都市計画やまちづくりの背後には、常に「都市での暮らしとは何か」という問いがあります。19世紀末、急成長するシカゴを「社会的実験室」として生まれた都市社会学。パーク、バージェス、ワースらが築いた人間生態学・同心円地帯モデル・都市性論から、ジェイコブズ、TODへの影響、そして東京圏への含意まで。都市理論の系譜を一望できる解説記事を公開しました。
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現代の都市計画やまちづくりに携わる人々にとって、「都市とは何か」「都市での生活は人間にどのような影響を与えるのか」という問いは、技術論や制度論の背後に常に存在し続けてきた根源的な主題です。道路網をどう配置するか、用途地域をどう設定するか、公共交通をどう整備するかといった実務的な判断の多くは、突き詰めれば「都市という場所で人々がどのように暮らし、関係を結び、社会を形成しているのか」についての一定の理解を前提としています。この前提を学問的に問い直し、体系化しようとしてきたのが都市社会学(urban sociology)という分野です。
本記事では、都市社会学がどのように成立し、どのような理論を生み出してきたのかを、20世紀初頭のアメリカ・シカゴを舞台に展開した「シカゴ学派(Chicago School)」を中心に解説します。とりわけ、ロバート・E・パーク(Robert Ezra Park)、アーネスト・W・バージェス(Ernest Watson Burgess)、ルイス・ワース(Louis Wirth)という三人の研究者が築いた理論的枠組みを軸に、その内容、批判、そして現代日本の都市への含意までを順を追って説明していきます。単なる人物の紹介ではなく、理論がどのように積み重なり、修正され、現在に受け継がれているのかという「理論史」として読んでいただくことを意図しています。
目次
都市社会学とは何か
都市社会学は、社会学の一分野であり、都市という空間的・社会的環境における人間の集団生活、社会関係、社会過程、そして社会問題を研究対象とする学問です。より具体的には、都市の空間構造がどのように形成されるか、都市住民の生活様式や対人関係がどのような特徴をもつか、都市にどのような社会的分化や格差が生じるか、といった問いを扱います [1]。
社会学そのものが19世紀のヨーロッパにおいて、産業革命と都市化という大きな社会変動への応答として生まれた学問であることを踏まえると、都市社会学が社会学の中核的関心の一つを引き継いでいることがわかります。後述するように、都市への学問的関心は、シカゴ学派に先立って、まずヨーロッパにおいて形成されました。エミール・デュルケーム(Émile Durkheim)が分業の発達による社会的連帯の変容を論じ、ゲオルク・ジンメル(Georg Simmel)が大都市における精神生活と個人の心理的反応を分析したように、都市と近代社会の関係は社会学の出発点から重要な主題でした [2][3]。
都市計画学との関係
都市社会学と都市計画学(urban planning)は、しばしば隣接分野として扱われますが、その性格は異なります。都市計画学は、土地利用、交通、インフラ、住環境などを対象に、都市空間を「どのように設計し、規制し、誘導すべきか」という規範的・実践的な問いに答えようとする分野です。これに対して都市社会学は、第一義的には都市社会の現実を「どのように記述し、説明するか」という経験的・分析的な性格をもちます。
ただし、両者の境界は実際には流動的です。都市計画が前提とする「望ましい都市像」や「コミュニティのあり方」は、都市社会学が提供する知見によって支えられたり、逆に問い直されたりします。たとえば、近隣住区(neighborhood unit)の理論や、コミュニティ形成を重視する計画思想は、都市における社会関係についての社会学的理解と密接に結びついてきました [4]。筆者の見るところ、都市計画学が「あるべき都市」を構想するための規範的知識を扱うのに対し、都市社会学はその構想が現実の都市社会とどのように整合し、あるいは齟齬をきたすのかを検証する役割を担っていると整理できます。両者は互いに補完的でありながら、認識の方向性が異なるのです。両者の具体的な関係については、記事の後半で改めて立ち入って論じます。
都市経済学との違い
都市を対象とする社会科学としては、都市経済学(urban economics)も重要な分野です。都市経済学は、都市における経済活動の立地、地価や賃料の形成、集積の経済(agglomeration economies)、土地利用の効率性などを、主として経済学的な分析枠組み — 効用最大化や均衡といった概念 — を用いて説明します。代表的には、立地と地代の関係を扱うアロンゾ(William Alonso)の入札地代理論などが知られています [5]。
都市社会学と都市経済学は、ともに都市の空間構造に関心を寄せる点で共通していますが、説明の論理が異なります。都市経済学が個人や企業の合理的選択と市場メカニズムを基礎に空間秩序を説明しようとするのに対し、都市社会学は競争・協力・葛藤・文化といった社会過程や、集団間の関係、規範や価値の作用に注目します。後述するシカゴ学派の人間生態学(human ecology)は、生物学的な競争のアナロジーを用いた点で経済学的発想と接点をもちつつも、都市を「社会的有機体」として捉える独自の視座を打ち出しました。両分野は対立するというより、同じ対象を異なるレンズで照らしていると理解するのが適切でしょう。
説明理論としての位置づけ
都市社会学が学問として確立される上で決定的だったのは、それが単なる都市問題の記述や改良運動にとどまらず、都市現象を説明する理論(explanatory theory)を志向した点にあります。19世紀末から20世紀初頭にかけて、欧米の都市にはスラム、貧困、犯罪、衛生問題など深刻な社会問題が集中していましたが、これらに対する初期の関心の多くは、慈善的・改良主義的なソーシャルワークや社会調査の文脈にありました [6]。
シカゴ学派の歴史的意義は、こうした問題関心を出発点としながらも、それを都市の構造と過程に関する一般的な理論へと昇華させようとした点にあります。すなわち、個々の社会問題を孤立した病理として扱うのではなく、都市の成長や空間的分化という大きなメカニズムの中に位置づけて理解しようとしたのです。この「説明理論への志向」こそが、都市社会学を独立した学問分野として成立させた原動力でした。次節以降では、その理論がどのような歴史的文脈の中で生まれたのかを見ていきます。
シカゴ学派以前 ― ヨーロッパにおける都市研究の系譜
都市社会学の成立をシカゴ学派から語り始めることは、わかりやすい反面、一面的でもあります。都市を対象とする学問的探究には、シカゴ学派という米国系の潮流に先立ち、また並行して、ヨーロッパに源をもつもう一つの重要な系譜が存在しました。シカゴ学派の理論を正確に位置づけるためにも、まずこの欧州都市研究の流れを確認しておく必要があります。
エンゲルスと産業都市の告発
都市研究の古典としてまず挙げるべきは、フリードリヒ・エンゲルス(Friedrich Engels)の『イギリスにおける労働者階級の状態(Die Lage der arbeitenden Klasse in England)』(1845年)です [7]。エンゲルスは、産業革命期のマンチェスターなどイギリスの工業都市を実地に観察し、労働者が置かれた劣悪な居住環境、過密、不衛生、貧困を克明に記述しました。重要なのは、彼がこれらの都市問題を、産業資本主義の構造と階級関係の帰結として捉えた点です [7]。
この視座は、後にシカゴ学派の人間生態学が都市の空間秩序を「自然な競争過程」として捉えたのとは対照的に、都市の空間的分化を経済構造と権力関係の産物として理解するものでした。筆者の見るところ、エンゲルスの研究は、本記事後半で扱う都市政治経済学(urban political economy)の遠い源流とも位置づけられ、シカゴ学派とは異なるもう一つの都市理解の出発点を示しています。
