「都市は人々を孤立させるのか」都市社会学が一世紀にわたり問い続けてきたこの問いに、四つの理論が異なる答えを出してきました。共同体は失われたのか(喪失論)、都市の中にも残るのか(存続論)、近隣を超えて広がったのか(解放論)、それは資源なのか(社会関係資本論)。理論同士の対立と継承をたどり、住民参加・エリアマネジメントTODといった現代のまちづくり、そして日本の人口減少社会への示唆までを論じます。前稿の続編です。

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都市コミュニティ論 ― 都市は人々を孤立させるのか

前稿「都市社会学の誕生 ― シカゴ学派から都市性論まで」では、20世紀初頭のシカゴを舞台に、人間生態学、同心円地帯モデル、そしてルイス・ワースの都市性論がどのように形成されたのかを、理論史としてたどりました。そこで繰り返し顔を出したのが、「都市での生活は人間の社会関係をどのように変えるのか」という問いでした。とりわけワースの都市性論は、人口の規模・密度・異質性が、親密で全人格的な関係を希薄化させ、人々を匿名的で非人格的な関係の網の目へと組み込んでいくと論じ、都市化が伝統的な共同体を侵食するという見方を強く打ち出しました。

本稿は、この問いを正面から受け止めます。すなわち、「都市化によってコミュニティ(community、地域社会・共同体)は本当に衰退するのか」という、都市社会学における古典的な論争を中心に据えます。この問いをめぐっては、20世紀を通じて、互いに対立する複数の立場が登場しました。本稿では、それらを大きく四つの理論的潮流 — コミュニティ喪失論(community lost)、コミュニティ存続論(community saved)、コミュニティ解放論(community liberated)、そして社会関係資本論(social capital theory) — として整理し、それぞれの背景・主張・批判・現代的評価を検討していきます。

重要なのは、これらを並列的に紹介するのではなく、一つの理論が別の理論を批判し、乗り越え、あるいは部分的に取り込みながら展開してきた、その動的な関係を描くことです。喪失論への反証として存続論が現れ、両者の前提そのものを問い直す形で解放論が登場し、これらの蓄積を概念的に再編する形で社会関係資本論が広く受容されていった — この理論的な系譜をたどることが、本稿の主軸となります。そして最後に、これらの理論が現代の都市計画やまちづくりの実務にどのような示唆を与えるのかを、とりわけ日本の文脈に即して論じ、さらに次稿で扱う都市政治経済学への橋渡しを行います。

目次

都市社会学におけるコミュニティ研究の位置づけ

本論に入る前に、コミュニティ研究が都市社会学全体の中でどのような位置を占めるのかを確認しておきます。前稿で扱った理論群が、主として都市の「空間構造」 — 都市がどのように分化し、配置されるのか — を対象としていたのに対し、本稿で扱うコミュニティ研究は、その空間の中で人々が取り結ぶ「社会関係」そのものに焦点を移します。両者は連続していますが、関心の重心が異なります。

コミュニティという概念の多義性

そもそも「コミュニティ」という言葉は、社会科学において極めて多義的に用いられてきました。アメリカの社会学者ジョージ・ヒラリー(George Hillery)は、1955年に発表した論文で、コミュニティの定義を90以上収集・分類し、その用法の多様さを明らかにしました [1]。彼の分析によれば、多くの定義に共通して見出される要素は、地理的領域(area)、社会的相互作用(social interaction)、そして共通の絆(common ties)の三つでした [1]。すなわち、一定の地理的範囲を共有し、その中で人々が相互に交流し、何らかの一体感や共通の関心をもつ集団 — これが伝統的なコミュニティ理解の最大公約数といえます。

しかし、本稿が追う論争の核心は、まさにこの三要素の結びつきが、都市化のもとで解体していくのではないか、という疑念にありました。とりわけ、地理的領域(近接性)と社会的絆の結びつきが、都市において必然的なものなのかどうかが、繰り返し問われることになります。後に見るコミュニティ解放論は、この「地理的近接性と社会的絆の結合」という前提そのものを解きほぐす議論として登場するのです。

近隣関係と社会的結合への問い

都市コミュニティ研究が出発点としたのは、近隣(neighborhood)という具体的な場における人間関係への問いでした。人々は、隣り合って住むことによって、どのような関係を結ぶのか。都市の近隣関係は、農村の村落共同体に見られたような緊密で多面的な関係とどう異なるのか。そして、そうした近隣の紐帯は、都市化や近代化の中で本当に弱まっていくのか。これらの問いは、単なる学術的関心にとどまらず、都市の社会問題 — 孤立、疎外、社会解体 — への実践的関心とも深く結びついていました。

筆者の見るところ、コミュニティ研究が都市社会学において特別な重みをもつのは、それが「都市は人間にとって良い場所なのか、悪い場所なのか」という規範的な問いと不可分だからです。都市化が共同体を破壊するという見方は、しばしば都市生活への悲観的な評価と結びつき、逆に都市にも豊かな社会関係が存続するという見方は、都市生活への擁護と結びついてきました。この規範的な含意こそが、コミュニティ論争を単なる事実認識の対立を超えた、都市そのものの評価をめぐる論争にしているのです。

コミュニティ喪失論 ― 都市化は共同体を破壊するのか

四つの理論的潮流のうち、最も古く、そして他のすべての立場の出発点となったのが、コミュニティ喪失論です。これは、都市化・産業化・近代化の進展に伴って、伝統的な共同体的紐帯が衰退し、人々が孤立した存在へと変質していくとする見方です。この立場は、特定の一人の理論家に帰せられるものではなく、19世紀以来の社会学的伝統の中に深く根を張っています。

テンニースとゲマインシャフト・ゲゼルシャフト

喪失論の古典的な源流として、まず挙げるべきはドイツの社会学者フェルディナント・テンニース(Ferdinand Tönnies)です。彼が1887年に著した『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト(Gemeinschaft und Gesellschaft)』は、近代社会における人間関係の変容を捉える上で、決定的な概念枠組みを提供しました [2]。

テンニースは、人間の結合のあり方を二つの理念型に区別しました。一つはゲマインシャフト(Gemeinschaft、しばしば「共同社会」と訳されます)であり、これは血縁、地縁、友情といった、人々の本質的・全人格的な結びつきに基づく共同体を指します [2]。家族、村落、近隣といった、人々が情緒的な絆と共通の価値によって結ばれ、互いを目的そのものとして遇するような関係がこれにあたります。もう一つはゲゼルシャフト(Gesellschaft、「利益社会」と訳されます)であり、これは個人の打算的・合理的な意志に基づく、目的達成のための手段としての結合を指します [2]。契約、取引、都市的な交際など、人々が特定の利益のために結びつき、互いを手段として扱うような関係がこれにあたります。

テンニース自身は、この二つを歴史的な発展段階として単純に捉えたわけではなく、あくまで人間結合の二つの類型として提示しました。しかし、彼の議論は、近代化の過程を「ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへ」の移行として読む解釈を強く誘発しました [2]。すなわち、近代化・都市化が進むにつれて、本質的・全人格的な共同体が衰退し、打算的・部分的な利益社会が優勢になっていく — この図式が、後のコミュニティ喪失論の理論的な背骨となったのです。

古典社会学における共同体衰退の図式

テンニースと並んで、この共同体衰退の図式は、社会学の他の古典的な理論家たちにも共有されていました。前稿でも触れたように、エミール・デュルケーム(Émile Durkheim)は、社会的連帯のあり方が、共通の価値に基づく「機械的連帯」から、分業による相互依存に基づく「有機的連帯」へと移行すると論じ、その移行の過程で規範の弛緩状態であるアノミー(anomie)が生じうることを指摘しました [3]。また、ゲオルク・ジンメル(Georg Simmel)は、大都市の絶え間ない刺激が、人々に他者への無関心や計算的な態度を発達させると論じました [4]。

これらの議論に共通するのは、近代化・都市化が、人間関係の質を根本的に変容させ、伝統的な共同性を掘り崩すという認識です。筆者の理解では、これらの古典理論は、産業革命と都市化が引き起こした未曾有の社会変動を前にした、ヨーロッパ知識人の一種の危機意識を反映したものでした。急速に膨張する都市、解体する村落、流動化する人々を目の当たりにして、彼らは失われゆく共同性への深い関心を抱いたのです。

ワースの都市性論における喪失論の定式化

こうしたヨーロッパの知的遺産を、アメリカの都市社会学の文脈で最も明確に定式化したのが、前稿で詳しく扱ったルイス・ワース(Louis Wirth)の都市性論でした。ここでは復習として、その要点を最小限に確認しておきます。

