現代社会が抱える富の偏りや環境不安。これらの課題を紐解く鍵は、環境・社会・経済という「三要素」のバランスにあります。本連載では、社会を一つの生命体に見立て、呼吸(環境)、意志(社会)、循環(経済)という視点から、リオサミットからESG経営に至る歴史的変遷を解説します。なぜ今、世界中で仕組みの大修理が必要なのか。中学生からビジネスパーソンまで、未来の社会像を共に描くための全6回シリーズです。
目次
第1回:なぜ3つなの? —地球という場所、人間という主体、巡る経済
社会を一つの生命として捉え直す
私たちが暮らす街や国を、形のないシステムの集まりではなく、一つの巨大な生きている体と考えてみましょう。この体が生きていくためには、単に心臓が動いているだけでは足りません。周囲の世界から恵みを受け取り、それを全身に届け、自らの意志で動くという一連の営みが必要です。
現代の持続可能性(サステナビリティ)を考えるとき、環境、社会、経済の3要素が重要だとよく言われます。これは、生きている体が健康を保つための仕組みにそのまま置き換えることができます。
環境:地球という外部世界との呼吸と摂食
第一の要素である環境は、体が外の世界からエネルギーをもらい、不要なものを返す外界とのやり取り(代謝)にあたります。
人間が空気を吸い(呼吸)、食べ物を食べる(摂食)ように、社会も地球という大きな生態系から、きれいな水や空気、資源を分けてもらっています。そして、使い終わったものを再び自然の中に還していきます。
環境を守るとは、このやり取りの窓口をきれいに保つことです。もし外の世界が汚れてしまい、きれいな空気が吸えなくなったり、栄養のある食べ物が手に入らなくなったりすれば、いくら体格が良くても、その命はやがて尽きてしまいます。環境は、私たちが外の世界に生かされている基盤そのものです。
経済とガバナンス:全身に栄養を届ける循環と制御
第二の要素である経済は、取り込んだエネルギーを隅々まで運ぶ流れ(循環)です。そして、その流れが滞らないように見守るのがガバナンス(統治・管理)という仕組みです。
食べ物から得た栄養を血液が全身の細胞に運ぶように、経済は、お金やサービスという形で価値を人々に届けます。血液が全身を巡らなければ、体の一部が動かなくなるのと同じで、経済の循環が止まれば社会の機能は停止してしまいます。
ここで大切なのがガバナンスです。血圧が上がりすぎたり、逆に低すぎて立ちくらみがしたりしないよう、体の機能を調整する脳や神経の役割を果たします。どこか一部にだけ血液が溜まって充血したり、逆に必要な場所に届かず貧血になったりしないよう、社会全体の流れを整える力です。
社会:しなやかに反応し、行動する意志
第三の要素である社会は、届いたエネルギーを使って、その体が何を感じ、どう動くかという主体(生きている本人)の営みです。
血が巡り、息をしていても、痛みを感じる神経がなく、動こうとする意志もなければ、それは生きているとは言えません。他者と触れ合い、喜び、自ら学び、明日のために動こうとする。こうした一人ひとりの人間らしい活動が、社会という要素の中身です。
社会が健全であるとは、誰もがこの活動に参加でき、自分が大切にされていると感じられる状態を指します。疎外されたり、声が届かなかったりする場所がない、しなやかな体のような状態です。
3要素が重なる場所にある健康
これら3つの要素は、どれか一つが欠けても生命を維持できません。
もし、血の流れ(経済)だけを速くしようとして、心拍数を上げすぎたらどうなるでしょうか。肺(環境)は悲鳴を上げ、心(社会)は疲れ切ってしまいます。逆に、呼吸(環境)のことだけを考えて全く動かなければ、筋力(社会の活力)は衰え、血流(経済)も悪くなってしまいます。
今の私たちの世界は、この3つのバランスが崩れ、あちこちに不調が出ている状態といえるかもしれません。そのため、それぞれのバランスを整え、再び健やかな状態に戻すための新しい計画が必要になっています。
日本の施策における視点
日本においても、この3要素のバランスを保つための取り組みが進められています。例えば、環境と経済を両立させる仕組み作りや、地域のつながりを再生する社会活動の支援などです。
日本の政策では、特に人口が減っていく中で、いかにして全国の隅々まで経済の血流を届け続けるか、という点に重きが置かれています。広がりすぎた血管(インフラ)を維持し続けることの難しさを考慮しつつ、重要な機能を拠点に集めて効率を高めることで、生活の質(社会)を落とさないような配慮がなされています。これは、限られたエネルギーを最も大切な場所に集中させて、体全体の健康を守ろうとする試みです。
