小さな駅前で駄菓子屋を開いていた男が、20年間赤字だった鉄道会社の社長になりました。函館朝市の路面電車での絵画展、1966年製ワーゲンバス、そして「フラワー長井線ランド」という発想から生まれた、新聞・テレビ300回取材の法則。HMシリーズ第一回です。
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はじめに
本稿は「HM」シリーズの第一回として、メディアリレーションズ、及び広報理論という分野の学問的位置づけを整理する。山形鉄道の元社長、野村浩志氏が独自に編み出した「す・し・は・ど・こ・さ」の法則を、一次資料に基づいて詳しく確認していく。あわせて、この法則が生まれたフラワー長井線という路線の具体的な経営状況、そして野村氏の劇的な経歴もたどりながら、本シリーズ全体の見取り図を示す。
メディアリレーションズという分野の輪郭
広報学の位置づけ
広報、すなわちパブリックリレーションズは、組織とその利害関係者との間の良好な関係を構築・維持することを目的とする活動である。この分野には、独自の性質がある。広告のように費用を払って自社の伝えたい情報を自由に表現する手法とは異なり、報道機関という第三者の判断を経て、初めて情報が発信されるという性質である。この性質ゆえに、広報活動を通じて得られる情報は、広告よりも、高い信頼性を持つとされる。また、広告では実現できない社会的な広がりを持つインパクトを生み出しうる点も、この分野の重要な特徴である。
メディアリレーションズという、下位分野
広報活動の中でも、報道機関に対し情報を提供し記事や番組として取り上げてもらうよう働きかける活動は、メディアリレーションズ、あるいはパブリシティ活動と呼ばれる。信頼性の獲得、及び広告では実現できない社会的なインパクトを持つ点が、この活動の特徴とされる。本シリーズが扱うのは、まさにこのメディアリレーションズという実務上の技法である。
フラワー長井線という路線——20年間続いた赤字
設立の経緯
山形鉄道株式会社は1988年4月20日、山形県、及び沿線自治体等が出資する第三セクターとして設立された[1]。この会社の前身は、国鉄長井線である。国鉄長井線は1986年、第三次特定地方交通線に選定されていた、いわゆる廃止対象の候補路線であった[2]。同年10月25日、赤湯駅から荒砥駅までの30.5キロメートルの区間で、フラワー長井線としてあらためて開業した[1]。この路線名は、沿線に桜、白つつじ、バラ、あやめ、ダリヤ、紅花といった花の名所が多いことに由来している[3]。
利用者の内訳、及び経営の実態
沿線には、高校4校、及び専修学校1校がある。加えて、この長井線に接続するJR沿線にも多くの高校が存在している。この結果、利用者の実に7割以上を高校生が占めるという、通学路線としての性格が極めて強い路線である[3]。しかし、この路線は、開業以来、一貫して赤字が続いてきた。特に2000年以降は、1億円前後の赤字となる年も少なくなかった[4]。野村氏自身の著書の紹介文にも「開業以来20年間赤字のローカル鉄道」と、率直に明記されている[5]。少子化による高校生の減少、及びモータリゼーションの進展が、この厳しい経営状況の背景にあったとされる[2]。
野村浩志氏という実践者——駄菓子屋の店主から、公募社長へ
鉄道会社に入る前の経歴
野村氏は旅行会社である読売旅行の社員として、山形営業所長を務めていた[6]。この時期、函館朝市の店主からの紹介を受け、市内を走る路面電車の車内で絵画展を実現させたことが、後の広報活動の出発点になったという[7]。この一見小さな成功体験がきっかけとなり、野村氏は日本全国で同様の絵画展を実施するに至った[7]。さらに1966年製のワーゲンバスを活用した「移動駄菓子屋美術館」の館長として、平日は旅行会社の社員という立場を保ちながら、各地のローカル鉄道の駅前の賑やかしにも協力していた[7]。このように、駅前で駄菓子屋を営んでいた男が、後にその鉄道会社の社長になるという劇的な経緯が、野村氏の著書の紹介文でも強く強調されている[5]。
旅行会社時代の、具体的な企画
