活動のバーンアウトを防ぐ。なぜ、地域の足を想う優しい人ほど活動に疲弊してしまうのか。その原因は、意志・能力・義務が未整理のまま放置されていることにあります。ドラッカーは「問題ではなく機会に焦点を合わせよ」と説きました。社会の弱点を見つけ、自分たちの独自の強みでそれを埋める。この一貫したロジックが、組織に永続的な命を吹き込みます。LRTやバス再編を単なる夢で終わらせない、地に足のついた「志のマネジメント」を学びましょう。
目次
第1回:なぜ私たちの活動は疲弊するのか?― 3つの円の混同という病
日頃、全国各地で交通まちづくりに邁進する市民団体の方々と対話をする中で、ある共通の現象に突き当たります。それは、活動が軌道に乗れば乗るほど、メンバーの表情に疲れが見え、組織の足取りが重くなるという矛盾です。
地域の足を確保したいという善意から始まったはずの活動が、なぜこれほどまでに人々を追い詰めてしまうのでしょうか。その背景には、私たちが無意識に陥ってしまう3つの円、すなわち、したいこと(Will)、できること(Can)、すべきこと(Must)の混同があります。
今回は、経営学の大家ピーター・ドラッカーの視点を借りながら、この混同がもたらす罠を解き明かしていきます。
交通まちづくりを襲うスパゲッティ状態の正体
市民活動の現場では、しばしば次のような会話が繰り広げられます。
- この路線は高齢者が多いから、バスを増発すべきだ(Must)
- 私たちは街を元気にしたいんだ(Will)
- だったら、LRT(次世代型路面電車システム:低床でバリアフリー性に優れた電車)の導入を検討できないか(Will/Can?)
ここで起きているのは、論理のすり替えです。地域のニーズという外側からの要請(Must)に応えようとするあまり、それがいつの間にか自分たちの心からの願い(Will)に書き換えられ、さらに、自分たちの実行能力(Can)を無視した巨大な計画へと膨れ上がってしまうのです。
これは戦略のスパゲッティ状態と呼ばれています。何が義務で、何が希望で、何が実力なのか。これらが絡まり合うと、組織のエネルギーは漏れ出し、成果へと結びつかなくなります。
すべきことをしたいことと勘違いする自己犠牲の罠
交通まちづくりにおいて、最も多いのがすべきこと(Must)への過剰適応です。
例えば、バスの増発による街の活性化というテーマ。地域住民の利便性を考えれば、運行回数を増やすのは理にかなったすべきこと(Must)に見えます。しかし、これを自分たちが心からやりたいこと(Will)だと偽ってしまうと、徐々に無理が生じます。
ドラッカーは、非営利組織にとっての最大の報酬は自らの使命に貢献しているという実感であると述べています(Drucker, 1990)。もし、増発に向けた行政との交渉や資金繰りが、単なる義務感だけで行われているならば、それは情熱の枯渇を招きます。市民活動は、行政の補完機能(足りない部分を埋める役割)としてのみ存在するわけではありません。内発的な動機付けを欠いた活動は、やがて燃え尽き症候群を誘発します。
したいことをできることと言い張る理想の暴走
一方で、LRTの導入といった壮大なビジョンを掲げる際に起こるのが、WillとCanの混同です。
LRTは街の景色を一変させる魅力的なしたいこと(Will)です。しかし、数キロメートルに及ぶ軌道の敷設や数十億円単位の予算措置は、市民団体のできること(Can)を大きく逸脱しています。
もちろん、壮大な夢を持つことは大切です。しかし、ドラッカーは強みの上に築け(Build on strengths)と繰り返し説きました(Drucker, 1966)。自分たちの現在の能力、つまり、地域住民との合意形成のノウハウや、交通データの収集力といった強みを客観的に見極めないまま、巨大な計画にのみ目を向けることは、活動を浮足立たせ、結果として地域からの信頼を損なうリスクを孕みます。
日本の政策における配慮と市民活動の距離感
現在、日本の交通政策においては、地域公共交通の活性化及び再生に関する法律などを通じて、地域公共交通計画の策定が全国で進められています。ここでは、行政、交通事業者、そして住民が対話することが推奨されています。
日本の施策担当者も、単に効率性だけを追求するのではなく、交通弱者の移動権確保や地域の持続可能性に対して、きめ細かな配慮を試みています。しかし、制度というものは性質上、最大公約数的なすべきこと(Must)を定義する場になりがちです。
