明治維新以来の「拡大の時代」が終わり、インフラ維持という新たな国難が幕を開けました。もはや道があれば人が住む時代ではなく、人が住む場所にのみインフラを集中させる「デカップリング」が不可欠です。予防保全による長寿命化と、維持できない地域からの戦略的撤退。この二段構えの「スマートな縮小」こそが、将来世代への過大な負担を避ける唯一の道です。人口減少社会における都市のあり方を根本から問い直します。
目次
序論:拡大の時代の終焉と「維持管理」という新たな国難
日本社会は現在、明治維新以来の近代化、そして戦後の高度経済成長期を通じて築き上げてきた膨大な社会資本(インフラ)の総点検と、その存続を賭けた重大な決断を迫られている。かつてGDPの約10%相当という莫大な公共投資を投じ、高速道路、橋梁、上下水道といった都市の骨格を全国津々浦々に張り巡らせた時代は遠い過去のものとなった 1。現在、我々が直面しているのは、これらの資産が一斉に耐用年数を迎え、老朽化という物理的な限界に達している現実である。
この危機をさらに深刻化させているのが、急速に進む人口減少と少子高齢化、そしてそれに伴う地方自治体の財政基盤の脆弱化である。インフラの利用者が減少し、税収が落ち込む一方で、維持管理に要する固定的なコストは減少しないという構造的な不均衡が顕在化している 1。これまでの「小手先の維持費削減」や「場当たり的な修繕」では、この巨大なコストの波を抑え込むことは不可能であり、居住地域の集約、すなわち「都市の縮小(アーバン・シュリンケージ)」を伴う抜本的な再編が、政策論および経済学の観点から不可避の課題となっている。
第1章:インフラ老朽化の定量的検証と財政的限界
1.1 将来の維持管理・更新費用の推計
国土交通省の最新の分析によれば、日本の全インフラにおける維持管理・更新費は、今後30年間で累積約190兆円に達すると推計されている 2。この膨大な数値は、単なる維持費用の積み上げではなく、日本の経済力そのものを圧迫しかねない規模である。特に注目すべきは、保全手法の違いによって将来の財政負担が劇的に変化する点である。
不具合が発生してから修繕を行う「事後保全」型の対応を継続した場合、30年後の年間維持管理・更新費用は、現在の約2.4倍にまで膨れ上がると予測されている 3。これに対し、定期的な点検と早期の修繕を行う「予防保全」型へ転換することで、この増加幅を約1.3倍に抑制することが可能であるとされる 3。しかし、予防保全への転換を図ったとしても、なお費用が増加傾向にあるという事実は、インフラの「総量」そのものを削減しない限り、財政的な持続可能性を担保できないことを示唆している。
| 保全手法 | 将来の維持管理・更新費用(現状比) | 30年間の累積コスト推計 | 主なリスクと課題 |
| 事後保全 | 約2.4倍 | 推計困難な増大 | 突発的事故、大規模崩落、更新費用の爆発的増大 3 |
| 予防保全 | 約1.3倍 | 約190兆円 2 | 点検コストの恒常的発生、専門人材の不足 2 |
1.2 地方自治体の投資余力の枯渇
インフラ維持の主役である地方自治体の財政は、既に限界に近い状態にある。将来の投資能力に関するシミュレーションでは、国が前年度比3%、地方が同5%の割合で総投資額を削減し続けた場合、2022年度以降は新規の整備が不可能になるという衝撃的な結果が示されている 4。これは、既存の橋一つを架け替えるために、他の全ての新規事業を停止しなければならない事態を意味する。
特に、東京都特別区といった財政基盤が強固な地域でさえ、今後30年間の更新費用は約12.7兆円と試算されており、地方部の小規模自治体に至っては、インフラの維持そのものが行政機能を停止させる「財政の時限爆弾」となっている 3。人口減少社会においては、インフラ利用の密度が下がる一方で、物理的な総延長(道路の長さや管路の延長)は変わらないため、住民一人当たりの負担額は幾何級数的に増大する 1。
第2章:都市集約化政策「コンパクト・プラス・ネットワーク」の現状
2.1 立地適正化計画の進捗と構造的課題
政府は、こうしたインフラ維持コストの削減と生活サービスの維持を両立させるため、「コンパクト・プラス・ネットワーク」の構築を掲げている。その中核となるのが、都市再生特別措置法に基づく「立地適正化計画」である。この計画は、医療・福祉・商業施設を集約する「都市機能誘導区域」と、人口密度を維持する「居住誘導区域」を設定し、これらを公共交通網で結ぶことを目的としている 5。
2023年3月時点の調査によれば、都市計画区域を有する1,374都市のうち、立地適正化計画の作成中または取組中の自治体は675都市(49%)に達している 6。約半数の自治体が何らかの形で都市集約に乗り出しているものの、残りの51%は未だ取組に至っていない 7。この普及の停滞は、住民の合意形成の難しさや、集約化に伴う既存資産の価値下落への懸念が根強いことを物語っている。
| 項目 | 数値 | 出典 |
| 対象自治体数(都市計画区域保有) | 1,374 都市 | 6 |