野村氏は、フラワー長井線の社長に就任する以前から、地域と鉄道を観光で結びつける企画を数多く立案し実施していた。2007年7月には七夕ツアーを、同年12月にはクリスマスサンタ列車を、それぞれ企画している[8]。長井市内のイベントには、ボンネット車で駄菓子屋を出すという独特な活動も行っていた[8]。これらの経験の蓄積が、後のす・し・は・ど・こ・さの法則の土台になったと考えられる。
2009年、公募社長への就任
こうしたこれまでの活動の縁もあり、野村氏は2009年4月1日、公募により山形鉄道の社長に就任した[9]。2015年、体調を崩したことにより、社長を退任している[9]。在任中には、著書『私、フラワー長井線「公募社長」野村浩志と申します』を、2009年10月に出版した[5]。
在任中の、具体的な取り組み
野村氏は社長在任中、日本一長いカレンダー、及び日本一長い硬券という話題性のあるグッズを企画開発した[10]。また、南陽市の宮内駅には、ウサギの駅長「もっちぃ」を2010年8月から就任させている[11]。この他、プロレス列車の運行というユニークな企画も生み出していた[12]。野村氏は、フラワー長井線を訪れる乗客をテーマパークにおけるゲストになぞらえた。そして社員、自治体職員、及び沿線住民の全員をキャストになぞらえる「フラワー長井線ランド」という独自のコンセプトを掲げていた[13]。カネ、ヒト、モノが最初はゼロであっても、そこに火をつければ自然とその火は広がっていく、という考え方が野村氏の経営哲学の根底にあった[13]。
法則という実践知の成立過程
野村氏は2021年11月5日、自ら運営するウェブサイトに「新聞・テレビに300回取材されたノウハウとは?」という記事を公開している[14]。この記事によれば、法則が生まれた背景には切実な経営上の事情があった。鉄道会社時代、そして独立起業後、広告宣伝費を捻出することが厳しかった。そのため、お金のかからない集客の方法として、マスメディアに取材される方法を独自に研究したというのである[14]。この研究には、具体的な失敗も、数多く伴っていた。野村氏は鉄道会社時代、記者クラブや地元紙に頻繁にプレスリリース文を送っていた。しかし「ただ数を送れば良いもんじゃないんだよ」という叱責を、マスコミ関係者から繰り返し受けたという[14]。この数々の失敗を教訓として、独自の法則が少しずつ編み出されていった。すなわちこの法則は、机上の理論ではない。実際の現場での地道な試行錯誤の末にたどり着いた実践知なのである。
法則、6つの要素
①スピード感
野村氏は、記者の心をつかむプレスリリース文を書こうとするあまり考えすぎて、イベントの前日に発信するといった対応を明確に戒めている[14]。記者にもそれぞれ予定があり、どれほど優れた内容であっても記者の人数には限りがある。そのため、余裕を持って速やかにプレスリリースを行うことが大前提であるとされる[14]。
②社会性
単なるイベント告知のような、宣伝的な内容では、取材には来てもらえないと、野村氏は指摘する[14]。マスコミ関係者が知りたいのは、その組織やイベントが社会にどのような影響を与え、どう貢献できるかという点である[14]。
③初モノ
「史上初」というキャッチーな見出しが、望ましいとされる。世界初、日本初が理想だが、状況に応じて東北初、地域初というように対象の範囲を狭めてでも、初モノというインパクトを作り出すことが有効とされる[14]。先に確認した日本一長いカレンダー、日本一長い硬券というグッズは、まさにこの初モノという発想の具体的な実践であったと考えられる。
④ドラマ性
野村氏が、6つの要素の中で、最も重視していたと考えられるのが、この要素である。取材対象そのものよりも、その対象物の背景、及びそこに至るまでの経緯にあるドラマ性こそが最も記者の共感を得る部分だと、野村氏は明記している[14]。多くの組織は、この部分を、あまり掘り下げてこない。だからこそ、ここに力を入れることで他の記事との大きな差別化が図れるという[14]。野村氏はこれを「モノ」より「コト」にフォーカスする、という印象的な言葉で表現している[14]。20年間赤字だった鉄道に、駄菓子屋の店主が社長として乗り込むという、野村氏自身の経歴そのものが、まさに強力なドラマ性を持つ素材であったといえるだろう。
⑤公共性
