所有の零細分散性を起点とする「衰退の自己強化ループ」に対し、日本国内でも既に複数の処方箋が試されている。岡山県西粟倉村は行政が施業を丸ごと預かる「構造集約型」、ドイツの森林経営組合に近い流通の取りまとめは「流通効率化型」、高知県佐川町の自伐型林業×地域おこし協力隊は「自伐分散型」。高知県香美森林組合はこれらを組み合わせた複合的な実践例だ。10本のレポートを通じて浮かび上がった1つの構造的要因と、複数の現実的な処方箋を、シリーズ最終部として整理する。

【W10】再生可能性の考察

本レポートは「日本の林業と海外の林業の比較【W】シリーズ」の最終部である。W09で整理した構造的連鎖(R1:衰退の自己強化ループ)とレバレッジポイントの視点を用いて、海外事例・国内先進事例から得られる示唆を整理し、複数の再生シナリオを提示する。本レポートは考察・示唆を含むが、断定的な提言ではなく、データに基づく複数の視点の提示にとどめる。

第一章 総論:再生可能性を考察する視点

W09で示したR1ループ(所有の零細分散性 → 施業集約化の困難 → 路網整備の遅れ → 集材コスト高 → 立木価格の低迷 → 再造林率の低下 → 林業収益の低迷 → 担い手の高齢化 → 森林管理の粗放化 → 所有の零細分散性へ回帰)は、単発の介入では解消しにくい自己強化的な構造であった。本レポートでは、このループのどの辺に対して、海外事例・国内先進事例がどのような介入を行い、どの程度の変化を生んでいるかを整理し、日本全体としての再生シナリオを検討する。

第二章 海外事例からの示唆

オーストリア:情報とコストの流れへの介入

W04・W09で確認した通り、オーストリアの出材量の44%は農業用トラクターによる自伐型集材(コスト25ユーロ/m³)、22%はタワーヤーダによる集材(コスト28ユーロ/m³)によって担われている[1]。この結果、丸太価格が日本より低い水準でも、立木価格(森林所有者の手取り)は5,000円弱/m³を維持できているのに対し、日本では立木価格が2,000円未満/m³にとどまっている[1]。この事例は、W09第八章で示した「視点3:情報の流れへの介入」に相当し、路網密度の高さと農家保有の汎用機械を組み合わせることで、集材コストという「流れ」の効率を根本から改善した事例として位置づけられる[推論]

ドイツ:流通段階における構造的集約

W05・W09で確認した通り、ドイツの森林所有構造は日本と同様に小規模分散的であるが、森林経営組合(FBG)が窓口となって大規模製材工場に木材を販売する「木材販売の共同化」という対応がとられてきた[2]。2003年時点でドイツの森林組合は1,723組合、組合員所有森林面積(315万ha)はドイツ全土の私有林・団体有林面積の45%をカバーしていた[2]。堀(2013)は、この事例が「生産過程での共同化・協業化よりも流通過程の共同化の方がより効果的である」ことを示唆していると分析している[2]。これは、W09第八章の「視点2:ループの向きを変える介入」に近く、所有構造そのものを変えずに、その周辺(流通段階)で集約化を図るアプローチである[推論]

スウェーデン:相続慣行による所有権細分化の抑制

W02で確認した通り、スウェーデンでは森林の相続時に兄弟の1人が単独相続し、他の兄弟に保証金を支払う慣行があるとされる[3]。これが事実であれば、W09で確認したR1ループの一部(相続放置・境界不明確化の進行)を、法制度ではなく社会的慣行のレベルで抑制している可能性がある[推論]。ただし、この慣行が所有者不明化の抑制に制度的にどの程度寄与しているかを検証する定量データは、W02段階から一貫して不明のままである。

カナダ:大規模所有構造による合意形成コストの低さ

W02・W06で確認した通り、カナダは州有林が9割を占め、森林認証取得面積が世界1位(1億6,800万ha)である[4]。この所有構造は、少数の主体(州政府)との合意形成で広大な森林の路網整備・認証取得を進められるという、日本とは対極的な条件を意味する[推論]。カナダの事例は、日本の私有林の零細分散性という制約条件そのものを変えることの困難さを、対比的に浮き彫りにする[推論]