ジンメルと大都市の精神生活
ドイツの社会学者ゲオルク・ジンメルは、都市が人間の心理や精神生活に及ぼす影響を analyzした先駆者として、とりわけ重要です。彼の論考「大都市と精神生活(Die Großstädte und das Geistesleben)」(1903年)は、大都市の絶え間ない刺激の中で、人々が過剰な感覚的負荷から自己を守るために、知性的・計算的な態度や、他者への無関心 — 彼が「ブラゼ(blasé)」と呼んだ態度 — を発達させると論じました [3]。
このジンメルの洞察は、後にルイス・ワースの都市性論に直接的な影響を与えたことが、研究史上しばしば指摘されています [3]。ジンメルがベルリンで観察した大都市の心理を、ワースがシカゴという文脈で理論化したという系譜は、欧州都市研究と米国都市社会学の連続性を示す好例といえます。
ウェーバーと都市の歴史社会学
もう一人、欧州都市研究の系譜において欠かせないのが、マックス・ウェーバー(Max Weber)です。彼の遺稿をもとに編まれた『都市(Die Stadt)』は、都市を歴史社会学的・比較史的な観点から論じた古典として知られています [8]。ウェーバーは、古代から中世にかけての西洋都市と東洋都市を比較し、とりわけ西洋中世の自治都市が、自律的な行政、独自の法、市民共同体(コミューン)を発達させた点に注目しました [8]。
ウェーバーの関心は、シカゴ学派のような同時代の大都市の空間構造や生活様式にあったのではなく、都市という社会形態がもつ歴史的・制度的な性格にありました。彼は、都市を経済的・政治的・宗教的な諸条件の複合として類型的に把握しようとしたのです [8]。このウェーバーの歴史社会学的アプローチは、生態学的・経験的なシカゴ学派とは方法論的に大きく異なりますが、都市を一個の独立した分析対象として概念化した点で、都市社会学の知的基盤を構成しています。
このように、都市社会学には、エンゲルスやウェーバーに代表されるヨーロッパの系譜と、これから詳しく見ていくシカゴ学派という米国の系譜という、性格を異にする二つの流れが存在します。本記事が主たる対象とするのは後者ですが、それが都市研究の全体ではなく、その一つの、しかし決定的に重要な潮流であることを念頭に置いておくことが大切です。
20世紀初頭のシカゴという実験場
都市社会学が、経験的な調査研究に基づく体系的な学問として最初に花開いたのが、アメリカ中西部の都市シカゴでした。このことには、明確な歴史的・社会的理由があります。シカゴは、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、人類史上でも類を見ない速度で成長した都市の一つでした。
急成長する都市
シカゴの人口は、1840年代にはわずか数千人規模の集落に過ぎませんでしたが、五大湖と鉄道網が交わる交通の結節点という地理的条件を背景に、19世紀後半を通じて爆発的に増加しました。1871年の大火による壊滅的な被害を経てもなお、シカゴは急速に再建・拡大を続け、20世紀初頭には人口200万人を超える巨大都市へと成長します [9]。食肉加工業や鉄鋼業をはじめとする重工業が集積し、シカゴはアメリカ産業化の象徴的都市となりました。
この急成長は、計画的に管理されたものではありませんでした。むしろ、産業の論理と市場の力に駆動された、いわば「自然発生的」な都市拡大であり、その結果として極度の混雑、劣悪な住環境、社会的混乱が生じました。シカゴ学派の研究者たちにとって、この都市はまさに、都市化の諸過程を観察するための巨大な「社会的実験室(social laboratory)」として立ち現れたのです [10]。
移民の流入と社会的多様性
シカゴの成長を支えたのは、大規模な人口移動でした。一つは、ヨーロッパ各地 — アイルランド、ドイツ、ポーランド、イタリア、ロシアなど — からの移民の流入であり、もう一つは、20世紀前半に本格化したアメリカ南部からの黒人住民の移動、いわゆる「大移動(Great Migration)」です [11]。これらの人口流入によって、シカゴには言語、宗教、慣習、出身地を異にする多様な人々が密集して暮らすことになりました。
結果として都市の中には、特定の出身集団が集住する地区が数多く形成されました。ポーランド系住民の集まる地区、イタリア系の地区、ユダヤ系の地区、黒人住民が集中する地区などがモザイク状に展開し、それぞれが独自の社会的世界を構成していたのです。こうした「社会的世界の多様性」と「集団の空間的分化」は、シカゴ学派の研究者たちに、都市を異質な集団の共存と競争の場として捉える視点を与えました。後述するワースの『ゲットー』やゾーボーの『ゴールド・コーストとスラム』は、まさにこうした集住地区を直接の対象とした実証研究です [12][13]。
都市問題の集中
急成長と多様性の裏面には、深刻な社会問題がありました。過密、貧困、不衛生、感染症、少年非行、犯罪、家族の解体、アルコール依存といった問題が都市の特定地区に集中して現れたのです。これらの問題は、当時のアメリカ社会にとって喫緊の課題であり、シカゴ大学を含む知識人や改革者たちの強い関心を引きました [6][10]。
重要なのは、シカゴ学派がこれらの問題を、単なる個人の道徳的欠陥や人種的特性に帰す当時の通俗的な見方から距離を置こうとした点です。彼らは、社会問題が特定の地区に集中して現れるという空間的パターンそのものに着目し、それを都市の構造と過程によって説明しようとしました。この姿勢が、後の人間生態学や同心円地帯モデルへと結実していきます。
シカゴ大学社会学部の役割
都市社会学の制度的な揺りかごとなったのが、1892年に設立されたシカゴ大学社会学部です。これはアメリカで最初の独立した社会学部の一つであり、アルビオン・スモール(Albion Small)を初代学部長として出発しました [14]。同学部は、学術雑誌『アメリカン・ジャーナル・オブ・ソシオロジー(American Journal of Sociology)』を1895年に創刊し、アメリカ社会学の制度化において中心的な役割を果たしました [14]。
1910年代から1930年代にかけて、この学部は都市研究の一大拠点となります。新聞記者出身のロバート・E・パークが1914年にシカゴ大学に加わり、アーネスト・W・バージェスらとともに、都市を経験的に調査する研究プログラムを推進しました。パークとバージェスが1921年に刊行した教科書『社会学という科学への入門(Introduction to the Science of Sociology)』は、当時のアメリカ社会学の標準的テキストとなり、多くの研究者を育てる基盤となりました [15]。地理的に身近なシカゴという都市を生きた研究対象とし、学生たちを実地調査に送り出すという教育・研究のスタイルが、この学派の経験的な性格を決定づけたのです。
人間生態学 ― 都市を生態系として捉える
シカゴ学派の理論的核心の一つが、人間生態学(human ecology)という枠組みです。これは、ロバート・E・パークの問題提起を出発点とし、その後の共同研究を通じて体系化された、都市の空間的・社会的構造を生物生態学のアナロジーを用いて理解しようとする試みでした。
生態学的アナロジーの導入と体系化
パークは、植物や動物の群集が環境への適応と相互依存を通じて一定の空間的秩序を形成するように、人間の集団もまた都市という環境の中で、競争と適応を通じて秩序ある空間的配置を生み出すと考えました。彼の1915年の論文「都市 ― 都市環境における人間行動の調査のための示唆(The City: Suggestions for the Investigation of Human Behavior in the City Environment)」は、この生態学的視座から都市を研究するための包括的なプログラムを提示したものとして、都市社会学の出発点を示す古典とされています [16]。