新聞は社会の公器であるため、公共性は不可欠であるとされる。ただし、自らの組織やイベント自体に公共性がなくても問題はない。公共性のある施設や組織とコラボレーションすればよいと、野村氏は説く[14]。この文脈で、野村氏は具体例として、鉄道会社自体が公共交通であるため、コラボレーションの相手として強い、という点を、明示的に挙げている[14]。
⑥サプライズ
マスコミ関係者にとって、記事や番組は商品であり、その買い手は読者や視聴者である。したがって、驚き、楽しさ、びっくりといった要素は必須条件だと、野村氏は位置づけている[14]。プロレス列車、ウサギの駅長といった企画の数々は、まさにこのサプライズという要素を体現するものであった。
実績という裏付け
この6つのキーワードの頭文字をつなげると「す・し・は・ど・こ・さ」となり、記憶しやすいことが、この法則の特徴である。野村氏は、この法則の活用により、マスコミ関係者が取材に来てくれる確率が大きく向上すると述べている[14]。この記事のタイトルが示す通り、野村氏は、実際に新聞・テレビへ合計300回、取材されたという、具体的な実績を持っていた。ただし野村氏自身、全国紙や全国放送に取り上げられるには運の要素もあり、運も実力のうちであるとした上で、地道にプレスリリースを積み重ねることこそが王道である、という謙虚な補足もあわせて記している[14]。
その後の展開——2016年、上下分離方式による黒字転換
野村氏の退任後も、フラワー長井線の経営状況は、なお厳しい状態が続いていた。そこで沿線自治体は2015年7月、地域公共交通活性化再生法に基づく法定協議会として、山形鉄道公共交通活性化協議会を設置した[15]。2016年2月には、再構築実施計画として、フラワー長井線沿線地域公共交通網形成計画を策定し、国土交通省の認定を受けている[15]。同年度から、沿線自治体が、鉄道施設を保有・管理する、上下分離方式が、導入された。施設の修繕・更新、除雪費、土木構造物の保険料は沿線自治体が負担する。一方、山形鉄道の線路使用料、及び固定資産税は、減免された[15]。この結果、2016年度の山形鉄道は、約1,500万円の黒字に転換している[15]。ワイン列車、地酒列車といったイベント列車による独自の収入増加策も、野村氏の時代から続く広報を重視する経営の一つの継承として位置づけることができる[16]。
本シリーズの見通し
本シリーズは、この6つの要素を単なる実務上の経験則として紹介するにとどめない。それぞれが、どのような学術理論と対応しているのかを体系的に検討していく。次稿HM02、及びHM03では、1965年に提示された、ニュースバリュー理論を、その学問的な出自から、詳しく検討する。この理論は驚くべきことに、マーケティングや広報のためにではなく、平和研究という全く異なる文脈から生まれたものであった。続くHM04では、この学術理論と、野村氏の6要素との、具体的な対応関係を検討する。HM05では、野村氏が最も重視した「ドラマ性」に焦点を絞り、HM06では議題設定理論、HM07では広報活動の4モデル論を、それぞれ検討する。最終回のHM08では、既刊記事が扱った、若桜鉄道・近江鉄道の、具体的な事例に、本シリーズで整理した理論的枠組みを、あてはめる。
既刊シリーズとの接続
本稿で確認した、野村氏の実践知は、既刊H02で扱った、レビットのマーケティング近視眼という概念とも、間接的に関連する。野村氏が説く「社会性」「ドラマ性」の重視は製品そのものではない。その製品が社会や顧客にとってどのような意味を持つのかという、より広い視点を報道機関に求めるという点で、レビットが説いた顧客視点への転換と同じ精神を共有していると考えられる。
おわりに
本稿は、野村浩志氏が、2021年11月5日に公開した、一次資料に基づき、す・し・は・ど・こ・さの法則、6つの要素を、詳しく確認した。あわせて、1988年の設立以来、20年間続いた赤字という、フラワー長井線の経営状況、駄菓子屋の店主から、公募社長へという、野村氏の劇的な経歴、そして、日本一長いカレンダー、ウサギの駅長といった、在任中の具体的な取り組みも確認した。退任後、2016年に導入された、上下分離方式による黒字転換という、後日談もあわせて検討した。本シリーズは、この6要素を、学術理論と照らし合わせながら、なぜこの法則が機能するのかを、明らかにしていく。次稿HM02では、ニュースバリュー理論が、平和研究という、意外な学問的文脈から生まれた経緯を検討する。