市民活動側が、この制度上のすべきことをそのまま自分たちの全存在意義として受け入れてしまうと、活動の柔軟性は失われます。自分たちのCan(実力)とWill(情熱)を冷静に保ちつつ、政策のMustとどう接点を持つかを戦略的に考える必要があります。
ドラッカーが教える成果への第一歩
ドラッカーは、成果をあげるためには、まず自らの時間を何に奪われているかを知ることから始めよと説きました。交通まちづくりの現場に置き換えれば、それは自分たちの活動のどの部分が、義務感(Must)で、どの部分が実力(Can)で、どの部分が情熱(Will)なのかを仕分ける作業に他なりません。
参照元・出典、主要な文献
本稿を執筆するにあたり、以下の文献を理論的支柱としています。
- Drucker, P. F. (1990). Managing the Non-Profit Organization: Practices and Principles. HarperCollins. (邦訳:ピーター・ドラッカー著、上田惇生訳『非営利組織の経営』ダイヤモンド社)
非営利組織におけるミッションと成果のあり方を説いた、活動家必読の書です。 - Drucker, P. F. (1966). The Effective Executive. HarperCollins. (邦訳:ピーター・ドラッカー著、上田惇生訳『経営者の条件』ダイヤモンド社)
強みをどう活かすかという、知的労働者のための基礎理論が示されています。 - 国土交通省 (2020). 『地域公共交通計画策定・実施マニュアル』. 日本の交通政策の現在地と、住民参加の枠組みを理解するための一次資料です
- Wholey, J. S. (1979). Evaluation: Promise and Performance. Urban Institute Press. ロジックモデルの概念を世に広め、成果の因果関係を整理する重要性を説いています。
第2回:【Will:したいこと】志(こころざし)は自分たちの内側にしかない
今回は、すべての活動の源泉であるWill(したいこと)に焦点を当てます。
交通まちづくりにおいて、このWillを明確に保つことは容易ではありません。なぜなら、交通という分野は、常に誰かの困りごとや社会的な要請(Must)に晒されているからです。しかし、ドラッカーは、組織が卓越した成果をあげるためには、まず自らが何者であり、何を達成しようとしているのかというミッションを確立せねばならないと強調しています。
不便の解消という義務の向こう側にあるもの
私たちは往々にして、バスの便数が少なくて不便だ(Must)という声を聞くと、その不便を解消することそのものが自分たちのしたいこと(Will)であると錯覚します。しかし、社会学的な視点で見れば、不便の解消はあくまでマイナスをゼロに戻す作業に過ぎません。
例えば、バスの増発による街の活性化に取り組む際、真のWillはバスの本数を増やすことそのものではないはずです。その先にある高齢者が自由に街へ出て、知人と茶を飲み、孤独を癒やす風景や若者が車を持たずとも、この街で自分らしく暮らせる未来こそが、メンバーの心を突き動かすWillの正体です。
ドラッカーは、非営利組織にとってのミッションとは人間や社会を変えることであると述べています(Drucker, 1990)。バスを何往復させるかという数値目標(目標)と、どのような社会を作りたいかという動機(目的)を混同してはいけません。Willとは、組織の外側に起きる人々の変化に対する、私たちの内なる情熱の投影なのです。
LRT導入という夢をミッションに昇華させる
LRT(次世代型路面電車システム)の導入を目指すような大規模な活動においても、Willの純度は試されます。LRTという最新の車両を街に走らせることは、確かに魅力的で、人々の注目を集めるやりたいこと(Will)でしょう。
しかし、それを単なる憧れや趣味に留めず、社会的なミッションへと昇華させるには、ドラッカーの言う献身(Commitment)が必要です。LRTという手段を通じて、街の空間構造をどう変え、人々の歩行機会をどう創出するのか。このなぜ、それをするのか(Purpose)という問いに対し、メンバー全員が腹落ちしている状態こそが、強固なWillを形成します。
