未決定の有権者100人と、9つの報道機関。1968年、チャペルヒル研究が明らかにしたのは、相関係数0.97という、ほぼ完璧な一致でした。メディアは、何を考えるべきかは教えられなくとも、何について考えるべきかを教えることに、驚くほど成功している——議題設定理論を検証する回です。
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はじめに
HM05では、ドラマ性という要素の学術的背景として、ナラティブ・トランスポーテーション理論を検討した。本稿はその第六回として、議題設定理論を扱う。この理論は、個別の記事が取材されるかどうかという水準を超え、報道全体が社会の関心そのものをどう形づくるのかという、より大きな射程を持つ理論である。
先行する、バーナード・コーエンの命題
議題設定理論に先立ち、重要な足がかりとなったのが1963年のバーナード・コーエンによる著名な命題である。コーエンは、メディアは人々に何を考えるべきかを教えることには、あまり成功していないかもしれないが、何について考えるべきかを教えることには驚くほど成功している、と述べた[1]。この感情的な効果と認知的な効果を区別する視点が、後の議題設定研究における重要な先例となった[1]。
1968年、チャペルヒル研究
研究の背景と動機
マックスウェル・マコームズとドナルド・ショウは、当時ノースカロライナ大学チャペルヒル校の若手准教授であった。両氏は、それまでのメディア研究の多くが、メディアが人々の投票行動そのものを変えうるかという説得効果を検証しようとしてきたが、これを実証することは極めて困難であったと考えていた[2]。マコームズとショウは、メディアの真の力は人々の考えを変えることではなく、人々の注意を特定の方向へ導くことにあるのではないか、と考えたのである[2]。1968年の米国大統領選挙は、この仮説を検証するための、格好の舞台を提供した[2]。
調査の、具体的な方法
両氏はチャペルヒルの地域から、100人の未決定の有権者を調査対象として選んだ[3]。未決定の有権者を、あえて選んだのには、理由がある。もし議題設定が、こうした最も強い政党への忠誠を持たない影響を受けやすい層に対して、強い効果を持つことが確認できれば、この仮説の妥当性はより説得力を持つと考えられたからである[4]。参加者には、一つの自由記述式の質問が、投げかけられた。政府が集中すべきと思う、主要な2つか3つの事柄は何か、という問いである[3]。この回答を分類し順位づけたものが、いわゆる公衆の議題を構成した[3]。
同時に行われた、報道内容の分析
これと並行して、マコームズとショウは9つの報道機関の内容分析も実施した。地方紙4紙、ニューヨーク・タイムズ、タイム誌、ニューズウィーク誌、そしてNBC、CBSという2つのテレビ局の夜のニュースが、その対象であった[5]。
驚くべき、一致という結果
この2つの調査結果を比較した結果は驚くべきものであった。有権者が最も重要だと考えた争点の順位と、報道機関がその争点に割いた紙面や時間の量の順位との間に、ほぼ完璧な一致が見られたのである[6]。この一致は、相関係数にして0.97という極めて高い数値で示されている[7]。
1972年、正式な論文の発表
この研究成果は1972年、『パブリック・オピニオン・クォータリー』誌に正式な論文として発表された[8]。以来、今日に至るまで議題設定理論に関する実証研究の数は、400件を超えるまでに積み重ねられてきた[9]。選挙という文脈だけでなく、選挙以外の様々な社会的な争点、そして米国以外の五大陸にわたる幅広い国々においても、この議題設定というモデルは繰り返し検証されてきた[9]。
1972年、シャーロット研究という、追跡調査
マコームズとショウはチャペルヒル研究の後、1972年、ノースカロライナ州シャーロットを舞台に追跡調査を行った。この研究は3波にわたるパネル調査という、より発展した手法を用いている[10]。この一連の研究の中から「方向づけの必要性」という新たな概念も生み出されている[10]。
第二レベルの議題設定という、理論の発展
議題設定理論は、その後さらに発展を遂げている。当初のチャペルヒル研究が明らかにしたのは、報道機関が力点を置く争点ほど、公衆にとって重要だと見なされるようになる、という第一レベルの効果であった。これは、人々が何について考えるかを、規定する効果である[11]。これに対し、第二レベルの議題設定は、属性の顕現性の伝達を扱う。第一レベルがどの争点が重要と見なされるかを扱うのに対し、第二レベルはその争点や政治家といった対象が、どのように認識されるかという、より踏み込んだ次元を扱うことになる[11]。
既刊シリーズとの接続
本稿で確認した議題設定理論は、既刊Q02で扱った中位投票者定理とも間接的に関連しうる。有権者がどの争点を重要と見なすかという公衆の議題そのものが、報道によって形づくられるとすれば、この議題の形成過程は、政治家がどの争点で有権者に訴求すべきかという戦略的な判断にも影響を及ぼすと考えられる。
おわりに
本稿は、1963年のバーナード・コーエンの命題を出発点として、1968年、マコームズとショウによるチャペルヒル研究を、その方法論とともに詳しく検討した。100人の未決定の有権者、9つの報道機関、そして相関係数0.97という具体的な調査結果を確認した。1972年の正式な論文発表、そしてシャーロット研究という追跡調査、さらに第二レベルの議題設定という理論の発展も検討した。次稿HM07では、グルーニックによる、広報活動の4モデル論を検討する。
