公共交通の基本に立ち戻るということで、本ブログでは
について、AIの力も借りてざっと動きを追ってきた。コミュニティのために都市計画があり、その都市を効果的に機能させるために公共交通があり、都市圏の移動全体を他の要因と統合して計画するメソッドがあるということまで来た。公共交通の場合、考え方もとても大事だが、現場は日々命を乗せてリアルタイムで動いている。これが無ければ存在し得ないので、ではどんな組織がどうやって動かしているのかを見てみたい。なので今回は、世界最大の公共交通オペレータ(事業者)と呼ばれるTransdevをスタディしてみたい。
TransdevのWikipedia情報を学習させて生成した音声概要はこちらからお聴きいただけます。
Wikipediaの記事
WikipediaではTransdevの記事は13ヵ国分ありましたが、日本語版はありませんでした。フランス企業なのでフランス語版が最も充実しており、これを元に日本語記事が作られました。
1989年、フランスCDCの交通部門が独立したTranscetがM&Aで巨大化し、2002年にRATP(パリ運輸公団)が資本参加。2011年ヴェオリア(水道・環境事業で有名)の交通部門と合併しRATPが撤退するのですが、ヴェオリアが大きな負債を抱え株価が下落し、CDCが大損害を受け会計検査院がクレームを付けています。(この経緯はフランス語版ではあまり触れられずドイツ語版にあり日本語版に反映されました)この合併劇の最中、2014年に名鉄岐阜市内線の存続問題が起きて検討打診もあったのですが、当時のヴェオリアは資産の売却・撤退のリストラ真っ最中だったこともわかります。現在は544社が連結対象で、その一部主要企業のリストが財務報告書2024 P123に掲載されています。
全体を見ると、どうも自治体などとの管理委託契約ごとに会社を作っているようです。契約が切れれば従業員や車両も次の契約者に引き渡すのですから、ドッキング・切り離しがしやすい独立組織の集合体みたいなものかなと思えます。契約内容や各地の労働基準に応じて雇用条件も変わるので、会社は分けておかないと大変だとも思えます。「現場に近いところで意思決定」という言葉にもそれが伺えます。日本で言えば自治体から受託している営業所が独立子会社になっているようなものでしょうか。バックオフィスに管理機能は集約しているのでしょうが、スケールメリットはどうやって出しているのかな?
Transdevの本質
移動は誰もが利できる必要不可欠な公共財である。どこにでも持続可能な方法で。これが私たちの取り組みの本質です。
これはTransdev会社案内の冒頭にCEOの言葉として書かれています。(画像はpdfの機械翻訳、以下同じ)「公共財」と言い切る辺りが重要に思えます。日本の場合は・・・愚痴はやめておきましょう。
Transdevの世界展開
リストラ前は27カ国に展開していた事業は絞り込まれ、現在は全大陸19カ国に展開しています。欧州の比率が高く、次にアメリカ大陸となっています。アジアはかなり絞り込まれている模様です。(財務報告書2024 より、図はクリックすると拡大されます。以後同様)
Transdevの国別売上
国別売上順位はフランス、米国が並び、その後ドイツ、オランダ、スウェーデンとなります。人口や面積を思い浮かべると、戦略性(選択と集中)がかなりある模様です。CEOの担当割りもこれに沿っている模様です。「アジア太平洋」で日本も含め一括りにされるのはグローバル企業の常です・・・・
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エドゥアール・エノーCEOフランスとグループセキュリティ
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ローラ・ヘンドリックスCEO USA
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マーティン・ベッカー・レスマンCEO ドイツ
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アントワーヌ・グランジCEOヨーロッパ
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アントワーヌ・コラスCEOインターナショナル(カナダ、ラテンアメリカ、アフリカ、中東、アジア太平洋)
事業分野
地域別が「横割り」として、「縦割り」の事業分野ですが、鉄道バスといったモード別ではなく、
