、第11回は、この主題を正面から扱い、「持続可能な都市とレジリエンス」を論じます。気候変動、災害、感染症、経済的な危機といった、さまざまな衝撃にさらされる現代の都市が、いかにして持続可能であり、そして、それらの衝撃に耐え、回復し、適応する力 — レジリエンス(resilience) — をもちうるのか。第8回で少し触れた、コンパクトシティ、スマートシティ、レジリエンスといった現代的な課題を、より深く掘り下げていきます。交通と都市の関係から、都市の持続可能性と回復力という、より大きな主題へ — 本連載の探究を、さらに進めていきたいと思います。本稿が、読者の皆さんにとって、都市理論の体系を見通し、自らの実践や研究を位置づけるための一助となれば幸いです。
参考文献
本稿は以下の文献に基づいています。原典の刊行年と版については、入手可能な版に応じて記載しています。可能な限り原典を優先し、邦訳のあるものは併記しました。
英語文献
- Calthorpe, P. (1993). The Next American Metropolis: Ecology, Community, and the American Dream. New York: Princeton Architectural Press.
- Calthorpe, P., & Fulton, W. (2001). The Regional City: Planning for the End of Sprawl. Washington, D.C.: Island Press.
- Cervero, R., & Kockelman, K. (1997). Travel Demand and the 3Ds: Density, Diversity, and Design. Transportation Research Part D, 2(3), 199–219.
- Ewing, R., & Cervero, R. (2010). Travel and the Built Environment: A Meta-Analysis. Journal of the American Planning Association, 76(3), 265–294.
- Newman, P., & Kenworthy, J. (1999). Sustainability and Cities: Overcoming Automobile Dependence. Washington, D.C.: Island Press.
- Jacobs, J. (1961). The Death and Life of Great American Cities. New York: Random House.
- Logan, J. R., & Molotch, H. L. (1987). Urban Fortunes: The Political Economy of Place. Berkeley: University of California Press.
- Fainstein, S. S. (2010). The Just City. Ithaca, NY: Cornell University Press.
- Harvey, D. (1985). The Urbanization of Capital. Baltimore: Johns Hopkins University Press.
- Duany, A., Plater-Zyberk, E., & Speck, J. (2000). Suburban Nation: The Rise of Sprawl and the Decline of the American Dream. New York: North Point Press.
- Dittmar, H., & Ohland, G. (Eds.) (2004). The New Transit Town: Best Practices in Transit-Oriented Development. Washington, D.C.: Island Press.
- Zuk, M., et al. (2018). Gentrification, Displacement, and the Role of Public Investment. Journal of Planning Literature, 33(1), 31–44.
日本語文献
- カルソープ, P. (2004). 『次世代のアメリカの都市づくり ― ニューアーバニズムの手法』倉田直道・倉田洋子訳. 学芸出版社.
- ジェイコブズ, J. (2010). 『アメリカ大都市の死と生 新版』山形浩生訳. 鹿島出版会.
- 青木栄一 (2008). 『鉄道忌避伝説の謎 ― 汽車が来た町、来なかった町』吉川弘文館.
- 原武史 (2020). 『鉄道ひとつばなし』講談社.
- 宇都宮浄人 (2015). 『地域再生の戦略 ― 「交通まちづくり」というアプローチ』筑摩書房.
- 家田仁・小嶋光信 (監修) (2015). 『地域モビリティの再構築』薫風社.
※ 本記事における事実の記述は上記文献に基づいていますが、「筆者の見るところ」等と明記した箇所は筆者による解釈・整理であり、各文献の主張そのものではありません。徒歩都市・路面電車都市・鉄道都市・自動車都市という整理は、交通技術と都市構造の関係を理解するための理念的な類型であり(より一般的には徒歩都市・公共交通都市・自動車都市の三類型として整理されます)、現実の都市はこれらの要素が複合しています。TODの直接的な起源はニューアーバニズムとピーター・カルソープの議論にあり、クラレンス・ペリーの近隣住区論とは、徒歩圏を基礎とするという思想的な連続性において結びつくものの、両者を同一視すべきではない点に留意してください。「5D」の枠組みは、セルベロらの研究を起点に発展してきたものです。とりわけ「日本の鉄道都市とTOD」の節における記述は、日本の都市を理想的・完成的なTODとして美化するものではなく、結果としてTOD的な構造を形成しながら成長機械的性格も併せもつ事例としての解釈です。TODとジェントリフィケーションの関係をめぐる議論は、実証的にも論争的な主題であり、本稿は特定の立場を読者に強いるものではありません。読者が引用される際は、原典にあたって確認されることをお勧めします。
年表 ― 交通と都市構造の展開
- 19世紀後半 ― 馬車鉄道・路面電車の登場。都市が軌道に沿って放射状に拡大
- 20世紀初頭 ― フォードの大量生産により自動車が大衆化。自動車社会の幕開け