主要先行研究
Cohen(1963)、McCombs & Shaw(1972)[1][8]。
年表
- 1963年 コーエン、メディアの認知的効果に関する命題を発表
- 1968年 マコームズ&ショウ、チャペルヒル研究を実施
- 1972年 マコームズ&ショウ、正式な論文を発表。シャーロット研究を実施
参考資料一覧
- 「Agenda Setting Theory」ScienceDirect Topics。https://www.sciencedirect.com/topics/social-sciences/agenda-setting-theory。コーエンの1963年の命題について。
- 「Unveiling Agenda-Setting: The McCombs and Shaw Discovery」Journalism University。https://journalism.university/media-and-communication-theories/agenda-setting-mccombs-shaw-discovery/。マコームズとショウの問題意識、1968年選挙という背景について。
- 同上。100人の未決定の有権者、質問内容、公衆の議題の構成について。
- 「1968 Chapel Hill Study」The Jotting Journal。https://thejottingjournal.wordpress.com/2010/10/04/1968-chapel-hill-study/。未決定の有権者を選んだ理由について。
- 「The Power of Focus」Journalism University。https://journalism.university/introduction-to-journalism-and-mass-communication/agenda-setting-theory-power-focus-public-perception/。9つの報道機関の内容分析について。
- 同上。有権者と報道機関の、順位の一致について。
- 「Agenda-Setting Theory: Media Influence & Salience」db.arabpsychology.com。https://db.arabpsychology.com/agenda-setting-theory/。相関係数0.97という数値について。
- 「Chapter 17: Agenda Setting Theory」Pressbooks Montgomery College。https://pressbooks.montgomerycollege.edu/commtheory/chapter/chapter-15-agenda-setting-theory/。1972年の論文発表について。
- 「The Agenda-Setting Theory」Academia.edu。https://www.academia.edu/186686/The_Agenda_Setting_Theory。400件を超える実証研究の蓄積について。
- 「The evolution of agenda-setting research and theory from 1972 to 2025」Springer Nature Link。https://link.springer.com/article/10.1007/s44382-025-00016-x。1972年のシャーロット研究、方向づけの必要性について。
- 「The Power of Focus」Journalism University。第一レベル、第二レベルの議題設定について。
用語集
- 議題設定理論, Agenda-Setting Theory, —, —: 報道機関が力点を置く争点ほど、公衆にとって重要と見なされるようになるとする理論。1968年、マコームズとショウが提示した。
- 第二レベルの議題設定, Second-Level Agenda Setting, 属性の議題設定, —: どの対象が重要かではなく、その対象がどのように認識されるかという、属性の顕現性を扱う理論の発展形。
Claudeログ
HM06を執筆する。まず、マコームズ&ショウによる、1968年のチャペルヒル研究の、具体的な内容について、確認する。大変、豊富な、正確な事実が、確認できた。特に、未決定の有権者100人、9つの報道機関、そして相関係数0.97という、極めて具体的な数字が判明した。これらを用いて、HM06を執筆する。整合性を確認する。読点を、間引く。ほぼ全文にわたって、修正が必要である。最終確認を行う。HM06を確認できた(読点数1.39/文、71文、約4,040字)。## HM06 SNSリード
未決定の有権者100人と、9つの報道機関。1968年、チャペルヒル研究が明らかにしたのは、相関係数0.97という、ほぼ完璧な一致でした。メディアは、何を考えるべきかは教えられなくとも、何について考えるべきかを教えることに、驚くほど成功している——議題設定理論を検証する回です。(130文字)
HM06を執筆した(読点数1.39/文、71文、約4,040字)。続けて、HM07(グルーニックの、広報4モデル論)を執筆してよいか、確認したい。








