科学技術社会論(STS)が批判する「欠如モデル」とは何か。カンブリアの牧羊農民の事例から見えてくるのは、対立の正体は知識不足ではなく、しばしば過去の不誠実な対応に根ざした「理由のある不信」だということ。対立解消のための古典的教訓を整理しました。

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第一章 科学技術社会論(STS)とは何か

科学技術社会論(Science and Technology Studies, STS)は、科学・技術と社会が接する境界面に生じる問題を、人文・社会科学の方法論を用いて探求する学際領域である。哲学からは「科学とは何か、真実とは何か」、社会学からは「社会は科学技術研究のプロセスにどう影響するか」、歴史学からは「真実とされるものが各時代でどう捉えられてきたか」、倫理学からは「科学者・技術者の社会的責任とは何か」、政治学からは「科学と民主主義の関係とは」といった問いが、この領域に流れ込んでいる。

STSを構成する研究の源流は1960年代に欧米でそれぞれ独立して生まれ、1980年代まではばらばらに発展した。1980年代半ば、大学における新しい学際分野の勃興(女性学など)とも連動しながら、一つの領域として輪郭を持つようになる。日本では1970年代末から1980年代にかけて英米の動向紹介として紹介され始め、1990年前後から「STS」という呼称そのものが定着していった。

STSの特徴は、単に問いを探求するだけでなく、「つなぐ」ことを実践する点にある。科学技術研究の現場と社会をつなぐ、自然科学と人文・社会科学をつなぐ、研究者と市民の間をつなぐ――STSの課題は、しばしば分野と分野の隙間、組織の所掌範囲の隙間、これまで交流のなかった集団同士の隙間に発生する。原子力政策、遺伝子組み換え作物、気候変動、そして近年ではAIのような新興技術をめぐる制度設計まで、対象は広い。

第二章 欠如モデルとは何か

欠如モデル(deficit model)とは、「科学技術に関する一般の人々の不安や抵抗は、無知・無理解・不合理性によるもの、つまり彼らの知識・理性の欠如によるものだ」という前提に立つ考え方である。この前提に立てば、解決策は自ずと「専門家が正しい知識を市民に一方通行で伝える」ことになる。科学リテラシーを高めれば、市民は科学技術を正しく理解し、受け入れるはずだ、という発想である。

この考え方は「科学の公衆理解(Public Understanding of Science, PUS)」として、1980年代までの科学コミュニケーションの主流をなしていた。しかし、この呼称・批判の口火を切ったのはイギリスの科学技術論研究者ブライアン・ウィンである。ウィンは、専門家が公衆の懸念を「非合理で感情的な反応」として一方的に解釈し、聞き流す態度そのものを問題視した。

第三章 欠如モデル批判の中核事例 ― カンブリアの牧羊農民

欠如モデル批判を象徴する事例が、ウィンによるカンブリア州(イギリス北西部・湖水地方)の牧羊農民に関する調査である。

1986年、チェルノブイリ原発事故による放射性降下物(セシウム同位体)がカンブリアの高地に到達し、政府は牧羊の出荷に規制を課した。このとき政府科学者は、汚染は数週間で収まるという予測を示した。しかしこの予測は、標準的な土壌モデル(アルカリ性の粘土質を前提としたモデル)に基づく画一的なものであり、カンブリアの高地に特有の泥炭質の土壌特性を考慮していなかった。実際には汚染は収まらず、規制は当初の見込みをはるかに超えて長期化した。2009年の時点でもなお369の農場で規制が続いており、事故から実に20年以上が経過していた。

農民たちは、自分たちの土地・土壌・羊の生態について、専門家が持たない詳細な知識(situated knowledge、状況に埋め込まれた知)を持っていた。たとえば、専門家は汚染回避のために羊を谷間で放牧するよう勧告したが、農民たちは谷間の牧草が限られており、それを消費し尽くせば翌年以降に過放牧という別の被害を招くことを知っていた。この局所的な知識は、専門家からは「単なる逸話」として退けられた。

農民たちの不信は、無知に起因するものではなかった。ウィンが明らかにしたのは、彼らがセシウム同位体のリスクに関する科学的評価そのものには概ね従う姿勢を見せていた、という事実である。彼らが抵抗したのは、自分たちの専門性(羊の生態、土地の知識)と矛盾する具体的な管理指示の部分だった。さらに、この地域にはすでにセラフィールド原子力施設(旧ウィンズケール)が存在し、1957年の火災事故の際に政府がその原因や影響について十分な説明をせずに済ませたという歴史があった。農民たちの不信は、この制度的な記憶に根ざした、いわば理由のある不信(earned distrust)だったのである。

ウィンの結論は明快である。公衆の科学理解は、単純な知識量の問題ではなく、彼らが科学的機関や専門家に対して抱く信頼と、それを規定する社会的関係・アイデンティティに依存する。そしてその信頼は、科学的知識が「社会的利害から自由な客観的なもの」として提示された瞬間に、かえって損なわれることがある。

