公務員は予算の番人から、価値の探究者へ。ハーバード大学のマーク・ムーアが提唱した公共価値の創造(CPV)は、行政の在り方を大きく変えるパラダイムです。単なる効率性を超え、市民の納得感や公平性、運営能力の3つを同時に満たす戦略的三角形の構築が鍵となります。制度や技術をいかに社会の価値へと翻訳し、共創社会を編み出すかを、専門知と現場の地力を結びつける経営戦略の視点から解き明かします。

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目次

公共価値の創造とは

公共価値の創造(Creating Public Value: CPV)は、1995年にハーバード大学のマーク・ムーア(Mark H. Moore)によって提唱された、公共経営(パブリック・マネジメント)における極めて重要なパラダイムです。

ANTや4つのレイヤーと繋げて考えると、専門知や技術(第1・第2レイヤー)を、いかにして社会にとって意義ある『価値』へと変換し、主体的組織(第4レイヤー)を駆動させるかという問いに対する、経営戦略的な答えといえます。

核心概念:戦略的三角形(Strategic Triangle)

ムーアは、公共部門のリーダーが価値を創造するために、以下の3つの要素を同時に満たし、バランスを取る必要があると説きました。これを戦略的三角形と呼びます。

  • 公共価値 (Public Value):
    その事業は、市民にとって真に価値があるか?(単なる効率性ではなく、公平性、正義、安心感、持続可能性などを含む)。
  • 正当性と合意形成 (Legitimacy and Support):
    その事業を遂行するための社会的・政治的な承認を得られているか?(議会、住民、メディア、利害関係者からの支持)。
  • 運営能力 (Operational Capacity):
    その事業を実際に遂行するためのリソース(予算、人員、技術、組織体制)はあるか?
  • ポイント: どんなに優れた理論(第1レイヤー)であっても、政治的支持がなければ絵に描いた餅であり、運営能力がなければ現場の崩壊を招きます。この3つの頂点を結びつけることがマネジメントの本質です。

公共価値とは何か:民間の価値との違い

民間の価値(Private Value)が主に利益・顧客満足であるのに対し、公共価値はより複雑です。

  • 成果としての価値: 交通事故の減少、移動時間の短縮、環境負荷の低減。
  • プロセスとしての価値: 決定過程の透明性、市民参加の機会、公平なサービス提供。
  • 信頼としての価値: 行政や公共システムに対する市民の信頼感の醸成。

ANTの視点で見れば、公共価値とは人間とモノのネットワークが安定し、人々がそのネットワークの中に『自分の居場所や意味』を見出せている状態と言い換えることもできます。

公共的マネジャーの役割の変化

CPVは、公務員やプロジェクトリーダーの役割を再定義しました。

  • 以前: 決められた予算と法律を守る管理者。
  • CPV以降: 社会的な価値を最大化するために、自ら資源を組み合わせ、関係者を説得し、新しいネットワークを編み出す戦略的探究者。

これは、先ほど議論した媒介者(メディエーター)としての役割と完全に一致します。専門知(第1)を武器に、政治的承認を取りつけ、現場の能力(第2・第3)を整えて、コミュニティ(第4)を動かしていくプロセスそのものです。

レイヤー構造との接続

公共価値の創造を4つのレイヤーに当てはめると、その動線がより明確になります。

要素 4つのレイヤーとの対応 公共価値創造における役割
公共価値 第1レイヤー(知) 理論やデータになぜこれが必要かという社会的意義を与える。
運営能力 第2・3レイヤー(実装・制度) 物理的インフラや制度を、価値を実現するための手段として整える。
正当性・支持 第4レイヤー(コミュニティ) 住民や組織が自分たちの価値だと認めることで、事業の継続性を担保する。

日本の公共交通・まちづくりにおける意義

日本の地方自治体や交通事業者が陥りがちな補助金があるからやる(制度優先)や技術があるから導入する(技術優先)という思考に対し、CPVはそもそも、この町にとっての『価値』は何なのか?という根本的な問いを突きつけます。

  • 失敗例: 運営能力(第2・3)だけで進め、正当性(第4)を置き去りにしたプロジェクト。
  • 成功例: 専門知(第1)を価値の物語に翻訳し、住民の支持(第4)を得ながら、制度(第3)を柔軟に変えていくプロジェクト。

具体的にどうやって公共価値を測定・評価するのか?(パブリック・バリュー・スコアカード)

公共価値(Public Value)の最大の特徴は、民間企業の利益のように単一の指標で測れない点にあります。これに対し、マーク・ムーアらは、公共部門に特化した評価フレームワークとしてパブリック・バリュー・スコアカード(PVSC)を提唱しました。

これは、ロバート・キャプランらが提唱した民間向けのバランス・スコアカード(BSC)を、公共のロジックに組み替えたものです。

パブリック・バリュー・スコアカード(PVSC)の4つの視点

PVSCは、単なる事後評価ではなく、戦略的三角形を実務レベルの指標に落とし込むためのツールです。

① 公共価値の達成(Public Value Outcomes)