第三章 国内先進事例に見るレバレッジポイントの実践

海外事例と並んで注目すべきは、日本国内において、W09で示したレバレッジポイントの視点に対応する取組が、既に複数の地域で先行的に実践されていることである。

事例1:岡山県西粟倉村「百年の森林創造事業」(構造への介入)

JFS(ジャパン・フォー・サステナビリティ)の資料によれば、西粟倉村は「百年の森林創造事業」として、村が森林所有者から森林を預かり、間伐作業道整備を行う仕組みを構築した[5]。村は森林所有者と10年間の「森林長期施業管理協定」を締結し、施業にかかる費用を村が全額負担する一方、伐採・販売された木材の収益は、販売費用を差し引いた後、半分を森林所有者が、残り半分を村の事業財源として受け取る[5]。同資料によれば、西粟倉村の森林は民有林約3,000ha・社有林約1,000ha・村有林約1,300haで構成され、10年間で民有林の半分強(約1,600ha)、約800人の森林所有者と協定を締結したとされる[5]。

この事例は、W09第八章の「視点2:ループの向きを変える介入」の具体的な実践例であり、所有者個々人の意思決定の負荷を村という行政主体が肩代わりすることで、「所有の零細分散性」というR1ループの起点そのものに働きかけていると位置づけられる[推論]。村が費用を全額負担する点は、W09で確認した森林環境譲与税(B1)のようなパラメータレベルの財源投入とは異なり、行政が集約化の実務そのものを担う「構造」への介入である点が特徴的である[推論]

事例2:高知県香美森林組合「森の工場」(路網・機械化との複合的介入)

四国森林管理局の資料によれば、高知県香美森林組合は平成8年(1996年)から「作業道」「機械化林業」「人づくり」を3本柱とする団地化・集約化施業(「森の工場」)に取り組み、平成29年度(2017年度)時点で11団地・約1万2千haを集約化した[6]。同資料によれば、平成27年(2015年)には、県内の大型集成材工場・木質バイオマス発電所の稼働に対応するため、地域山林からの木材集積・供給拠点として「繁藤ストックヤード」を整備し、タワーヤーダ・ハーベスタ等の高性能林業機械作業道改良によるトラック直送運搬という新作業システムを導入し、高効率・低コスト林業を実践して山元への利益還元を図っているとされる[6]。

この事例は、W04で確認した路網整備・機械化(車両系・架線系集材)、W05で確認した直送取引という、複数のレバレッジポイントを同時に組み合わせた複合的な介入の例である[推論]。単一の視点への集中ではなく、W09第八章末尾で示唆した「複数の視点への並行的な働きかけ」に近い実践例と言える[推論]

事例3:高知県佐川町「自伐型林業×地域おこし協力隊」(人材要因と情報の流れへの介入)

高知県佐川町の事例では、町が森林所有者(山主)の代わりに交渉を行う「山の集約化」を推進し、林野庁「平成30年度森林・林業白書」によれば、同町は平成26年(2014年)から自伐型林業に取り組む地域おこし協力隊の募集を行い、令和元年度時点で10人が活動しているとされる[7]。SUUMOジャーナルの取材記事によれば、佐川町がこれまで山主と管理契約を行った700haの森のうち、施業者に委託されたのは約100haであり、「道半ばの印象はある」としつつも、行政による集約化の進展そのものが新規参入者にとって重要な後押しになっているとされる[8]。

この事例は、W03で確認した林業従事者の高齢化・確保難という人材要因に対し、都市部からの移住者を自伐型林業という小規模分散型の担い手として受け入れるアプローチであり、W09のR1ループのうち「担い手の高齢化・離職」の辺に直接介入する事例として位置づけられる[推論]。西粟倉村・香美森林組合が集約化(所有の零細分散性という起点への介入)を志向するのに対し、佐川町の事例は、零細分散性自体を前提としつつ、そこに新規の担い手を供給するという、異なる介入戦略を示している[推論]

事例4:福井県福井市高田町(情報とパラダイムへの介入)