ただし、ここで一点注意が必要です。1915年のパーク論文は、あくまで研究プログラムの構想を提示したものであり、人間生態学が一つの理論的枠組みとして整備されるのは、その後の共同研究を通じてのことでした。とりわけ、ロデリック・マッケンジー(Roderick McKenzie)が1924年に発表した論文「人間共同体の研究への生態学的アプローチ(The Ecological Approach to the Study of the Human Community)」は、競争・侵入・遷移といった生態学的概念を都市研究に適用する枠組みを明確化し、人間生態学の体系化に重要な役割を果たしました [17]。したがって、人間生態学はパーク一人の業績というよりも、パークの問題提起を起点に、バージェスやマッケンジーらが共同で練り上げた理論群として理解するのが正確です。
パークの構想において、都市は単なる建造物の集合や行政区画ではなく、「一つの心的状態であり、慣習や伝統の集合体」でもありました。彼は都市を、人間が自らの欲求に従って作り上げた、しかし同時に人間の生活を規定し返す「自然」として捉えたのです [16]。筆者の理解では、この生態学的アプローチの新しさは、都市の空間秩序を、誰かの意図的な設計の産物としてではなく、無数の個人や集団の相互作用から「創発」する非意図的な秩序として説明しようとした点にあります。
競争と棲み分け
人間生態学の中心概念が、競争(competition)です。パークとその後継者たちは、都市の限られた土地空間をめぐって、個人、集団、そして諸機能(住宅、商業、工業など)が競争を繰り広げ、その結果として各々が特定の場所に配置されていくと考えました [17]。この競争は、生物界における生存競争のアナロジーとして捉えられ、都市の空間的分化を駆動する基本的な力と位置づけられました。
競争の結果、土地の価値や利用に応じて、特定の機能や集団が特定の地区に「棲み分け」られていきます。この過程を通じて、都市は無秩序な混沌ではなく、一定の規則性をもった空間的パターンを示すようになる、というのが人間生態学の基本的な主張でした。
侵入と遷移
都市の空間秩序は固定的ではなく、絶えず変化します。この動的な過程を説明するために、シカゴ学派は侵入(invasion)と遷移(succession)という概念を、やはり生態学から借用しました [17]。
侵入とは、ある地区にそれまでとは異なる集団や機能が進入してくる現象を指します。たとえば、住宅地区に商業機能が進出したり、ある民族集団の居住地区に別の集団が移り住んでくることが、これにあたります。そして遷移とは、この侵入が進行し、最終的に地区の支配的な集団や機能が入れ替わってしまう過程を指します。ある集団が転出し、別の集団がその地区を占めるようになるという、地区の性格そのものの変質です [17]。植物群落において、ある種が優占種として確立し、やがて別の種に取って代わられる生態学的遷移の概念が、ここでも援用されています。
これらの概念は、都市の近隣地区が時間とともにどのように変化していくのか — どのように形成され、成熟し、衰退し、あるいは再生していくのか — を分析するための枠組みを提供しました。後に見る同心円地帯モデルにおける「遷移地帯」の概念も、この遷移の論理と深く結びついています。
自然地域
こうした生態学的過程の結果として都市内に形成される、固有の性格をもった地区を、シカゴ学派は自然地域(natural area)と呼びました [18]。自然地域とは、行政的に区画されたものではなく、生態学的競争と棲み分けの自然な帰結として生じる、内的な一体性をもった地区を指します。スラム、商業中心地区、特定民族の集住地区、高級住宅地などが、それぞれ一つの自然地域として把握されました。
この自然地域の概念は、シカゴ学派の数多くのモノグラフ(個別実証研究)の基礎となりました。ハーヴェイ・ゾーボー(Harvey Zorbaugh)の『ゴールド・コーストとスラム(The Gold Coast and the Slum)』(1929年)は、富裕層の居住地区とそれに隣接するスラムという、対照的な二つの自然地域を緻密に描き出した代表的研究です [13]。また、ニールス・アンダーソン(Nels Anderson)による『ホーボー(The Hobo)』(1923年)や、ルイス・ワースによる『ゲットー(The Ghetto)』(1928年)など、特定の集団や地区を対象とした一連の実証研究が、この枠組みのもとで生み出されました [19][12]。これらの研究は、参与観察や生活史の収集といった質的方法を駆使した点でも、後の都市民族誌(urban ethnography)の先駆となりました。
同心円地帯モデル ― 都市成長の空間理論
人間生態学が提供した諸概念を、都市全体の空間構造に関する一つの明快なモデルへと結晶させたのが、アーネスト・W・バージェスの同心円地帯モデル(concentric zone model)です。これは都市社会学において最もよく知られた理論モデルの一つであり、その後の都市空間構造論の出発点となりました。
モデルの概要
バージェスは、1925年にパーク、マッケンジーらとともに刊行した論文集『都市(The City)』所収の論文「都市の成長(The Growth of the City)」において、このモデルを提示しました [20]。彼は、都市が中心から外側へと同心円状に拡大していくと考え、シカゴをモデルケースとして、都市を五つの同心円状の地帯に区分しました [20]。
中心に位置するのが、中心業務地区(central business district)です。商業・行政・金融などの機能が集積する都市の核心部であり、シカゴにおいては「ループ(the Loop)」と呼ばれる地区がこれにあたります。その外側を取り囲むのが、本モデルの理論的核心ともいえる遷移地帯(zone in transition)です。さらにその外側に、労働者の住宅地帯、より良好な中流住宅地帯、そして最も外側に通勤者地帯(commuters’ zone)が広がる、という五層構造が描かれました [20]。一般に、都市の中心から外側へ向かうにつれて、社会経済的地位の高い住民の居住地区へと移行していく傾向が指摘されました。
ここで強調しておきたいのは、バージェスがこの五層構造を、シカゴの実測地図として描いたのではないという点です。彼が提示したのは、都市成長の一般的傾向を抽象化した理論モデル — 一種の理念型(ideal type)的な模式図 — であり、現実のシカゴが文字通り五つの同心円から成っていたと主張したわけではありません [20]。地形、河川、鉄道路線、歴史的経緯といった要因によって、現実の都市は同心円から逸脱します。このモデルを「現実の地図」と読み違えると、その理論的性格を誤解することになります。
遷移地帯の重要性
このモデルにおいて理論的に最も重要な意味をもつのが、中心業務地区のすぐ外側に位置する遷移地帯です。この地帯は、拡大しつつある中心業務地区からの圧力(侵入)に絶えずさらされており、商業や工業の進出が予期されるために、住宅としての投資が手控えられ、物理的に荒廃しやすい地区とされました [20]。
その結果、この地帯には老朽化した安価な住宅が残り、新たに都市に流入してきた移民や、経済的に困窮した人々、社会の周縁に置かれた人々が集中して居住することになります。シカゴ学派は、まさにこの遷移地帯において、スラム、少年非行、犯罪、家族解体といった社会問題が高い頻度で現れることに着目しました [20][21]。クリフォード・ショウ(Clifford Shaw)とヘンリー・マッケイ(Henry McKay)による少年非行の研究は、非行発生率が都市の中心部に近い地帯で高く、外側へ向かうほど低下するという空間的勾配を実証的に示し、このモデルの妥当性を裏づけるものとして引用されてきました [21]。