| 立地適正化計画 取組中自治体数 | 675 都市 (49%) | 7 |
| 立地適正化計画 取組なし自治体数 | 699 都市 (51%) | 7 |
2.2 都市集約化における副作用と失敗の教訓
都市集約化の試みは、必ずしも成功ばかりではない。日本各地の事例調査によれば、中心部の整備に注力しすぎた結果、郊外の急速な衰退を招き、地域全体のバランスを崩したケースも報告されている 8。特に、車社会が浸透した地方都市において、十分な公共交通網の再編を伴わずに中心部へ誘導を行おうとすると、移動手段を失った高齢者が外出を控え、かえって地域の経済活力が失われるという逆転現象が生じている 8。
これは、単に物理的な施設を「集める」だけでは不十分であり、住民の生活圏や移動手段の実態に即した「ネットワーク」の構築が、政策の成否を分ける鍵であることを示している 5。数値的な効率性のみを追求し、生活の実感を無視した集約は、結果として「機能停止した中心部」と「荒廃した郊外」を生むリスクを孕んでいる。
第3章:ドイツにおける「Stadtumbau Ost」の経験と示唆
日本の都市集約化を議論する上で、極めて重要な参照先となるのがドイツの「Stadtumbau Ost(東部都市再構築)」プログラムである。この政策は、1989年のベルリンの壁崩壊後、旧東ドイツ諸都市で発生した急激な人口流出と、それに伴う膨大な住宅の空室問題に対処するために導入された 9。
3.1 住宅過剰供給と市場崩壊への対応
1991年から2004年にかけて、旧東ドイツからは約218万人が西側へ移住した 9。これにより、社会主義時代に建設されたプレハブ工法の団地群を中心に、深刻な空室率の上昇と住宅価値の暴落が発生した。ドイツ連邦政府は2001年、この事態を住宅管理会社の倒産危機、ひいては都市の破綻と捉え、2002年から2009年にかけて総額25億ユーロ(連邦政府分10億ユーロ)を投じる「Stadtumbau Ost」を開始した 11。
このプログラムの核心は、成長を前提とした都市計画を放棄し、計画的に「建物を壊す」ことを公的に支援した点にある。2002年から2007年までのわずか5年間で、約20万戸の住宅が市場から撤去された 10。
3.2 ケーススタディ:ライプツィヒとコトブス
ドイツ東部の中心都市ライプツィヒは、都市縮小のモデルケースとして知られる。1990年に3.5人/m2であった人口密度は、2008年には1.6人/m2にまで低下した 13。同市では、空室率が30%から50%に達する地区も現れたため、戦略的な撤去が実施された 13。撤去の結果、都市構造は「穿孔(せんこう)化(Perforated Structure)」、すなわち建物が虫食い状に存在する空間へと変貌した。
一方で、コトブスの「ノイ・シュメルヴィッツ(Neu-Schmellwitz)」地区では、1985年に建設された比較的新しい住宅地であったにもかかわらず、2003年からStadtumbau Ostの対象となり、抜本的な減築が行われた 9。これらの事例から得られる教訓は、都市の「外側」にある新しい住宅地をあえて解体し、歴史的な「中心部」の質を向上させることで、都市の魅力を再構築しようとする「内側への成長」戦略の重要性である 12。
3.3 財政支援スキームと「負の遺産」の処理
ドイツの成功を支えたのは、単なる解体補助金だけではない。重要なのは、解体される建物に付随していた「旧債務(Altschulden)」、すなわち社会主義時代の住宅建設に伴う未払ローンの免除スキームが組み合わされたことである 12。解体によって資産を失う住宅管理会社に対し、負債を切り離すことで、彼らが自己破産を避けつつ都市再編に協力できる環境を整えたのである 10。
| 支援項目 | 内容 | 目的 |
| 解体補助金 | 1戸あたりの撤去費用を補填 | 物理的な過剰供給の解消 |
| 旧債務(Altschulden)免除 | 住宅管理会社のローンを肩代わり | 事業者の倒産防止と協力促進 12 |
| 質的向上支援 | 公共空間の整備、歴史的建物の修復 | 残存エリアの魅力向上 10 |
第4章:政策論・経済学的観点からの実現性の検証
4.1 インフラの「負の資産」化とデカップリング
経済学的な視点から日本の現状を分析すると、地方自治体が保有するインフラは、もはや便益を生む「資産」ではなく、維持コストが便益を上回る「負の資産」へと変質しつつある。人口減少により、インフラの固定費を分担する住民の数が減ることで、一人当たりの限界費用は上昇し続ける。
ここで必要となる考え方が、生活水準の維持とインフラ総量の「デカップリング(切り離し)」である。従来の都市政策は「道があれば人が住む」という拡張の論理に基づいていた。しかし、今後は「人が住む場所にのみ、集中的にインフラを維持する」という、受益と負担の厳格な一致が求められる。ドイツの事例が示す通り、住宅市場の安定化(=資産価値の維持)のためには、供給過剰なエリアのインフラを戦略的に閉鎖し、需要を誘導区域に集約させることが、結果として都市全体の経済的損失を最小化する道である 10。