専門家の視点から
それぞれの立場から見ると、同じ問題でも違った景色が見えてきます。
環境学者は呼吸の仕方を、経済学者は血流の仕組みを、社会学者は心の健康を、そして経営学者は、これらを一つの組織としてどう動かすかを考えます。次回からは、この3つの要素がどのように歴史の中で結びつき、現在の形になったのかを、より詳しく紐解いていきます。
参照元・主要文献
- ジョン・エルキントン 著『三人寄れば文殊の知恵―サステナビリティ、トリプルボトムラインへの挑戦』(1997年)
- ヨハン・ロックストローム 他 著『小さな地球の大きな限界―プラネタリー・バウンダリーが示す、人類のサバイバル戦略』(2015年)
- 清水博 著『生命を捉えなおす―生きている状態とは何か』(岩波新書、1990年)
- 国連「持続可能な開発のための2030アジェンダ」(2015年)
- 国土交通省「国土形成計画」(2023年改定版)
第2回:リオサミットの教訓 —「環境」だけでは、呼吸が続かないと気づいた日
今回は、1992年にブラジルで開催された「リオ地球サミット」に焦点を当てます。なぜ「地球を守る」という議論の中に、わざわざ「社会」という新しい柱を立てなければならなかったのか。その背景にある、世界規模の対立と妥協、そして発見の物語です。
地球の危機に世界が集まった日
今から30年以上前の1992年、ブラジルのリオデジャネイロに世界中のリーダーが集まりました。「地球サミット(環境と開発に関する国際連合会議)」と呼ばれるこの会議は、人類が初めて、地球という「場」の限界を公式に認めた場となりました。
当時、世界は大きな岐路に立たされていました。地球温暖化や森林破壊といった環境問題が、一部の国だけの問題ではなく、全人類の生存に関わる危機として浮上してきたからです。しかし、そこで行われた議論は、決してスムーズなものではありませんでした。
「守りたい人」と「生きたい人」の対立
会議の場では、先進国と途上国の間で激しい意見のぶつかり合いが起きました。
先進国は「地球の呼吸を守るために、これ以上森を壊してはいけない。開発を制限しよう」と訴えました。しかし、これに対して途上国のリーダーたちは強く反発しました。「今日食べるものがない、病気になっても薬がない人々が私たちの国にはたくさんいる。開発を止めることは、彼らに『死ね』と言うのと同じではないか」という主張です。
この対立は、第1回で説明した比喩に当てはめると分かりやすくなります。先進国が「呼吸(環境)」を優先しようとしたのに対し、途上国は「摂食と活動(社会・経済)」という生存そのものの権利を求めたのです。
貧困と環境破壊の連鎖
この激しい議論の中で、一つの重要な事実が明らかになりました。それは、「社会」の問題を解決しない限り、「環境」を守ることは不可能だということです。
食べるものや住む場所がないほど貧しい状態(貧困)にあるとき、人は生きるために目の前の木を切り倒して燃料にし、汚染された水でも使わざるを得ません。これは個人のわがままではなく、生命としての切実な選択です。つまり、社会的な不平等や貧困こそが、環境破壊を加速させる大きな原因の一つになっていたのです。
ここで、環境保護と開発(経済)は対立するものではなく、そこに「社会の公平性」という柱を組み込んで初めて、全体が回るのだという認識が共有されました。
アジェンダ21:社会を組み込んだ行動計画
リオサミットでは、21世紀に向けた人類の行動計画として「アジェンダ21」が採択されました。この文書には、環境対策だけでなく、以下のような「社会」に関する項目が並びました。
- 貧困の撲滅: 誰もが健康に暮らせる基盤を作ること。
- 意思決定への参加: 女性や若者、先住民など、社会的に弱い立場にある人々の声を反映させること。
- 人間居住の改善: 安全な住まいや衛生的な環境を整えること。
「環境・経済・社会」の3つの柱が、ここで初めて「持続可能な開発」という一つのパッケージとして定義されました。社会という「主役」が健やかでなければ、地球という「ステージ」を守ることはできない。リオサミットは、人類がその事実に公式に気づいた瞬間でした。
日本の施策における「社会」の視点
日本もこのリオサミットの流れを受け、国内の法律や計画を整えてきました。日本の政策において特徴的なのは、公害を克服してきた経験から、環境と健康(社会)を一体として捉える視点が強いことです。
現在、日本が直面している課題の一つに、地方の人口減少による「社会的なつながりの維持」があります。これは単なる人口問題ではなく、人がいなくなることで里山などの自然環境の管理ができなくなる(環境破壊につながる)という、リオで議論された「社会と環境の連鎖」の日本版ともいえる課題です。