ワースは1938年の論文「生活様式としての都市性(Urbanism as a Way of Life)」において、都市を人口の規模が大きく、密度が高く、社会的に異質な人々の集落と定義し、これら三つの要因が都市に特有の生活様式を生み出すと論じました [5]。その帰結として、対人関係は親密で全人格的な第一次的関係から、部分的・道具的・非人格的な第二次的関係へと変質し、伝統的な近隣関係や家族の紐帯が弱まり、人々は匿名性と孤立に直面するとされました [5]。ワースの都市性論は、テンニース以来の共同体衰退の図式を、都市の人口学的特性と結びつけて理論化したものであり、コミュニティ喪失論の最も体系的な表現といえます。

喪失論への批判と現代的評価

コミュニティ喪失論は、都市社会学の出発点として大きな影響力をもちましたが、やがて強い批判にさらされることになります。批判の核心は、この立場が経験的な検証を欠いたまま、都市化と共同体衰退を結びつけてしまったのではないか、という点にありました。都市に住むことが本当に孤立や社会解体をもたらすのかどうかは、実際の都市住民の生活を調査して初めて明らかになるはずです。そして、まさにその実証的な調査が、喪失論の前提を揺るがしていくことになります。それが次に見るコミュニティ存続論です。

現代的な観点から評価すれば、喪失論は完全に否定されたわけではありません。都市における孤立や孤独が深刻な社会問題であることは、現代の高齢社会や単身世帯の増加といった文脈において、むしろ改めて注目されています。しかし、都市化が一律に・必然的に共同体を破壊するという強い主張は、後続の研究によって大きく相対化されました。喪失論の遺産は、否定されたというより、より精緻な問いへと組み替えられていったと理解するのが適切でしょう。

コミュニティ存続論 ― 都市の中の村落

コミュニティ喪失論に対する最も強力な経験的反論として登場したのが、コミュニティ存続論です。この立場は、都市の内部にも、農村に劣らぬ緊密で持続的な共同体が存在することを、具体的な実地調査によって示しました。その代表的な担い手が、アメリカの社会学者ハーバート・ガンズ(Herbert Gans)です。

ガンズとボストン・ウェストエンドの研究

ガンズは、1962年に刊行した著作『都市の村人たち(The Urban Villagers)』において、コミュニティ喪失論に正面から挑戦しました [6]。彼が調査の対象としたのは、アメリカのボストン市にあるウェストエンド(West End)と呼ばれる地区です。この地区は、イタリア系を中心とする労働者階級の移民とその子孫が多く住む、都心に近い古い居住地区でした。行政や都市計画の立場からは、この地区はしばしば「スラム」と見なされ、再開発の対象とされていました。

ガンズは、この地区に実際に居住し、住民の生活に深く入り込む参与観察(participant observation)の手法を用いて、その社会生活を内側から記述しました [6]。そして彼が見出したのは、都市性論が予測したような匿名的で孤立した個人の集まりではなく、むしろ緊密な親族関係と近隣関係に支えられた、活気ある共同体の姿でした。

都市村落という概念

ガンズは、この地区に見られる社会的世界を「都市村落(urban village)」と呼びました [6]。都市村落とは、都市の只中にありながら、村落共同体に似た緊密な対面的関係が維持されている地区を指します。ウェストエンドの住民たちは、親族や同郷の人々との濃密な日常的交際の中で生活しており、その対人関係は決して非人格的でも匿名的でもありませんでした [6]。彼らにとって、近隣は単なる物理的な居住の場ではなく、情緒的な絆と相互扶助に満ちた社会的世界だったのです。

ガンズの議論の核心は、都市性をもたらすのは人口の規模や密度それ自体ではない、という点にありました。彼は、ワースが都市の人口学的条件に帰した生活様式の違いを、むしろ住民の社会階級(social class)とライフサイクルの段階(life-cycle stage)によって説明しようとしました [6]。すなわち、人々の生活様式を規定するのは、都市に住んでいるという事実そのものではなく、その人がどの階級に属し、人生のどの段階にあるか(独身か、子育て期か、など)である、と論じたのです。この主張は、都市の人口学的条件を重視するワースの都市理解に対する、根本的な再検討を迫るものでした。なお、ワース自身は人口規模・密度・異質性が社会関係に影響すると論じたのであって、環境が一義的にすべてを決定すると述べたわけではない点には留意が必要です。ガンズの批判は、その因果の比重を人口学的条件から社会階級へと移し替えるものでした。

存続論の広がり

都市の中に緊密なコミュニティを見出す研究は、ガンズに限られたものではありませんでした。イギリスでは、社会学者のマイケル・ヤング(Michael Young)とピーター・ウィルモット(Peter Willmott)が、ロンドンの労働者階級地区ベスナルグリーン(Bethnal Green)を調査し、そこに母娘関係を軸とする緊密な親族ネットワークと近隣の相互扶助が存在することを明らかにしました [7]。彼らの研究は、さらにこの地区の住民が郊外の新しい団地へ移転した際に、そうした緊密な関係が失われていく様子をも記録し、コミュニティと場所の関係について重要な示唆を与えました [7]。

これらの研究が共通して示したのは、都市が必ずしも共同体を破壊するわけではなく、特定の条件のもとでは、都市の内部にも豊かな社会関係が存続し、再生産されうるということでした。喪失論が都市一般について悲観的な像を描いたのに対し、存続論は具体的な地区の経験的調査を通じて、その像を反証したのです。

存続論への批判と現代的評価

コミュニティ存続論は、喪失論の過度の一般化を正す上で大きな貢献を果たしましたが、それ自体もまた批判を免れませんでした。一つの批判は、存続論が見出した緊密なコミュニティが、特定の時代・特定の集団 — とりわけ労働者階級の移民コミュニティ — に限られた現象なのではないか、という点です。中産階級の、より流動性の高い都市住民については、存続論の描く像が当てはまらない可能性があります。

もう一つの、より根本的な批判は、存続論もまた喪失論と同じ前提 — すなわち、コミュニティは地理的に限定された近隣に宿るものだ、という前提 — を共有していた点にあります。喪失論も存続論も、「近隣に緊密な関係があるかないか」という同じ土俵の上で論争していました。しかし、もしコミュニティが必ずしも地理的近接性に縛られないとしたらどうでしょうか。この問いを立てることで、論争の土俵そのものを組み替えたのが、次に見るコミュニティ解放論です。

コミュニティ解放論 ― ネットワークとしてのコミュニティ

コミュニティ喪失論と存続論が、いずれも「近隣という場所における緊密な関係の有無」を争っていたのに対し、その問いの立て方そのものを転換させたのが、カナダの社会学者バリー・ウェルマン(Barry Wellman)を中心とするコミュニティ解放論です。これは、都市コミュニティ研究における決定的な転換点となりました。

コミュニティ問題の再定式化

ウェルマンは、それまでのコミュニティ論争を「コミュニティ問題(the community question)」として整理し直しました [8]。彼によれば、この問題の核心は、大規模な分業に基づく社会システムが、第一次的な紐帯(primary ties)の構造と内容にどのような影響を及ぼすのか、という点にあります [8]。そして彼は、従来の研究が、コミュニティを暗黙のうちに「地理的に限定された近隣」と同一視してきたことを問題視しました。

ウェルマンの根本的な洞察は、コミュニティ(人々の社会的紐帯のまとまり)と、近隣(地理的な場所)とを概念的に切り離すべきだ、という点にありました [8]。コミュニティが衰退したかどうかを、近隣における関係の有無だけで判断するのは誤りである。なぜなら、人々の親密な社会的紐帯は、近隣の境界を超えて、都市全体に、さらには都市を超えて空間的に拡散しているかもしれないからです。この視点の転換によって、問題は「近隣に共同体は残っているか」から「人々の社会的ネットワークはどのような形態をもつか」へと組み替えられました。

三つの命題 ― 喪失・存続・解放

ここで一点、正確を期しておきたいことがあります。ウェルマンは、コミュニティ解放論を無から創始した唯一の理論家というよりも、それまでのコミュニティ研究の蓄積を体系的に整理し、三つの対立する命題として明快に定式化した点にこそ、その貢献があります [8]。彼は、コミュニティ問題に対する立場を、次の三つの命題として整理しました。これは本稿の構成の理論的な骨格をなすものでもあります。

第一の「コミュニティ喪失(community lost)」命題は、都市化・産業化によって第一次的紐帯が衰退し、人々が孤立するとする立場です。これは本稿で見てきた喪失論に対応します。第二の「コミュニティ存続(community saved)」命題は、都市の内部にも緊密な近隣共同体が存続するとする立場であり、ガンズらの存続論に対応します。そして第三が、ウェルマン自身が積極的に擁護した「コミュニティ解放(community liberated)」命題です [8]。すなわち彼は、既存の議論を三類型として整理した上で、そのうち解放命題を理論的・経験的に基礎づけたのです。