林野庁「平成30年度森林・林業白書」によれば、福井県福井市高田町の林家である八杉健治氏は、雪起こし・除伐・枝打ち・間伐といった施業を適期に実施して年輪幅をコントロールし、地域需要の多い芯去り材の製材にふさわしい大径材を百年以上かけて育てている[9]。同氏は自らの所有森林における自伐だけでなく、集落ぐるみの木材生産計画づくりや林業技術の指導に取り組み、この結果、二十数年間で集落内での木材生産量が10倍以上に増加したとされる[9]。

この事例は、W09第八章の「視点4:パラダイムレベル」、すなわち木材を単なる規格材としてではなく、地域需要に応じた高付加価値材として育成するという慣行そのものの転換に近い[推論]。個人の実践から始まり、集落全体の生産計画・技術指導へと波及した点で、情報パラダイムの両面に働きかけた事例と言える[推論]

第四章 複数の再生シナリオ

以上の海外事例・国内先進事例を踏まえ、W09のR1ループに対する介入の重点の置き方に応じて、以下の3つのシナリオを整理する。いずれも既存の実践例の延長線上にある考察であり、単一の「正解」を示すものではない。

シナリオA:行政主導の構造集約型(西粟倉モデルの拡張)

市町村が森林所有者から施業を預かり、費用を負担して集約的に施業を行う仕組み(西粟倉村型)を、より広い地域に拡張するシナリオ。W09で確認した森林経営管理制度(平成30年成立)は、この方向性を全国レベルで制度化したものと位置づけられる[推論]
強み:所有の零細分散性という起点に直接作用するため、理論上のレバレッジは大きい。
制約:西粟倉村が10年で民有林の半分強(1,600ha)の協定締結にとどまったこと[5]が示す通り、所有者との個別合意形成には長い時間を要し、行政の財政負担・実務負担も大きい[推論]

シナリオB:流通効率化型(ドイツFBGモデル・ノースジャパン素材流通協同組合型)

所有構造そのものは変えず、流通段階(素材生産者の取りまとめ・協定取引の拡大)で集約化を図るシナリオ。W05で確認したノースジャパン素材流通協同組合(約200社の小規模素材生産業者を取りまとめ、令和元年度出荷実績57万m³)[10]や、ドイツの森林経営組合(FBG)がこの類型に該当する[推論]
強み:個々の森林所有者の合意を待たずに進められるため、シナリオAより短期間で効果が出やすい可能性がある[推論]
制約:再造林コストが取引価格に反映されない構造(W05で確認した「森林育成コストを参考にする回答3〜7%」)自体は解消されないため、山元への利益還元という点では限界がある[推論]

シナリオC:自伐分散型(佐川町モデル)

所有の零細分散性を前提としたまま、小規模・多数の新規就業者(自伐型林業家)を受け入れることで、担い手不足という辺からループに介入するシナリオ。W03で確認した「緑の雇用」事業による新規就業者増加(年間3,000人台)[11]とも親和的な方向性である[推論]
強み:個人単位で始められるため、初期投資・行政負担が相対的に小さい[推論]
制約:W03で確認した「自伐型林業を専業とするには50ha、兼業では30haが必要」という目安[8]を踏まえると、零細所有構造の中でこの規模を確保すること自体が、シナリオA同様の集約化を必要とする場合が多く、シナリオAと排他的ではなく補完的な関係にあると考えられる[推論]

これら3つのシナリオは、W09のR1ループに対する介入点(所有構造/流通段階/担い手)が異なるだけで、相互に排他的なものではない。実際、香美森林組合の事例(第三章事例2)は、路網整備・機械化・直送取引という複数の要素を組み合わせており、シナリオA・Bの要素を併せ持つ実践と言える[推論]。W09で確認した「単一のレバレッジポイントへの集中よりも、複数の視点への並行的な働きかけが現実的である可能性が高い」という考察は、この3シナリオの並行的な追求という形で具体化しうる[推論]