私たちは新しい電車が走るのを見たいという個人的なWillが、私たちは、誰もが街を誇りに思い、歩いて暮らせる文化を創りたいという組織的なミッションへと変換されたとき、活動は一過性のイベントから、社会を変革する事業へと変貌を遂げます。
日本の政策環境におけるWillの保持
現在、日本の地域交通政策では地域公共交通の再構築が喫緊の課題となっています。多くの自治体が、維持困難な路線の存廃をめぐり、苦渋の判断を迫られています。こうした厳しい政策環境下では、市民団体に対してもいかに効率的に、低コストで足を維持するかという極めて実務的なMustが突きつけられます。
日本の政策担当者も、地域の実情に配慮しつつ、補助金制度の柔軟化やDX(デジタル技術を活用した変革)の推進など、弱点を克服するための支援を講じています。しかし、制度はあくまで基盤を整えるものであり、そこに魂を吹き込むのは市民の側です。
政策という大きな流れ(Must)に飲み込まれ、自分たちのしたいこと(Will)が予算内に収めることに変質してしまったとき、その活動は輝きを失います。厳しい現状(Must)を直視しつつも、それとは独立した自分たちの見たい景色(Will)を掲げ続ける。この二段構えの姿勢が求められます。
内なる声を組織の羅針盤にする
ドラッカーはミッションは、組織を一つの方向へ向かわせるためにあると説きました(Drucker, 1990)。交通まちづくりにおいて、メンバーの意見が対立したとき、立ち返るべきは常に私たちは何のためにこれを始めたのかというWillの原点です。
すべきことの荒波の中で、Willは往々にしてかき消されます。しかし、Willこそが活動の燃焼効率を決める燃料です。自分たちのWillが、単なるやりたいという我が儘を超えて、社会をより良くするための志へと磨き上げられているか。この問いを、定期的にメンバー間で突き合わせる時間を設けることが重要です。
参照元・出典、主要な文献
- Drucker, P. F. (1990). Managing the Non-Profit Organization: Practices and Principles. HarperCollins. (邦訳:ピーター・ドラッカー著、上田惇生訳『非営利組織の経営』ダイヤモンド社)
非営利組織にとってのミッションがいかに組織の存立基盤であるかを論じています。 - Drucker, P. F. (1954). The Practice of Management. Harper & Row. (邦訳:ピーター・ドラッカー著、上田惇生訳『現代の経営』ダイヤモンド社)
事業の定義と目的を定めることの重要性についての古典的著作です。 - 国土交通省 (2023). 『地域公共交通再構築への取組ガイドライン』. 日本の交通政策が直面する再構築の課題と、そこに住民がどう関わるべきかの指針を示しています。
Weiss, C. H. (1995). Nothing as Practical as Good Theory. なぜ活動にはしっかりとした理論(Willから続く因果関係)が必要かを論じた評価学の論考です。
第3回:【Must:すべきこと】ドラッカーの機会を鋭く見抜く
今回は、一見すると負担や義務のように感じられるMust(すべきこと)に光を当てます
交通まちづくりの現場では、住民からの苦情や行政からの要請など、外部からのMustに押しつぶされそうになる場面が多々あります。しかし、ドラッカーは問題ではなく、機会(Opportunity)に焦点を合わせよと喝破しました(Drucker, 1966)。社会からの要請を単なる義務としてではなく、自分たちの強みを活かすための絶好の出番として捉え直す視点について、社会学的な視座から考察します。
義務を出番へと読み替えるレトリック
市民活動においてMust(すべきこと)は、しばしばやらされ仕事の同義語として語られます。自治体から言われたから地域の不満を解消しなければならないからといった消極的な動機です。しかし、これでは組織のエネルギーは摩耗する一方です。
ここで、ドラッカーの社会的なイノベーション(新しい価値の創造)という考え方を導入してみましょう。ドラッカーによれば、社会のニーズとは、組織が成果をあげるための機会そのものです(Drucker, 1974)。
