日本のEBPM導入の主目的は「予算縮減」で、研究者は主要な利用者ではない——中曽根平和研究所の日米比較研究を引用し、2016年の統計改革から2018年の政策立案総括審議官設置に至る経緯と、「無謬性」の文化との相克を整理。ZPシリーズ最終回です。
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目次
はじめに
ZP05では、第三セクター・地方独立行政法人制度における経営責任の所在を扱った。本稿は、ZPシリーズの最終回として、証拠に基づく政策形成(EBPM、Evidence-Based Policy Making)が、日本の行政においてどう導入され、どのような限界に直面しているかを掘り下げる。ZP03で扱った「無謬性」の文化——過去の政策判断の誤りを認めにくい組織文化——との相克という観点から、この主題に取り組む。
日本におけるEBPM導入の経緯
統計改革からEBPMへ
日本におけるEBPMの取り組みは、2016年12月に決定された「統計改革の基本方針」を出発点とする[1]。この方針に基づき設置された統計改革推進会議は、EBPM推進体制の構築を第一の議題として掲げた[1]。同会議は、2017年5月に公表した最終取りまとめにおいて、EBPMを推進する必要性を明確に述べ、政府横断的な推進体制を構築すべきとした[2]。
体制の整備
この提言は、2017年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2017」(骨太方針2017)に盛り込まれた[2]。これを踏まえ、2017年7月には、政府横断的なEBPM推進機能を担う、EBPM推進委員会が設置された[2]。さらに、2018年度には、各府省にEBPM推進に関わる取組を総括する、政策立案総括審議官(一部府省では課長級の「政策立案参事官」)が新設された[2]。内閣府では、この政策立案総括審議官をチーム長とする、EBPM推進チームが、基本的な方針を定めている[3]。
EBPMの手法
EBPMが用いる手法には、ランダム化比較実験(RCT)等の実験的手法、不連続回帰デザイン分析(RDD)・差の差分析(DID)・傾向スコアマッチング(PSM)・合成コントロール法(SCM)・操作変数法(IV)等の疑似実験的手法、および回帰分析が含まれる[4]。これらの手法は、ZE06・ZE07(既刊、政策評価シリーズ)が扱った、因果推論・評価デザインの理論と、直接に対応する。
実装の限界——形式化する取り組み
「形だけ」になりがちなロジックモデル
EBPMの実装をめぐっては、複数の限界が指摘されている。第一に、「ロジックモデル作りや指標設定が目的化・作業化している」という指摘がある[5]。適切な指標の設定ができない、政策の改善に実際にはつながっていない、といった問題が指摘されており、EBPMの取り組みが「形だけ」になり、実質的な政策効果の向上に結びついていないという評価がなされている[5]。
「一点物」の政策と、事前評価の困難さ
第二に、大規模なインフラ整備や社会保障制度の抜本的改革、最先端技術への投資といった、その性質上「一点物(One-off)」である政策には、RCTのような標準的な実験的手法を、事前に適用することが極めて難しいという課題がある[5]。
政治的・行政的な慣性による軌道修正の停滞
第三に、一度法制化され、予算が配分された政策は、たとえ事後のデータが、期待された成果を上げていないことを示唆していても、政治的・行政的な慣性により、柔軟に方針を転換することが困難であるという実態がある[5]。この課題は、ZP03で扱った「無謬性」の文化——過去の政策判断の誤りを認めにくい組織文化——と、直接に接続する。データが政策の失敗を示唆していても、それを公式に認め、方針を転換する政治的・組織的なコストが高いために、軌道修正が進まないという構造は、まさに無謬性の文化が、EBPMの実質的な機能を妨げる、具体的な現れである。
日米比較から見える、日本のEBPMの構造的な特徴
予算縮減という主目的