日本の施策では、地域コミュニティを維持することで環境も守るという、3要素を統合したアプローチが模索されています。これは、社会という主体の活力を維持することが、結果として地球という場を守る力になる、という配慮に基づいています。
次回へのつながり:ビジネスはどう応えたか
リオサミットで「3つの柱」が示されたことで、世界は新しいルールへと動き出しました。しかし、当時はまだ「国」や「政治」の議論が中心でした。私たちの暮らしを支える「企業」や「経済の流れ」が、この3要素をどのように自分たちのルールとして取り入れていったのか。
次回、第3回では、ビジネスの世界に革命を起こした考え方「トリプルボトムライン」について、詳しく紐解いていきます。
参照元・主要文献
- 国際連合「アジェンダ21」(1992年)
- 環境省「環境基本法」(1993年)
- ブルントラント委員会 著『我ら共有の未来(Our Common Future)』(1987年)
- リオ地球サミット20周年記念出版 著『持続可能な発展への道』(2012年)
第3回:トリプルボトムライン —「儲け」だけを数えるのは、もう古い!
リオサミットによって示された「3つの柱」は、その後、私たちの生活に最も大きな影響を与える存在、つまり「企業」のルールへと浸透していきました。今回は、ビジネスの世界における成績表を書き換えた、重要な考え方を紹介します。
成績表の「一番下の行」が変わった
ビジネスの世界には、ボトムライン(最終行)という言葉があります。これは、損益計算書の一番下の行に書かれる「純利益」を指します。長い間、企業はこの一行が黒字であれば、健全で成功していると見なされてきました。
しかし、1994年、イギリスのジョン・エルキントンという人物が、これまでの常識を覆す提案をしました。「これからの企業は、お金の利益だけでなく、あと2つのボトムラインも同時に報告すべきだ」という考え方です。これがトリプルボトムライン(TBL)です。
3つのP:企業が責任を持つべき3つの結果
エルキントンは、企業が大切にすべき要素を、覚えやすい3つのPとして整理しました。
- Profit(利益・経済): 健全な稼ぎを出し、税金を払い、雇用を守ること。これは第1回で説明した、全身に栄養を届ける「血流」の役割です。
- People(人間・社会): 働く人の安全や健康を守り、多様性を認め、地域を大切にすること。これは、社会という「主役(主体)」が健やかであるための配慮です。
- Planet(惑星・環境): 資源を無駄にせず、ゴミを減らし、空気を汚さないこと。これは、地球という「場」を壊さないための、外界との正しい付き合い方です。
「コスト」ではなく「生き残るための投資」
かつて、多くの企業にとって環境対策や社員への手厚いケアは、利益を削る「余計なコスト(費用)」だと考えられてきました。しかし、TBLの考え方は、それこそが企業の長期的生存に不可欠な「投資」であると位置づけました。
例えば、利益(Profit)だけを求めて社員(People)を使い潰せば、やがて優秀な人は去り、新しい価値は生まれなくなります。また、地球(Planet)の資源を使い果たして汚染を広げれば、そもそもビジネスを続ける「場」そのものが消失してしまいます。
つまり、3つの要素はバラバラに存在するのではなく、互いに影響し合う一つのシステムなのです。どれか一つのPが欠けても、企業という生命体は健康を維持できなくなります。
経営者の意識と消費者の目
この考え方が広まったことで、企業は「社会の一員として、どう全体に貢献しているか」を問われるようになりました。
今では多くの企業が、お金の計算書だけでなく、環境や社会にどう貢献したかをまとめた報告書を発行しています。また、私たち消費者も「この商品は、環境を壊さず、働く人を大切にしている会社のものか」という視点で選ぶようになりました。これは、経済という循環の中に「社会の意志」と「環境への配慮」が組み込まれ始めたことを意味しています。
日本の施策と「三方よし」の精神
日本において、このトリプルボトムラインの考え方は比較的スムーズに受け入れられました。それは、日本に古くからある「三方(さんぽう)よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」という近江商人の教えに近いものだったからです。
日本の政策担当者も、企業がこうした社会的な責任を果たすことを支援してきました。日本の施策の特徴は、単に規制をかけるだけでなく、企業の自主的な取り組みを促し、それを社会全体で評価する仕組みを整えてきた点にあります。