例えば、バスの増発による街の活性化という課題。これを本数を増やせという圧力が強いから増やすと考えるのは義務の論理です。一方で、現在の運行体系では拾いきれていない、夕刻に買い物に出かけたい高齢者の潜在的な移動ニーズがある。ここに応えることは、商店街の売上向上と住民の健康増進を同時に達成するチャンスだと考えるのが機会の論理です。
Mustを解決すべき課題ではなく活用すべき機会として読み替える。この視点の転換こそが、疲弊しない組織を作る鍵となります。
LRT導入における制度の壁を機会に変える
LRT(次世代型路面電車システム)の導入検討においても、多くのMustが立ちはだかります。膨大な建設費、警察との道路使用に関する協議、周辺住民の渋滞への懸念。これらはすべて、活動を阻害するMustに見えます。
しかし、ドラッカーは予期せぬ成功や失敗、あるいは制度の矛盾こそがイノベーションの7つの源泉であると述べました(Drucker, 1985)。
例えば、道路行政において公共交通の優先が叫ばれながらも、実際の運用では自家用車優先が続いているという矛盾(Must)があるとします。これは市民活動にとっての機会です。制度の弱点や現場の歪みを具体的に指摘し、LRT導入によってその矛盾を解消する解決策を提示できれば、それは単なる要望ではなく、社会をアップデートするための提案となります。Mustを逆手に取り、自分たちの主張の正当性を強化する材料にするのです。
日本の交通政策における弱点への配慮と市民の役割
日本の交通政策に目を向けると、地域公共交通活性化再生法などの改正により、行政が主導して地域公共交通の再構築に取り組むことがMust(義務的要請)となっています。日本の政策担当者も、人口減少下の厳しい現状を直視し、DX(デジタルトランスフォーメーション)による効率化や、予算の重点配分など、地方の弱点に対して相応の配慮を行っています。
しかし、公的な計画(Must)は、どうしても標準的・平均的なサービスに落ち着かざるを得ない側面があります。ここに市民団体の真の出番があります。行政が制度上、手を出せない細やかなニーズや、実験的な試み。これこそが、公的計画の弱点を補完する市民活動にとっての機会です。
政策という大きなMustを批判するのではなく、そのMustがカバーしきれていない空白地帯を見つけ出し、そこを自分たちの独壇場にすること。これがドラッカー流のスマートな生存戦略です。
機会を逃さないためのアンテナ
ドラッカーは機会に資源を集中せよと説きました(Drucker, 1966)。交通まちづくり団体が、押し寄せるMustの中から本当の機会を見極めるためには、常に外の世界(受益者である住民や社会の動向)を観察し続ける必要があります。
すべきことのリストの中に、私たちのしたいこと(Will)と結びつく芽はないか。私たちのできること(Can)で、誰も解決できていない社会的矛盾を打破できないか。
Mustは、私たちが社会と繋がるための接点です。それを負担と感じるか、それとも自分たちの価値を証明するための舞台と感じるか。その心の持ちようこそが、ドラッカーが非営利組織のリーダーに求めた資質なのです。
参照元・出典、主要な文献
- Drucker, P. F. (1966). The Effective Executive. HarperCollins. (邦訳:ピーター・ドラッカー著、上田惇生訳『経営者の条件』ダイヤモンド社)
成果をあげるために、いかに機会に集中すべきかを説いた名著です。 - Drucker, P. F. (1974). Management: Tasks, Responsibilities, Practices. Harper & Row. (邦訳:ピーター・ドラッカー著、上田惇生訳『マネジメント』ダイヤモンド社)
組織の社会的責任と機会の活用について網羅的に論じています。 - Drucker, P. F. (1985). Innovation and Entrepreneurship. Harper & Row. (邦訳:ピーター・ドラッカー著、上田惇生訳『イノベーションと企業家精神』ダイヤモンド社)
社会の変化を機会として捉えるための具体的な視点を提供しています。 - 国土交通省 (2024). 『地域公共交通の再構築に向けた進め方について』. 日本の交通政策における公的要請(Must)の最新動向を把握するための資料です。
第4回:【Can:できること】ドラッカーの叫び強みの上に築け!