中曽根平和研究所の研究は、日米のEBPMの取り組みを比較し、日本でのEBPM導入の主な目的が、予算の縮減であり、主な担い手が、霞が関の役人であることを指摘している[6]。研究機関との共同研究は想定されているが、それ以外の研究者は、基本的に主要な対象とはされていない[6]。
研究者の位置づけの違い
この点は、米国との重要な違いを構成する。日本では、有識者(研究者等)は、政府横断的なEBPMの推進において、EBPM推進委員会に対する監督・助言を行う立場にとどまり、主要な利用者としては位置づけられていない[6]。これは、研究者が、より主体的な役割を担う、米国のEBPMの実践とは、大きく異なる構造である[6]。
統計システムの縦割り・分散という制約
さらに、日本の統計システムが縦割り・分散型であることも、学術的に利用可能なデータの整備を妨げる要因として指摘されている[6]。行政記録情報や、地方自治体・民間が保有する各種データの利活用も、現状では、統計法の対象領域が狭いため、限定的にしか進んでいない[6]。
エビデンスの需給の不均衡
より近年の研究では、日本のEBPMが十分に機能しない理由を、グローバル・コミッション・オン・エビデンスが示す「エビデンス・サポート・システム」という枠組みを用いて分析し、日本における課題として、エビデンスに対する需要の弱さ、エビデンスの供給と需要を均衡させる仕組みの不十分さを指摘している[7]。
無謬性の文化とEBPMの相克——構造的な緊張関係
本稿で確認してきた実装上の限界は、いずれも、ZP03で扱った官僚制の人事システム・無謬性の文化と、密接に関わっている【推論】。数年ごとに異動する担当者にとって、自らが在任中に導入した政策の、長期的な効果検証に、深く関与し続けるインセンティブは乏しい。また、無謬性の文化のもとでは、事後のデータが政策の失敗を示唆する場合であっても、それを公式に認めることへの、組織的な抵抗が生じやすい。EBPMが目指す「エピソードからエビデンスへ」という理念[8]は、この人事構造・組織文化という、より根深い制度的制約と、正面から緊張関係に置かれている。
おわりに
本稿は、ZPシリーズの最終回として、日本におけるEBPMの導入経緯(2016年統計改革の基本方針から、2017年統計改革推進会議、2018年の政策立案総括審議官設置に至る体制整備)と、その実装上の限界(形式化するロジックモデル、一点物の政策への適用困難、政治的・行政的慣性による軌道修正の停滞)を整理した。日米比較が示す、予算縮減という主目的、研究者の限定的な位置づけ、統計システムの分散という日本固有の構造的特徴は、ZP03で扱った無謬性の文化と相まって、EBPMの理念と、実際の行政運営との間に、根深い緊張関係を生み出している。ZP01からZP06までを通じて、行政学の全体構成(ZP01)、予算編成過程論(ZP02)、官僚制の人事システム(ZP03)、住民訴訟・監査制度(ZP04)、第三セクター・地方独立行政法人制度(ZP05)、EBPMの実装と限界(ZP06)を扱ってきた。これらは、いずれも交通・物流の実務が置かれている、行政組織の構造的な制約を、理解するための基盤となる。
主要先行研究
統計改革推進会議最終取りまとめ(2017年)、高橋(中曽根平和研究所、2020年)[6]、Global Commission on Evidenceの枠組みに基づく分析[7]。
参考資料一覧
- 「合理的根拠に基づいた政策立案(EBPM)の取組事例と課題」GLAVISグループ。2016年統計改革の基本方針、統計改革推進会議の設置経緯について。
- 「令和3年度プロジェクト研究報告書」国立教育政策研究所。2017年統計改革推進会議最終取りまとめ、骨太方針2017、EBPM推進委員会・政策立案総括審議官の設置経緯について。
- 「内閣府におけるEBPMへの取組」内閣府。EBPM推進チームの体制について。
- 「自治体や中小・中堅企業におけるEBPMのあり方」厚生労働省第36回労働政策基本部会資料(佐々木勝)。EBPMの手法(RCT、RDD、DID、PSM、SCM、IV、回帰分析)について。
