物語に、深く没入した読者ほど、その物語の中の矛盾や誤りを、見つけにくくなる——2000年、グリーン&ブロックの実証研究は、そう示しています。野村氏が「モノよりコト」と説いた、ドラマ性の重視は、この心理学的な機序を、経験的に、理解していたことの、表れだったのかもしれません。HMシリーズ第五回です。

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はじめに

HM04では、す・し・は・ど・こ・さの法則、6つの要素それぞれと、ニュースバリュー理論の因子との対応関係を検討した。本稿はその第五回として、野村浩志氏が最も重視したドラマ性という要素に焦点を絞り、より広い学術的な系譜、特に心理学におけるナラティブ理論との接続を検討する。

1993年、ゲリッグによる、旅の比喩

物語への没入という現象を学術的に扱う際、しばしば引用される印象的な比喩がある。心理学者リチャード・ゲリッグは1993年、この現象を「旅」になぞらえて説明した[1]。ある人物が旅人として、何らかの手段によって運ばれていく。旅人は自分がもといた世界から一定の距離を進むことになり、その結果、もといた世界の一部はもはや手の届かないものになる、というのである[1]。この比喩は、読者や視聴者が物語に深く入り込むとき、現実の世界から心理的に離れていく過程を鮮やかに描き出している。

2000年、グリーン&ブロックによる、ナラティブ・トランスポーテーション理論

理論の骨子

このゲリッグの比喩を土台としながら、心理学者メラニー・グリーンとティモシー・ブロックは2000年、ナラティブ・トランスポーテーション理論という体系的な枠組みを提示した[2]。両氏の代表的な論文「公共的な物語の説得力における、トランスポーテーションの役割」は『パーソナリティ・アンド・ソーシャル・サイコロジー』誌に、掲載されている[3]。この理論において、トランスポーテーションとは、物語への没入そのものを指す言葉であり、心的なイメージ、感情、そして注意の集中という3つの要素から構成される、とされている[3]。

実証研究の内容

グリーンとブロックは、この理論を単なる思弁にとどめず、実際の実験によって検証した。最初の実験では97名の参加者を対象とし、物語への没入の度合いが強いほど、その物語と一貫した信念を強め、登場人物への好意的な評価も高まることが確認されている[4]。二つ目の実験では、69名の参加者を対象とし、より興味深い結果が得られた。物語に深く没入した読者ほど、その物語の中にある矛盾や誤りを見つけにくくなる、という結果である[4]。

この理論が持つ、含意

この二つ目の実験結果は極めて重要な含意を持つ。物語への没入は、受け手の批判的な検討そのものを弱めてしまうのである。ある研究は、この理論の核心を、次のように整理している。物語への没入は、受け手の反論を減らし、物語が主張する内容への受け入れを増加させる、というのである[5]。すなわち優れた物語は、単に読者を楽しませるだけでなく、その物語が伝えようとする主張そのものへの抵抗感を静かに弱めていく働きを持つことになる。

この理論と、ハーカップ&オニールの、人間的関心との接続

ここで、HM03で確認した2001年のハーカップとオニールによる人間的関心という因子を、思い起こしたい。抽象的な構造よりも、具体的な個人に焦点を当てた出来事の方が報道されやすい、という、あの因子である。ナラティブ・トランスポーテーション理論は、なぜこの因子がこれほど強く働くのかについて、心理学的な裏付けを与えてくれる。具体的な個人の物語は、抽象的な統計やデータに比べ、読者を物語の中へとはるかに引き込みやすい。そしてこの引き込みこそが、読者の関心を強く惹きつける根本的な要因なのである。

記者自身も、物語に没入する、読み手である

この理論は、報道機関に取材を働きかける実務の場面にも、重要な示唆を与える。記者自身もまた、日々大量のプレスリリースに目を通す一人の読み手である。単なる事実の羅列よりも、明確な物語の構造を持つプレスリリースの方が、記者自身の関心をより強く引きつけ、その後の取材へとつながりやすいと考えられる[6]。野村氏が、対象物の背景やそこに至るまでの経緯にこそ、力を入れるべきだと説いていたのは、まさにこの物語への没入という心理的な機序を、経験的に理解していたためだと考えられる。

物語論という、より広い系譜

ナラティブ・トランスポーテーション理論は、その後様々な分野に応用され発展を続けてきた。2002年には、スレイターとロウナーがこの理論を発展させ、物語の魅力、制作の質、そして読者と登場人物との類似性といった複数の要素が、トランスポーテーションに影響を与えることを示す、より精緻なモデルを提示している[7]。こうした物語論の系譜は、単に心理学の一分野にとどまらず、広告、マーケティング、そして本稿が扱う報道の分野にまで、広く応用されるに至っている。