都市成長のメカニズム
同心円地帯モデルが「成長」のモデルである点は、しばしば見落とされがちですが本質的に重要です。バージェスは静的な空間配置を描いたのではなく、都市が拡大する動的な過程を捉えようとしました。すなわち、中心業務地区が拡大すると、それに押し出される形で各地帯が外側へと拡張していき、内側の地帯が外側の地帯へと「侵入」し「遷移」していく、という連鎖的な過程として都市成長を理解したのです [20]。
この拡張の過程は、前節で見た人間生態学の侵入・遷移の概念と直接に結びついています。各地帯の境界は固定されておらず、都市の成長とともに絶えず外側へ移動し続ける。同心円地帯モデルは、こうした不断の空間的再編の過程を、一つの幾何学的なイメージへと凝縮したものといえます。
理論的意義
同心円地帯モデルの理論的意義は、都市の空間構造を、個別の事例の記述を超えて、一般的な法則性をもったパターンとして提示しようとした点にあります。それは、複雑で多様に見える都市の空間を、競争・侵入・遷移という少数の過程によって秩序づけられたものとして理解する道を開きました。
前述のとおり、バージェス自身もこのモデルが抽象的な理念型であることを認識していました。実際、このモデルへの批判から、ホイト(Homer Hoyt)による扇形モデル(sector model)や、ハリス(Chauncy Harris)とウルマン(Edward Ullman)による多核心モデル(multiple nuclei model)といった代替的・修正的な空間構造論が生み出されていきました [22][23]。これらの後続モデルは、同心円地帯モデルを批判的に継承し、都市空間構造論という研究領域そのものを豊かにしていったのです。
都市性論 ― 生活様式としての都市
シカゴ学派の理論的展開において、人間生態学や同心円地帯モデルが都市の「空間構造」を扱ったのに対し、都市が人間の「生活様式」や「精神」にもたらす影響を正面から論じたのが、ルイス・ワースの都市性論(theory of urbanism)です。これは、シカゴ学派の最も影響力の大きい理論的貢献の一つとされています。
「生活様式としての都市性」
ワースは、1938年に『アメリカン・ジャーナル・オブ・ソシオロジー』誌に発表した論文「生活様式としての都市性(Urbanism as a Way of Life)」において、都市に特有の社会生活のあり方を体系的に理論化しようとしました [24]。この論文は、20世紀の社会学において最も頻繁に引用される論文の一つとなり、都市社会学を象徴する古典としての地位を確立しています。
ワースが問題にしたのは、「都市」という場所が、単に多くの人々が住む空間であるにとどまらず、そこに暮らす人々の対人関係、心理、社会組織のあり方そのものを特徴づける、独自の生活様式 — すなわち都市性(urbanism) — を生み出すという点でした [24]。彼は、都市を社会学的に定義するために、三つの変数に注目しました。
三つの規定要因
ワースは、都市を「社会的に異質な諸個人の、相対的に大きく、密度が高く、永続的な集落」として定義し、そこから三つの基本的変数を導き出しました [24]。すなわち、人口規模(size)、人口密度(density)、そして異質性(heterogeneity)です。
第一の人口規模について、ワースは、集落の人口が大きくなるほど、住民同士が互いを全人格的に知ることが不可能になると論じました。その結果、対人関係は親密で全人格的なもの(第一次的関係)から、部分的・道具的・非人格的なもの(第二次的関係)へと変質します [24]。都市住民は多くの人々と接触しますが、その接触の大半は特定の役割に限定された表面的なものとなる、というのです。
第二の人口密度は、多様な人々が狭い空間に密集することで、社会的接触が増大する一方で、心理的な距離はむしろ拡大することをもたらすとされました。ジンメルが指摘したような、過剰な刺激から自己を守るための心理的留保や、他者への無関心(blasé attitude)が、都市生活の特徴として現れます [3][24]。また、密集は機能的な分化と専門化を促進するとも論じられました。
第三の異質性は、出自、職業、価値観を異にする多様な人々の共存が、伝統的な共同体の規範の拘束力を弱め、社会的流動性を高めることを意味します。個人は固定的な集団への帰属から解放される一方で、安定した社会的支えを失い、孤立や不安定さにさらされやすくなる、とされました [24]。
都市的生活様式の諸特徴
これら三つの要因の相互作用から、ワースは都市的生活様式の諸特徴を導きました。すなわち、第二次的関係の優越、社会関係の非人格化と匿名性、伝統的な近隣関係や家族の紐帯の弱体化、専門分化の進展、そして個人の自由と同時に進行する社会的統合の困難さです [24]。ワースはこうした生活様式が、社会解体(social disorganization)やアノミー(規範の弛緩状態)といった問題を生みやすいことを示唆しました。
筆者の理解では、ワースの都市性論の独創性は、都市を物理的・行政的単位としてではなく、特定の社会心理的効果を生み出す「社会的形態」として概念化した点にあります。それは、都市と農村を単なる空間の違いとしてではなく、人間関係と生活様式の質的な違いとして捉え直す視座を提供しました。この点で都市性論は、デュルケームの機械的連帯と有機的連帯の対比や、フェルディナント・テンニース(Ferdinand Tönnies)のゲマインシャフト(共同社会)とゲゼルシャフト(利益社会)の対比、そして先に触れたジンメルの大都市論といった、古典社会学の伝統を都市の文脈で発展させたものと位置づけることができます [2][25][3]。
シカゴ学派への批判と理論的継承
シカゴ学派の理論は、都市社会学の礎を築いた一方で、その後の研究の進展の中でさまざまな批判にさらされてきました。これらの批判を検討することは、シカゴ学派の限界を理解すると同時に、都市社会学がどのように発展してきたのかを把握する上で不可欠です。
決定論への批判
都市性論に対する最も重要な批判の一つが、その「環境決定論」的な性格に向けられたものです。ワースの議論は、人口規模・密度・異質性という都市の物理的・人口学的特性が、ほぼ自動的に特定の生活様式を生み出すかのように読める側面をもっていました。これに対し、後続の研究者たちは、都市に住むことが必ずしも第一次的関係の解体や社会解体をもたらすわけではないことを実証的に示しました。
たとえばハーバート・ガンズ(Herbert Gans)は、都市の内部にも、エスニックな紐帯や親族関係に支えられた緊密なコミュニティ — 彼が「都市村落人(urban villagers)」と呼んだ人々 — が存在することを明らかにし、都市性をもたらすのは人口規模や密度そのものではなく、住民の社会経済的地位やライフサイクルの段階といった要因であると論じました [26]。同様に、クロード・フィッシャー(Claude Fischer)は「下位文化理論(subcultural theory)」を提唱し、都市の規模はむしろ多様な下位文化を生成し強化するのであって、必ずしも社会解体や孤立を招くものではないと主張しました [27]。これらの批判は、都市性論を否定するというより、その因果メカニズムをより精緻に問い直す方向へと研究を進めたものといえます。
現代都市への適用限界
同心円地帯モデルもまた、その適用範囲をめぐって批判を受けてきました。このモデルは、20世紀初頭の工業都市シカゴという特定の歴史的・地理的文脈を強く反映したものであり、その普遍性には疑問が呈されてきました。前述の扇形モデルや多核心モデルが示したように、現実の都市は同心円状の単純なパターンには収まりません [22][23]。