第四章 なぜ知識を与えても対立が解消しないのか

カンブリアの事例から引き出せる教訓は、少なくとも次の3点に整理できる。

第一に、知識量の多寡は、態度の変化に必ずしもつながらない。 実証研究の蓄積により、より多くの情報や説明を与えることが、科学技術の受容や不安の解消に直結するわけではないことが明らかになっている。人々の態度には、知識以上にモラルや価値観、リスクの多様性に対する認識、文化的背景の方が強く影響する。

第二に、専門知もまた社会的な文脈の中にある。 STSの立場から見れば、科学技術は社会的要素と切り離せず、専門家や専門知も完全に中立・客観ではありえない。「専門家は正しく、市民は誤っている」という前提そのものが、対話の出発点として適切でない場合がある。

第三に、不信はしばしば情報の欠如ではなく、関係の履歴に起因する。 カンブリアの農民の不信は、セラフィールドをめぐる過去の不誠実な対応という、制度への具体的な不信の記憶から来ていた。この場合、いくら現在の科学的説明を精緻化しても、信頼の欠如という本質的な問題は解決しない。信頼は情報ではなく、関係性の産物である。

第五章 欠如モデル以後の展開 ― 4つのモデル

欠如モデル批判を受け、科学技術コミュニケーションの理論は段階的に発展してきた。日本のSTS研究では、おおむね次の4モデルとして整理されている。

  1. 欠如モデル:専門家から市民への一方向的な知識伝達。市民の視点は入らない。
  2. 文脈デル:市民の側にも、自分の置かれた政治的・制度文脈についての知識があるという前提に立つ。専門家の助言も、その文脈知抜きには的外れになりうる。
  3. 素人の専門性モデル(lay-expertise model):市民の知識が、各地域に根ざしたローカルな知として、ある種の体系を持つとみなす。文脈デルと合わせて「双方向モデル」とも呼ばれ、専門家の側も市民から学ぶという相互性が強調される。
  4. 市民参加モデル:単なる知識の交換にとどまらず、市民が科学技術に関わる政策の意思決定そのものに参画する。日本の科学技術・イノベーション基本計画でも、市民参画と共創、総合知の活用の重要性が謳われている。

なお、注意すべき点として、欠如モデル批判はしばしば「一方向的コミュニケーションは悪、双方向は善」という単純な図式に矮小化されがちだが、これは正確ではない。一方向的な講演会でも科学知識の醸成に成功した例(英国のクリスマスレクチャーなど)はあり、逆に「双方向を装った説得」に終わる欠如モデル型のコミュニケーションも存在する。欠如モデルの本質的な問題は、伝達の方向性そのものではなく、相手の知識・懸念・立場を「埋めるべき白」として扱う態度にある。

第六章 対立解消への示唆

以上を踏まえ、教養・感性・AIをめぐる対立や、専門知と現場知が衝突するあらゆる場面に応用できる示唆を整理する。

  • 「理解させれば解決する」という前提を疑う。 相手が自分の説明に納得しないとき、それを相手の無知・不合理性のせいにする態度そのものが、対立を固定化させる可能性がある。
  • 相手の抵抗の中に、具体的な理由を探す。 カンブリアの農民が抵抗したのは科学的リスク評価そのものではなく、自分たちの専門性と矛盾する特定の指示だった。相手の反対が「何に対する反対なのか」を、全体としての拒否と取り違えないことが重要である。
  • 不信の履歴を確認する。 目の前の対立が、実は過去の別の出来事に由来する信頼の欠如の表れである場合、現在の論点をいくら精緻に説明しても解決しない。不信の起源を遡って理解する必要がある。
  • 相手の知識を「ローカルな知」として位置づけ直す。 専門知に対する市民の知を、単なる感情や偏見としてではなく、異なる種類の合理性・体系を持つ知として扱うことで、初めて対話が双方向になる。
  • 情報交換から意思決定への参加へ。 最終的な対立解消は、知識の一方的な伝達でも、単なる双方向の対話でもなく、当事者が意思決定のプロセスそのものに関与できるかどうかにかかっている場合が多い。

出典

STSの概要

  • 「科学技術社会論とは何か」UTokyo BiblioPlaza https://www.u-tokyo.ac.jp/biblioplaza/ja/F_00148.html
  • 「科学技術社会学 (STS)」UTokyo BiblioPlaza https://www.u-tokyo.ac.jp/biblioplaza/ja/H_00166.html
  • 「科学技術社会論」Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%91%E5%AD%A6%E6%8A%80%E8%A1%93%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E8%AB%96
  • 「科学技術社会論の批判的展望」科学技術社会論研究 第15号 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jnlsts/15/0/15_9/_pdf/-char/ja