コミュニティ解放命題は、人々の親密な紐帯が、近隣という地理的制約から「解放」され、都市空間の全域に、そして異なる社会的文脈へと分散していると主張します [8]。現代の都市生活者は、近隣の住民とではなく、職場の同僚、学校時代の友人、遠方の親族など、地理的に散らばった人々と親密な関係を維持している。これらの関係は、自動車、電話、そして後のインターネットといった交通・通信技術によって支えられています。コミュニティは失われたのでも、近隣に閉じ込められて存続しているのでもなく、空間的に解き放たれた個人中心のネットワークへと変容した — これが解放論の核心です。

イーストヨーク研究とネットワーク個人主義への展開

ウェルマンのこうした主張は、思弁的な議論ではなく、社会ネットワーク分析(social network analysis)という方法に基づく経験的研究に支えられていました。彼は、1970年代にカナダ・トロントのイーストヨーク(East York)地区を対象に、住民が実際にどのような人々と親密な紐帯を結んでいるのかを詳細に調査しました [8][9]。

その結果明らかになったのは、住民の親密な関係の多くが、近隣の外に存在しているという事実でした。人々は確かに豊かな社会的紐帯をもっていましたが、その紐帯の相手は、必ずしも近所に住む人々ではありませんでした [8]。ウェルマンは、こうした地理的に分散しつつも個人を支える紐帯のまとまりを捉えるために、「パーソナル・コミュニティ(personal community)」あるいは個人を中心とするネットワークという概念を発展させました。

この議論は、一足飛びに現代的な結論に至ったわけではありません。1970年代のイーストヨーク研究を出発点として、1980年代から90年代にかけてのパーソナル・ネットワーク研究の蓄積があり、それが2000年代に入ってインターネット研究と結びつくことで、「ネットワーク個人主義(networked individualism)」論へと発展していきました [9]。ネットワーク個人主義とは、人々が固定的な集団への帰属からネットワークの結節点としての個人へと、社会生活の基盤を移していくとする議論であり、情報通信技術の普及がこの傾向をいっそう加速させたとされます [9]。

解放論の意義と批判

コミュニティ解放論の意義は、コミュニティ研究を「場所の研究」から「ネットワークの研究」へと転換させた点にあります。これによって、都市化が共同体を破壊するか否かという二者択一的な問いは、人々の社会的ネットワークがどのような構造と機能をもつのかという、より分析的な問いへと発展しました。この転換は、後のインターネットや SNS の普及を背景に、ますますその妥当性を高めているように見えます。

一方で、解放論にも批判があります。第一に、ネットワークが近隣から解放されたとしても、それが万人に等しく開かれているわけではない、という点です。地理的に分散したネットワークを維持する能力は、移動の手段や経済的資源、文化的な技能に左右されるため、そうした資源に乏しい人々 — 高齢者、貧困層、障害をもつ人々 — は、依然として近隣に依存せざるをえない可能性があります。第二に、近隣やローカルな場所の意義を過小評価しているのではないか、という批判もあります。災害時の助け合いや、子育て・介護といった対面的な支援においては、地理的近接性が依然として決定的に重要だからです。筆者の見るところ、解放論は近隣の意義を否定したのではなく、コミュニティを近隣に限定する思考から研究を解放したと理解するのが正確でしょう。

弱い紐帯の強さ ― ネットワーク論と社会関係資本論をつなぐ

コミュニティ解放論が、コミュニティを社会的ネットワークとして捉える視角を確立したことで、ネットワークの「構造」そのものが、人々にとってどのような意味をもつのかという問いが浮上しました。この問いに決定的な貢献をしたのが、アメリカの社会学マーク・グラノヴェッター(Mark Granovetter)です。彼の議論は、解放論のネットワーク的視角と、次に見る社会関係資本論とを橋渡しする、重要な結節点に位置しています。

強い紐帯と弱い紐帯

グラノヴェッターは、1973年の論文「弱い紐帯の強さ(The Strength of Weak Ties)」において、人と人との結びつきを、その強さによって区別しました [10]。紐帯の強さとは、関係に費やされる時間、情緒的な強度、親密さ、相互のやりとりの度合いといった要素の組み合わせによって測られるものです [10]。家族や親友との関係は「強い紐帯(strong ties)」であり、知人や顔見知りといった希薄な関係は「弱い紐帯(weak ties)」と呼ばれます。

一見すると、強い紐帯のほうが弱い紐帯よりも重要に思えます。しかしグラノヴェッターの洞察は、この直観を覆すものでした。彼は、新しい情報 — とりわけ就職に関わる情報 — が、実は強い紐帯よりも弱い紐帯を通じてもたらされることが多い、という経験的事実に注目しました [10]。

弱い紐帯が情報をつなぐ理由

なぜ弱い紐帯が重要なのでしょうか。グラノヴェッターの説明は、ネットワークの構造に着目するものでした。強い紐帯で結ばれた人々は、互いに密接に交流するため、同じ情報を共有する閉じた集団(クラスター)を形成しがちです。その内部では、誰もが似たような情報をもっているため、新しい情報はあまり流通しません [10]。これに対し、弱い紐帯は、異なる集団と集団とを「橋渡し(bridge)」する役割を果たします。普段はあまり接触しない別の社会的世界とつながる弱い紐帯を通じてこそ、自分の集団の外にある新鮮な情報がもたらされるのです [10]。

この「弱い紐帯の強さ」という逆説的な命題は、社会的ネットワークの構造が、個人の機会や情報へのアクセスを左右することを鮮やかに示しました。筆者の理解では、グラノヴェッターの議論が重要なのは、それがコミュニティの「強さ」だけでなく、その「開かれ方」や「構造」が問題なのだと示した点にあります。緊密な強い紐帯だけでは、人は閉じた世界に留まってしまう。異なる世界をつなぐ弱い紐帯こそが、人々に新しい可能性をもたらす。この洞察は、後にパットナムが論じる「橋渡し型」社会関係資本の概念へと、直接につながっていきます。グラノヴェッターのネットワーク論は、ウェルマンの解放論からパットナムの社会関係資本論へと至る理論的な流れの、まさに蝶番(ちょうつがい)に位置しているのです。

社会関係資本論 ― コミュニティを資源として捉える

喪失論・存続論・解放論という一連の論争が蓄積され、グラノヴェッターがネットワークの構造的意義を示す中で、コミュニティや社会的ネットワークを、個人や社会にとっての一種の「資源」として捉え直す視角が登場しました。それが社会関係資本(social capital社会資本とも訳されますが、インフラ等を指す社会資本と区別するため本稿では社会関係資本と表記します)の理論です。この概念は、20世紀後半に複数の理論家によって独立に彫琢され、やがて都市計画やまちづくりの実務にも広く浸透していきました。以下では、ブルデュー、コールマン、パットナムという三人の主要な理論家の議論を比較し、その理論的差異を明らかにします。

ブルデューの社会関係資本論

社会関係資本概念の現代的な彫琢において、先駆的な役割を果たしたのが、フランスの社会学ピエール・ブルデュー(Pierre Bourdieu)です。ブルデューは、社会関係資本を、ある集団のメンバーであることに結びついた、実際のあるいは潜在的な資源の総体として定義しました [11]。すなわち、人が持続的なネットワークに帰属していることによってアクセスできる、各種の資源のことです。

ブルデューの議論の特徴は、社会関係資本を、経済資本(economic capital)や文化資本(cultural capital)といった他の資本形態と関連づけ、社会的不平等の再生産という文脈で捉えた点にあります [11]。彼にとって社会関係資本は、特権的な集団がその優位を維持・再生産するための手段でもありました。有力な人脈をもつ人々は、その人脈を通じて経済的・文化的な利益を得ることができ、それがさらなる優位につながる。このようにブルデューの社会関係資本論は、社会的格差や権力の問題と密接に結びついた、批判的な性格をもっていました。筆者の理解では、これは社会関係資本を「誰がそれを持ち、誰が持たないのか」という分配の問題として捉える視角といえます。

コールマンの社会関係資本論

これに対し、アメリカの社会学ジェームズ・コールマン(James Coleman)は、社会関係資本をより機能的な観点から定義しました。コールマンは、社会関係資本を、その機能によって定義される概念とし、社会構造の中に存在し、その構造の内部にある行為者(個人または集団)の特定の行為を促進するものと捉えました [12]。