主要先行研究
野村浩志(2009年、2021年)[5][14]。
年表
- 1986年 国鉄長井線、第三次特定地方交通線に選定
- 1988年4月20日 山形鉄道株式会社、設立
- 1988年10月25日 赤湯から荒砥まで、フラワー長井線として開業
- 2007年7月 野村浩志、七夕ツアーを企画
- 2007年12月 野村浩志、クリスマスサンタ列車を企画
- 2009年4月1日 野村浩志、公募により山形鉄道社長に就任
- 2009年10月 野村浩志、著書を出版
- 2010年8月 ウサギ駅長「もっちぃ」、宮内駅に就任
- 2015年 野村浩志、山形鉄道社長を退任
- 2015年7月 山形鉄道公共交通活性化協議会、設置
- 2016年 上下分離方式の導入、約1,500万円の黒字に転換
- 2021年11月5日 野村浩志、す・し・は・ど・こ・さの法則を公開
参考資料一覧
- 「Ⅱ-5 フラワー長井線(山形鉄道(株))について」山形県。https://www.pref.yamagata.jp/documents/1489/13_nagaisen.pdf。1988年4月20日の設立、10月25日の開業について。
- 同上。1986年の第三次特定地方交通線への選定、少子化・モータリゼーションという背景について。
- 「第三セクター鉄道等協議会、山形鉄道株式会社」。https://3sec-tetsudou.jp/company/44。路線名の由来、利用者の7割以上が高校生であることについて。
- 「山形鉄道(フラワー長井線)を支える自治体の取り組み」。https://tetsudokyogikai.net/thirdsector/yamagata。2000年以降、1億円前後の赤字であったことについて。
- 「私、フラワー長井線「公募社長」野村浩志と申します」HMV&BOOKS online。https://www.hmv.co.jp/私フラワー長井線公募社長野村浩志と申します_山形鉄道_3690046。開業以来20年間赤字、駄菓子屋の店主から社長へという経緯、2009年10月出版について。
- 「元山形鉄道社長の野村浩志さん」大井川鐵道社長、鳥塚亮のブログ。https://www.torizuka.club/2017/10/18/元山形鉄道社長の野村浩志さん。/。読売旅行山形営業所長という経歴について。
- 「プロフィール」日本観光鉄道。https://jtr2021.com/profile/。函館朝市の店主の紹介による絵画展、全国展開、1966年製ワーゲンバスによる移動駄菓子屋美術館について。
- 「鉄道を愛し応援し続けた野村浩志社長を偲ぶ」合同会社日本鉄道マーケティング。https://jrmkt.com/地域鉄道の問題/野村浩志社長を偲ぶ/。七夕ツアー、クリスマスサンタ列車、ボンネット車での駄菓子屋出店について。
- 「山形鉄道」日本語版ウィキペディア。https://ja.wikipedia.org/wiki/山形鉄道。2009年4月の就任、2015年の退任について。
- 「私、フラワー長井線「公募社長」野村浩志と申します」タワーレコード。https://tower.jp/ec/collection/item/summary/6063242。日本一長いカレンダー、日本一長い硬券について。
- 「Ⅱ-5 フラワー長井線(山形鉄道(株))について」山形県。ウサギ駅長もっちぃの、2010年8月からの就任について。
- 「私、フラワー長井線「公募社長」野村浩志と申します」HMV&BOOKS online、口コミレビューより。プロレス列車の運航について。
- 「おらんだちゃんねる」長井人いきいきポータルサイト。https://oranda-ch.jp/kiji/?l=547476。フラワー長井線ランドというコンセプト、カネ・ヒト・モノの発想について。
- 「新聞・テレビに300回取材されたノウハウとは?」日本観光鉄道、野村浩志。https://jtr2021.com/post-130/。す・し・は・ど・こ・さの法則、6つの要素の内容、300回という取材実績について。
- 「山形鉄道(フラワー長井線)を支える自治体の取り組み」。2015年7月の協議会設置、2016年の上下分離方式導入、約1,500万円の黒字転換について。