第五章 シリーズ総括

W01からW09までの検証を通じて、日本林業は、森林率森林蓄積という資源面では北欧に次ぐ水準にありながら[12]、私有林の所有構造の零細分散性(1〜5ha未満が74%)という制度的起点から、輸送インフラ・木材加工・流通・人材確保に至るまで、複数の局面で構造的な不利を抱えていることが、定量データから一貫して確認された。この構造は、W09で示した通り、放置すれば自己強化的に悪化しうる性質を持つ一方、森林環境譲与税森林経営管理制度J-クレジット制度の見直しといった近年の制度的対応や、西粟倉村・香美森林組合・佐川町・福井市高田町といった地域レベルの先行事例が、既にこのループの複数の辺に働きかけ始めていることも、本レポートで確認できた。

日本林業の「再生可能性」は、単一の政策や技術導入によって一挙に実現されるものではなく、所有構造・流通構造・人材構造という複数のレバレッジポイントへの並行的な取組の積み重ねとして、地域ごとに異なる形で進行しつつある動態的なプロセスとして捉えることが、本シリーズの検証から導かれる最も妥当な見方であると考えられる[推論]

年表

  1. 1996年(平成8年) 高知県香美森林組合、団地化による集約化施業(「森の工場」)を開始[6]
  2. 2009年頃 岡山県西粟倉村「百年の森林創造事業」開始[5]
  3. 2014年(平成26年) 高知県佐川町、自伐型林業に取り組む地域おこし協力隊の募集を開始[7]
  4. 2015年(平成27年) 高知県香美森林組合、「繁藤ストックヤード」を整備[6]
  5. 2017年度(平成29年度) 香美森林組合の集約化実績が11団地・約1万2千haに到達[6]
  6. 2018年(平成30年) 森林経営管理法成立(西粟倉村型モデルの全国的な制度化、W09参照)
  7. 2019年度(令和元年度) ノースジャパン素材流通協同組合の素材出荷実績が57万m³に到達[10]
  8. 2019年度(令和元年度) 佐川町の自伐型林業地域おこし協力隊が10人体制に[7]

用語集

参考文献

  1. 久保山裕史「オーストリアの林業・林産業における近年の変化」森林科学68号(W04・W09既出)。https://www.forestry.jp/content/images/2021/10/68.pdf
  2. 堀靖人「ドイツの林業・林産業における近年の動き」森林科学68号(W05既出)。https://www.forestry.jp/content/images/2021/10/68.pdf
  3. 日本経済調査協議会「欧州における林業経営の実態把握」報告書2011年(W02既出)。https://www.nikkeicho.or.jp/new_wp/wp-content/uploads/shinrin_takagi_final_overseareview.pdf
  4. 農林中金総合研究所「カナダの林業・木材産業の動向と木材利用拡大の取組み」農林金融2017・11(W02・W06既出)。https://www.nochuri.co.jp/report/pdf/n1711fc1.pdf
  5. JFSジャパン・フォー・サステナビリティ「やる気のある若者が移住・起業する村~岡山県・西粟倉村の自立へ向けた取り組み(前編)」。https://www.japanfs.org/sp/ja/news/archives/news_id036015.html
  6. 四国森林管理局「四国における森林・林業の取組事例」平成31年4月。https://www.rinya.maff.go.jp/shikoku/policy/business/attach/pdf/index-161.pdf
  7. 林野庁「平成30年度森林・林業白書」第1部第1章第2節(4)(佐川町の地域おこし協力隊)。https://www.rinya.maff.go.jp/j/kikaku/hakusyo/30hakusyo_h/all/chap1_2_4.html
  8. SUUMOジャーナル「高知の山里に若い移住者相次ぐ。『儲かる林業=自伐型』に熱視線 高知県佐川町」。https://suumo.jp/journal/2022/09/15/189816/
  9. 林野庁「平成30年度森林・林業白書」第1部第1章第2節(4)(福井市高田町の事例)。https://www.rinya.maff.go.jp/j/kikaku/hakusyo/30hakusyo_h/all/chap1_2_4.html
  10. 林野庁「木材産業の現状」令和7年3月(ノースジャパン素材流通協同組合、W05既出)。https://www.rinya.maff.go.jp/j/kouhou/bunyabetsu/attach/pdf/index-11.pdf
  11. 林野庁「林業労働力の動向」(W03既出)。https://www.rinya.maff.go.jp/j/routai/doukou/index.html
  12. nippon.com「日本の森林:50年間で資源量は3倍に」(W01既出)。https://www.nippon.com/ja/japan-data/h00737/