- 都市交通(バス、都市鉄道、トラム、地下鉄)
- 都市間交通(都市周辺バス、長距離バス、送迎、観光バス)
- 鉄道輸送(BtoG鉄道、商業鉄道)
- 小型自動車輸送(救急車、タクシー、デマンド、パラトランジット、シャトル)
- 水上輸送(水上バス、フェリー)
- その他(鉄道インフラ、デジタル、コールセンター、航空貨物、陸運、持ち株会社、社会貢献)
といった輸送特性も見た分類になっています。また、収益の過半数が都市交通から来ていることもわかります。高速鉄道など基幹都市間高速鉄道輸送はナショナルフラッグの運行事業者が主力なので、Transdevは長距離バスに棲み分けていることが見えます。
利害関係者
競合はSNCFやDB など元国鉄系やRATPが並び、発注元に都市交通局などが並びます。財務報告による”とスタートアップ企業は、旅客輸送、物流、⾷事の配達、ショッピングなど、事業ポートフォリオを拡大しながら、マルチモーダル/モビリティ/プラットフォームへと転換を図っている。研究開発(R&D)への多額の投資を分担するため、自動運転車事業を⼀部縮⼩しようとしている。” なかなか興味深いです。いずれ日本も・・・・
サービス展開
提供サービスは地域によってかなり変わります。これも戦略性があります。あまねく平等にではなく、ここではニーズがある・稼げるという思考でしょうか。スケールメリットによる効率化だけではなく、地域特性に応じてという事もあるでしょう。欧州では植民地支配から民族学研究が深いので、各国に対処できる強みがあります。(財務報告書2024 より)
アジアについては、2009年に共同事業RATP Dev Transdev Asia (RDTA)を設立し、進出しましたが、2020年10月、RATP DevがRDTAの完全所有権を取得し、Transdevは完全に撤退しました。
プライオリティ
Transdevの経営優先順位が縦軸重要度、横軸影響度 で分類されています。
右上の重要課題が 1)車両のゼロエミッション化、2)公共交通の開発と広報、3)旅客の安全・健康・セキュリティ、4)従業員にとっての魅力と定着、5)労働者賃金と訓練 とあります。環境、売上、安全、社員ということですね。日本では人材不足が大騒ぎになっているので、Transdevは何をしているのでしょう?財務報告書でも「運転手不足は世界的な問題」と受け止めているようです。
施策の柱
労務面については、魅力的になり人材を定着、多様性・公平性・包摂、選ばれる雇⽤主・包括的なリーダーになる、人材を惹きつけ・関与させ・育成する、魅⼒的な労働条件の提供、多様なチームのための強⼒なインクルーシブ(誰もが認められる)⽂化の構築とあります。
人材獲得競争を意識して、他よりも魅力的になって人材に選んでもらおうという意識です。インクルーシブ文化は心理的安全性というワードで日本でも話題になりつつあります。忖度して本音を言えない社内文化を風通しよくしていこうという考えと思えます。
施策とKPI
方針は見えたので、具体的に何をしているのか見ていきましょう。画像では見づらいので表に転記しました。課題として挙げられたのは
- 労働条件
- 採用と定着
- 従業員の健康、安全、セキュリティ
- 多様性、包摂性、機会均等
- 人材とキャリア開発
- 社会的および経済的発展
- 従業員のエンゲージメントと意識向上
でした。4.多様性、包摂性には女性だけでなく貧困・人種・宗教など様々な弱者も安心して働ける配慮が感じられます。
リスク | 施策 | コミットメント | KPI | 目標 |
---|---|---|---|---|
⽋勤、従業員のコミットメントの低さ |
「Drivers@transdev」プログラム |
グループの魅⼒を⾼め、優秀な人材を惹きつける |
⽋勤率 |
前年からの減少 |
離職率 |
||||
スキル計画の不備 |
研修受講率 | 年80%受講 | ||
女性経営幹部 |
2030年34% |
|||
職場での事故 |
健康と安全に関する⽅針 |
ガバナンスとコンプライアンスを強化し、健康と安全を向上させる |
休業傷害発生率 |
前年からの減少 |
休業災害重症率 |
||||
従業員への暴行 |
セキュリティポリシー |
暴行による休業傷害発生率 |
||
暴行による休業損害重症率 |