さらに、自動車の普及、郊外化(suburbanization)の進展、都市圏の多核化、グローバル化に伴う都市の再編などによって、20世紀後半以降の都市は、シカゴ学派が前提とした単一中心の同心円的な構造から大きく乖離していきました。中心業務地区の地位の相対的低下や、郊外における新たな雇用核の形成(エッジシティ)などは、古典的モデルの枠組みでは十分に捉えきれない現象です。これらの限界は、シカゴ学派のモデルが時代と場所に拘束された理論であったことを示しています。
都市政治経済学との対立
1970年代以降、シカゴ学派の人間生態学に対して、より根本的な理論的批判が、いわゆる「新都市社会学(new urban sociology)」あるいは都市政治経済学(urban political economy)の立場から提起されました。この潮流は、マルクス主義的な視座を背景に、都市の空間構造を、生態学が想定するような自然な競争過程の帰結としてではなく、資本主義経済の論理、資本蓄積、階級間の権力関係、国家の政策によって形成されるものとして捉え直そうとしました。本記事の冒頭で触れたエンゲルスの都市研究は、この潮流の遠い源流とも位置づけられます。
アンリ・ルフェーヴル(Henri Lefebvre)の空間の生産論、マニュエル・カステル(Manuel Castells)による初期の著作『都市問題(La Question urbaine)』、デヴィッド・ハーヴェイ(David Harvey)の『社会正義と都市(Social Justice and the City)』などが、この立場の代表的著作として挙げられます [28][29][30]。これらの論者は、シカゴ学派の生態学的アプローチが、都市空間の形成を「自然化」してしまい、その背後にある経済的利害や権力の作用 — 不動産資本、開発業者、金融機関、政府の役割 — を見えなくしてしまうと批判しました。筆者の見るところ、この対立は、都市の空間秩序を「自然発生的な過程」と見るか「政治経済的に構築されたもの」と見るかという、根本的な認識論上の分岐を示しています。
現在も残る理論的意義
こうした数々の批判にもかかわらず、シカゴ学派の理論的遺産は、今日なお都市社会学の基盤として生き続けています。第一に、都市を経験的に — 実地調査と緻密な観察を通じて — 研究するという方法論的姿勢は、現代の都市民族誌や近隣効果(neighborhood effects)の研究へと脈々と受け継がれています [31]。第二に、都市の空間的分化や、近隣地区が住民の生活機会に及ぼす影響という問題関心は、現代の都市研究においても中心的なテーマであり続けています。
近年、ロバート・サンプソン(Robert Sampson)らによる「シカゴ近隣効果研究(Project on Human Development in Chicago Neighborhoods)」は、シカゴ学派が切り拓いた近隣と社会問題の関係という主題を、現代的な計量的手法と理論的洗練をもって再生させた研究として注目されます [31]。サンプソンが提唱した「集合的効力感(collective efficacy)」の概念は、近隣の社会的紐帯が犯罪などの抑制にどう作用するかを論じるものであり、シカゴ学派の問題意識を現代に橋渡しするものといえます。このように、シカゴ学派は批判を通じて乗り越えられたというより、批判を通じて発展的に継承されてきたと理解するのが正確でしょう。
都市社会学が都市計画に与えた影響
ここまで都市社会学を一つの理論史として見てきましたが、本記事の読者の多くが関心を寄せるのは、この学問が都市計画やまちづくりの実践にどのような影響を及ぼしてきたか、という点でしょう。都市社会学と都市計画は別個の系譜をもつ学問ですが、両者は20世紀を通じて繰り返し交差し、互いに影響を与え合ってきました。以下では、その主な接点を、筆者なりの整理として示します(以下の関連づけには、文献的根拠が明確なものと、筆者の解釈に依拠する部分とが含まれます)。
近隣住区論とコミュニティ計画
都市社会学のコミュニティ理解と都市計画とを結ぶ古典的な接点が、近隣住区(neighborhood unit)の理論です。この理論は、都市社会学者ではなく、計画家・社会学者であったクラレンス・ペリー(Clarence Perry)が1920年代に定式化したものであり、しばしばエベネザー・ハワードの田園都市論などと並ぶ近代計画思想の古典とされます [4]。ペリーは、小学校を中心とし、徒歩圏でまとまる住区を計画の単位とすることで、自動車の脅威から子どもを守りつつ、対面的な近隣関係に支えられたコミュニティを育もうとしました [4]。
この構想の背後には、都市化が伝統的な地域共同体を解体させるというワース的な問題意識への応答という側面があった、と筆者は理解しています。すなわち、都市性が共同性を侵食するのであれば、計画によって意図的にコミュニティの器を設計しよう、という発想です。近隣住区論は、その後の団地計画やニュータウン計画に大きな影響を与えましたが、同時に、物理的な空間配置によってコミュニティを生み出せるとする「環境決定論」的な前提については、後の批判の対象ともなりました。
ジェイコブズによる転回
都市社会学的な視座が都市計画批判として最も鮮烈な形をとったのが、ジェイン・ジェイコブズ(Jane Jacobs)の『アメリカ大都市の死と生(The Death and Life of Great American Cities)』(1961年)です [32]。ジェイコブズは専門の社会学者ではありませんでしたが、街路における日常的な対面的接触、多様な用途の混在、歩行者の往来がもたらす「街路の目(eyes on the street)」による自然な監視といった、都市の社会的生態を鋭く観察しました [32]。
彼女の議論は、当時主流であった大規模なスラムクリアランスや機能分離型のモダニズム計画を厳しく批判し、既存の街区がもつ緻密な社会関係の価値を擁護するものでした [32]。筆者の見るところ、ジェイコブズの仕事は、シカゴ学派が培った「都市の社会生活を実地に観察する」という姿勢を、計画批判のための強力な武器へと転化させたものと位置づけられます。彼女の影響は、後のニューアーバニズム(new urbanism)やプレイスメイキング(placemaking)、歩きやすさ(walkability)を重視する計画思潮へと脈々と受け継がれています。
社会関係資本とコミュニティの計画
20世紀末以降、都市計画とコミュニティ論を架橋する概念として大きな影響力をもったのが、社会関係資本(social capital)です。ロバート・パットナム(Robert Putnam)は、地域社会における信頼や互酬性の規範、人々のネットワークが、コミュニティの活力や統治の質を左右すると論じました [33]。この概念は、都市性が共同性を弱めるというワース以来の問題系を、より測定可能で政策的に扱いやすい形に再定式化したものと見ることもできます。
社会関係資本論は、参加型まちづくり、コミュニティ・ディベロップメント、近隣の防犯やレジリエンスをめぐる議論において広く援用され、前節で触れたサンプソンの「集合的効力感」とも問題関心を共有しています [31][33]。これらは、都市計画を物理的環境の設計にとどめず、地域社会の関係性を育む営みとして捉え直す視座を提供しました。
公共交通指向型開発との接続
現代の都市計画において重要な概念である公共交通指向型開発(transit-oriented development、TOD)は、シカゴ学派の理論と直接の系譜関係にあるわけではありません。TODとは、ピーター・カルソープ(Peter Calthorpe)らによって提唱された、鉄道駅などの公共交通結節点を中心に、徒歩圏内に住宅・商業・業務などの機能を高密度かつ複合的に配置し、自動車に依存しない都市構造を目指す計画理念です [34]。これはニューアーバニズムの一翼を成し、その意味でジェイコブズ的な都市観の系譜に連なります。