- 「合理的根拠に基づいた政策立案(EBPM)の取組事例と課題」GLAVISグループ。ロジックモデルの形式化、一点物の政策への適用困難、軌道修正の停滞について。
- 高橋(2020)「EBPM(証拠に基づく政策立案)は日本で確立するのか:欧米の経験も踏まえて」中曽根平和研究所。日本のEBPM導入目的(予算縮減)、研究者の位置づけ、統計システムの縦割りについて。
- 「日本のEBPM(エビデンスに基づく政策形成)はなぜ機能しないのか?」日本評価学会誌掲載論文。エビデンス・サポート・システムの枠組みに基づく分析について。
- 「自治体や中小・中堅企業におけるEBPMのあり方」厚生労働省資料。「エピソード・ベースからエビデンス・ベースへ」という理念について。
用語集
- EBPM, Evidence-Based Policy Making, 証拠に基づく政策立案, —: 政策の企画を、その場限りのエピソードに頼るのではなく、政策目的を明確化した上で、合理的根拠(エビデンス)に基づいて行うこと。
- 統計改革推進会議, Statistical Reform Promotion Council, —, —: 2016年の統計改革の基本方針に基づき設置された、EBPM推進体制の構築を議題とした会議。
- 政策立案総括審議官, Director-General for Policy Planning, —, —: 各府省においてEBPM推進に関わる取組を総括するために、2018年度に新設されたポスト。
- 一点物の政策, One-off Policy, —, —: 大規模インフラ整備や制度の抜本改革のように、標準的な実験的手法を事前に適用することが困難な、性質上繰り返しの効かない政策。
- エビデンス・サポート・システム, Evidence-Support System, —, —: エビデンスの需要と供給を分析する、グローバル・コミッション・オン・エビデンスが提示する枠組み。
Claude ログ
正確な典拠を確認してから執筆する。十分な資料が集まった。ZP06(ZPシリーズ最終回)を執筆する。整合性を確認する。引用番号[1]〜[8]の連番、全HTMLタグの対応が一致した。ZP06を執筆した。ZPシリーズ(行政学、全6回)が完成した。
主な内容
- 導入経緯:2016年12月「統計改革の基本方針」→2017年5月統計改革推進会議最終取りまとめ→2017年6月骨太方針2017→2017年7月EBPM推進委員会設置→2018年度各府省への政策立案総括審議官新設、という具体的な時系列を正確に整理
- EBPMの手法:RCT、RDD、DID、PSM、SCM、IVという疑似実験的手法を整理し、既刊ZE06・ZE07(因果推論・評価デザイン)との対応を明示
- 実装の限界(本稿の核心):①ロジックモデル作りが「形だけ」に形式化、②大規模インフラ等「一点物」の政策にはRCT等の適用が困難、③事後データが失敗を示唆しても、政治的・行政的慣性により軌道修正が進まない——この第三の限界を、ZP03の「無謬性」の文化と直接接続
- 日米比較:中曽根平和研究所の研究を引用し、日本のEBPM導入の主目的が予算縮減であり、研究者は主要な利用者として位置づけられていないという、米国との構造的な違いを指摘。統計システムの縦割り・分散という制約も整理
- 総括:無謬性の文化とEBPMの理念(「エピソードからエビデンスへ」)が正面から緊張関係にあることを、ZP03との接続を通じて示した
引用[1]〜[8]、参考資料一覧・用語集も本文に組み込み済み。全HTMLタグの対応を確認済み。
SNSリード文
日本のEBPM導入の主目的は「予算縮減」で、研究者は主要な利用者ではない——中曽根平和研究所の日米比較研究を引用し、2016年の統計改革から2018年の政策立案総括審議官設置に至る経緯と、「無謬性」の文化との相克を整理。ZPシリーズ最終回です。(119文字)
タイトル案
これでLシリーズ(法学)・Yシリーズ(哲学)・ZPシリーズ(行政学)が完成した。次はR(人類学)シリーズの執筆に進んでよいか、確認したい。