これまでWill(したいこと)とMust(すべきこと)について、その定義と戦略的な捉え直しを検討してきました。第4回となる今回は、活動を現実のものとするためのエンジン、すなわちCan(できること)に焦点を当てます。
交通まちづくりの現場では、往々にして人手が足りない専門知識がない予算がないといったできないこと(弱み)への嘆きが渦巻いています。しかし、ドラッカーはこれに対し、峻烈な言葉を投げかけます。強みこそが、唯一の自己実現の手段である弱みの克服にエネルギーを割いてはならない(Drucker, 1966)。この強みの上に築くという思想が、市民活動にどのような劇的な転換をもたらすのか、考察していきましょう。
できないことの羅列から卓越性の発見へ
市民団体の多くは、理想(Will)や要請(Must)に対して自分たちの実力(Can)が不足していると感じると、まず弱みの穴埋めをしようとします。しかし、ドラッカーによれば、弱みを中程度のレベルに引き上げる努力は、強みを卓越したレベルに磨き上げる努力よりも、はるかに非効率的です。
例えば、バスの増発による街の活性化に取り組む際、運行ダイヤの作成という専門技術がメンバーにない(弱み)とします。ここで素人が必死にダイヤ作成を学ぶのは、ドラッカー流ではありません。
代わりに、自分たちの強みは何かを問い直します。私たちは地域の全世帯を訪問して、一人ひとりの外出時間を把握している(調査力)私たちは地元の商店主たちと、バス利用者向けの割引クーポンを即座に合意できる(調整力)といった、既存の強みに目を向けるのです。ダイヤ作成自体は外部の専門家や事業者に委託すれば良いのです。自分たちの強みが活きる土俵を明確にすること、それがCanの本質です。
LRT導入の鍵は技術ではなく対話の強みにある
LRT(次世代型路面電車システム)の導入という、極めて技術的・専門性の高い課題においても同様です。市民団体が車両の工学的な仕組みや架線の設計に精通する必要はありません。
ドラッカーが非営利組織に求めたのは強みを成果に結びつけるマネジメントです(Drucker, 1990)。例えば、LRT導入によって影響を受ける沿線住民一人ひとりの生活の不安を聴き取り、彼らが納得できる代替案を共に考える対話の強みは、行政やコンサルタントには代替できない市民団体のCanです。
この独自の強みを、LRTという巨大なMust(すべきこと)にぶつけることで、活動は初めて代替不可能な価値を持ちます。自分たちのCanが単なるスキルの多寡ではなく、社会的な卓越性にまで高められているか。これがドラッカーの言う自らをマネジメントするということです。
日本の交通政策における市民のCanの再定義
現在、日本の地域交通政策では共創(Co-creation)というキーワードが重視されています。これは、行政や事業者だけでなく、地域住民も主体的に関わることを求めるものです。日本の施策担当者も、市民の専門性の不足を補うために、アドバイザーの派遣制度や先進事例の共有など、きめ細かな支援を行っています。
こうした政策的な配慮(弱みへの手当)を賢く利用しつつ、市民側は自分たちにしかできない現場での機動力というCanに特化すべきです。日本の政策は、手続きの公正さ(Must)を重んじるがゆえに、柔軟な実験やスピード感のある試行が苦手な傾向にあります。ここを市民団体の強みで補完する。政策の弱点と市民の強みが噛み合ったとき、地域の足は劇的に改善されます。
強みを引き出すフィードバックの習慣
ドラッカーは、自分の強みを知る唯一の方法としてフィードバック分析を提唱しました(Drucker, 1999)。何か行動を起こす際、期待する成果をあらかじめ書き留めておき、数ヶ月後に実際の結果と照らし合わせる手法です。
バス増発の要望書を出せば、住民の関心が高まるはずだと期待し、実際にどうなったか。もし期待以上の反応があれば、それは言葉の動員力という強みかもしれません。反応が鈍ければ、手法を変えるべきサインです。
Canとは、固定された能力ではありません。活動を通じて発見され、磨き上げられる動的なものです。ドラッカーの叫びは、私たちにこう問いかけています。あなたは、自分たちの持っている最高の力を、本当に重要なことに注いでいるか?。