コールマンの議論は、合理的選択理論(rational choice theory)を背景にしつつ、人々の信頼関係や相互の義務、規範、情報の流れといったものが、個人の目的達成を助ける資源として機能する点に注目しました [12]。彼が重視した社会関係資本の一形態が、閉鎖性(closure)をもつネットワークです。たとえば、親同士が互いに知り合っているような緊密なネットワークは、子どもの教育に対する規範の共有や監督を可能にし、教育達成を促進するとされました [12]。ブルデューが社会関係資本を不平等の再生産と結びつけたのに対し、コールマンはそれを社会的に有用な資源、いわば公共的な財に近いものとして捉えた点に、両者の理論的な差異があります。

パットナムの社会関係資本論

社会関係資本概念を、学術の枠を超えて広く社会に普及させたのが、アメリカの政治学ロバート・パットナム(Robert Putnam)です。パットナムは、社会関係資本を、信頼(trust)、互酬性の規範(norms of reciprocity)、そして市民的関与のネットワーク(networks of civic engagement)といった、社会組織の特徴であり、協調的な行動を促進することで社会の効率を高めるものとして定義しました [13]。

パットナムの議論の特徴は、社会関係資本を、個人の資源としてよりも、地域社会や国家といった集合体がもつ属性として捉えた点にあります。彼はまず、イタリアの州政府のパフォーマンスを比較した研究において、市民的な伝統が豊かな地域ほど、政府が効果的に機能することを示しました [13]。続いてアメリカ社会を論じた著作『孤独なボウリング(Bowling Alone)』では、20世紀後半のアメリカにおいて、人々の市民活動への参加や社会的なつながりが長期にわたって衰退してきたことを膨大なデータで示し、社会関係資本の衰退に警鐘を鳴らしました [14]。

結束型・橋渡し型・連結型

パットナムはまた、社会関係資本を類型化しました。よく知られているのは、結型(bonding)社会関係資本と橋渡し型(bridging)社会関係資本の区別です。前者は、家族や同質的な集団の内部の強い結びつきを指し、集団内の連帯や相互扶助を強める一方で、排他性を生みやすいとされます。後者は、異なる集団の間をつなぐ、より開かれた弱い結びつきを指し、社会の包摂性や多様な資源・情報へのアクセスを高めるとされます [14]。この橋渡し型の概念が、先に見たグラノヴェッターの「弱い紐帯の強さ」と理論的に響き合っていることは、容易に見て取れるでしょう。

さらに近年の研究では、この二類型に加えて、連結型(linking)社会関係資本という第三の類型が広く用いられるようになっています [15]。連結社会関係資本とは、住民やコミュニティと、行政機関、企業、大学、専門機関といった、自分たちとは異なる権力や資源をもつ主体との間の、垂直的なつながりを指します [15]。結型と橋渡し型がいずれも市民社会の内部の水平的な関係に注目するのに対し、連結型は、制度的な権力や公的な資源へのアクセスを媒介する、垂直方向の関係を捉えるものです。筆者の見るところ、この連結型の概念は、後述する住民参加や協働型のまちづくりを論じる上で、とりわけ重要な意味をもちます。なぜなら、地域の取り組みが実際に成果を上げるためには、住民同士の結びつきだけでなく、行政や専門機関との効果的な連携が不可欠だからです。

三者の比較と社会関係資本論の評価

ここで三人の理論家の差異を整理しておきましょう。ブルデューは社会関係資本を、個人や集団が保有し、社会的不平等の再生産に用いる資源として、批判的・葛藤論的に捉えました。コールマンは、それを個人の行為を促進する機能的な資源として、合理的選択の枠組みの中で捉えました。そしてパットナムは、それを地域社会や国家が共有する属性として、市民社会の活力や民主主義の質と結びつけて捉えました。同じ「社会関係資本」という言葉が、保有の主体(個人か集合体か)、価値の方向(不平等の道具か公共的善か)において、大きく異なる意味で用いられているのです。

社会関係資本論は、その後の社会科学に絶大な影響を与えましたが、批判もまた少なくありません。とりわけパットナムの議論に対しては、概念が曖昧で多義的すぎる、社会関係資本の負の側面(排他性や集団間の対立)への目配りが不十分である、衰退の原因を十分に説明できていない、といった批判が寄せられてきました [16]。また、社会関係資本の豊かさを地域や個人の自助努力に帰すことが、構造的な不平等や貧困の問題を見えにくくするのではないか、という政治的な批判もあります [16]。筆者の見るところ、ブルデューの批判的視角は、こうしたパットナム的な楽観論への重要な対抗軸を提供しています。それでもなお、社会関係資本という概念は、コミュニティの価値を政策的に論じるための共通言語として、今日まで広く用いられ続けています。

理論的系譜の総括 ― 諸理論はどう関係するのか

ここまで見てきた理論的潮流の関係を、改めて整理しておきます。本稿の冒頭で述べたように、これらは並列的な選択肢ではなく、互いに批判し合い、乗り越え合う動的な系譜を形づくっています。

出発点にあったのは、テンニースからワースに至るコミュニティ喪失論でした。これは、都市化が共同体を破壊するという、19世紀以来の危機意識を理論化したものです。これに対し、ガンズらのコミュニティ存続論が、具体的な実地調査を通じて、都市の中にも緊密な共同体が存続することを示し、喪失論の過度の一般化を反証しました。しかし、喪失論と存続論は、いずれも「近隣における関係の有無」を争う点で、同じ前提を共有していました。

ウェルマンのコミュニティ解放論は、この共通前提そのものを問い直しました。コミュニティを近隣から切り離し、空間的に分散した個人中心のネットワークとして捉え直すことで、論争の土俵を「場所」から「ネットワーク」へと転換させたのです。グラノヴェッターの弱い紐帯論は、このネットワーク的視角を引き継ぎ、ネットワークの構造そのものが個人の機会を左右することを示しました。そして社会関係資本論は、これらの蓄積を背景に、コミュニティやネットワークを個人や社会にとっての「資源」として概念化し、その価値を測定し、政策的に論じるための枠組みを提供しました。喪失・存続・解放が「コミュニティはあるのか、どこにあるのか」を問うたのに対し、社会関係資本論は「コミュニティは何をもたらすのか」を問うたといえます。

この系譜を貫いているのは、コミュニティという概念が、固定的な実体から、より流動的で関係的なものへと捉え直されてきたという大きな流れです。地理的な近隣に宿る実体的な共同体という出発点のイメージは、空間的に分散したネットワーク、そして測定可能な資源へと、徐々に脱構築され、再構成されてきました。次節では、こうした理論的展開が、現代の都市研究においてどのように引き継がれているのかを見ていきます。

現代のコミュニティ研究の展開

これらの古典的潮流を踏まえて、現代のコミュニティ研究は、新たな社会的条件のもとで多様な方向へと展開しています。ここでは、その主要な動向を概観します。

オンラインコミュニティとネットワーク社会

ウェルマンの解放論が予見した方向性を、最も劇的に推し進めたのが、インターネットと SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の普及です。電子メール、SNS、各種のオンライン・プラットフォームは、地理的近接性から独立した社会的紐帯の形成と維持を可能にしました。ウェルマン自身、後の研究において、インターネットがネットワーク個人主義をさらに深化させ、人々の社会生活がますます個人を結節点とするネットワークへと組織化されていくと論じています [9]。

もっとも、オンラインのつながりが、対面的な関係を代替するのか補完するのかをめぐっては、議論が続いています。初期には、インターネットが対面的な社会関係を損なうのではないかという懸念も示されましたが、その後の研究の多くは、オンラインの交流がむしろ既存の社会関係を補強し、対面的な交流とも結びつくことを示唆しています。筆者の理解では、オンラインとオフラインのコミュニティは対立するものではなく、現代人の社会生活において重層的に絡み合っていると捉えるのが妥当でしょう。

多文化共生と移民コミュニティ

グローバル化に伴う国際的な人口移動の増大は、コミュニティ研究に新たな主題をもたらしました。移民が受け入れ都市においてどのようなコミュニティを形成し、ホスト社会とどのように関係を取り結ぶのか、という問いです。前稿で触れたシカゴ学派の移民研究の伝統は、ここで現代的な形で引き継がれています。エスニックなコミュニティが、移民にとっての社会関係資本 — 仕事や住居の情報、相互扶助 — の源泉となる一方で、それが受け入れ社会への統合をかえって妨げる可能性も指摘されており、結型・橋渡し型・連結型の社会関係資本の区別が、ここでも分析的に重要となります。

多文化共生(multicultural coexistence)は、異質な集団がいかに同じ都市空間を共有し、緊張を管理しながら共存していくかという、現代都市の中心的な課題です。これは、ワースが都市の特徴として挙げた「異質性」が、今日いっそう先鋭な形で問われていることを意味します。