- 1920年代 ― ペリーの近隣住区論。徒歩圏の生活単位という思想的先駆
- 1956年 ― アメリカ連邦補助高速道路法。州間高速道路網の建設が郊外化を加速
- 1961年 ― ジェイコブズ『アメリカ大都市の死と生』。自動車・機能主義都市批判
- 1980年代 ― ニューアーバニズムの台頭。スプロール批判と歩ける街の再評価
- 1993年 ― カルソープ『次なるアメリカの大都市圏』。TODの理念を体系化
- 1997年 ― セルベロらが「3D(密度・多様性・デザイン)」を提示
- 2001年 ― カルソープ『リージョナル・シティ』。都市圏スケールへ発展
- 2000年代 ― 「5D」への発展。世界各地でTODの取り組みが本格化
- 2010年代 ― 交通指向型ジェントリフィケーション研究の蓄積
- (背景)1933年 ― CIAM「アテネ憲章」。機能分離・自動車中心の都市計画綱領
- (日本)1910年 ― 箕面有馬電気軌道(後の阪急)開業。小林一三の沿線開発の出発点
- (日本)1918年 ― 阪急が梅田にターミナルデパートを構想。鉄道・不動産・商業の一体化
- (日本)1920年代〜 ― 田園都市株式会社・目黒蒲田電鉄など東京圏の郊外住宅地開発
- (日本)戦後 ― 通勤五方面作戦など、大都市圏鉄道網の拡充と沿線市街地形成
- (日本)高度成長期 ― ニュータウン開発と鉄道延伸の一体的推進
- (日本)2006年 ― 富山ライトレール開業。LRTを軸としたコンパクトシティ政策の先進例
- (日本)2014年 ― 改正都市再生特別措置法。立地適正化計画による居住誘導
- (日本)近年 ― 連続立体交差事業・駅前再開発による駅中心市街地の再編
用語集
本稿および交通と都市構造の理解に関連する主要な用語・人名・著作を示します(添付リストに既収載の用語、および前稿までで扱った用語は除外)。形式は「英語, 用語(英語と異なる場合), 正式名称(用語と異なる場合), 略称(と異なる場合): 解説」です。
理論・概念
- Walking City, 徒歩都市, , , : 機械的交通以前の、歩いて移動できる範囲に制約された、コンパクトで高密度・用途混在の都市(添付にWalking Cityあり、訳語を補記)。
- Transit City, 公共交通都市: 路面電車・鉄道など公共交通を基軸に発展した都市。本稿では路面電車都市と鉄道都市に細分。
- Streetcar City, 路面電車都市: 路面電車の軌道に沿って放射状・帯状に発展した都市。徒歩圏を保ちながら拡大した。
- Railway City, 鉄道都市: 鉄道駅を結節点として、駅を中心に高密度に発展した都市。日本の大都市圏が典型。
- Automobile City, 自動車都市, , , : 自動車に依存し、軌道や駅に束縛されず面的に低密度に拡散した都市(添付に自動車都市あり、英語を補記)。
- Suburbanization, 郊外化: 人々が都市中心部から郊外へ移り住む現象。自動車社会と高速道路網がこれを加速した。
- Induced Traffic, 誘発交通, , , : 道路の拡張がかえって自動車利用を増やし、渋滞が解消されない現象(添付の誘発需要に近いが交通文脈の語を補記)。
- Transit-Induced Gentrification, 交通指向型ジェントリフィケーション: 公共交通の整備が地価・家賃を上昇させ、もとの低所得住民を排除する現象。
- 5D: TODの構成要素を分析する枠組み。Density(密度)、Diversity(多様性)、Design(デザイン)、Destination Accessibility(目的地アクセス性)、Distance to Transit(交通近接性)。
- Destination Accessibility, 目的地へのアクセス性: ある場所から多様な目的地へどれだけ容易に到達できるか。5Dの一要素。
- Distance to Transit, 公共交通への近接性: 住まいや職場から駅・停留所までの距離の近さ。5Dの一要素。
- Rail-and-Property Model, 鉄道不動産一体経営: 鉄道事業と沿線の不動産・商業・レジャー事業を一体化して相互に収益を支える経営モデル。日本の私鉄の特徴。
人名
- Andrés Duany, アンドレス・デュアニー: ニューアーバニズムを代表する建築家・都市計画家の一人。
- Elizabeth Plater-Zyberk, エリザベス・プレイター=ザイバーク: ニューアーバニズムを代表する建築家・都市計画家の一人。デュアニーとともに活動。
- Robert Cervero, ロバート・セルベロ: TODの構成要素を「3D」として実証的に整理した交通研究者。
- Reid Ewing, リード・ユーイング: セルベロとともに、都市の物理的環境と交通行動の関係をメタ分析的に研究した。
- Peter Newman, ピーター・ニューマン: 自動車依存からの脱却と持続可能な都市を論じた研究者。ケンワージーとの共著で知られる。
著作
- The Next American Metropolis, 『次なるアメリカの大都市圏』: カルソープが1993年に著した、TODの理念を体系化した著作。邦訳は『次世代のアメリカの都市づくり』。
- The Regional City, 『リージョナル・シティ』: カルソープとフルトンが2001年に著した、TODを都市圏スケールへ発展させた著作。
- Suburban Nation, 『郊外という国』: デュアニーらが2000年に著した、スプロール批判とニューアーバニズムの代表的著作。
- Sustainability and Cities, 『持続可能性と都市』: ニューマンとケンワージーが1999年に著した、自動車依存からの脱却を論じた著作。
※ 用語の訳語・解説は本稿の文脈に即したものです。TOD、ピーター・カルソープ、ニューアーバニズム、コンパクトシティ、賃料格差、成長機械論など多くの基幹概念は添付リストに既収載のため、本用語集では未収載の交通・都市構造論の概念・人物・著作を中心に補いました。TODの直接的源流はニューアーバニズム/カルソープにあり、ペリーの近隣住区論とは徒歩圏を基礎とする思想的連続性において結びつく点、また日本の鉄道都市は「結果として」TOD的構造を形成した事例である点に留意してください。次稿は持続可能な都市とレジリエンスを主題とします。学術的に厳密な定義は各原典・専門事典をご参照ください。
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