ここで筆者の解釈として一つの見立てを示しておきたいと思います。それは、シカゴ学派の空間構造論や都市性論を、自動車中心の都市ではなく公共交通中心の都市に即して読み替えることが、TODの社会学的な基礎づけにとって有益な手がかりになり得る、という見方です。これは既存の文献に基づく確立した知見ではなく、あくまで筆者の考察である点を明記しておきます。具体的には、駅という結節点を中心にどのような社会的分化や生活様式が生じるのか、結節点周辺の高密度な複合用途が対面的な社会関係をどのように育む(あるいは育まない)のか、といった問いは、ワースの都市性論やジェイコブズの街路論の枠組みを応用して探究する余地があると考えられます。これらは今後の実証的検討に開かれた論点です。
現代日本の都市への含意
これまで見てきた理論は、いずれも欧米という特定の文脈で生まれたものですが、その視座は現代日本の都市、とりわけ東京圏を理解する上でも示唆を与えてくれます。ただし、その適用には慎重さが求められます。
東京圏への適用可能性
東京圏は、世界でも有数の人口規模をもつ巨大都市圏ですが、その空間構造はシカゴ学派のモデルとは異なる特徴を多くもっています。日本の大都市は、鉄道網を骨格として発展してきた点に大きな特色があり、自動車を前提に拡大したアメリカの都市とは成長の論理が異なります。東京圏では、放射状に延びる鉄道路線とその結節点である駅を中心に、市街地が形成・拡大してきました。
このため、東京圏の空間構造は、単一中心の同心円というよりも、多数の鉄道沿線と複数の副都心からなる、より複雑な多核的構造として捉える方が適切です。この点で、バージェスの同心円地帯モデルをそのまま当てはめることは困難であり、むしろ多核心モデルの発想や、鉄道を軸とする独自の都市発展論の方が現実に近いといえます。ただし、社会経済的地位による居住地の空間的分化や、地区ごとの社会的性格の違いといった、シカゴ学派が着目した現象そのものは、東京圏においても一定程度観察されるものです。なお、日本における居住分化のパターンや程度は欧米都市とは異なるという指摘も多く、この点については慎重な実証的検討が必要です [35]。
郊外化と再都市化
都市の動的な変化を捉えるシカゴ学派の視座は、戦後日本の都市が経験してきた郊外化と再都市化の過程を理解する上で有用です。高度経済成長期からバブル期にかけて、東京圏では人口の郊外への拡散 — 郊外化 — が進行し、都心部の人口が減少する一方で、周辺部に広大な住宅地が形成されました [35]。これは、ある意味で同心円地帯モデルが描いた、都市の外延的拡大の一形態と見ることもできます。
しかし、1990年代後半以降、東京圏ではこの傾向に変化が現れます。都心部の人口が再び増加に転じる、いわゆる「都心回帰」あるいは再都市化(re-urbanization)の現象が顕著になりました。国勢調査の分析などによれば、臨海部や都心の再開発地区における高層住宅の供給がこれを後押ししたとされます [35][36]。この再都市化は、シカゴ学派の侵入・遷移の概念を応用すれば、都心部における土地利用の転換と新たな住民層の進入として解釈する余地があります。実際、欧米の文脈で論じられてきたジェントリフィケーション(gentrification、都心部の地区が再投資を通じて中産階級化していく現象)の議論との接続も、日本の都市研究において検討されています [37]。
現代都市計画への示唆
これらを総合すると、シカゴ学派をはじめとする都市社会学が現代日本の都市計画に与える示唆は、特定のモデルの直接的な適用にあるのではなく、より一般的な視座の提供にあると考えられます。第一に、都市の空間構造を静的な配置としてではなく、絶えず変化し続ける動的な過程として捉える視点です。郊外化、再都市化、地区の性格の変容といった現象を、侵入・遷移という長期的な動態の中で理解することは、計画的判断に時間的な奥行きを与えます。
第二に、都市計画が物理的空間の操作であると同時に、人々の生活様式や社会関係に影響を及ぼす営みであることへの自覚です。ワースの都市性論や、それを継承したジェイコブズ、社会関係資本論が示したように、人口の規模や密度、住民の多様性、街路の構成は、コミュニティのあり方や対人関係の質と無関係ではありません。コンパクトシティや高密度化、TODを推進する現代の計画思想を考える上でも、密度や空間配置がもたらす社会的効果への目配りは欠かせないでしょう。都市社会学の遺産は、都市計画を単なる技術的・物理的な営みに還元せず、その社会的次元を常に問い続けることの重要性を、現在の私たちに思い起こさせてくれます。
結びに ― 都市社会学の出発点を振り返る
本記事では、都市社会学という学問がどのように成立し、どのような理論を生み出してきたのかを、シカゴ学派を中心にたどってきました。最後に、その歴史的位置づけと現代的意義を改めて整理しておきます。
都市社会学は、急速に進行する都市化が生み出した深刻な社会問題への応答として生まれました。その源流には、エンゲルスやウェーバー、ジンメルに代表されるヨーロッパの都市研究と、シカゴ学派という米国の経験的研究という、二つの系譜があります。とりわけシカゴ学派は、急成長する都市シカゴを「社会的実験室」として、人間生態学、同心円地帯モデル、そして都市性論という、相互に連関した理論群を生み出しました。パークが都市を生態学的視座から捉える枠組みを構想し、マッケンジーらがそれを体系化し、バージェスが都市成長の空間モデルへと結晶させ、ワースが都市の生活様式論へと展開したという理論的な積み重ねは、都市研究の確固たる基礎を築いたのです。
同時に、これらの理論は、決定論的性格や歴史的・地理的拘束性、そして都市の政治経済的次元の軽視といった点で批判を受け、後続の研究によって修正・補完されてきました。しかし、こうした批判の過程そのものが、都市社会学という分野を豊かに発展させてきたのであり、シカゴ学派の問題関心 — 都市の空間的分化、近隣と社会生活の関係、都市が人間に及ぼす影響 — は、現代の都市研究においても中心的な主題であり続けています。
都市計画やまちづくりに携わる立場から見れば、都市社会学は、近隣住区論からジェイコブズ、社会関係資本論、そしてTODに至るまで、計画思想に繰り返し滋養を与えてきました。それは、特定のモデルとしてよりも、都市を動的な社会過程として捉え、その社会的次元に絶えず注意を向けるための視座として、今なお価値をもっています。都市を設計し、規制し、誘導しようとする実践は、その都市に生きる人々の社会生活への深い理解と切り離すことができません。一世紀前のシカゴで芽生えた問いは、形を変えながら、現代の都市に向き合う私たちの問いでもあり続けているのです。本記事が、読者の皆さんにとって、都市社会学の全体像を見渡し、自らの実践や研究を都市の理論史の中に位置づけるための一助となれば幸いです。
参考文献
本記事は以下の文献に基づいています。なお、原典の刊行年と版については、入手可能な版に応じて記載しています。読者がさらに学習を深める際の手がかりとして、可能な範囲で完全な書誌情報を示しました。
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- 矢作弘 (2014). 『縮小都市の挑戦』岩波新書.(都心回帰・再都市化に関する議論を含む。あわせて総務省統計局『国勢調査』各年版による人口動態分析を参照)