この表、よく見ると、色々驚かされます。KPIで「暴行による休業損害重症率」の統計が取れるほど発生しているのか!かなり環境が日本と異なります。米国など治安の悪い地域を走るので状況はかなり厳しそうで、あらゆる資源を手当するとされ、大変な仕事だと頭が下がります。日本との違いで「おや?」と思えるのはマネージャーの採用や人事管理への施策があるところです。現場叩き上げの営業所長ではなく、優秀な管理者を採用するという方策です。これとキャリア開発がどのように整合されているのかは興味が沸きます。また、包摂性プログラムとあるのが、施策の柱で触れた風通しの良さにつながるものなのか、気になるところです。
日本とは、かなり異なる状況
気になる結果も財務報告書に掲載されていました。。。。。驚きました。離職率は昨年より悪化して25.9%!年間4人に1人が辞めるのか。4年経ったら総入替に近い。正社員率は96%と高いのですが、日本でのアルバイトに近い定着率のようです。ちょっと想像がつきづらいです。欠勤率は昨年より少し下がって6.6%。15人に1人は出てこないって事ですか!KPIのトップにこれが来るのはそういう事だったのですね。
日本は意識が高く優秀でよく働く従業員のおかげで公共交通が支えられていることがよくわかります。有り難いです。これを当たり前と思ってはいけないのですね。
環境対策こそ利用開発
大方の契約では、利用が増えて運輸収入が増えれば収益も上がるはずなのですが、利用促進が無いな・・・と思ったら、隠れていました。環境対策のところに「モーダルシフト」がありました。優先順位でゼロエミッションが最優先になっている理由がわかりました。環境意識が高まっているからこそモーダルシフトを推進しようという事なのですね。モーダルシフト(自動車からの移転)になるとバスの運行が増えて会社の排出量は増えてしまいますが、社会全体では排出量が減ります。ここをどう計算しているのか?実はよく見えません。誰か教えて・・・
サービスレベルについてはSLAで定義されているので、日本のような貧弱な輸送は無いのかな・・
公共交通機関へのモーダルシフト
財務報告書の記載を転記します。
”公共交通機関は、輸送関連の炭素排出量を削減するための重要なメカニズムとして機能して
いる。乗客を惹きつけ、「車のみ」からの脱却を促すことが重要な課題である。この⽬
的のため、トランスデブはいくつかの取り組みを展開している。
- オンデマンド交通:乗客と地域社会のニーズに合わせた柔軟なソリューション
- バス⾼速輸送(BRT)または⾼速バスサービス
- 乗客と地域社会のニーズに合わせた柔軟なソリューション
- ⾼品質で魅⼒的なバスサービス
- MobiDesign は、各地域社会と住⺠のニーズを満たすマルチモーダル・インターモーダルなモビリティの提供
- 自転車や スクーターなどに重点を置いたサービス
フランスでは、モーダルシフト促進のターゲットを絞ったマ ーケティングが展開されている。この計画は、段階的に心理に働きかける、フランス生態移行機構(ADEME)の「習慣を変えよう」 アプローチに着想を得ている。”
自動車利用からの行動変容は最も敷居が高いのですが、どの程度成功しているのか、その仕掛けは興味があります。
付加価値を創る
以上、労務面やモーダルシフト施策と実態を見てきました。日本との違いが大きくて正直驚きました。Transdevはこのような困難に立ち向かいつつ、社会に向けて活動を進めています。日本では「費用」と片付ける出費もパートナーや地域の貢献として扱っています。こうした捉え方、訴え方は参考になります。
「環境が違う」「ここが劣っている」と拒否するとスタディができません。日本よりもかなり厳しい状況の中で、激しいM&Aとリストラを繰り返し、自治体や公共交通機関と契約し、連結544社に巨大化し収益も出るようになったTransdev。激しく人が入れ替わる職場で、自治体等と契約するSLA(サービス品質契約)をどうやって担保しているのでしょう?どんなマネジメントをしているのでしょう?興味は尽きません。
財務報告書には、人事施策も少し詳しく記載がありました。もしご興味あればご覧になってはいかがでしょうか?
「こうなってはいけない」という反面教師もあるし「この考え方はありだ」という学びもありました。また、これだけ手広くやって1日あたり旅客1,280万人というのは、日本と比べるとかなり薄く広いことも感じ取れます。例えば、新宿駅の利用者は1日約300万人で1駅でTransdev全世界の1/4近くを担っていることになります。労働者の面でも利用の面でも日本はかなり恵まれていることもわかりました。
「同じだな」と安心せず、「違うから役立たない」と無視をせず、彼我の違いを知って「どこが違う?」「どうしてこうなっている?」と考えることから、気づきが多々ありました。学ばせていただきありがとうございました。