コンテスタビリティ理論と米国物流市場の再編:独占を抑止する市場設計

1980年のスタッガーズ法(鉄道)およびモーターキャリア法(トラック)の改正において、理論的支柱となったのがコンテスタビリティ理論(Contestability Theory / 競合可能性理論)です。ウィリアム・ボーモルらによって提唱されたこの理論は、従来の規制か、独占禁止法かという二者択一に終止符を打ち、現代的な物流市場設計の基礎を築きました。

1. コンテスタビリティ理論

従来の経済学では、企業数が少ない=独占的=非効率と考えられてきました。しかし、コンテスタビリティ理論は、実際に競合他社がいなくても、参入が容易であれば、独占企業は競争下にあるかのように振る舞わざるを得ないと主張します。

理論の3要件

  • 自由な参入(Free Entry): 新規参入者が既存業者と同じコスト構造で参入できる。
  • 埋没費用の欠如(No Sunk Costs): 撤退時に回収できない費用(設備投資など)がゼロ、あるいは極めて低い。
  • ヒット・アンド・ラン(Hit-and-Run)の可能性: 既存業者が価格を上げる隙に参入し、利益を得て、価格競争が始まる前に損失なく撤退できる。

2. 物流市場における狙いと市場設計

米国政府は、この理論に基づき、鉄道とトラックという異なる特性を持つモードに対して、それぞれ異なるアプローチで競合可能性を実装しました

モーターキャリア法(トラック):参入障壁の完全撤廃

トラック輸送は、車両(動産)が資産の大部分を占めるため、撤退時の転売が容易で埋没費用が低い業界です。

  • 市場設計: 路線権や輸送品目の制限を撤廃し、免許制から登録制に近い形へ移行。
  • 狙い: いつでも誰でも参入できる状態を作ることで、既存の大手業者が不当に高い運賃を維持することを物理的に不可能にしました。

スタッガーズ法(鉄道):モード間競争と価格自由化

鉄道は線路などの埋没費用が極めて高く、理論上は完全なコンテスタビリティは成立しません。しかし、米国はこれをモード間競争によって解決しました。

  • 市場設計: 鉄道同士の競争だけでなく、長距離トラックとの競争を市場全体として設計。また、特定の荷主に依存しない機密契約(Confidential Contracts)を許可。
  • 狙い: 鉄道が価格を上げれば荷主はトラックへ逃げる(コンテスタブルな状態)。この圧力を利用して、政府が価格を決めるのではなく市場の代替性に価格決定を委ねました。

3. 不当な低価格競争(略奪的価格設定)の防止メカニズム

コンテスタビリティ理論が適用された市場では、安売り合戦による共倒れが懸念されます。しかし、理論上および実務上、以下のメカニズムによって防止されています。

略奪的価格設定(Predatory Pricing)の禁止

既存の大手が新規参入者を潰すために、あえて赤字覚悟の低価格を設定する略奪的価格設定は、独占禁止法(シャーマン法等)によって厳格に禁じられています。

  • 理論的防御: コンテスタブルな市場では、一度競合を追い出しても、再び価格を上げれば即座に別のヒット・アンド・ランの参入を招くため、略奪的価格設定を行う経済的合理性が失われます。

 平均費用(AC)を下回る価格の抑止

コンテスタビリティ理論では、均衡価格は平均費用に収束します。

  • 市場の規律: 効率的な企業が達成できる最低限のコスト(平均費用)を下回る価格設定は、持続不可能な不当廉売とみなされ、市場からの退出を促すのではなく、むしろ設定した企業自体の体力を削るため、合理的な経営者は選択しません。

サービス品質と情報の対称性

価格だけで決まらないサービス品質の標準化が、不当な低価格競争のブレーキとなります。

  • 安全コストの固定化: 安全規制(FMCSA等)やELDによる労働管理を全社に義務付けることで、安全を犠牲にした不当な低価格の余地を物理的に潰しています。

4. 構造によるガバナンスへの転換

この理論を導入した最大の狙いは、規制のあり方を行為の規制(Conduct)から構造の設計(Structure)へ転換することにありました。

  • 行為の規制(旧体制): 政府が一つ一つの運賃を認可し、企業がどう振る舞うかを監視する。これは行政コストが高く、非効率。
  • 構造の設計(新体制): 参入・撤退が自由な構造さえ維持すれば、政府は何もしなくても市場が自律的に適正化される。

5. なぜ日本は適正化に失敗したのか(理論的視点)

日本の1990年物流二法も自由化を目指しましたが、コンテスタビリティ理論の不完全な適用が現在の問題を引き起こしました。

  • 埋没費用の非対称性: 日本では多層下請け構造により、実運送を担う中小零細が車両ローンという重い埋没費用を抱えています。一方で、3PL(利用運送)はアセットを持たず、ヒット・アンド・ランが容易すぎるため、実運送側が常に不利な立場に置かれました。
  • 退出の困難さ: 米国では非効率な企業が次々と倒産・買収されることで市場が集約されましたが、日本ではセーフティネットや商慣行により、非効率な業者が低運賃で市場に残り続け、市場全体の適正化を阻害しました。

6. 結論

スタッガーズ法とモーターキャリア法における市場設計の本質は、潜在的な参入者の影を既存業者の背後に常に立たせたことにあります。この設計により、米国物流は政府による保護から市場による規律へと移行し、爆発的な生産性向上と、IT投資を可能にする適正な利益水準の確保に成功しました。現代の物流DXを議論する上でも、この構造による規律という視点は欠かせません。

スタッガー法以降、生産性が上がり運賃が下がった米国の鉄道

なぜこれほどの改善が実現したのか?(資料:AAR)

 

大規模投資で整備される欧州の内陸コンテナターミナル

利害対立がある中、官民連携した投資で物流の改革が進むのか?(内陸水運、シベリア鉄道、中央班列、ロッテルダム港からの貨物列車が結節するデュイスブルクのロジスティックパーク)

欧米では、従来の規制政策に代わり、コンテスタビリティ理論に基づく規制撤廃が行われた

30年前は日本も欧米も、規制で市場独占の弊害を押さえ込む政策だった。しかしこれが破綻した。その時、採用されたのがコンテスタビリティ理論。参入撤退を自由化すれば、独占企業が値段を引き上げようとした途端に競合が参入するので、防止される。一方、日本は国鉄を分割民営化して、民営化が効率の源泉だとし規制はほぼ残された。

政府のインフラ投資とサンクコスト

日本では鉄道インフラ投資が民間に委ねられたが、これは市場の失敗で縮小していった。また、鉄道と道路のように異なるモード間での競争となり、規制も有効に働かなかった。欧米のコンテスタビリティ政策では、物流参入撤退の最大の障壁はサンクコスト(設備投資)のため、政府がこれを行い市場を定義することで市場への競争が起き効率を上げながら発展していった。

米国最大のシカゴ センターポイントコンテナターミナル

100億ドルもの投資で建設された。

ロサンゼルス港/ロングビーチ港

全米最大のコンテナ港であるロサンゼルス港/ロングビーチ港は競争関係にある。14以上のターミナルでコンテナ船から貨車に積まれたコンテナは連邦政府とポートオーソリティが出資した貨物鉄道新線「アラメダコリドー」を通り、中心街にある貨物ターミナルで国内貨物コンテナを積み込み全米各地に運行される。

交通理論体系整理の試み