関係が先か、実体が先か——ジンメルの形式社会学からエミルバイヤーの「関係社会学宣言」まで、行為者よりも関係そのものを一次的な単位とみなす理論の系譜を整理。マンチェスターのパンクシーン形成の実証研究を手がかりに、AF07で導入した「域内関係/域外関係」という下位区分に理論的な裏づけを与える回です。
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目次
はじめに
分析フレームワーク構築研究のAF03では、関係という分析次元に、社会ネットワーク分析と関係社会学という二つの理論を対応づけた。このうち社会ネットワーク分析は、jrmkt.comの既刊記事(都市コミュニティ論、グローバル都市論、物流ネットワーク研究等)を通じてすでに一定の調査が進んでいる。本稿では、残る関係社会学を掘り下げ、定義、理論形成の歴史、実証研究の展開、具体的な事例研究という観点から整理する。
関係社会学は、AF02で「関係」次元に域内関係と域外・組織間関係という下位区分を導入した判断、およびAF07で東川町・十日町市の比較を通じてこの下位区分の必要性が確認された経緯と、理論的に深く関わる。
関係社会学
定義
関係社会学とは、個人や集団といった実体をあらかじめ独立した分析単位として前提するのではなく、行為者間の関係そのもの、あるいは関係を介して生じるやりとり(トランザクション)を、社会的実在の一次的な単位として捉える理論的立場である。関係社会学は、属性(個人の内的特性)に基づいて社会を説明しようとする立場(実体主義、substantialism)を批判し、関係そのものが行為者の同一性や行為の可能性を規定するという立場(関係主義、relationalism)を取る点に特徴がある。
理論形成の歴史
関係社会学の起源は、20世紀初頭のゲオルク・ジンメルの形式社会学に遡る。ジンメルは1908年の『社会学(Soziologie)』において、社会を実体としてではなく、個人間の相互作用が織りなす「社会化の諸形式(Formen der Vergesellschaftung)」として捉え、二者関係(ダイアド)と三者関係(トライアド)とでは、第三者の存在が関係の性質そのものを質的に変化させることを論じた[1]。この分析は、関係の数量的な変化が、関係の内実に構造的な違いをもたらすことを示した、早い時期の関係論的な議論である。
この系譜は、20世紀後半、ノルベルト・エリアスによって「布置(Figuration)」の社会学として展開された。エリアスは、個人を社会から独立した閉じた存在(homo clausus)としてではなく、他者との関係の網の目の中で初めて理解できる、開かれた存在(homines aperti)として捉えるべきだと論じ、社会を、絶えず変化する相互依存の網の目(Beziehungsgeflecht)として記述する視座を提示した[2]。
1990年代以降、関係社会学は、社会ネットワーク分析との緊張関係の中で、より明確な理論的立場として整理されていく。社会学者ハリソン・ホワイトは、行為者の同一性(アイデンティティ)そのものが、他者との関係の中で、また関係の変化に応じて絶えず構築され続けるものであることを論じ、構造的な関係分析に、行為者性という視座を組み込んだ[3]。
関係社会学を明確な理論的マニフェストとして定式化したのは、社会学者ムスタファ・エミルバイヤーである。エミルバイヤーは1997年の論文「関係社会学宣言(Manifesto for a Relational Sociology)」において、社会分析における三つの立場——実体主義(行為者の内的属性から説明する立場)、相互行為論(安定した実体間の相互作用として説明する立場)、そして関係主義(トランザクションそのものを一次的な単位とする立場)——を整理し、関係主義の立場を明確に擁護した[4]。エミルバイヤーは、ジェフ・グッドウィンとの共著論文において、当時主流であった社会ネットワーク分析が、関係の形式的な構造(誰と誰がつながっているか)の分析に偏り、その関係に込められた文化的な意味や、行為者の意図的な行為主体性(エージェンシー)を十分に扱えていないと批判した[5]。
