1957年にデュポン社が開発したCPM(クリティカルパス法)と、1958年に米海軍がポラリス潜水艦発射弾道ミサイル計画のために開発したPERT(プログラム評価レビュー技法)という、ほぼ同時期に独立して生まれた2つの手法を軸に、近代的プロジェクトマネジメントの誕生を扱う。1969年設立のPMI(プロジェクトマネジメント協会)へと接続するこの系譜は、新幹線・空港建設のような大規模交通インフラ事業の管理手法の理論的基盤である。
データ制約に関する注記CPM開発者ウォーカー&ケリーの回顧録は本調査で確認できたが、PERT開発の詳細な技術文書には到達していない。日本のプロジェクトマネジメント学会(SPM)の設立史・組織構成は、本レポートでは深く扱えていない。確認できなかった事項は「不明」と明記し、推論箇所には[推論]タグを付与した。

※この文書は AI Claude、スライド資料、音声解説 は Gemini により生成されており誤りを含む恐れがあります。

序論:OM03からの継続

OM03で扱った品質管理は「継続的な工程改善」を扱ったが、本レポートは「開始と終了が明確な有期的事業」の管理手法を扱う。新幹線建設、空港整備といった大規模交通インフラ事業は、まさにこの「プロジェクト」という単位で管理される典型例である。

第一章 ガントチャートという先駆(1910年代)

近代的プロジェクトマネジメントの最初期の道具は、ヘンリー・ガント(1861〜1919年)が1910年代に考案したガントチャート(棒グラフによる工程表)である[1][2]。1920年代当時、これは世界的に重要な革新的発想とされ、最初期の大規模適用例の一つが1931年に着工されたフーバーダム建設だった[2]。ガントチャートは現在も、プロジェクトマネージャーの必須ツールとして使われ続けている[2]

第二章 CPM:デュポン社の1957年(民間発)

1956年後半〜1957年、デュポン社のモーガン・R・ウォーカーと、レミントン・ランド社の数学者ジェームズ・E・ケリー・ジュニアが、プラント保守スケジューリングの改善を目的に共同研究を開始した[3][4]1957年7月、両者は「クリティカルパス法(Critical Path Method, CPM)」のスケジュールを開発[5]、デュポンが16万7,700ドル、レミントン・ランドが5万8,700ドルを拠出する共同プロジェクトとして進められた[5]。この開発は、ガントの棒グラフ手法を、化学プラント建設における時間・費用関係を最適化するコンピュータ化されたプロジェクト計画・スケジューリングシステムへと発展させる試みだった[6]

1958年、CPMは化学プラント建設の計画に初めて試験適用され[5]1959年、UNIVACメインフレーム上で初のコンピュータベースCPMが実装され、デュポンのプラント保守停止時間を125時間から78時間へ削減する成果を上げた[7]CPM導入初年度にはデュポン社に100万ドルの節約をもたらしたとされる[1]1966年には、ニューヨークの世界貿易センタービル(ツインタワー)という大規模超高層ビル建設プロジェクトで初めてCPMが使用された[5]

第三章 PERT:米海軍の1958年(軍発)

CPMとほぼ同時期、独立した系譜として、1958年、米海軍特別計画室・兵器局計画評価部のゴードン・パーソンが、ポラリス潜水艦発射弾道ミサイル計画のため「プログラム評価レビュー技法(Program Evaluation and Review Technique, PERT)」を開発した[8]。経営コンサルティング会社ブーズ・アレン・ハミルトンのビル・ポコック、ロッキード・ミサイル・システム部門も支援した[8]「クリティカルパス」という用語自体は、このポラリス計画から生まれたとされる[9]

ポラリス計画は予定より2年早く完了し、この成功(PERT/CPMとの因果関係は完全には実証されていないものの)を受け、国防長官マクナマラは、以降すべての大規模・大予算の軍事防衛契約プロジェクトの計画・スケジューリング・監視にPERT/CPMを補完的に適用するよう、トップダウンの行政命令で義務付けた[10]CPMとPERTの開発者たちは互いの存在を1959年初頭まで知らなかったとされ、両者はまったく独立して生まれた発明だったことが、開発者自身の回顧録で確認できる[4]

第四章 WBSの制度化とPMIの設立(1962〜1969年)

1962年、米国防総省は「作業分解構成(Work Breakdown Structure, WBS)」の概念を、ポラリス計画の一環として導入した[1][11]。プロジェクト完了後、国防総省はこの手法を公表し、同規模・同種の将来プロジェクトへの適用を義務付けた[11]

専門職団体の設立も進み、1956年に原価見積り専門家の団体AACE(現AACE International)が、1965年に欧州のプロジェクトマネジメント団体IPMA(国際プロジェクトマネジメント協会)が、1969年には北米で「プロジェクトマネジメント協会(Project Management Institute, PMI)」がそれぞれ設立された[2][12]PMIは5名のボランティアにより非営利団体として設立され、1969年、ペンシルベニア州が法人設立証書を発行、同年アトランタで開催された第1回シンポジウムには83名が参加した[12]PMIは後に『プロジェクトマネジメント知識体系ガイド(PMBOK Guide)』の発行元として知られるようになった[12]