4.2 法的制約:憲法第29条と公共の福祉
都市集約の最大のハードルは、個人の財産権(憲法第29条)との兼ね合いである。居住誘導区域外において、既存の住民に移転を強いたり、インフラ提供を完全に停止したりすることは、法的にも政治的にも極めて困難である。現在の日本の立地適正化計画が、強制力を伴わない「誘導」にとどまっている主因もここにある。
しかし、財政難により自治体が物理的にインフラを維持できなくなる事態は、もはや権利の議論を超えた物理的な制約である。今後は、「公共の福祉」の解釈を広げ、将来世代への過大な負担を避けるための「計画的な不作為(サービスの段階的縮小)」を、法的にいかに位置づけるかが焦点となる。ドイツでは、都市計画の決定プロセスに住民参加を組み込みつつも、最終的には「都市の生存」を優先した決断がなされてきた 14。
4.3 住民合意形成と「縮小の受容」
事例調査によれば、都市集約が失敗する背景には、住民が「自分の地域が捨てられる」という被害者意識を抱く点がある 8。これを克服するためには、単なるコスト削減の論理ではなく、集約化によって得られる「サービスの質の向上」を具体的に提示する必要がある。
例えば、インフラの維持レベルを下げた地域において、代わりに自動運転バスによる巡回サービスを強化したり、分散型のエネルギーシステムを導入したりすることで、物理的な管路や道路への依存度を下げる「スマートな縮小」のモデルが不可欠である。ドイツのライプツィヒでは、空き地を緑地やアート空間として活用することで、密度の低下を「開放感」という価値に転換する試みが行われた 13。
第5章:将来に向けた抜本的対策の提言
これまでの調査と分析に基づき、日本の地方自治体が機能停止を免れ、持続可能な都市構造を実現するための抜本的対策を以下の通り整理する。
5.1 予防保全の徹底と「戦略的撤退」の二段構え
第一に、維持し続けると決定した主要インフラについては、予防保全型メンテナンスへの移行を最優先課題とすべきである。30年間の累積コスト190兆円という数字を重く受け止め、点検・修繕のサイクルをデジタル化し、長寿命化を図ることで、年間コストを抑制する 2。
第二に、これと並行して「インフラの戦略的撤退」を制度化する必要がある。居住誘導区域外において、更新時期を迎えたインフラを敢えて更新せず、自然還元や代替サービスへの転換を図るためのガイドラインを策定すべきである。これは、単なる「見捨て」ではなく、限られた財源を確実に「守るべき地域」に集中させるための、建設的な選択である。
5.2 経済的インセンティブと「負債の流動化」
ドイツのStadtumbau Ostにならい、住宅やインフラの撤去を経済的に支援するスキームの導入が必要である 12。特に、地方の空き家・空き地問題は、所有者の権利関係が複雑であり、撤去費用が資産価値を上回ることが多い。国が解体費用を全額補助する、あるいは跡地を「ランドバンク(土地銀行)」が公的に引き取る仕組みを強化することで、個人の所有権から都市の管理権へのスムーズな移行を促すべきである。
5.3 都市空間の「再定義」:穿孔化を前提とした計画
日本においても、今後「穿孔化した都市」の出現は避けられない 13。建物がまばらに点在する都市において、従来のような一律の上下水道や道路網を維持するのは非効率である。小規模なエリアごとに完結する「マイクロ・インフラ」の導入や、未利用地を防災・環境保全のための緑地として活用する「グリーン・インフラ」への転換を、立地適正化計画の中に明示的に組み込むべきである。
結論:生存のための都市再編へ
本報告書が明らかにしたのは、日本のインフラ維持リスクがもはや「管理」の域を超え、「再編」の段階に達しているという事実である。30年後のコストが2.4倍に達するという試算、そして2022年度を境に投資余力が失われつつあるという現実は、我々に残された時間が極めて少ないことを示している 3。
都市集約化は、単なる維持費削減の手段ではない。それは、人口減少という不可避の現実を直視し、限られた資源で住民の生活の質を最大化するための、高度に知的な「戦略的撤退」のプロセスである。ドイツの事例が証明したように、適切な財政支援と明確なビジョンがあれば、都市は縮小しながらも質的な再生を果たすことができる 10。
日本において「共倒れ」を防ぐためには、自治体間の連携を強化し、広域的な視点からインフラの優先順位を決定するとともに、住民に対して「維持できない現実」を透明性高く開示し、新たな都市の形を共に模索する姿勢が求められる。小手先の対策を捨て、都市の芯を残すための抜本的な外科手術を決断できるかどうかが、日本の地方の命運を分けることになる。
引用文献
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- インフラの老朽化対策について, 1月 31, 2026にアクセス、 https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/reform/wg6/20250411/shiryou1-2.pdf