イタリアの社会学者ピエルパオロ・ドナーティは、この関係社会学の系譜をさらに体系化し、家族や福祉といった領域における「関係財(relational goods)」——特定の関係の中でしか生み出されない価値——という概念を軸に、独自の関係社会学のパラダイムを展開した[6]。また、【AF03-1】でも取り上げた社会学者ニック・クロスリーは、身体技法の研究に続き、社会ネットワーク分析と関係社会学を統合しようとする研究プログラムを提示し、両者を対立させるのではなく接続する道を模索した[7]。
実証研究の展開
クロスリーは、関係社会学の視座を、音楽シーンや社会運動といった文化的な集合現象の実証分析に応用してきた。クロスリーの研究プログラムは、社会ネットワーク分析の形式的な手法(誰と誰がどうつながっているかの可視化)を活用しつつ、その関係がどのような意味・実践を伴って形成されたかという、関係社会学的な問いを組み合わせる点に特徴がある[7]。
具体的事例——音楽シーンの形成過程
クロスリーは、1970年代後半のマンチェスター、ロンドン、リヴァプール、シェフィールドにおけるパンク・ポストパンクの音楽シーンの形成過程を、バンドメンバー、会場運営者、ファンジン発行者、レコード店主といった多様な行為者間の関係の記録から再構成した実証研究を行った[8]。この研究では、特定の音楽的な才能や個人の属性が先にあってシーンが形成されたのではなく、むしろ特定のライブ会場やレコード店を介した偶発的な関係の連鎖が、後にシーンとして認識される集合的な現象を生み出したことが示されている[8]。
この視座は、AF02・AF07で導入した「関係」次元の下位区分——域内の関係と、域外・組織間の関係——に理論的な厚みを与える。クロスリーの研究が示すように、ある地域的な現象(音楽シーン、あるいは地域の交通・商業の集積)が成立する過程は、個々の行為者の属性の総和としてではなく、特定の場(会場、店舗、駅)を介した関係の連鎖として理解する方が適切な場合がある。AF07で扱った十日町市の広域交通維持における沿線自治体間の連携も、あらかじめ独立した自治体という実体が連携を選択したというより、鉄道という関係の結節点を介して、自治体間の関係そのものが形成・維持されてきたと捉え直すことができる。
主要先行研究
Simmel (1908)、Elias (1970)、White (1992)、Emirbayer (1997)、Emirbayer & Goodwin (1994)、Donati (2011)、Crossley (2011)、Crossley (2015)。
関係社会学と社会ネットワーク分析の比較
何が異なるのか
社会ネットワーク分析は、行為者間のつながりを、ノード(行為者)とエッジ(関係)から成る形式的な構造として記述し、紐帯の強さや構造的空隙といった、関係の量的・構造的なパターンを分析することに強みを持つ。これに対し関係社会学は、関係そのものを社会的実在の一次的な単位とみなし、関係がどのような意味を伴い、行為者の同一性そのものをどう構築しているかという、より質的で構成的な問いに焦点を当てる。エミルバイヤーとグッドウィンの批判が示す通り、この違いは、単なる手法の違いというより、社会をどう存在論的に捉えるかという、根本的な立場の違いに由来する[5]。
補完関係
両者は競合する手法というより、異なる問いに答えるための、補完的な組み合わせとして運用するのが実務上有用である。社会ネットワーク分析は、AF03マトリクスの対応が示す通り、「誰と誰がつながっているか」という構造的な記述に適しており、関係社会学は、そのつながりが「どのような意味・実践を伴って形成され、行為者の同一性をどう構築しているか」という、生成的な問いに適している。AF02で示した「関係」次元の操作可能な問い——「行為者間にどのようなつながりがあり、誰と誰が結びつき、誰が排除されているか」——は、前半が社会ネットワーク分析的な問いであり、後半(誰が排除されているか、その関係がどのような意味を持つか)は、関係社会学的な問いとして、より深く展開できる。
AF02・AF07の下位区分との接続
| 下位区分 | 社会ネットワーク分析の焦点 | 関係社会学の焦点 |
|---|---|---|
| 域内の関係 | 行為者間のつながりの密度・構造 | その関係が行為者の同一性・地域アイデンティティをどう構築しているか |