特に近年では、企業が環境や社会に配慮することが、日本の国際的な競争力を維持するために不可欠であるという認識が定着しています。日本の技術力が「地球(Planet)」の問題を解決し、それが「利益(Profit)」を生み、働く人や地域(People)を豊かにするという、3要素の好循環を作ることが日本の成長戦略の柱となっています。
専門家の視点から:経営学と経済学の融合
経営学の視点から見ると、トリプルボトムラインは「企業価値」の定義を広げた出来事でした。また経済学の視点では、これまで「市場の外」にあるとされていた環境や社会の問題を、市場の「内側(ルール)」に取り込む試みでもありました。
次回は、これらの考え方がどのように整理され、世界共通の2030年までの目標である「SDGs」へと結びついていったのか。あの有名なカラフルなアイコンの裏側にある、深い構造についてお話しします。
参照元・主要文献
- ジョン・エルキントン 著『三人寄れば文殊の知恵―サステナビリティ、トリプルボトムラインへの挑戦』(1997年)
- 経済産業省「企業の社会的責任(CSR)に関する懇談会中間報告書」(2004年)
- 日本経済団体連合会「企業行動憲章」(2017年改定版)
- Global Reporting Initiative (GRI) サステナビリティ・レポーティング・ガイドライン
第4回:SDGsの本当の読み方 ——ウェディングケーキの土台が崩れたら、お祝いできない
今回は、今や誰もが目にするようになった「SDGs(持続可能な開発目標)」を取り上げます。あの17のカラフルなアイコンは、単なるスローガンの羅列ではなく、私たちが生きていくために守らなければならない「構造」を示しています。
17の目標を「構造」で捉える
2015年、国連で採択されたSDGsは、2030年までに達成すべき世界共通の目標です。貧困、飢餓、気候変動、ジェンダー平等など、17の目標が並んでいますが、これらを横一列に並んだバラバラな課題として捉えると、本質を見失ってしまいます。
専門家の間では、これらを「ウェディングケーキ・モデル」という3階建ての構造で理解することが一般的です。このモデルは、第1回で説明した「環境・社会・経済」の優先順位と依存関係を、見事なまでに可視化しています。
土台、中身、そして飾り:ウェディングケーキの3階建て
- 一番下の層:環境(バイオスフィア/生物圏)
「水」「気候」「海」「陸」に関する目標がここに含まれます。これらは、私たちが呼吸し、糧を得るための「ステージ」です。ケーキの一番下のスポンジが崩れてしまったら、その上に何を載せても維持できません。地球という基盤が健全であることが、あらゆる活動の絶対条件です。 - 真ん中の層:社会(人間社会)
「貧困」「教育」「健康」「平和」などがここにあたります。環境という土台の上で、人間が一人ひとりの意志を持って、しなやかに暮らしている状態です。ここが不安定だと、社会全体のバランスが崩れ、土台である環境を傷つけることにもつながります。 - 一番上の層:経済(循環)
「雇用」「技術革新」「不平等解消」などが含まれます。これは社会を維持し、発展させるための「仕組み・道具」です。経済はそれ自体が目的ではなく、下の層にある社会と環境を支え、豊かにするために回るべきものです。
なぜ「経済」が一番上なのか
これまでの歴史では、経済を一番下の土台(目的)と考え、そのために環境や社会を犠牲にすることもありました。しかし、SDGsの構造はそれを逆転させました。
経済(循環)は、人間(社会)が幸せに暮らすための手段であり、その全ては地球(環境)という器の中に収まっていなければならない。この順序を間違えると、一時的に豊かになっても、やがてケーキ全体が崩落してしまいます。第1回で触れた「血流(経済)」が、主役である「人間(社会)」を生かすために存在しているのと全く同じ理屈です。
日本の施策:統合的な解決への挑戦
日本政府も「SDGs実施指針」を定め、この3要素をバラバラではなく、一体のものとして解決しようとしています。
日本の施策で特に配慮されているのは、一つの目標を達成しようとして他の目標を犠牲にする「トレードオフ(あちらを立てればこちらが立たず)」を避けることです。例えば、経済成長のために環境を壊すのではなく、環境を守る技術を磨くことで新しい仕事を作る、といった「相乗効果(シナジー)」を狙った政策が中心となっています。
日本の得意とする省エネ技術や防災の知恵は、まさに「環境の土台」を強固にしながら「社会の安全」を守り、「経済の価値」を生む、3階建てのケーキを貫く串のような役割を果たしています。