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※ 本記事における事実の記述は上記文献に基づいていますが、「筆者の見るところ」「筆者の理解では」「筆者の解釈として」等と明記した箇所は、筆者による解釈・整理であり、各文献の主張そのものではない点にご留意ください。とりわけ「都市社会学が都市計画に与えた影響」の節における理論間の関連づけ、およびTODと都市社会学理論の接続に関する考察には、確立した文献的根拠をもつ部分と筆者の見解に依拠する部分とが含まれます。また、日本の都市への適用に関する記述には、なお実証的検討を要する論点が含まれます。読者が引用される際は、原典にあたって確認されることをお勧めします。
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年表 ― 都市社会学と関連理論の展開
- 1845年 ― エンゲルス『イギリスにおける労働者階級の状態』刊行。産業都市の居住環境を構造的に分析した都市研究の古典
- 1887年 ― テンニース『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』刊行。共同社会と利益社会の対比を提示
- 1892年 ― シカゴ大学社会学部設立(アメリカ最初の独立した社会学部の一つ)
- 1893年 ― デュルケーム『社会分業論』刊行。社会的連帯の変容を論じる
- 1895年 ― 『アメリカン・ジャーナル・オブ・ソシオロジー』創刊
- 1903年 ― ジンメル「大都市と精神生活」発表。大都市の心理を分析し、後の都市性論に影響
- 1915年 ― パーク「都市」論文発表。生態学的都市研究のプログラムを提示
- 1921年 ― ウェーバー「都市」(遺稿)。都市の歴史社会学的・比較史的研究
- 1921年 ― パーク&バージェス『社会学という科学への入門』刊行。標準的教科書に
- 1923年 ― アンダーソン『ホーボー』刊行。都市民族誌の先駆
- 1924年 ― マッケンジー「人間共同体の研究への生態学的アプローチ」発表。人間生態学を体系化
- 1925年 ― パーク・バージェス・マッケンジー『都市(The City)』刊行。バージェスが同心円地帯モデルを提示
- 1928年 ― ワース『ゲットー』刊行
- 1929年 ― ペリー、近隣住区論を定式化(ニューヨーク地域計画)
- 1929年 ― ゾーボー『ゴールド・コーストとスラム』刊行
- 1938年 ― ワース「生活様式としての都市性」発表。都市性論の確立
- 1939年 ― ホイト、扇形モデルを提唱
- 1942年 ― ショウ&マッケイ『非行と都市地域』刊行。非行の空間的勾配を実証
- 1945年 ― ハリス&ウルマン、多核心モデルを提唱
- 1961年 ― ジェイコブズ『アメリカ大都市の死と生』刊行。モダニズム計画を批判
- 1962年 ― ガンズ『都市の村人たち』刊行。都市性の決定論を実証的に批判
- 1973年 ― ハーヴェイ『社会正義と都市』刊行。都市政治経済学の展開
- 1972年 ― カステル『都市問題』刊行。新都市社会学の代表的著作
- 1974年 ― ルフェーヴル『空間の生産』刊行
- 1975年 ― フィッシャー、下位文化理論を提唱
- 1993年 ― カルソープ『次なるアメリカン・メトロポリス』刊行。TODを提唱
- 2000年 ― パットナム『孤独なボウリング』刊行。社会関係資本論を普及
- 2012年 ― サンプソン『偉大なるアメリカ都市』刊行。近隣効果研究と集合的効力感
用語集
理論・概念
- Urban Sociology, 都市社会学: 都市という空間的・社会的環境における集団生活、社会関係、社会過程、社会問題を研究する社会学の一分野。
- Human Ecology, 人間生態学: 都市の空間的・社会的秩序を、生物生態学の競争・適応・遷移のアナロジーで理解しようとするシカゴ学派の枠組み。
- Concentric Zone Model, 同心円地帯モデル: バージェスが提示した、都市が中心から外側へ同心円状に拡大すると捉える理論モデル。
- Zone in Transition, 遷移地帯: 中心業務地区の外側に位置し、商工業の侵入圧力で荒廃しやすく、移民や困窮層が集住するとされた地帯。社会問題が集中する。
- Central Business District, 中心業務地区, , CBD: 商業・行政・金融機能が集積する都市の核心部。シカゴでは「ループ」が該当。
- Commuters’ Zone, 通勤者地帯: 同心円地帯モデルで最も外側に位置する、郊外の住宅地帯。
- Competition, 競争: 限られた都市空間をめぐる個人・集団・機能の争い。人間生態学で空間的分化を駆動する基本的な力とされる。
- Invasion, 侵入: ある地区に異なる集団や機能が進入してくる生態学的過程。
- Succession, 遷移: 侵入が進み、地区の支配的な集団や機能が入れ替わる過程。
- Natural Area, 自然地域: 行政区画ではなく、生態学的競争の帰結として生じる内的一体性をもつ地区(スラム、商業地区、民族集住地区など)。
- Urbanism as a Way of Life, 生活様式としての都市性: ワースの1938年論文の表題かつ理論。都市が独自の生活様式を生み出すと論じる。
- Urbanism, 都市性: 都市に特有の対人関係・心理・社会組織のあり方。人口規模・密度・異質性を規定要因とする。
- Heterogeneity, 異質性: 都市性の規定要因の一つ。多様な人々の共存が伝統的規範を弱め、社会的流動性を高める。
- Primary Relationship, 第一次的関係: 親密で全人格的な対人関係。農村的・共同体的な関係を指す。
- Secondary Relationship, 第二次的関係: 部分的・道具的・非人格的な対人関係。都市生活で優越するとされる。
- Blasé Attitude, ブラゼ態度, , : ジンメルが指摘した、大都市の過剰な刺激から自己を守るための他者への無関心・心理的留保。
- Social Disorganization, 社会解体: 規範や社会的紐帯の弛緩・崩壊。シカゴ学派が都市の特定地区に見出した状態。
- Anomie, アノミー: 規範が弛緩・不在となった状態。デュルケームに由来し、都市の社会問題と関連づけられる。
- Sector Model, 扇形モデル: ホイトが提唱した、都市が交通路に沿って扇形(セクター)状に発展すると捉えるモデル。
- Multiple Nuclei Model, 多核心モデル: ハリスとウルマンが提唱した、都市が複数の核を中心に発展すると捉えるモデル。
- Neighborhood Unit, 近隣住区: ペリーが定式化した、小学校を中心に徒歩圏でまとまる計画単位。コミュニティ形成を意図する。
- Eyes on the Street, 街路の目: ジェイコブズの概念。歩行者や住民の視線による街路の自然な監視・治安維持作用。
- Collective Efficacy, 集合的効力感: サンプソンの概念。近隣の社会的紐帯と相互信頼が犯罪などを抑制する力。
- Neighborhood Effects, 近隣効果: 居住する近隣地区が住民の生活機会や行動に及ぼす影響。現代都市研究の中心テーマ。
- Urban Political Economy, 都市政治経済学: マルクス主義的視座から、都市空間を資本蓄積や権力関係の産物として捉える潮流。
- New Urban Sociology, 新都市社会学: 1970年代以降の、人間生態学を批判し政治経済的に都市を分析する立場。
- Subcultural Theory, 下位文化理論: フィッシャーの理論。都市の規模はむしろ多様な下位文化を生成・強化すると論じる。
- Urban Ethnography, 都市民族誌: 参与観察や生活史収集を通じて都市の社会生活を記述する質的研究手法。
- Production of Space, 空間の生産: ルフェーヴルの理論。空間が社会的・政治経済的に生産されるという視座。