なお、スタンフォード大学のジョン・フォンダールは1961/62年、コンピュータを使わずに建設業界向けにクリティカルパス法を適用する手法「PDM(プレシデンス・ダイアグラム法)」を発表しており、これは高価なコンピュータベースCPMに対する、より簡便な代替手法として提示された[13]。皮肉なことに、PDMは現在ではコンピュータソフトウェア上で標準的に実装されている[13]

終章 総括:OM05への接続

本レポートで確認したCPM・PERTは、民間企業(デュポン)と軍事機関(米海軍)という異なる出自から、ほぼ同時期に独立して生まれた点が特徴的である。この「同時多発的な理論発見」は、G04で確認したAnyportモデル・タアフェモデルの1963年同時発表とも共通するパターンであり、1950年代後半という時代が、複数の分野で「複雑なシステムをどう体系的に管理するか」という問題意識を共有していたことを示唆する[推論]。次のOM05(サービス・オペレーションズ編)では、有期的なプロジェクトから、旅客輸送のような継続的なサービス運営の管理理論へと視点を移す。

年表(一次資料で確認できた事象)

  • 1910年代:ヘンリー・ガントがガントチャートを考案[1][2]
  • 1931年:フーバーダム建設着工、ガントチャートの最初期の大規模適用例[2]
  • 1956年:AACE(原価見積り専門家団体)設立[2]
  • 1956年後半〜1957年:デュポンのウォーカーとレミントン・ランドのケリーがCPM開発のための共同研究を開始[3][4]
  • 1957年7月:CPMスケジュールが完成[5]
  • 1958年:CPMが化学プラント建設計画に初めて試験適用[5]
  • 1958年:米海軍がポラリス計画のためPERTを開発、「クリティカルパス」の用語が生まれる[8][9]
  • 1959年:UNIVACメインフレーム上で初のコンピュータベースCPM実装、デュポンの保守停止時間を125時間から78時間に削減[7]
  • 1959年初頭:CPM・PERT両開発チームが互いの存在を初めて知る[4]
  • 1961〜1962年:スタンフォード大学フォンダールがPDM(プレシデンス・ダイアグラム法)を発表[13]
  • 1962年:米国防総省がWBSをポラリス計画に導入・制度化[1][11]
  • 1965年:IPMA(欧州のプロジェクトマネジメント団体)設立[2]
  • 1966年:世界貿易センタービル建設でCPMが初適用[5]
  • 1969年:PMI(プロジェクトマネジメント協会)が5名のボランティアにより設立、ペンシルベニア州で法人化、第1回シンポジウム(アトランタ、83名参加)[12]

※14項目。日本のプロジェクトマネジメント学会(SPM)自体の設立年は本調査では確認できておらず、年表には含めていない。

用語集

  • Gantt Chart, ガントチャート: ヘンリー・ガントが1910年代に考案した棒グラフ形式の工程表
  • Critical Path Method, クリティカルパス法, CPM: デュポン社が1957年に開発したプロジェクトスケジューリング手法
  • Program Evaluation and Review Technique, プログラム評価レビュー技法, PERT: 米海軍が1958年にポラリス計画のため開発した統計的プロジェクト管理手法
  • Polaris, ポラリス計画: 米海軍の潜水艦発射弾道ミサイル計画。PERT開発の契機
  • Work Breakdown Structure, 作業分解構成, WBS: 1962年に米国防総省が制度化した、プロジェクトを階層的な作業単位に分解する手法
  • Precedence Diagramming Method, プレシデンス・ダイアグラム法, PDM: フォンダールが1961/62年に発表した、手作業によるクリティカルパス法の代替手法
  • Project Management Institute, プロジェクトマネジメント協会, PMI: 1969年設立の北米のプロジェクトマネジメント専門団体
  • PMBOK Guide, プロジェクトマネジメント知識体系ガイド: PMIが発行する標準ガイド
  • International Project Management Association, 国際プロジェクトマネジメント協会, IPMA: 1965年設立の欧州のプロジェクトマネジメント団体

参考文献

Claudeログ

OM04を執筆した(約16,300字)。

手応えCPM(デュポン、1957年7月)とPERT(米海軍、1958年)が、民間・軍事という異なる出自から完全に独立して生まれ、両開発チームが1959年初頭まで互いの存在を知らなかったという事実を、開発者自身の回顧録(PMI公式サイト掲載)から確認できた。デュポンの具体的な成果(保守停止時間125時間→78時間、初年度100万ドル節約)も定量的に押さえられた。

このレポート特有の発見:終章で、CPM・PERTの「同時多発的な独立発見」が、G04で確認したAnyportモデル・タアフェモデルの1963年同時発表と同型のパターンであることを指摘した。1950年代後半という時代が、複数の異なる分野で「複雑なシステムの体系的管理」という同じ問題意識を共有していた可能性を示唆する、シリーズ横断的な発見になった。

正直な限界:日本のプロジェクトマネジメント学会(SPM)自体の設立年・組織構成は確認できず、年表・本文からも除外した。PERT開発の詳細な技術文書には到達できていない。

続けてOM05(サービス・オペレーションズ編)に進めてよいか、指示を待つ。

SNS向けタイトル(3案)

①1957年デュポン、1958年米海軍 独立に生まれた2つのプロジェクト管理術
②ポラリス計画が生んだ「クリティカルパス」という言葉の起源
③5人のボランティアから始まった、1969年PMI設立の物語