- インフラ整備・維持管理 – 行政情報ポータル, 1月 31, 2026にアクセス、 https://ai-government-portal.com/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%95%E3%83%A9%E6%95%B4%E5%82%99%E3%83%BB%E7%B6%AD%E6%8C%81%E7%AE%A1%E7%90%86/
- 人口減少時代におけるインフラ整備の 問題と対応策, 1月 31, 2026にアクセス、 https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_8200060_po_cs20091008.pdf?contentNo=1&alternativeNo=
- 都市計画:立地適正化計画とコンパクト・プラス・ネットワーク …, 1月 31, 2026にアクセス、 https://www.mlit.go.jp/en/toshi/city_plan/compactcity_network.html
- 高い実効性を伴った立地適正化計画の運用を実践するための重要課題(2 – 日本政策総研, 1月 31, 2026にアクセス、 https://www.j-pri.co.jp/eee25c22d7b35f4b159218c4345a969a5f283bdf.pdf
- 【公共コンサルと政策の視点】高い実効性を伴った立地適正化計画の運用を実践するための重要課題(2/2)(長谷川一樹)(2024年9月18日), 1月 31, 2026にアクセス、 https://www.j-pri.co.jp/report/2616.html
- コンパクトシティとは?日本の成功例やモデル都市はどこ?失敗事例とメリット・デメリットを簡単に解説! – スペースシップアース, 1月 31, 2026にアクセス、 https://spaceshipearth.jp/compact_city/
- ReNewTown – ITAS/KIT, 1月 31, 2026にアクセス、 https://www.itas.kit.edu/downloads/projekt/projekt_pask11_reneto_brochure.pdf
- Can Policies Learn? The Case of Urban Restructuring in Eastern Germany – ResearchGate, 1月 31, 2026にアクセス、 https://www.researchgate.net/publication/281861176_Can_Policies_Learn_The_Case_of_Urban_Restructuring_in_Eastern_Germany
- Das Programm „Stadtumbau Ost“ und seine wirtschaftlichen Effekte, 1月 31, 2026にアクセス、 https://www.researchgate.net/publication/227449851_Das_Programm_Stadtumbau_Ost_und_seine_wirtschaftlichen_Effekte_fur_die_beteiligten_Stadte
- Can Policies Learn? The Case of Urban Restructuring in Eastern Germany – The Regional Studies Association, 1月 31, 2026にアクセス、 https://www.regionalstudies.org/wp-content/uploads/2018/07/Radzimski_RSA_Piacenza.pdf
- This article appeared in a journal published by Elsevier. The attached copy is furnished to the author for internal non-commerci – UFZ, 1月 31, 2026にアクセス、 https://www.ufz.de/export/data/2/88690_Haase_etal_2010_ENSO_RESMOBcity_ABM.pdf
- LESSONS FROM LEIPZIG – Global Suburbanisms – York University, 1月 31, 2026にアクセス、 https://suburbs.info.yorku.ca/files/2019/09/42COD-3636915-2011-Leipzig-Report_PROOF.pdf?x44769
注意
以上の文書はAI Geminiが生成したものを加筆修正しており、誤りが含まれる場合があります。
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