次回へのつながり:お金の「見張り番」が登場する
SDGsという大きな地図ができたことで、次はその地図に従って正しく進んでいるかをチェックする仕組みが必要になりました。
次回、第5回では、企業がこの3階建ての構造を本当に守っているかを、投資家たちが厳しくチェックする仕組み「ESG経営」について解説します。経済の循環をコントロールする「ガバナンス(脳)」の重要性が、いよいよ登場します。
参照元・主要文献
- P. Sukhdev, J. Rockström “SDG Wedding Cake” (Stockholm Resilience Centre, 2016)
- 国際連合「持続可能な開発のための2030アジェンダ」(2015年)
- 外務省「SDGs実施指針」(2019年改定版)
- 内閣府「地方創生SDGsローカル指標リスト」
第5回:ESG経営 —お金の流れを変えて、地球と人間を繋ぎ直す
SDGsという大きな地図ができ、企業もその重要性を理解し始めました。しかし、本当にその通りに行動しているかをどうやって見極めるのでしょうか。今回は、お金の流れを通じて企業に正しい舵取りを促す仕組み、ESGについて解説します。
投資家が見る「3つのメガネ」
これまでの連載で、地球(環境)、人間(社会)、巡る仕組み(経済)の3つが揃って初めて、私たちは健康でいられることを見てきました。この考え方を、投資というお金の流れに組み込んだのがESGです。
ESGとは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を合わせた言葉です。投資家たちは、単に今どれだけ儲かっているかだけでなく、この3つのメガネを通して企業の将来性をチェックするようになりました。
ガバナンス:循環をコントロールする「脳」の機能
ここで新しく登場するのが、G(ガバナンス/企業統治)です。これは、第1回で説明した、経済という血流をコントロールする「脳」や「神経」の働きにあたります。
どれほど環境(E)や社会(S)を大切にすると公言していても、組織を動かす仕組みそのものが不透明であったり、不正を見逃すような体質であったりすれば、その言葉を信じることはできません。
ガバナンスとは、企業の意思決定が正しく行われているか、多様な視点が取り入れられているか、そして長期的な視点で舵取りができているかを監視する仕組みです。この「脳」が健全であって初めて、環境と社会を守りながら経済を回すという、難しいバランス感覚を保つことが可能になります。
外部不経済の内生化:無視されていた「副作用」を計算に入れる
ここで少しだけ難しい話をします。これまでの経済のルールでは、企業が環境を汚したり、人々に過度なストレスを与えたりしても、そのダメージは企業の帳簿(計算書)には載りませんでした。これを経済学では外部不経済(副作用)と呼びます。
しかし、ESGの考え方は、この副作用を企業のコスト(費用)として計算に入れようとするものです。環境を汚せば将来的に巨額の賠償金や規制の対象になり、人を大切にしなければ優秀な働き手がいなくなって会社が傾く。
つまり、これまで無視されていた「地球へのダメージ」や「社会の不満」を、経営の真ん中に引き戻す試みなのです。これを外部不経済の内生化(副作用を中身に取り込むこと)と呼びます。
日本の施策:透明性と対話の強化
日本においても、このESGの考え方は急速に普及しています。日本の政策担当者は、コーポレートガバナンス・コード(企業統治の指針)などを通じて、企業が投資家や社会とより深い対話を行うよう促してきました。
日本の施策で配慮されているのは、単に欧米のルールを真似るのではなく、日本企業が伝統的に持っている「社会貢献の精神」を、客観的なデータや透明な仕組みとして示せるようにすることです。
例えば、多くの日本企業が持つ高い技術力を、脱炭素(E)や人々の健康維持(S)という具体的な成果として世界にアピールできるよう、開示(情報をオープンにすること)のルール作りが進められています。これは、日本の技術という「血流」が、世界という「体」をどう癒しているかを、誰もが見える形にするための取り組みです。
次回へのつながり:それぞれの国が抱える「痛み」
さて、理論と仕組みは整いました。しかし、現実の世界を見渡すと、国ごとに抱えている課題は千差万別です。地球を守りたいけれど経済が追いつかない国、格差が広がりすぎて社会がちぎれそうな国。
最終回となる次回は、欧州、米国、そして日本の現場で、この3要素がどのような「痛み」として現れ、どのような切実な政策として実行されているのか。その最前線の物語を総括します。
