「聖地」という言葉は、宗教の巡礼から借りてきたものでした——2005年の政府調査を起点に、岡本健による学術的体系化、大塚英志の物語消費論と東浩紀のデータベース消費論を整理。既刊R05の初詣創出史と、コンテンツツーリズムが共有する「物語が移動を生む」構造を検討する回です。
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目次
はじめに
V04では、アーリの観光のまなざし論を扱った。本稿は、日本の観光研究において独自に発展してきた、コンテンツツーリズム——アニメ・映画・漫画等のコンテンツに関連する土地を訪れる、聖地巡礼という観光様式——を掘り下げる。この主題は、既刊R05(儀礼としての交通開業)が扱った、初詣という「創られた伝統」とも、鉄道と物語消費という観点から、接続する。
コンテンツツーリズムの成立
2005年の政府調査という起点
コンテンツツーリズムという語が、政策的な文脈で明確化された起点は、2005年(平成17年)、国土交通省・経済産業省・文化庁がまとめた「映像等コンテンツの制作・活用による地域振興のあり方に関する調査」である[1]。この調査は、TVドラマ「北の国から」の富良野市、映画「ラブレター」の函館・小樽市、映画「世界の中心で、愛を叫ぶ」の香川県、TVドラマ「冬のソナタ」の複数の撮影地といった、既に実際に観光効果を生んでいた、複数の先行事例を検討した[1]。
コンテンツツーリズムの定義
コンテンツツーリズムは、コンテンツを動機とした旅行行動、あるいはコンテンツを活用した観光振興・地域振興を指す語として定義される[2]。この定義における「コンテンツ」とは、アニメ・漫画・ゲーム・映画・音楽といった、楽しみのための情報財を意味する[2]。この定義は、地域振興の主体側の視点(地域固有の「物語性」「テーマ性」を観光資源として活用する)だけでなく、消費者側の視点(ファンがコンテンツ作品に興味を抱き、その舞台となる地域を巡る)の、両方を含む[3]。
岡本健による学術的な体系化
コンテンツツーリズム研究を、学術的に体系化した最も重要な研究者が、観光社会学者の岡本健である。岡本の博士論文は、2018年9月、『アニメ聖地巡礼の観光社会学——コンテンツツーリズムのメディア・コミュニケーション分析』として書籍化され、2019年7月、観光学術学会から著作賞を受賞した[4]。この研究の評価された点の一つは、アニメ聖地巡礼が、情報社会における旅行者の特徴を、如実に示していたことにある[4]。岡本はまた、コンテンツツーリズムを、学術・経済・行政という多角的な観点から、67の項目にわたって分析する入門書『コンテンツツーリズム研究』を編著している[5]。
政策的な後押し
2013年6月、観光庁・日本政府観光局(JNTO)・経済産業省・日本貿易振興機構(JETRO)は、「訪日外国人増加に向けた共同行動計画」を発表し、この中に、アニメ・漫画の聖地への訪日を促す情報発信が含まれた[6]。同年、観光庁は、アニメ『ガールズ&パンツァー』と連動した、茨城県大洗町の取り組みに、若者旅行を応援する取組表彰の奨励賞を授与している[6]。
物語消費という理論的背景
大塚英志の物語消費論
コンテンツツーリズムが依拠する、消費者行動の理論的な背景として、批評家・大塚英志が1989年に提示した、物語消費論がある。大塚は、消費者が、個々の商品(断片)そのものを消費しているのではなく、その背後にある、大きな「物語」の総体を消費しているという視座を示した。消費者は、個々の断片を通じて、その背後にある物語の全体像を、能動的に想像し、追体験しようとする。
東浩紀のデータベース消費論
この物語消費論は、その後、批評家・東浩紀が2001年の著書『動物化するポストモダン』で示した、データベース消費論によって、批判的に再検討された。東は、大塚が想定したような、統一的な「大きな物語」への欲望が、ポストモダンの状況下では後退し、代わりに、キャラクターの属性(萌え要素)というデータベースから、消費者が個別に要素を組み合わせて楽しむ、より断片的な消費様式が台頭していることを論じた。
聖地巡礼への接続
聖地巡礼という行為は、この物語消費・データベース消費という理論的背景と、興味深い形で接続する【推論】。聖地巡礼者は、作品という「物語」の舞台となった、実在の場所を訪れることで、フィクションとしての物語を、現実の空間の中で、身体的に追体験しようとする。この行為は、大塚が示した物語消費——断片を通じて物語の全体を追体験する欲望——の、空間的な実践形態として理解できる可能性がある。
鉄道と物語消費——R05との接続
「聖地」という語の反復
コンテンツツーリズムにおいて、作品の舞台となった土地は、しばしば「聖地」と呼ばれる。この呼称は、R02で扱った、宗教的な巡礼における「聖地」概念の、世俗化された転用である。この転用自体、R05で扱ったターナーの儀礼論——通過儀礼としての巡礼、コミュニタスの生成——が、宗教的な文脈を離れて、大衆文化の消費行動にも、応用可能な理論的な枠組みを提供することを示唆する【推論】。
鉄道会社によるコンテンツツーリズムの活用
