都市計画、交通計画からすぐには運営・運行はできません。輸送実態に応じて、適切なモードや体系を選び、設計し建設するエンジニアリングの段階が必要です。このエンジニアリングで、運行密度や方法、信号装置や車両、などソフト・ハード両面の仕様定義と設計・施工・発注が固まります。と言う事は、日本の技術・製品・運行事業者を使うかどうかもこの段階でほぼ決まります。日本では政策シンクタンク・土木コンサル・鉄道技術研究と別れていますが、ここにも巨大なグローバル企業があります。それがSYSTRAです。

音声概要をお聴きいただけます

NotebookLMに英語版 Wikipedia年次報告書を学習させて、生成したラジオ番組風音声概要をお聴きいただけます。

SYSTRA の生い立ち

SYSTRA の Wikipedia は9カ国語の記事がありました。英語版が内容豊富だったので、これを翻訳して日本語版が製作されました。

元々はフランス国鉄 (SNCF) とパリ交通公団 (RATP) がそれぞれ持っていたエンジニアリング部門が1995年に合併しました。。日本で言えば、鉄道技術総合研究所と鉄道建設・運輸施設整備支援機構と都営都交通局のエンジニアリング部門が統合したような感じでしょうか。鉄道が改革され上下分離になり、コンテスタブルな市場になった時、エンジニアリング部門もコンテスタブルとなって流動性が高まったようです。記事にある歴史を見ると驚かされます。

猛烈な M&A で急成長

合併で誕生した SYSTRA は猛烈な M&A (企業買収) で各国の交通エンジニアリング企業を買収していきます。設立された1995年に MVA グループを買収し、イギリス、香港、中東に拠点を築き、米国に進出し、2000年にイタリア SOTECNI が加わり、2005年にインド支社、2015年に英国 JMP Consultants とブラジル Tectran、翌年は4企業を買収。市場と専門分野を次々と拡大し、全世界で1万8千から2万人の規模になりました。2024年に金融資本が入るまで国鉄と公団の資金で次々と買収していったのには政策的背景が感じられます。

各分野で高いシェアを勝ち取る

その結果、全世界の高速鉄道の1/2、都市交通網の1/2は SYSTERA の関与があるという驚異的なシェアを誇ることになります。ドーバー海峡を含む総延長3500km のトンネル、200以上の橋梁も手掛けているとのこと。

フランス国内で1,800kmの TGV 高速新線を建設し、その実績・ノウハウを武器に世界に輸出し、運行まで塗り替えるフランスの戦略が見えてきます。こうなると、安全規格や信号規格などは欧州基準が基本となって、日本の技術が入り込む余地がかなり小さくなるでしょう。

高密度輸送の台湾新幹線が、当初欧州仕様の単線並列・動力集中で設計され、その後、日本の新幹線の技術を折り合わせるのに大変苦労させられたのも納得がいきます。韓国の KTX も SYSTRA の仕事です。

猛烈に追いかける中国

このフランスがとった戦略を猛烈な勢いで追いかけ追い越したのが中国です。鉄道車両業界では中国中車が世界最大ですし、中国の高速鉄道は、1年間で TGV の総延長を上回る2500km程の高速新線を延伸し、2025年内に総延長が5万キロに達すると報道されています。これは全世界の高速鉄道総延長の2/3を超え日本の15倍に当たります。こうして高速鉄道を猛烈な勢いで建設し、各国の技術を取り込み国産化し、一帯一路で海外進出を進めています。その影には国有企業にエンジニアリング集団がいるはずです。

  • 中国中鉄股份有限公司 (China Railway Group Limited / CREC)
    公共交通事業者、いわば中国の国鉄
  • 中鉄二院工程集団有限責任公司 (China Railway Eryuan Engineering Group Co. Ltd.)
    上記中国中鉄のエンジニアリング部門。
  • 中国鉄建股份有限公司 (China Railway Construction Corporation Limited / CRCC)
    鉄道建設の総合土木工事請負や土木設計・技術コンサルティングサービス。
  • 中国国家鉄路集団有限公司 (China State Railway Group Co., Ltd.)
    鉄道運行独占オペレータ
  • 中国鉄路設計集団有限公司
    上記オペレータの設計部門

などが該当するように思えます。中には数十万人規模の企業もあり、規模で圧倒しています。ここは機会があれば調べてみたく思います。

日本と話が進んでいたインドネシア高速鉄道は中国に置き換えられ、2023年10月に開業しました。運行会社 PT Kereta Cepat India China (インドネシア中国高速鉄道株式会社) は、インドネシア国有合弁企業 PT Pilar Sinergi BUMN Indonesia (PSBI)が60%と、中国の国有コンソーシアム企業 北京亜湾HSR株式会社が40%出資した合弁企業で、フランスのオペレータと同様に現地資本と合弁です、

中国は海外の技術や手法を取り込み国産化し、猛烈な投資で建設して学習し、失敗を恐れず挑戦しています。また、中国国内には交通大学が5校あり、人材も大量に育成しています。高速鉄道の他にも、国際コンテナ輸送、公共交通指向型開発にも莫大な投資を続けています。なお、SYSTERA の情報では中国への関与は特に記載されていません。そして各国から高速鉄道車両を入れる中、フランスのお家芸である動力集中方式は入っていないなど、中仏両国の関係には距離があるように思われます。

オペレータの育成とエンジニアリングで川下を抑え、M&A で規模と専門分野を拡大し覇権を握るフランス。国家の大規模インフラ投資で技術を取り込み進出を推し進める中国。2つの覇権が競い合う中、日本はバラバラなまま何をしてどこへ行くべきなのでしょうか?