既刊シリーズとの接続

本稿で確認したナラティブ・トランスポーテーション理論は、既刊H05で扱ったブランド理論とも関連しうる。既刊H05では、氷河急行における逆説的なキャッチフレーズや、ボルドーのトラムにおける都市ブランドの転換といった事例を検討した。これらの事例が持つ強い訴求力もまた、単なる機能の説明を超えた物語としての魅力に支えられていたと理解できる。

おわりに

本稿は、野村浩志氏が最も重視したドラマ性という要素の、より広い学術的背景として、ナラティブ・トランスポーテーション理論を検討した。1993年のゲリッグによる旅の比喩、そして2000年のグリーンとブロックによる体系的な理論の確立という、成立の過程を確認した。物語への没入が受け手の批判的な検討を弱め、物語の主張への受け入れを高める、という実証研究の結果も検討した。この理論が、HM03で確認した人間的関心という因子、そして記者自身のプレスリリースの受け止め方にも、深く関わっていることを確認した。次稿HM06では、議題設定理論を検討する。

主要先行研究

Gerrig(1993)、Green & Brock(2000)[1][2]。

年表

  • 1993年 ゲリッグ、トランスポーテーションという概念を提示
  • 2000年 グリーン&ブロック、ナラティブ・トランスポーテーション理論を発表
  • 2002年 スレイター&ロウナー、理論を発展させたモデルを提示

参考資料一覧

  1. 「Transportation theory (psychology)」英語版ウィキペディア。https://en.wikipedia.org/wiki/Transportation_theory_(psychology)。1993年のゲリッグによる、旅の比喩について。
  2. 「Transportation theory (psychology)」Grokipedia。https://grokipedia.com/page/Transportation_theory_(psychology)。2000年、グリーン&ブロックによる理論の提示について。
  3. Green, M. C., & Brock, T. C. (2000). The Role of Transportation in the Persuasiveness of Public Narratives. Journal of Personality and Social Psychology, 79(5), 701-721.
  4. 「The Role of Transportation in the Persuasiveness of Public Narratives」CommunicationCache。http://www.communicationcache.com/uploads/1/0/8/8/10887248/the_role_of_transportation_in_the_persuasiveness_of_public_narratives.pdf。2つの実験内容について。
  5. 「The Role of Transportation in the Persuasiveness of Public Narratives」ResearchGate。https://www.researchgate.net/publication/12248972_The_Role_of_Transportation_in_the_Persuasiveness_of_Public_Narratives。没入が反論を減らし受け入れを増加させるという知見について。
  6. 「Storytelling and Narrative Persuasion」Cambridge University Press。https://www.cambridge.org/core/books/cambridge-handbook-of-consumer-psychology/storytelling-and-narrative-persuasion/3AB132C34C98AC968689A58FA4449802。物語の説得力に関する、後続の研究の広がりについて。
  7. 「Narrative Transportation」mcm.uni-wuerzburg.de。https://www.mcm.uni-wuerzburg.de/fileadmin/06110300/2024/Pdfs/Green___Appel__2024__Advances_Preprint.pdf。2002年、スレイター&ロウナーによるモデルについて。

用語集

  • ナラティブ・トランスポーテーション理論, Narrative Transportation Theory, 物語没入理論, —: 物語への没入が、受け手の信念や態度に影響を与えるとする理論。2000年、グリーンとブロックが提示した。
  • トランスポーテーション, Transportation, —, —: 物語への没入そのものを指す概念。心的イメージ、感情、注意の集中から構成される。

Claudeログ

HM05を執筆する。まず、野村氏が、最も重視した「ドラマ性」の、より広い、学術的背景として、物語論・ナラティブ理論について、正確な典拠を確認する。十分な材料が、集まった。特に、2000年、グリーン&ブロックによる、ナラティブ・トランスポーテーション理論——物語に没入した読者は、批判的な検討を弱め、物語の主張を受け入れやすくなる、という、心理学的な、実証研究が見つかった。これを中心に、HM05を執筆する。整合性を確認する。読点数が高い。不要な読点のみを、間引く。ほぼ全文にわたって、修正する。最終確認を行う。HM05を確認できた(読点数1.77/文、62文、約4,090字)。## HM05 SNSリード

物語に、深く没入した読者ほど、その物語の中の矛盾や誤りを、見つけにくくなる——2000年、グリーン&ブロックの実証研究は、そう示しています。野村氏が「モノよりコト」と説いた、ドラマ性の重視は、この心理学的な機序を、経験的に、理解していたことの、表れだったのかもしれません。HMシリーズ第五回です。(143文字)

HM05を執筆した(読点数1.77/文、62文、約4,090字)。続けて、HM06(議題設定理論)を、同じ方法で、執筆してよいか、確認したい。