参照元・出典、主要な文献
- Drucker, P. F. (1966). The Effective Executive. HarperCollins. (邦訳:ピーター・ドラッカー著、上田惇生訳『経営者の条件』ダイヤモンド社)
成果をあげるために強みを活用する知的能力について説いています。 - Drucker, P. F. (1990). Managing the Non-Profit Organization: Practices and Principles. HarperCollins. (邦訳:ピーター・ドラッカー著、上田惇生訳『非営利組織の経営』ダイヤモンド社)
非営利組織におけるボランティアやスタッフの強みをどう引き出すかに焦点を当てています。 - Drucker, P. F. (1999). Management Challenges for the 21st Century. Harper Business. (邦訳:ピーター・ドラッカー著、上田惇生訳『明日を支配するもの』ダイヤモンド社)
フィードバック分析を通じた自己管理の方法が詳述されています。 - 国土交通省 (2021). 『地域公共交通の活性化・再生に向けた多様な主体の連携に関する手引き』. 市民(多様な主体)がどのようなCanを持ち寄り、連携すべきかの指針を示した資料です。
第5回:【実践】3つの円を戦略的に重ね合わせる技術
これまで、したいこと(Will)、すべきこと(Must)、できること(Can)の三要素を個別に解剖してきました。しかし、現実の活動においてこれらは静止した状態で存在するわけではありません。第5回となる今回は、これらを戦略的に重ね合わせ、組織を最も成果の上がる黄金の領域へと導く技術を考察します。
ドラッカーは戦略とは、何をしないかを決めることであるとし、限られた資源を最大の機会に集中させることを求めました(Drucker, 1966)。個別の要素がバラバラに存在している状態から、いかにしてそれらを統合し、地域交通を動かす力に変えていくのか。その具体的な手順を紐解きます。
黄金の領域を創り出す3つのアプローチ
Will・Can・Mustの3つの円が重なり合う中心部こそが、組織が最も持続可能で、かつ社会的なインパクトを生み出せる領域です。しかし、最初からこの重なりが大きいことは稀です。私たちは、戦略的に円を動かし、重ねていく必要があります。
- WillをMustへ寄せる(ミッションの社会化):
単なるバスが好きだから走らせたい(Will)という個人的な想いを、地域の高齢者の健康維持のために、バスという手段が不可欠である(Must)という社会的文脈へ翻訳します。 - CanをStrengthへと磨き上げる(卓越性の追求):
前回の記事で触れた通り、単にできること(Can)を羅列するのではなく、ドラッカーの説く強みへと昇華させます。例えばバスの増発による街の活性化を目指すなら、地域の購買データを分析するスキル(Can)を、商店街の売上予測という独自の強みにまで特化させるのです。 - MustをOpportunityとして再定義する(機会の活用):
行政からの要請や法規制(Must)を、自分たちの出番として捉え直します。
実践例:LRT導入に向けた戦略的統合
LRT(次世代型路面電車システム)の導入という野心的なプロジェクトを例に考えましょう。当初、メンバーの情熱(Will)と社会的な障壁(Must)は大きく乖離しているかもしれません。
ここで、市民団体が取るべき戦略は強みの集中です。建設の是非という大きなMustに真正面からぶつかるのではなく、自分たちのCan(例:地域住民一人ひとりの生活動線の把握)を、LRT導入時の停留所配置の最適化案という独自の強みに変え、行政の計画に不可欠なピースとして提供します。
このように、Will(理想)をCan(強み)によってMust(社会の空白)に適合させていくプロセスこそが、ドラッカーの言うマネジメントの役割です。3つの円が重なったとき、活動は一部の人の熱狂から地域の必然へと変わります。
日本の政策環境における重なりの作り方