高齢社会における孤立とコミュニティ

人口の高齢化が進む社会において、コミュニティ喪失論が提起した「孤立」の問題が、改めて切実な現実として浮上しています。単身高齢者の社会的孤立(social isolation)や孤独(loneliness)は、健康や福祉に深刻な影響を及ぼす問題として、多くの先進国で政策的な関心を集めています。

ここで重要なのは、解放論が示したように、高齢者にとって地理的に分散したネットワークの維持が困難になりやすいという点です。移動能力の低下は、近隣を超えたネットワークへのアクセスを制約し、結果として近隣やローカルな場所の重要性をむしろ高めます。この点で、高齢社会におけるコミュニティの問題は、解放論が相対化した「場所の意義」を、別の角度から再評価する契機ともなっています。後述する都市計画やまちづくりの文脈で、この論点は特に重要な意味をもちます。

都市計画・まちづくりへの示唆

本稿で最も重視したいのが、これまで整理してきた都市コミュニティ論が、現代の都市計画やまちづくりの実務にどのような示唆を与えるのか、という点です。コミュニティ論は、抽象的な社会理論にとどまらず、都市空間をどう設計し、運営するかという実践と、深く結びついています。以下では、いくつかの接点を取り上げます(これらの関連づけには、確立した知見と筆者の解釈とが含まれる点をあらかじめお断りします)。

住民参加と協働型計画

20世紀後半以降の都市計画は、専門家が一方的に都市を設計するトップダウンのモデルから、住民の参加と協働を重視するモデルへと、大きく舵を切ってきました。住民参加(citizen participation)や協働型計画(collaborative planning)の思想は、計画の正統性を高めるだけでなく、その過程自体が住民間の関係を育み、社会関係資本を醸成するという含意をもっています [17]。

ここでコミュニティ論の蓄積が生きてきます。協働型計画が成功するためには、住民の間に一定の信頼と互酬性の規範、市民的関与のネットワーク — まさにパットナムの言う社会関係資本 — が必要だと考えられます。同時に、計画を実際に動かすには、住民と行政・専門機関とをつなぐ連結社会関係資本も欠かせません。逆に、計画の過程を通じて、こうした社会関係資本を新たに形成することも期待されます。筆者の見るところ、住民参加は、社会関係資本を前提とすると同時に、それを生産する営みでもあるという、双方向的な関係にあります。

エリアマネジメントとプレイスメイキング

近年の都市計画において重要性を増しているのが、エリアマネジメント(area management、地域の価値を維持・向上させるための地域主体による継続的な運営活動)です。エリアマネジメントは、行政だけでなく、地権者、事業者、住民といった多様な主体が協働して地域を運営する仕組みであり、その持続性は、関係者間の社会関係資本に大きく依存します。

また、プレイスメイキング(placemaking、人々に愛され活用される場所を、地域の人々の関与によって創り出す手法)は、物理的な空間の整備を通じて、人々の交流と愛着を育もうとする実践です。前稿で触れたジェイン・ジェイコブズ(Jane Jacobs)が街路における日常的な対面的接触の価値を強調したように、プレイスメイキングは、都市空間が社会関係を生み出す器であるという認識に立脚しています [18]。広場、公園、街路といった公共空間(public space)は、橋渡し型の社会関係資本 — 異なる人々の間の偶発的な接触と交流 — を育む場として、改めてその意義が見直されています。

ウォーカビリティと社会的接触

歩きやすさ(walkability)を重視する近年の都市デザインも、コミュニティ論と深く関わります。歩行を促す都市環境は、自動車中心の環境に比べて、人々が街路で出会い、言葉を交わす機会を増やすと考えられます。街路における偶発的な接触の積み重ねが、近隣の親しみや見守りの関係を育むという発想は、ジェイコブズ以来の都市デザイン思想の中核にあります。

歩きやすい近隣ほど、住民同士の面識や信頼、すなわち近隣レベルの社会関係資本が豊かである傾向が、いくつかの研究で示唆されてきました。ただし、物理的環境とコミュニティの関係は単純な因果ではなく、環境決定論に陥らない慎重さが必要です。空間のデザインは社会関係の十分条件ではありませんが、それを促したり妨げたりする条件にはなりうる、という程度に捉えるのが穏当でしょう。

公共交通・TODと社会関係資本

前稿でも論じた公共交通指向型開発(transit-oriented developmentTOD)は、コミュニティ論の観点からも興味深い対象です。TOD は、駅などの公共交通結節点の周辺に、住宅・商業・業務を高密度かつ複合的に配置する計画手法ですが、これは結節点周辺に人々の活動と接触を集中させることを意味します。

ここで、解放論が提起した論点が重要になります。公共交通は、地理的に分散したネットワークへのアクセスを支える基盤であり、とりわけ自動車を運転できない人々 — 高齢者、若者、障害をもつ人々、低所得層 — にとって、近隣を超えたコミュニティとつながるための生命線です。すなわち、公共交通は、解放されたネットワーク型のコミュニティを、誰もが享受できるものにするための、社会的包摂(social inclusion)の手段でもあるのです。前稿でも触れた交通と社会的排除(transport-related social exclusion)の議論は、まさにこの点に関わります。移動手段をもたない人々が、ネットワーク社会から取り残されないようにすること — これは、コミュニティ論と交通計画が交差する、重要な政策課題といえます。

同時に、TOD が育む結節点周辺の高密度な対面的環境が、どのような社会関係を生み出すのかは、ワースの都市性論やジェイコブズの街路論の枠組みを応用して探究すべき、開かれた問いです。これは前稿で筆者が示した見立てでもありますが、確立した知見というより今後の実証的検討に委ねられた論点である点を、改めて明記しておきます。

日本の都市の文脈

最後に、これまでの議論を日本の都市の文脈に引き寄せて考えてみます。日本の都市は、欧米とは異なる歴史的・社会的条件のもとで発展してきたため、コミュニティ論の適用にあたっては、その固有性への配慮が必要です。日本の都市社会学は、欧米の理論を受容しつつも、独自の実証研究の蓄積をもっています。

日本都市社会学におけるコミュニティ研究

日本の都市社会学において、コミュニティ研究は重要な位置を占めてきました。倉沢進は、都市的な生活様式の特質を、住民が生活上の必要を自給的・相互扶助的に満たすのではなく、専門機関による財・サービスの供給に依存する点に求める「都市的生活様式論」を展開しました。これは、ワースの都市性論を日本の文脈で批判的に発展させた議論として知られています。また奥田道大は、住民の地域への関わり方を類型化し、地域社会の構造とその変容を分析する枠組みを提示しました。こうした研究は、欧米のコミュニティ論を日本の都市の現実に即して検証し、修正する試みでもありました。

さらに町村敬志らは、より現代的な観点から、グローバル化や都市の再編の中で地域社会がどのように変容するのかを論じ、コミュニティ研究を都市政治や都市の構造変動の問題と結びつけてきました。筆者の見るところ、日本都市社会学のこうした蓄積は、欧米理論の単なる輸入ではなく、日本の都市の固有性 — 町内会・自治会という独自の地縁組織の存在や、急速な都市化と高齢化の同時進行といった条件 — を踏まえた、独自の理論的貢献として評価できます。なお、これらの研究の詳細な学説史的整理については、専門の文献にあたることをお勧めします。

大都市圏における近隣関係の変容

東京をはじめとする日本の大都市圏では、戦後の高度経済成長期を通じて、地方から大量の人口が流入し、核家族化と郊外化が急速に進行しました。この過程は、ある意味でコミュニティ喪失論が描いた図式 — 伝統的な地域共同体の弱体化 — を、日本の文脈で再現するものでもありました。町内会・自治会といった伝統的な地縁組織は、現在もなお一定の役割を果たしていますが、加入率の低下や担い手の高齢化といった課題に直面しています。

他方で、解放論の視角からみれば、日本の大都市住民もまた、近隣を超えた多様なネットワーク — 職場、趣味の集まり、オンラインのつながり — の中で生活しているといえます。倉沢が論じたように、現代の都市生活では、かつて近隣の相互扶助が担っていた機能の多くが専門機関に委ねられており、その意味で日本のコミュニティもまた、地縁に基づく実体的な共同体から、選択的で分散的なネットワークへと、その重心を移してきたと捉えることができます。日本における近隣関係の変容の実態については、なお慎重な実証的検討が求められる領域です。

ニュータウンとその後

日本の都市計画において、コミュニティの問題が最も先鋭に現れたのが、高度経済成長期に各地で建設されたニュータウンです。これらは、増大する住宅需要に応えるべく計画的に開発された大規模住宅地であり、その計画思想には、前稿で触れた近隣住区論の影響も見られました。すなわち、計画によって良好なコミュニティを生み出そうという意図が込められていたのです。