参照元・主要文献
- ジョン・エルキントン 著『グリーン・リカバリー:サステナブルな経済へ』(2020年)
- 年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)「ESG投資報告」
- 金融庁「コーポレートガバナンス・コード」(2021年改定版)
- 世界経済フォーラム「グローバル・リスク・リポート」
第6回:各国の痛みと処方箋 —なぜ今、街の形やお金のルールが変わるのか
これまで学んできた理論が、現実の国々でどのような切実な問題(痛み)として現れ、どのような外科手術(政策)が行われているのか。世界と日本の最前線を俯瞰します。
理論から、現実の「痛み」の現場へ
これまで、地球(環境)、人間社会(社会)、経済とガバナンス(循環)の3つのバランスが大切であることを学んできました。しかし、現実の世界を見渡すと、このバランスの崩れ方は国によって大きく異なります。それぞれの国は、自分たちの体に生じた独自の痛みに対し、必死の治療を行っています。
欧州:経済の循環を、地球のルールで作り替える
欧州が抱えている最大の痛みは、これまでの経済成長(循環)が、あまりにも地球(環境)という土台を削りすぎてしまったという後悔です。
- 課題: 経済を回せば回すほど、地球というステージが壊れていくという矛盾。
- 処方箋(政策): 環境規制という名の、全身の代謝のアップデートです。
欧州は、炭素に値段をつけたり、環境を壊す製品を市場から閉め出したりすることで、経済のルールそのものを「環境を再生しない限り、利益が出ない仕組み」へと強制的に書き換えています。これは、古い血管を抜き取り、地球に優しい新しい循環システムに入れ替えるような、非常に大規模な手術です。
米国:富の偏りでちぎれかけた、社会の絆を繋ぎ直す
米国の痛みは、経済の血流(富)が一部に溜まりすぎ、社会の末端まで栄養が行き渡らなくなったことにあります。
- 課題: 豊かな国でありながら、一部の地域や階層でインフラが老朽化し、教育や医療という「社会」の基礎体力が著しく低下していること。
- 処方箋(政策): 公共投資による、ちぎれた血管(インフラ)の繋ぎ直しです。
米国は今、巨額の資金を投じて道路や橋、インターネット網を整備し、あえて「富の再配分」を物理的な形で行おうとしています。これは、社会という主役が再び舞台の上でしなやかに動けるよう、麻痺しかけていた手足に強制的に栄養を送り込む処置です。
日本:縮みゆく社会で、命のラインを維持する
日本が直面しているのは、他国にはない「社会(主体)」そのものが急速に小さくなっていくという痛みです。
- 課題: 人が減り、高齢化が進む中で、かつての巨大な体に合わせて作ったインフラ(道路、水道、公共施設などの循環の管)が維持できなくなっていること。
- 処方箋(政策): コンパクト・プラス・ネットワークによる、循環の集約です。
日本が進めているのは、住む場所や機能を拠点に集め(コンパクト)、それらを公共交通で繋ぐ(ネットワーク)という街づくりです。これは、細くなった体に合わせて血管を整理し、限られた栄養を最も大切な場所に集中させて、最後まで社会の機能を維持しようとする、日本独自の配慮に基づいた戦略です。
まとめ:私たちが明日からできること
全6回を通じて見てきたように、環境・社会・経済の3要素は、私たちが生きていくための不可欠な仕組みです。
富の偏りや格差といった問題も、単にお金だけの問題ではありません。それは、地球という「場」を壊さず、人間という「主体」を尊重しながら、いかに健全な「循環」を作り直すかという、文明全体の健康診断の結果なのです。
このシリーズを読み終えた皆さんは、もうニュースで流れる環境規制や経済政策、あるいは自分の街の再開発の話を、バラバラな出来事としては見ないはずです。それらはすべて、私たちが100年後も笑っていられるように、この巨大な「社会という生命」のバランスを整えようとする、人類の知恵の足跡なのです。
参照元・主要文献
- 欧州委員会「欧州グリーンディール」(2019年)
- 米国政府「インフラ投資・雇用法(IIJA)」(2021年)
- 国土交通省「立地適正化計画作成指針」(2020年改定版)
- OECD “Economic Outlook” 各国別報告書
- 日本経済新聞社 編『SDGs 2030年のものさし』(2021年)
注意
以上の文書はAI Geminiが生成したものを加筆修正しており、誤りが含まれる場合があります。