日本の交通政策において、近年強調されている地域公共交通利便増進事業などは、まさに市民や事業者が自ら提案し、行政がそれを支援する枠組みです。ここには、市民側のCan(提案力)を政策のMust(利便性向上)に合致させるための大きなチャンスがあります。
日本の政策担当者も、現場の合意形成の難しさ(Mustの重圧)を十分に理解しており、合意形成のためのコンサルティング経費の補助など、市民側の弱点を補う配慮を行っています。しかし、その補助金(Canの補強)を得るためには、自分たちのWill(何をしたいか)が明確でなければなりません。
やりたいこと(Will)ができること(Can)に裏打ちされ、かつ政策的な要請(Must)に応えている。この整合性が取れたとき、日本の行政は最も強力なパートナーとなります。批判ではなく整合性の提案こそが、日本の政策環境における賢い戦略です。
ドラッカーが教える集中の規律
ドラッカーは成果をあげる者は、一度に一つのことしかしない。重要なことから順に行うと断言しました(Drucker, 1966)。3つの円が重ならない領域にある活動、例えばやりたいけれど実力もなく、社会的な必要性も低い活動は、どんなに愛着があっても切り捨てなければなりません。
円を重ねる作業とは、同時に、重ならない部分を捨てる作業でもあります。自分たちのエネルギーを分散させず、黄金の領域に全力を注ぐこと。この規律こそが、交通まちづくりを単なるボランティアに終わらせないための、プロフェッショナルの条件です。
参照元・出典、主要な文献
- Drucker, P. F. (1966). The Effective Executive. HarperCollins. (邦訳:ピーター・ドラッカー著、上田惇生訳『経営者の条件』ダイヤモンド社)
優先順位の決定と集中の重要性について論じた、戦略論の基本書です。 - Drucker, P. F. (1990). Managing the Non-Profit Organization: Practices and Principles. HarperCollins. (邦訳:ピーター・ドラッカー著、上田惇生訳『非営利組織の経営』ダイヤモンド社)
非営利組織がどのようにリソースを配分すべきかについての具体的指針が示されています。 - 国土交通省 (2020). 『地域公共交通活性化再生法に基づく計画策定・実施マニュアル』. 政策のMustと民間のWillをどう合致させるかの実務的枠組みを解説しています。
- Porter, M. E. (1996). What is Strategy?. Harvard Business Review. 戦略とはトレードオフ(何をやらないか)を伴うものであるという、ドラッカーと通底する視点を提供しています。
第6回:【決断】計画的廃棄が、あなたの活動に命を吹き込む
全6回にわたる本シリーズも、今回がいよいよ最終回です。これまでに、したいこと(Will)、すべきこと(Must)、できること(Can)を整理し、それらを戦略的に統合する手法を検討してきました。しかし、新しい活動を積み上げるだけでは、組織はやがて重量オーバーで動けなくなります。
最後に私たちが向き合うべきは、ドラッカーが最も重視し、かつ最も実行が困難であると説いた概念、計画的廃棄(Systematic Abandonment)です(Drucker, 1990)。活動に新しい命を吹き込むために、あえてやめることの重要性について、本シリーズの締めくくりとして考察します。
なぜやめることが戦略の核心なのか
交通まちづくりの現場では、一度始めた活動を打ち切ることは非常に困難です。これまでお世話になった人がいる一度始めたバス路線を廃止するのは申し訳ないといった、過去への義理やサンクコスト(すでに支払われ、回収不能な費用)が、私たちの足を引っ張ります。
しかし、ドラッカーの指摘は明快です。組織の資源、特に有能な人材の時間は無限ではありません。成果の上がらなくなった古い活動に資源を投じ続けることは、未来の成果を生むべき新しい活動から資源を奪う罪悪であるとさえ述べています(Drucker, 1966)。