しかし、多くのニュータウンは、入居世代がほぼ同時に高齢化するという構造的な問題に直面しています。同時期に若い世代が一斉に入居したことの帰結として、数十年を経て、住民の高齢化と人口減少、施設の老朽化が同時に進行する「オールドタウン化」が、各地で課題となっています。これは、コミュニティの形成と持続性が、物理的な計画だけでは制御しきれないことを示す、示唆的な事例といえます。コミュニティ存続論やヤング=ウィルモットの研究が示したように、コミュニティは時間をかけて再生産されるものであり、その再生産の条件が崩れたとき、緊密に設計されたはずの住宅地もまた、その活力を失いうるのです。

人口減少社会における地域コミュニティの再生

人口減少と高齢化が同時に進行する現代の日本において、地域コミュニティの再生は、都市政策の中心的な課題の一つとなっています。地方都市や中山間地域では、人口の流出と高齢化によって、生活を支える地域の機能そのものの維持が困難になりつつあります。こうした中で、コミュニティの再生は、単なる情緒的な郷愁の問題ではなく、生活の持続可能性に関わる切実な実践的課題となっています。

ここで、本稿で論じてきた諸理論が、それぞれ異なる角度から示唆を与えます。社会関係資本論は、地域の信頼や互酬性のネットワークが、防災、福祉、地域経済の維持にとって資源となることを教えます。解放論は、地理的に縮小していく地域を、外部の多様なネットワーク — 関係人口、移住者、オンラインのつながり — へと開いていく可能性を示唆します。そして存続論や喪失論の蓄積は、コミュニティが計画によって容易に作り出せるものではなく、人々の日常的な相互作用の中で時間をかけて育まれるものであることを、繰り返し思い起こさせます。

筆者の見るところ、人口減少社会におけるコミュニティ政策の要諦は、失われた地縁共同体を懐古的に復元しようとすることではなく、結型・橋渡し型・連結型の社会関係資本をバランスよく育み、ローカルな場所の価値と、場所を超えたネットワークの可能性とを、ともに活かしていくことにあると考えられます。これは、本稿でたどってきた理論的系譜の全体を、実践へと翻訳する試みにほかなりません。

コミュニティ研究の限界と次なる問いへ

本稿を締めくくるにあたり、これまでたどってきたコミュニティ研究の系譜が抱える、一つの重要な限界を指摘しておきたいと思います。この限界の自覚こそが、次稿で扱う主題への橋渡しとなります。

喪失論・存続論・解放論・社会関係資本論という一連の理論は、人々が都市の中でどのように結びつくのか、その社会的紐帯のあり方をきわめて豊かに描き出してきました。しかし、これらの理論は、その関心の重心を、主として「住民間の関係」に置いてきました。すなわち、都市を、そこに住む人々が織りなす社会関係の網の目として捉える視角が、その中心にあったのです。

ところが、都市の姿を実際に大きく変えていくのは、住民間の関係だけではありません。再開発のプロジェクト、地価の変動、不動産への投資、行政の政策、そして開発をめぐる政治的な権力 — こうした要因が、都市空間の形成と変容に決定的な影響を及ぼします。たとえば、ある地区が再投資を通じて中産階級化し、もとの住民が住み続けられなくなっていくジェントリフィケーション(gentrification)という現象は、コミュニティ内部の社会関係の論理だけでは説明できません。そこには、不動産市場、資本の流れ、そして都市政治の力学が働いているからです。

こうした問題意識から、1970年代以降の都市社会学では、コミュニティ研究とは異なる系譜の理論 — 都市政治経済学(urban political economy)、成長マシン論(growth machine theory)、都市レジーム論(urban regime theory)、そしてジェントリフィケーション研究 — が発展していきました。これらは、都市を社会関係の網の目としてではなく、経済的利害と政治的権力がせめぎ合う場として捉え直す視角を提供します。前稿の末尾で触れた都市政治経済学への言及は、まさにこの系譜を指していました。筆者の見るところ、コミュニティ研究と都市政治経済学は、対立するというより、都市という対象の異なる側面を照らす、相補的な視角として理解すべきものです。人々の結びつきへの注目と、権力や資本への注目とを、ともに視野に収めることで初めて、現代の都市を立体的に理解することができるのです。

結びに ― 都市は人々を孤立させるのか

本稿は、「都市化によってコミュニティは衰退するのか」という古典的な問いを軸に、コミュニティ喪失論、存続論、解放論、そして社会関係資本論という四つの理論的潮流を、その対立と継承の関係に注目しながらたどってきました。最後に、冒頭の問い — 都市は人々を孤立させるのか — に立ち返って、本稿の議論を総括します。

この問いに対する答えは、単純な「はい」でも「いいえ」でもありません。コミュニティ喪失論が指摘したように、都市化が伝統的な地縁共同体を弱体化させる側面があることは否定できません。孤立や孤独は、現代の都市が抱える現実の問題です。しかし、コミュニティ存続論が示したように、都市の中にも緊密な共同体は存続しえますし、解放論が明らかにしたように、人々の親密な紐帯は、近隣という場所から解放されて、都市空間の全域へ、さらにはオンラインの世界へと広がっています。都市は、共同体を一方的に破壊するのではなく、共同体のあり方そのものを変容させてきた、と言うのが最も正確でしょう。

この理論的系譜が現代の都市計画に与える最大の示唆は、おそらく次の点にあります。すなわち、コミュニティは、物理的な空間を整備すれば自動的に生まれるものではなく、また、放っておけば自然に消滅するものでもない、ということです。それは、人々の日常的な相互作用と、それを支える社会的・空間的な条件の中で、絶えず形成され、変容し、再生産されていく動的な過程です。都市計画やまちづくりにできるのは、コミュニティを直接に作り出すことではなく、人々が出会い、関係を結び、信頼を育むための条件 — 歩きやすい街路、魅力的な公共空間、利用しやすい公共交通、参加と協働の機会 — を整えることです。

前稿が「都市とはどのような社会空間か」を問うたのに対し、本稿は「その空間の中で人々はどのように結びつくのか」を問うてきました。そして本稿の末尾で見たように、この問いは必然的に、「都市の変化を駆動するのは何か」という次なる問い — 資本、政治、権力をめぐる都市政治経済学の問い — へとつながっていきます。都市におけるコミュニティの探究は、一世紀を超える蓄積を経てなお、現代の都市に向き合う私たちにとって、生きた問いであり続けているのです。本稿が、読者の皆さんにとって、都市社会学の理論体系を見通し、自らの実践や研究を位置づけるための一助となれば幸いです。