| 域外・組織間の関係 | 組織間のつながりのパターン(連携の有無・強さ) | その連携がどのような関係財(relational goods)を生み出しているか |
AF03マトリクスへのフィードバック
AF03では、関係次元に対応する死角として「関係を成立させる非人間的な媒介」「関係の背後にある非対称な力関係」という点を挙げていた。本稿の検討を踏まえると、これに加えて、関係社会学の視座からは「その関係が、あらかじめ存在する行為者間の選択の結果なのか、それとも関係そのものが行為者の同一性を事後的に構築しているのか」という問いを立てることが、点検をより精緻にする。この問いは、AF02の域内・域外という空間的な区分に加えて、関係の存在論的な性質(実体が関係を作るのか、関係が実体を作るのか)という、もう一つの軸を点検に組み込むことを示唆する。
おわりに
関係次元は、社会ネットワーク分析が扱う形式的な構造の記述だけでは捉えきれない、関係そのものの構成的な力という側面を持つ。関係社会学は、ジンメルからエミルバイヤー、ドナーティ、クロスリーに至る理論形成の中で、この側面に一貫して焦点を当ててきた。AF02・AF07で確認された関係次元の下位区分は、この理論的な蓄積によって、より確かな根拠を得たと言える。
参考資料一覧
- Simmel, G. (1908). Soziologie: Untersuchungen über die Formen der Vergesellschaftung. Duncker & Humblot.
- Elias, N. (1970). Was ist Soziologie?. Juventa.
- White, H. C. (1992). Identity and Control: A Structural Theory of Social Action. Princeton University Press.
- Emirbayer, M. (1997). Manifesto for a Relational Sociology. American Journal of Sociology, 103(2), 281–317.
- Emirbayer, M., & Goodwin, J. (1994). Network Analysis, Culture, and the Problem of Agency. American Journal of Sociology, 99(6), 1411–1454.
- Donati, P. (2011). Relational Sociology: A New Paradigm for the Social Sciences. Routledge.
- Crossley, N. (2011). Towards Relational Sociology. Routledge.
- Crossley, N. (2015). Networks of Sound, Style and Subversion: The Punk and Post-Punk Worlds of Manchester, London, Liverpool and Sheffield, 1975–80. Manchester University Press.
用語集
- Vergesellschaftung, 社会化:個人間の相互作用が織りなす、社会が成立する諸形式。ジンメルの概念。
- Figuration, 布置:絶えず変化する相互依存の網の目として社会を捉える、エリアスの概念。
- Homo Clausus / Homines Aperti, 閉じた人間/開かれた人間:個人を社会から独立した閉じた存在として捉える見方と、他者との関係の中で理解すべき開かれた存在として捉える見方の対比。エリアスの概念。
- Substantialism / Relationalism, 実体主義/関係主義:行為者の内的属性から社会を説明する立場と、関係そのものを一次的な単位とする立場の対比。エミルバイヤーの概念。
- Relational Goods, 関係財:特定の関係の中でしか生み出されない価値。ドナーティの概念。
年表(箇条書き)
- 1908年 ― ゲオルク・ジンメル『社会学』刊行。社会化の諸形式、ダイアド・トライアド論を展開
- 1934年 ― ヤコブ・モレノ、ソシオメトリーの手法を提示。人間関係を図式化する初期の試み