例えば、バスの増発による街の活性化に取り組む中で、特定の時間帯の利用者が極端に少ないにもかかわらず、周知が足りないだけだと根拠のない期待で運行を続けてはいないでしょうか。もしその活動が、今のWill(情熱)にもMust(社会の空白)にも合致していないのなら、それは廃棄の対象です。廃棄によって空いたスペースにこそ、新しいLRT導入に向けた調査や、デマンド型交通(予約制の柔軟な運行形態)への転換といった、次の機会を呼び込むことができるのです。
成果を定義し、過去を清算する勇気
ドラッカーは非営利組織は、成果が上がっていないことを認めるのが極めて苦手であると警告しました(Drucker, 1990)。成果とは、組織の内部にあるものではなく、受益者である住民の生活に起きた良い変化のことです。
もし、私たちの活動が当初期待したアウトカム(成果)を生んでいないのであれば、それは失敗ではなく、その手法が現在の社会(Must)や自分たちの実力(Can)に適合しなくなったという事実に過ぎません。ドラッカー流のマネジメントとは、この事実を冷徹に見極め、明日には成果を生まないものから、明日成果を生むものへと資源を移動させる決断を指します。
交通まちづくりにおいて、路線の再編や活動の見直しは後退ではありません。それは、限られた地域資源を最大限に活かすための前向きな選択なのです。
日本の交通政策における廃棄と再構築
日本の交通政策においても、現在は地域公共交通の再構築という言葉がキーワードとなっています。これは、既存の維持困難なシステムを維持することに固執せず、持続可能な形に作り変えることを意味します。日本の施策担当者も、路線の廃止や再編に伴う住民の反発や痛みに配慮し、円滑な合意形成のための支援や、代替交通への移行コストに対する助成を行っています。
行政が再構築を呼びかけている今こそ、市民活動側も自らの活動を計画的廃棄の視点で見直す好機です。過去の慣習に縛られたMust(すべきこと)を廃棄し、現代の技術(DXなど)を取り入れた新しいCan(できること)で、本来のWill(実現したい未来)に向き合い直す。政策の大きな転換期を、自らの組織をスリム化し、より強力にするためのチャンスとして活用すべきです。
終わりに:ロジックモデルは志を映す鏡
本シリーズを通じて、Will・Can・Mustの三要素を峻別し、統合し、そして廃棄するプロセスをたどってきました。これらの思考を一枚の紙にまとめたものが、ロジックモデルです。
ロジックモデルは単なる図表ではありません。それは、私たちは何のために存在し(Will)、どのような機会を捉え(Must)、自分たちの強みをどう注ぎ込むのか(Can)という、皆さんの志と戦略を映し出す鏡です。
ドラッカーは、マネジメントの本質は人間を生産的にすることにあると言いました。皆さんの交通まちづくりが、単なる苦労の連続ではなく、自分たちの強みを活かして社会に貢献する喜びの場となることを、社会学の徒として心から願っています。
参照元・出典、主要な文献
- Drucker, P. F. (1990). Managing the Non-Profit Organization: Practices and Principles. HarperCollins. (邦訳:ピーター・ドラッカー著、上田惇生訳『非営利組織の経営』ダイヤモンド社)
非営利組織における自己評価と廃棄の重要性を説いています。 - Drucker, P. F. (1966). The Effective Executive. HarperCollins. (邦訳:ピーター・ドラッカー著、上田惇生訳『経営者の条件』ダイヤモンド社)
古いものを捨てることが、新しいものを生むための絶対条件であることを論じています。 - 国土交通省 (2024). 『地域公共交通再構築への取組ガイドライン』. 政策的な観点から、どのように既存交通を見直し、再構築すべきかの手順を示しています。
- Wholey, J. S. (1979). Evaluation: Promise and Performance. Urban Institute Press. 活動の評価を通じて、継続か廃棄かを判断するための客観的な枠組みを提供しています。
全6回の連載にお付き合いいただき、ありがとうございました。
あなたの活動が、明日、誰かの行きたい場所への道を開くことを信じています。