参考文献

本稿は以下の文献に基づいています。原典の刊行年と版については、入手可能な版に応じて記載しています。可能な限り原典を優先し、邦訳のあるものは併記しました。

  1. Hillery, G. A., Jr. (1955). Definitions of Community: Areas of Agreement. Rural Sociology, 20(2), 111–123.
  2. nnies, F. (1887). Gemeinschaft und Gesellschaft. Leipzig: Fues’s Verlag.(杉之原寿一訳『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト ― 純粋社会学の基本概念』岩波文庫, 1957年)
  3. Durkheim, É. (1893). De la division du travail social. Paris: Félix Alcan.(田原音和訳『社会分業論』筑摩書房, 2017年ほか)
  4. Simmel, G. (1903). Die Großstädte und das Geistesleben. In Die Großstadt: Vorträge und Aufsätze zur Städteausstellung. Dresden: Petermann.(松本康編訳「大都市と精神生活」『近代アーバニズム』日本評論社, 2011年所収)
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  6. Gans, H. J. (1962). The Urban Villagers: Group and Class in the Life of Italian-Americans. New York: Free Press.(松本康訳『都市の村人たち ― イタリア系アメリカ人の階級文化と都市再開発』ハーベスト社, 2006年)
  7. Young, M., & Willmott, P. (1957). Family and Kinship in East London. London: Routledge & Kegan Paul.
  8. Wellman, B. (1979). The Community Question: The Intimate Networks of East Yorkers. American Journal of Sociology, 84(5), 1201–1231.
  9. Rainie, L., & Wellman, B. (2012). Networked: The New Social Operating System. Cambridge, MA: MIT Press.(あわせて Wellman, B. (2001). Physical Place and Cyberplace: The Rise of Personalized Networking. International Journal of Urban and Regional Research, 25(2), 227–252. を参照)
  10. Granovetter, M. S. (1973). The Strength of Weak Ties. American Journal of Sociology, 78(6), 1360–1380.(大岡栄美訳「弱い紐帯の強さ」野沢慎司編『リーディングス ネットワーク論』勁草書房, 2006年所収)
  11. Bourdieu, P. (1986). The Forms of Capital. In J. G. Richardson (Ed.), Handbook of Theory and Research for the Sociology of Education (pp. 241–258). New York: Greenwood Press.
  12. Coleman, J. S. (1988). Social Capital in the Creation of Human Capital. American Journal of Sociology, 94(Supplement), S95–S120.
  13. Putnam, R. D., Leonardi, R., & Nanetti, R. Y. (1993). Making Democracy Work: Civic Traditions in Modern Italy. Princeton, NJ: Princeton University Press.(河田潤一訳『哲学する民主主義 ― 伝統と改革の市民的構造』NTT出版, 2001年)
  14. Putnam, R. D. (2000). Bowling Alone: The Collapse and Revival of American Community. New York: Simon & Schuster.(柴内康文訳『孤独なボウリング ― 米国コミュニティの崩壊と再生』柏書房, 2006年)
  15. Woolcock, M. (2001). The Place of Social Capital in Understanding Social and Economic Outcomes. Canadian Journal of Policy Research (ISUMA), 2(1), 11–17.(連結社会関係資本の概念を含む)
  16. Portes, A. (1998). Social Capital: Its Origins and Applications in Modern Sociology. Annual Review of Sociology, 24, 1–24.
  17. Healey, P. (1997). Collaborative Planning: Shaping Places in Fragmented Societies. London: Macmillan.
  18. Jacobs, J. (1961). The Death and Life of Great American Cities. New York: Random House.(山形浩生訳『アメリカ大都市の死と生』鹿島出版会, 2010年)
  19. 倉沢進 (1987). 「都市的生活様式論序説」倉沢進・秋元律郎編『都市社会学のフロンティア』日本評論社.(都市的生活様式論を含む。あわせて倉沢進『コミュニティ論』放送大学教育振興会, 2002年を参照)
  20. 奥田道大 (1983). 『都市コミュニティの理論』東京大学出版会.
  21. 町村敬志 (2020). 『都市に聴け ― アーバン・スタディーズから読み解く東京』有斐閣.(あわせて町村敬志・西澤晃彦『都市の社会学 ― 社会がかたちをあらわすとき』有斐閣, 2000年を参照)
  22. 松本康編 (2014). 『都市社会学・入門』有斐閣アルマ.
  23. Park, R. E., Burgess, E. W., & McKenzie, R. D. (1925). The City. Chicago: University of Chicago Press.

※ 本稿における事実の記述は上記文献に基づいていますが、「筆者の見るところ」「筆者の理解では」等と明記した箇所は筆者による解釈・整理であり、各文献の主張そのものではありません。とりわけ「都市計画・まちづくりへの示唆」「日本の都市の文脈」「コミュニティ研究の限界」の各節における理論と実務の関連づけ、および理論間の系譜的整理には、確立した文献的根拠をもつ部分と筆者の見解に依拠する部分とが含まれます。日本都市社会学の学説史的整理は簡略化したものであり、正確には各原典にあたることをお勧めします。日本の都市への適用に関する記述には、なお実証的検討を要する論点が含まれます。

年表 ― 都市コミュニティ論の展開

  • 1845年 ― エンゲルス『イギリスにおける労働者階級の状態』。産業都市の居住環境と階級を分析
  • 1887年 ― テンニース『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』刊行。共同社会と利益社会の対比を提示し、コミュニティ喪失論の源流となる
  • 1893年 ― デュルケーム『社会分業論』。機械的連帯から有機的連帯への移行とアノミーを論じる
  • 1903年 ― ジンメル「大都市と精神生活」。大都市の心理的留保と無関心を分析
  • 1921年 ― ウェーバー「都市」(遺稿)。都市の歴史社会学的・比較史的研究
  • 1938年 ― ワース「生活様式としての都市性」。都市性論によりコミュニティ喪失論を体系化
  • 1955年 ― ヒラリー、コミュニティの定義90余を分類。地域・相互作用・共通の絆を共通要素として抽出
  • 1957年 ― ヤング&ウィルモット『East London の家族と親族』。ベスナルグリーンの緊密な親族ネットワークを記録(存続論)
  • 1962年 ― ガンズ『都市の村人たち』刊行。ボストン・ウェストエンドに「都市村落」を見出し、喪失論を反証(存続論)
  • 1973年 ― グラノヴェッター「弱い紐帯の強さ」。ネットワーク構造と情報流通の関係を示し、橋渡し概念の基礎を築く
  • 1979年 ― ウェルマン「コミュニティ問題」。イーストヨーク研究をもとに喪失・存続・解放の三命題を整理(解放論)
  • 1986年 ― ブルデュー「資本の形態」。社会関係資本を不平等の再生産という文脈で定義
  • 1988年 ― コールマン「人的資本の形成における社会関係資本」。機能的・合理的選択の枠組みで定義
  • 1993年 ― パットナム『哲学する民主主義』。イタリアの州政府比較から市民的伝統と政府パフォーマンスの関係を示す
  • 1997年 ― ヒーリー『協働型計画(Collaborative Planning)』。参加と協働の計画理論を展開
  • 1998年 ― ポルテス、社会関係資本概念を批判的にレビュー。負の側面を指摘
  • 2000年 ― パットナム『孤独なボウリング』。アメリカにおける社会関係資本の長期的衰退を提起。結型・橋渡し型を区別
  • 2001年 ― ウールコック、連結型(linking)社会関係資本の概念を整理。垂直的なつながりを捉える
  • 2012年 ― レイニー&ウェルマン『Networked』。ネットワーク個人主義論をインターネット時代に展開
  • (日本)1983年 ― 奥田道大『都市コミュニティの理論』。住民の地域への関わり方を類型化
  • (日本)1987年 ― 倉沢進「都市的生活様式論序説」。専門機関への依存という観点から都市的生活様式を論じる
  • (日本)2020年 ― 町村敬志『都市に聴け』。グローバル化と都市再編の中の地域社会を論じる

用語集

理論・概念

  • Community, コミュニティ: 一定の地理的範囲を共有し、相互交流と共通の絆をもつ集団。本稿の論争では、この概念が実体的共同体から関係的ネットワークへと捉え直されていく。
  • Community Lost, コミュニティ喪失論: 都市化・産業化により伝統的な共同体的紐帯が衰退し、人々が孤立するとする立場。テンニースからワースに至る系譜。
  • Community Saved, コミュニティ存続論: 都市の内部にも緊密な共同体が存続するとする立場。ガンズらが実地調査により喪失論を反証した。
  • Community Liberated, コミュニティ解放論: 親密な紐帯が近隣の地理的制約から解放され、空間的に分散したネットワークへと変容したとする立場。ウェルマンが定式化。
  • Community Question, コミュニティ問題: 大規模な分業に基づく社会システムが第一次的紐帯にどう影響するかという問い。ウェルマンが論争を整理した枠組み。
  • Gemeinschaft, ゲマインシャフト, , , : 血縁・地縁・友情など本質的・全人格的な結びつきに基づく共同社会。テンニースの理念型。
  • Gesellschaft, ゲゼルシャフト, , , : 打算的・合理的な意志に基づく、手段としての結合。利益社会。テンニースの理念型。
  • Social Capital, 社会関係資本: 信頼・互酬性・ネットワークなど、協調的行動を促進する社会的資源。インフラを指す「社会資本」と区別して用いる。
  • Bonding Social Capital, 結社会関係資本: 同質的な集団内部の強い結びつき。連帯を強める一方で排他性を生みやすい。
  • Bridging Social Capital, 橋渡し型社会関係資本: 異なる集団をつなぐ開かれた弱い結びつき。包摂性と多様な資源へのアクセスを高める。グラノヴェッターの弱い紐帯論と接続する。
  • Linking Social Capital, 連結社会関係資本: 住民やコミュニティと、行政・企業・大学など異なる権力・資源をもつ主体との垂直的なつながり。都市政策で重要。
  • Strength of Weak Ties, 弱い紐帯の強さ: 新しい情報がむしろ希薄な関係を通じてもたらされるというグラノヴェッターの命題。
  • Strong Ties, 強い紐帯: 時間・情緒・親密さの度合いが高い関係。閉じたクラスターを形成しがち。
  • Weak Ties, 弱い紐帯, , , : 知人や顔見知りといった希薄な関係。異なる集団を橋渡しし、新たな情報をもたらす(添付リストに日本語「弱い紐帯」あり、英語名を補記)。
  • Networked Individualism, ネットワーク個人主義: 人々が固定的集団への帰属から、個人を結節点とするネットワークへと社会生活の基盤を移すとする議論。ウェルマンら。
  • Personal Community, パーソナル・コミュニティ: 地理的に分散しつつ個人を支える紐帯のまとまり。解放論の中心概念。
  • Social Network Analysis, 社会ネットワーク分析, , SNA: 人々の紐帯の構造を経験的に分析する方法。解放論の方法論的基盤(添付リストにSNAあり、解説として補記)。
  • Closure, 閉鎖性: 成員が相互に結びついた緊密なネットワーク構造。コールマンは規範の共有や監督を可能にする資源とみなした。
  • Urban Village, 都市村落: 都市の只中にありながら村落共同体に似た緊密な対面的関係が維持される地区。ガンズの概念。
  • Social Isolation, 社会的孤立: 社会的接触や紐帯が乏しい状態。高齢社会で政策的関心が高まる。
  • Cultural Capital, 文化資本: 学歴・教養・趣味など、社会的に価値づけられた文化的資源。ブルデューの資本概念の一つ。
  • Multicultural Coexistence, 多文化共生: 異質な集団が同じ都市空間を共有し、緊張を管理しながら共存すること。現代都市の中心的課題。
  • Collaborative Planning, 協働型計画: 住民や多様な主体の参加と協働を重視する計画手法。社会関係資本を前提とし、かつ生産する。
  • Citizen Participation, 住民参加: 計画過程への住民の関与。計画の正統性を高め、住民間の関係を育む。
  • Growth Machine Theory, 成長マシン論: 都市を、地価上昇と開発を志向する利害連合が駆動するものとして捉える都市政治の理論。次稿の主題。
  • Urban Regime Theory, 都市レジーム論: 都市の統治を、行政と民間の非公式な連合(レジーム)の観点から分析する理論。次稿の主題。