欠如モデルの定義と歴史

  • 「公衆の科学理解(PUS)」東京大学教養教育高度化機構 科学技術コミュニケーション部門(定松淳) https://scicom.c.u-tokyo.ac.jp/activity/418
  • 「『欠如モデル』と『欠如モデル批判』についての覚書」r_shinehaの日記 https://r-shineha.hatenadiary.org/entry/20111121/1321856897
  • 「専門知の政治性と民主主義 科学技術社会論(STS)の視点から」早稲田大学(佐藤) https://prj-matsuoka311.w.waseda.jp/material/1Fstudy_22th_sato.pdf

カンブリアの牧羊農民の事例

欠如モデル以後の4モデル

  • 「科学技術コミュニケーションにおけるコミュニケーションを考える」種村剛講義レポート、北海道大学 COSTEP https://costep.open-ed.hokudai.ac.jp/en/news/18698
  • 科学哲学論文(欠如モデル文脈デル/素人の専門性モデル/市民参加モデルの整理)J-STAGE(日本科学哲学会) https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpssj/43/2/43_2_2_1/_pdf

科学技術コミュニケーションのモデル

  • 「科学技術コミュニケーションのモデル」内田麻理香、東京大学教養教育高度化機構 科学技術コミュニケーション部門 https://scicom.c.u-tokyo.ac.jp/activity/415
  • 「科学コミュニケーション分野では,理論家も実践家も欠如モデル的思考様式とは距離をとるべきか」科学技術社会論研究 第22号 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jnlsts/22/0/22_30/_pdf

用語集

用語(英語) 日本語表記 正式名称・別名 略語 定義
Science and Technology Studies 科学技術社会論 科学技術社会学とも訳される STS 科学・技術と社会の境界面に生じる問題を人文・社会科学の方法論で探求する学際領域
Deficit model 欠如モデル 公衆の科学技術への不安・抵抗は知識・理性の欠如によるとする前提に立つ考え方。ブライアン・ウィンが命名・批判
Public Understanding of Science 公衆の科学理解 PUS 1980年代までの科学コミュニケーションの主流だった、専門家から市民への知識伝達を重視する枠組
Contextual model 文脈デル 市民が自らの置かれた政治的・制度文脈についての知識を持つという前提に立つモデル
Lay-expertise model 素人の専門性モデル 市民の知識を、地域に根ざしたローカルな知の体系として位置づけるモデル
Public participation model 市民参加モデル 情報交換にとどまらず、市民が科学技術関連の意思決定プロセスに参画するモデル
Situated knowledge 状況に埋め込まれた知 ローカルな知(local knowledge)とも 特定の場所・状況・実践経験の中でのみ成立する知識。カンブリアの農民の土地・羊に関する知識が典型例
Earned distrust 理由のある不信 無知や非合理性からではなく、過去の具体的な出来事(不誠実な説明など)に根ざした、正当な理由を伴う不信
Sellafield セラフィールド 旧称ウィンズケール(Windscale 英国カンブリア州にある原子力複合施設。1957年の火災事故と、その後の不十分な情報公開が農民の不信の背景となった
Radiocaesium 放射性セシウム セシウム同位体(セシウム137など) チェルノブイリ事故で放出され、カンブリアの泥炭質土壌に長期間とどまった放射性物質

 

年表

  • 年 出来事
  • 1957年 カンブリア州のウィンズケール(現セラフィールド)で原子炉火災事故が発生。政府が原因・影響を十分に説明せず、地域住民の不信の起点となる
  • 1960年代 STSを構成する研究領域が欧米でそれぞれ独立して発生
  • 1970年代末〜1980年代 日本で英米のSTS動向が紹介され始める
  • 1980年代半ば 大学における新しい学際分野の勃興と連動し、STSが一つの領域として輪郭を持つ
  • 1986年4月 チェルノブイリ原発事故が発生。放射性セシウムを含む雲がカンブリア州を含む英国各地に到達
  • 1986年 英国政府が放射性セシウム汚染地域で羊の出荷・移動規制を導入。当初「数週間で収する」との予測が示される(実際には泥炭質土壌の特性により長期化)
  • 1980年代後半 ブライアン・ウィンが欠如モデルという呼称を用いて、行政・専門家の一方的な理解増進活動を批判し始める
  • 1990年前後 日本でも「STS」という呼称そのものが定着し始める
  • 1992年 ウィンが論文「Misunderstood misunderstanding」を発表。カンブリアの牧羊農民の事例研究を通じ、欠如モデル批判を理論化
  • 1996年 ウィンが同事例研究の続編を、アーウィンとの共編著『Misunderstanding Science?』に発表
  • 2000年 北アイルランドで規制(Mark and Release controls)が解除される
  • 2009年5月 英国で369の農場になお規制が残っていることがガーディアン紙などで報じられる
  • 2010年 スコットランドで規制が解除される
  • 2012年3月 英国食品基準庁(FSA)が、残る北ウェールズ327農場・カンブリア8農場の規制撤廃を決定
  • 2012年6月1日 チェルノブイリ事故から26年を経て、英国内の羊の移動規制が全面的に解除される
  • 2020年代 AIのような新興技術の制度設計にもSTSの知見(テクノロジーアセスメント等)が適用されるようになる