R05で扱った、明治期の鉄道会社による初詣創出史は、鉄道会社が、集客のために、既存の宗教的な物語(弘法大師信仰等)を活用した事例であった。これに対し現代のコンテンツツーリズムでは、鉄道会社・地方自治体が、アニメ・漫画という、新しい形式の物語を、地域振興・沿線振興のために活用している。この構造的な類似——特定の物語を媒介として、人々の移動を促す、という基本構造——は、初詣創出史とコンテンツツーリズムを、100年以上の時を隔てながらも、同じ理論的な枠組みで捉えられることを示唆する【推論】。
おわりに
本稿は、コンテンツツーリズムの成立過程(2005年の政府調査、岡本健による学術的体系化、2013年の政策的な後押し)を整理した上で、大塚英志の物語消費論、東浩紀のデータベース消費論という、その背景にある理論的な議論を確認した。さらに、既刊R05が扱った初詣創出史との構造的な類似——物語を媒介とした移動の喚起——を検討した。次稿V06では、Vシリーズの最終回として、交通インフラの観光資源化——保存鉄道・遺産鉄道の理論——を扱う。
主要先行研究
岡本健(2018)[4]、国土交通省・経済産業省・文化庁(2005年調査)[1]。
参考資料一覧
- 参議院調査情報担当室「コンテンツツーリズムの新たな方向性——地域活性化の手法として」(筒井隆志)。2005年調査の内容、先行事例について。
- 「コンテンツが誘発する旅行者行動と観光振興」(中村哲)researchmap掲載論文。コンテンツツーリズムの定義について。
- 同上。地域側・消費者側、両方の視点を含む定義の整理について。
- 「アニメコンテンツとツーリズム、両者の発展の鍵を握るものは?」ビデオリサーチ(岡本健氏インタビュー)。博士論文の書籍化、著作賞受賞について。
- 「コンテンツツーリズム研究〔増補改訂版〕」福村出版。67項目の入門書について。
- 「コンテンツツーリズムと地域創造」観光Re:デザイン。2013年の共同行動計画、大洗町の事例について。
用語集
- コンテンツツーリズム, Content Tourism, —, —: コンテンツ(アニメ・漫画・ゲーム・映画・音楽等)を動機とした旅行行動、あるいはコンテンツを活用した観光振興・地域振興。
- 聖地巡礼, Seichi-junrei, —, —: アニメ・漫画等の作品の舞台となった実在の土地を訪れる、コンテンツツーリズムの一形態。宗教的な巡礼の語を、世俗的に転用した呼称。
- 物語消費論, Theory of Narrative Consumption, —, —: 消費者が、個々の商品の背後にある「大きな物語」の総体を消費しているとする、大塚英志の理論。
- データベース消費論, Theory of Database Consumption, —, —: 統一的な物語への欲望が後退し、キャラクターの属性というデータベースから要素を組み合わせて楽しむ消費様式が台頭しているとする、東浩紀の理論。
Claude ログ
正確な典拠を確認してから執筆する。十分な資料が集まった。V05を執筆する。整合性を確認する。引用番号[1]〜[6]の連番、全HTMLタグの対応が一致した。V05を執筆した。
主な内容
- コンテンツツーリズムの成立:2005年国土交通省・経済産業省・文化庁の政府調査を起点に、「北の国から」富良野市、「ラブレター」函館・小樽市等の先行事例を確認。コンテンツツーリズムの定義(地域側の物語性活用と、消費者側のファン行動の両視点)を整理
- 岡本健による学術的体系化:博士論文の書籍化(2018年)、2019年観光学術学会著作賞受賞、67項目にわたる入門書編著という実績を正確に紹介
- 政策的後押し:2013年の観光庁・JNTO・経産省・JETRO共同行動計画、茨城県大洗町(『ガールズ&パンツァー』)への表彰事例
- 物語消費の理論的背景:大塚英志の物語消費論(1989年、断片を通じた大きな物語の追体験)と、東浩紀のデータベース消費論(2001年『動物化するポストモダン』、萌え要素データベースからの個別的な組み合わせ消費)を、両者の違いを明確にしながら整理
- R05との接続(本稿の核心):「聖地」という語が宗教的巡礼概念の世俗的転用であること、R05のターナー儀礼論が大衆文化消費にも応用可能である可能性、そして明治期の初詣創出史と現代のコンテンツツーリズムが「物語を媒介として移動を促す」という同一の構造を、100年以上の時を隔てて共有しているという指摘を、いずれも【推論】タグ付きで示した
引用[1]〜[6]、参考資料一覧・用語集も本文に組み込み済み。全HTMLタグの対応を確認済み。
SNSリード文
「聖地」という言葉は、宗教の巡礼から借りてきたものでした——2005年の政府調査を起点に、岡本健による学術的体系化、大塚英志の物語消費論と東浩紀のデータベース消費論を整理。既刊R05の初詣創出史と、コンテンツツーリズムが共有する「物語が移動を生む」構造を検討する回です。(131文字)
タイトル案
- なぜ「聖地」と呼ぶのか——コンテンツツーリズムの語源
- 初詣とアニメ聖地巡礼、100年隔てた同じ構造
- 物語消費論からデータベース消費論へ——大塚と東の理論
次はV06(交通インフラの観光資源化)の執筆に進んでよいか、確認したい。これでVシリーズも最終回となる。