人名

  • Ferdinand Tönnies, フェルディナント・テンニース: ゲマインシャフト/ゲゼルシャフトの対比を提示したドイツの社会学者(添付リストに英語名あり、訳語を補記)。
  • Herbert Gans, ハーバート・ガンズ: 『都市の村人たち』でコミュニティ存続論を代表するアメリカの社会学者(添付リストに英語名あり、訳語を補記)。
  • Barry Wellman, バリー・ウェルマン: コミュニティ問題を三命題に整理し、解放論を基礎づけたカナダの社会学者。
  • Mark Granovetter, マーク・グラノヴェッター: 「弱い紐帯の強さ」で知られるアメリカの社会学者(添付リストに英語名あり、訳語を補記)。
  • Pierre Bourdieu, ピエール・ブルデュー: 社会関係資本を不平等の再生産と結びつけたフランスの社会学者(添付リストに英語名あり、訳語を補記)。
  • James Coleman, ジェームズ・コールマン: 社会関係資本機能的・合理的選択の観点から定義したアメリカの社会学者(添付リストに英語名あり、訳語を補記)。
  • Robert Putnam, ロバート・パットナム: 社会関係資本概念を広く普及させたアメリカの政治学者(添付リストに英語名あり、訳語を補記)。
  • George Hillery, ジョージ・ヒラリー: コミュニティの定義を多数収集・分類した社会学者。
  • Michael Young, マイケル・ヤング: ウィルモットとともにベスナルグリーンを調査したイギリスの社会学者。
  • Peter Willmott, ピーター・ウィルモット: ヤングとともに East London の家族と親族を研究したイギリスの社会学者。
  • Michael Woolcock, マイケル・ウールコック: 連結社会関係資本の概念を整理した研究者。
  • Alejandro Portes, アレハンドロ・ポルテス: 社会関係資本概念を批判的にレビューし、負の側面を指摘した社会学者。
  • Patsy Healey, パッツィ・ヒーリー: 協働型計画理論を体系化したイギリスの都市計画研究者。
  • 倉沢進, , Susumu Kurasawa: 都市的生活様式論を展開した日本の都市社会学者。
  • 奥田道大, , Michihiro Okuda: 都市コミュニティの類型論を提示した日本の都市社会学者。
  • 町村敬志, , Takashi Machimura: グローバル化と都市再編の中の地域社会を論じる日本の都市社会学者。

組織・出版物

  • The Urban Villagers, 『都市の村人たち』: ガンズが1962年に刊行した、ボストン・ウェストエンドの参与観察に基づく古典的研究。
  • Bowling Alone, 『孤独なボウリング』: パットナムが2000年に刊行した、アメリカの社会関係資本の衰退を論じた著作。
  • Making Democracy Work, 『哲学する民主主義』: パットナムが1993年に刊行した、イタリアの州政府比較研究。
  • American Journal of Sociology, アメリカン・ジャーナル・オブ・ソシオロジー, , AJS: ワース、ウェルマン、グラノヴェッター、コールマンの主要論文を掲載した社会学術誌。

Claud へのプロンプト

以下の要件に従い、都市計画・都市社会学に関する長編解説記事を執筆してください。

【記事タイトル】

都市コミュニティ論 ― 都市は人々を孤立させるのか

【目的】

本稿は都市社会学の理論体系を解説する記事である。

前稿「都市社会学の誕生 ― シカゴ学派から都市性論まで」では、

シカゴ学派
・人間生態学
・同心円地帯モデル
・都市性論

を扱った。

本稿ではその続編として、

「都市化によってコミュニティは衰退するのか」

という古典的論争を中心に、

・コミュニティ喪失論
・コミュニティ存続論
・コミュニティ解放論
社会関係資本

の展開を整理し、

さらに現代の都市計画やまちづくりとの接点を論じること。

【対象読者】

・都市計画実務者
・交通計画実務者
・自治体職員
・コンサルタント
・研究者
・大学院生
・都市政策に関心を持つ一般読者

【文字数】

20,000〜30,000字程度

短い概要記事ではなく、
学術的な長編レビュー論文として執筆すること。

【文体】

・日本語
・です・ます調
・学術的かつ読みやすい文体
・煽り表現禁止
・断定的なイデオロギー表現禁止
・専門用語は初出時に解説すること

【出力形式】

HTML形式

見出しは

のみ使用すること。

番号付き見出しは禁止。

必要に応じて

を使用すること。

【記事構成】

扱う内容

・都市社会学におけるコミュニティ研究の位置づけ
・都市化と共同体衰退論
・コミュニティとは何か
・近隣関係と社会的結合

都市コミュニティ研究がどのような問題意識から始まったのかを説明すること。

中心人物

・Ferdinand Tönnies
・Louis Wirth(前稿の復習として最小限)

扱う内容

GemeinschaftとGesellschaft
・近代化と共同体
・都市化による社会関係の変化
・都市生活と匿名性

重要なのは「都市化は共同体を破壊する」という見解を整理することである。

中心人物

・Herbert Gans

扱う内容

・The Urban Villagers
・都市村落概念
・ボストン研究
・都市における強いコミュニティ

コミュニティ喪失論への批判として位置づけること。

中心人物

Barry Wellman

扱う内容

・Community Question
・ネットワーク社会
・地理的近接性の相対化
・都市と社会ネットワーク

都市コミュニティ研究の転換点として説明すること。

中心人物

Pierre Bourdieu
James Coleman
Robert Putnam

扱う内容

社会関係資本の定義
・信頼
・互酬性
・ネットワーク
・市民参加

それぞれの理論的差異を比較すること。

扱う内容

・オンラインコミュニティ
・SNS
・地域コミュニティ
・多文化共生
・移民研究
・高齢社会

近年の研究動向を整理すること。

本稿で最も重要な章。

扱う内容

・住民参加
・協働型計画
エリアマネジメント
プレイスメイキング
・ウォーカビリティ
TOD
社会的包摂
・ソーシャルキャピタルと公共交通

単なる社会学史で終わらせず、

都市コミュニティ論が現代の都市計画実務へどのような示唆を与えるかを論じること。

扱う内容

・東京
地方都市
・ニュータウン
・人口減少
・高齢化
・地域コミュニティ再生

日本の文脈で議論すること。

本稿全体を総括すること。

【執筆上の重要事項】

本稿は理論紹介ではなく、

理論同士の対立

(喪失論→存続論→解放論→社会関係資本論)

を軸に構成すること。

各理論について

・背景
・主張
・批判
・現代的評価

を整理すること。

理論間の関係性を明示すること。

【引用】

本文中に

[1]
[2]
[3]

形式で引用番号を付すこと。

【参考文献】

記事末尾に参考文献一覧を作成すること。

最低15〜20文献。

必須文献

nnies
Gans
Wellman
Bourdieu
Coleman
Putnam

を含めること。

可能な限り原典を優先すること。

Wikipediaは参照しないこと。

査読論文、大学出版局の書籍、公的機関資料を優先すること。

【品質要件】

都市社会学の教科書レベルではなく、

大学院レベルのレビュー論文として執筆すること。

また、都市計画理論体系の中での位置づけが理解できるように説明すること。