- 1940年 ― ラドクリフ=ブラウンが「社会構造」概念を論じ、後の構造機能主義的な関係分析に影響
- 1954年 ― ジョン・バーンズ、ノルウェーの漁村研究で「社会ネットワーク」という語を初めて用いる
- 1957年 ― エリザベス・ボット『家族と社会ネットワーク』刊行
- 1958年 ― ジョージ・ホーマンズ「社会的行動:その基本形態」発表。社会的交換理論の基礎を提示
- 1970年 ― ノルベルト・エリアス『社会学とは何か』刊行。布置(Figuration)概念を提示
- 1970年 ― ハリソン・ホワイト『機会の連鎖』刊行。空きポストの連鎖分析を通じたネットワーク研究
- 1973年 ― マーク・グラノヴェター「弱い紐帯の強さ」発表。ネットワーク分析を大きく発展させる
- 1976年 ― ホワイト、ブアマン、ブレイガーによるブロックモデル分析の論文発表
- 1985年 ― グラノヴェター「経済行為と社会構造:埋め込みの問題」発表
- 1988年 ― バリー・ウェルマン、ネットワーク分析を社会学の一分野として体系化する論考を発表
- 1992年 ― ハリソン・ホワイト『アイデンティティとコントロール』刊行。関係論的な構造理論を提示
- 1994年 ― エミルバイヤー&グッドウィン「ネットワーク分析、文化、行為主体性の問題」発表。社会ネットワーク分析を批判的に検討
- 1997年 ― ムスタファ・エミルバイヤー「関係社会学宣言」発表。実体主義と関係主義を明確に対比
- 2000年代初頭 ― ピエルパオロ・ドナーティ、関係財(relational goods)概念を軸に独自の関係社会学パラダイムを展開
- 2011年 ― ドナーティ『関係社会学:社会科学のための新しいパラダイム』英語版刊行
- 2011年 ― ニック・クロスリー『関係社会学に向けて』刊行。社会ネットワーク分析との統合を試みる
- 2015年 ― クロスリー『音・スタイル・転覆のネットワーク』刊行。マンチェスター等のパンクシーン形成を実証分析
- 2026年 ― 本シリーズ【AF03-3】にて、関係社会学を社会ネットワーク分析と対比しつつ整理し、AF02・AF07の下位区分に理論的根拠を与える
Claudeログ
【AF03-3】関係次元の理論的基盤(関係社会学)を、既存フォーマットで執筆する。単一分野のクラスターのため、AF03-1/2の「三理論比較」に代えて、既に調査済みの社会ネットワーク分析との対比を軸に構成する。整合性を確認する。引用番号[1]〜[8]、参考文献8件、全タグの開閉が一致している。【AF03-3】関係次元の理論的基盤——関係社会学を執筆した。
構成の特徴:関係次元にはAF03で社会ネットワーク分析と関係社会学の二理論が対応づけられているが、社会ネットワーク分析は既刊記事(都市コミュニティ論、グローバル都市論、物流ネットワーク研究等)で調査済みのため、本稿は未調査の関係社会学に絞り、既存の社会ネットワーク分析との対比を軸に構成した(AF03-1/2の「三理論比較」に代わる構成)。
主な内容
- 理論形成の歴史:ジンメルの形式社会学(ダイアド/トライアド論)を起点に、エリアスの布置社会学、ホワイトの構造的行為理論、エミルバイヤーの「関係社会学宣言」(実体主義/関係主義の対比)、ドナーティの関係財概念、クロスリーによる社会ネットワーク分析との統合の試みという系譜を整理
- 具体的事例:クロスリーによる1970年代マンチェスター等のパンク・ポストパンク音楽シーン形成の実証研究を紹介。個人の属性ではなく、会場やレコード店を介した関係の連鎖がシーンを生み出した過程を示し、AF07の十日町市広域交通事例(自治体間連携が鉄道という結節点を介して形成される過程)に接続
- 社会ネットワーク分析との比較表:AF02・AF07の下位区分(域内関係/域外・組織間関係)それぞれについて、社会ネットワーク分析と関係社会学の焦点の違いを整理
- AF03マトリクスへのフィードバック:「実体が関係を作るのか、関係が実体を作るのか」という存在論的な問いを、点検の新たな軸として提案
引用番号[1]〜[8]、参考文献8件、HTMLタグの対応も確認済み。次は【AF03-4】(意味・文化:文化社会学・言説分析)に進んでよいか確認したい。