- Ideal Type, 理念型: ウェーバーに由来する、現実を抽象化・純化した概念的構成物。同心円地帯モデルもこの性格をもつ。
- Re-urbanization, 再都市化: 郊外化の後に都心部の人口が再び増加する現象。日本では「都心回帰」と呼ばれる。
- Great Migration, 大移動: 20世紀前半、アメリカ南部から北部都市への黒人住民の大規模な移動。
- Social Laboratory, 社会的実験室: 急成長する都市シカゴを、都市化の諸過程を観察する場とみなすシカゴ学派の比喩。
人名
- Robert E. Park, ロバート・E・パーク: シカゴ学派の中心人物。新聞記者出身。生態学的都市研究のプログラムを構想した。
- Ernest W. Burgess, アーネスト・W・バージェス: 同心円地帯モデルを提示したシカゴ学派の社会学者。
- Louis Wirth, ルイス・ワース: 「生活様式としての都市性」を著したシカゴ学派の社会学者。『ゲットー』の著者でもある。
- Roderick McKenzie, ロデリック・マッケンジー: 人間生態学を体系化したシカゴ学派の社会学者。
- Albion Small, アルビオン・スモール: シカゴ大学社会学部の初代学部長。
- Harvey Zorbaugh, ハーヴェイ・ゾーボー: 『ゴールド・コーストとスラム』の著者。
- Nels Anderson, ニールス・アンダーソン: 『ホーボー』の著者。都市民族誌の先駆者。
- Clifford Shaw, クリフォード・ショウ: マッケイとともに非行の空間的分布を研究。
- Henry McKay, ヘンリー・マッケイ: ショウとともに『非行と都市地域』を著す。
- Emile Durkheim, エミール・デュルケーム: フランスの社会学者。社会的連帯とアノミーの概念で知られる。
- Georg Simmel, ゲオルク・ジンメル: ドイツの社会学者。「大都市と精神生活」で都市の心理を分析(添付リストに英語名あり、日本語訳語として補記)。
- Max Weber, マックス・ウェーバー: ドイツの社会学者。『都市』で都市を歴史社会学的に論じた。
- Friedrich Engels, フリードリヒ・エンゲルス: 『イギリスにおける労働者階級の状態』で産業都市を分析。
- Ferdinand Tönnies, フェルディナント・テンニース: ゲマインシャフトとゲゼルシャフトの対比を提示した社会学者。
- Herbert Gans, ハーバート・ガンズ: 『都市の村人たち』で都市性の決定論を批判した社会学者。
- Claude Fischer, クロード・フィッシャー: 下位文化理論を提唱した社会学者。
- Robert Sampson, ロバート・サンプソン: 近隣効果研究と集合的効力感の概念で知られる社会学者。
- Clarence Perry, クラレンス・ペリー: 近隣住区論を定式化した計画家・社会学者。
- Homer Hoyt, ホーマー・ホイト: 扇形モデルを提唱した土地経済学者。
- Chauncy Harris, チョーンシー・ハリス: ウルマンとともに多核心モデルを提唱した地理学者。
- Edward Ullman, エドワード・ウルマン: ハリスとともに多核心モデルを提唱した地理学者。
- William Alonso, ウィリアム・アロンゾ: 入札地代理論を構築した都市経済学者(添付リストに英語名あり、訳語として補記)。
組織・出版物
- Chicago School, シカゴ学派: 20世紀前半にシカゴ大学を拠点に都市研究を展開した社会学の潮流(添付リストに英語名あり、解説として補記)。
- University of Chicago Department of Sociology, シカゴ大学社会学部: 1892年設立。アメリカ都市社会学の制度的拠点。
- American Journal of Sociology, アメリカン・ジャーナル・オブ・ソシオロジー, , AJS: 1895年創刊の社会学術誌。ワースの都市性論などを掲載。
- The City, 『都市』: 1925年刊のパーク・バージェス・マッケンジーによる論文集。シカゴ学派都市理論の中核文献。
- Project on Human Development in Chicago Neighborhoods, シカゴ近隣効果研究, , PHDCN: サンプソンらによる現代の近隣効果研究プロジェクト。
Claud プロンプト
あなたは都市計画・都市社会学・交通計画分野の専門研究者兼テクニカルライターです。
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【テーマ】
「都市社会学の誕生 ― シカゴ学派から都市性論まで」
【記事の目的】
都市社会学の成立過程と主要理論を体系的に解説し、都市計画学における位置づけを説明する。
【想定読者】
・都市計画、交通計画、まちづくりに関心のある一般読者
・自治体職員
・コンサルタント
・研究者・学生
【記事の長さ】
20,000〜30,000字程度
【執筆方針】
・学術的な正確性を重視する
・必ず信頼できる学術文献・大学出版物・査読論文・公的機関資料に基づく
・Wikipediaのみを根拠にしない
・事実と筆者の解釈を明確に区別する
・不明な事項は断定しない
・読者が都市社会学の全体像を理解できる構成にする
・単なる人物伝ではなく理論史として説明する
【文体】
・「です・ます調」
・専門用語は初出時に簡潔に説明する
・煽り表現は禁止
・学術書と一般向け解説書の中間レベル
・結論を急がず論理的に説明する
【HTMLルール】
・大見出しは必ずタグを使用する
・中見出しはタグを使用する
・番号付き見出しは禁止
・見出し番号を振らない
・本文は通常のHTMLテキストとする
・箇条書きはを使用する
【数式ルール】
・必要な場合のみ使用する
・数式はLaTeX形式で記述する
・インライン数式は $…$
・独立数式は $$…$$
【エビデンスルール】
・本文中の主張には可能な限り出典を付与する
・引用文献番号は [1] [2] [3] の形式を使用する
・引用文献番号は該当文末に付ける
・文献一覧は記事末尾にまとめる
・文献情報は可能な限り完全な書誌情報を記載する
【記事構成】
説明内容:
・都市社会学の定義
・都市計画学との関係
・都市経済学との違い
・説明理論としての位置づけ
説明内容:
・19世紀末から20世紀初頭のシカゴ
・移民の流入
・産業化
・都市問題
・シカゴ大学の役割
説明内容:
・Human Ecology
・Competition
・Invasion
・Succession
・Natural Areas
説明内容:
・Concentric Zone Model
・遷移地帯
・都市成長メカニズム
・理論的意義
説明内容:
・Urbanism as a Way of Life
・人口規模
・人口密度
・異質性
・都市的生活様式
説明内容:
・決定論への批判
・現代都市への適用限界
・都市政治経済学との対立
・現在も残る理論的意義
説明内容:
・東京圏への適用可能性
・郊外化
・再都市化
・TODとの関連
・現代都市計画への示唆
説明内容:
・都市社会学の意義
・シカゴ学派の歴史的位置づけ
・現代都市計画との接続
【出力時の注意】
・本文のみ出力する
・前置きや「承知しました」は不要
・指定した見出し構造を維持する
・十分な分量で執筆する
・記事末尾に「参考文献」セクションを設ける
・参考文献は本文中の引用番号と対応させる
・引用文献は最低15件以上掲載する
・重要文献(Park, Burgess, Wirthの原典)を必ず含める
・学術的信頼性を最優先する
- 投稿タグ
- #AIc, #glossary, #non_comic, #Social, #Urban design