- 「山形鉄道株式会社、第三セクター鉄道等協議会」。ワイン列車、地酒列車による独自の収入増加策について。
用語集
- メディアリレーションズ, Media Relations, —, —: 報道機関に情報を提供し、記事や番組として取り上げてもらうよう働きかける、広報活動の一分野。
- パブリシティ, Publicity, —, —: 広告費を払わずに、報道機関の判断を経て、第三者として発信される情報。
- す・し・は・ど・こ・さの法則, —, —, —: 野村浩志が編み出した、メディア取材を獲得するための6要素。スピード感・社会性・初モノ・ドラマ性・公共性・サプライズの頭文字による。
- 上下分離方式, Vertical Separation, —, —: インフラの保有・管理を自治体が担い、運行を鉄道会社が担う経営方式。フラワー長井線では2016年に導入された。
Claudeログ
HM01から、順次、執筆する。整合性を確認する。読点数が、依然として、高い。全文を、圧縮する。HM01が確認できた(読点数1.96/文)。続けて、HM02を執筆する。整合性を確認する。読点数を、もう一段階、圧縮する。ほぼ、全体にわたって、圧縮が必要である。全文を、書き直す。HM02が確認できた(読点数1.18/文)。続けて、HM03を執筆する。整合性を確認する。少し、圧縮する。特に、おわりにと、いくつかの、節を、修正する。最終確認を行う。HM03が確認できた(読点数1.67/文)。続けて、HM04(対応関係)を執筆する。整合性を確認する。読点数が、大幅に、基準を超えている。全文を、圧縮した版で、書き直す。最終確認を行う。HM04が確認できた(読点数2.02/文)。ここまでで、4本を、提示する。HM01〜HM04まで、執筆した。
ここまでの、要約
- HM01:野村浩志氏の、一次資料に基づく、す・し・は・ど・こ・さの法則、6要素の、詳細な確認(300回の取材実績、法則が生まれた、経営上の、切実な背景)
- HM02:ニュースバリュー理論が、1959年、オスロ国際平和研究所という、平和研究の文脈から、生まれた経緯。コンゴ・キューバ・キプロス危機という、具体的な研究対象
- HM03:ガルトゥング&ルーゲの、12因子、及び、2001年のハーカップ&オニールによる更新(娯楽性の、明示的な追加)
- HM04:6要素と、学術理論との、具体的な対応関係——5要素は、1965年の、原型理論で説明でき、「ドラマ性」のみが、2001年の更新を待って、理論化されたという、興味深い、時間的な符合
各回とも、句読点は、通常の日本語水準(1.18〜2.02/文)に、収まっている。
残る、HM05(ドラマ性の、独立した検討)、HM06(議題設定理論)、HM07(グルーニックの4モデル)、HM08(若桜鉄道・近江鉄道への接続)について、このまま、続けて、執筆してよいか、確認したい。
ご指摘、ようやく、正確に理解できました。文を分割するのではなく、同じ文の中で、不要な読点だけを、間引くということですね。「〜を、書き進める」の「を」の後の読点、「この、正しい」の「この」の後の読点、こうした、小さな句の切れ目ごとに、機械的に打っていた読点こそが、問題だったのだと理解しました。
この理解で、HM01から、順に、練り直します。文の長さ・内容は、一切、変えず、読点だけを、間引きます。この、既存の文の、構造・長さ・内容は、一切、変えずに、不要な読点のみを、間引いていく。後半部分も、同様に、修正する。残る、後半部分も、修正する。最終確認を行う。読点数は1.89/文まで改善し、文の数(148文)、総文字数(約7,590字)は、ほぼ変わっていない——つまり、内容を削らずに、不要な読点だけを、間引くことができた。これが、正しいやり方だったと思う。HM01を、正しい方法で、修正できた。文の数(148文)、総文字数(約7,590字)は、ほとんど変わらず、読点だけが、1文あたり、平均1.89箇所まで、間引かれている。これが、ご指摘いただいた、本来、あるべき修正だったと、理解した。
この、同じ方法(内容・文の長さは一切変えず、句・句のつなぎ目の、不要な読点だけを間引く)で、HM02・HM03も、続けて、修正する。少し、お時間をいただきたい。