  • 問い: 最終的に、社会にどのような良い変化をもたらしたか?
  • 指標例: 交通事故件数の減少率(交通)、住民の幸福度アンケート、二酸化炭素排出削減量、移動弱者の外出頻度の向上。
  • ポイント: 第1レイヤー(専門知)で定義された価値が、実際に実現したかを測ります。

② 正当性と支持(Legitimacy and Support)

  • 問い: 誰がこの事業を支持し、信頼しているか?
  • 指標例: 住民満足度、メディアでのポジティブな報道数、議会での予算承認のスムーズさ、ボランティア参加者数。
  • ポイント: 第4レイヤー(コミュニティ)との関係性の健全性を測ります。

③ 運営能力(Operational Capacity)

  • 問い: 効率的かつ効果的に実行できているか?
  • 指標例: 職員の習熟度、ITシステムの稼働率、パートナー企業との連携の深さ、プロセスにかかる時間。
  • ポイント: 第2・第3レイヤー(技術・制度)を使いこなす組織の地力を測ります。

④ 財務的・受託責任(Financial / Fiduciary Integrity)

  • 問い: 公的なリソースを適正かつ効率的に使っているか?
  • 指標例: 予算執行率、コストパフォーマンス(費用対効果)、資金調達の多様性。

評価プロセスの翻訳:ANT的なアプローチ

PVSCを運用する際、単に数値を並べるだけでは不十分です。ここでも翻訳のプロセスが重要になります。

  • 価値の言語化: 専門知(第1)による客観的な指標と、住民(第4)の主観的な納得感をどう結びつけるか。
  • 非人間アクターの証言: 例えば、バスのGPSデータ(非人間)から得られる定時運行率は、運営能力の証明であると同時に、住民の信頼(正当性)を獲得するためのエビデンスとして翻訳されます。
  • 動的なフィードバック: スコアカードは通信簿ではなく、ネットワークの弱い結び目(例:支持は高いが運営能力が低い、など)を発見し、修復するための地図として機能します。

日本の現場での測定の難しさと突破口

日本の地方自治体では、依然としてアウトプット(何をしたか:道路を1km作った)の評価が中心で、アウトカム(どう変わったか:孤独死が減った)の評価が苦手です。

  • 突破口: 第4レイヤー(主体的組織)を評価の主体に巻き込む。
    行政が一方的に測るのではなく、コミュニティ自身が自分たちが目指す公共価値は何かを定義し、それを測る指標を自分たちで作る(共同評価)プロセスそのものが、正当性と支持を強化します。

PVSC活用のマトリクス案

レイヤー 評価の視点 具体的な測定・記録の対象
第1:専門知 公共価値の達成 統計データ、シミュレーション値との比較
第2:物理・技術 運営能力 インフラの維持管理コスト、技術の稼働率
第3:制度・サービス 受託責任 予算の透明性、法令順守状況
第4:コミュニティ 正当性と支持 ワークショップでの発言変化、SNSの反響、協力者数

公共価値を巡る対立(誰にとっての価値か?)

公共価値(Public Value)の議論において、最も困難かつ避けて通れないのが価値の競合と対立です。

マーク・ムーアも指摘するように、公共価値は万人が一律に認める正解ではなく、異なる立場のアクターがそれぞれの利益や信念に基づいて主張する政治的な合意の産物だからです。

この対立の構造を、これまでのANT(アクターネットワーク理論)やレイヤー構造と結びつけて整理します。

対立の3つの類型:誰の価値が衝突しているのか

公共価値を巡る対立は、主に以下の3つの軸で発生します。

① 利用者(便益) vs 納税者(負担)

  • 内容: 便利で安全なLRTが欲しいという利用者(第4レイヤー)の価値と、将来世代に借金を残したくないという納税者の価値の衝突。
  • ANT的視点: 便利な車両(非人間)というアクターを動員したい層と、膨大な建設予算(非人間)というアクターを警戒する層のネットワーク争いです。

② 現在の価値 vs 未来の価値

  • 内容: 今すぐ家の前の渋滞を解消してほしいという短期的な価値と、100年後の脱炭素社会を実現するという長期的な公共価値の衝突。
  • レイヤーの断絶: 第4レイヤー(現在の住民)の感情と、第1レイヤー(未来予測の専門知)の理論が激しくぶつかります。

③ 多数派の正当性 vs 少数派の権利

  • 内容: 市民の8割が賛成しているという民主的な正当性と、その影で立ち退きを迫られる数軒の住民やスマホを使えない移動弱者の価値の衝突。

対立を乗り越えるための公共価値の調停

対立は解消するものではなく、マネジメント(調停)するものです。そのためには以下のプロセスが必要になります。

A. 価値を細分化し、可視化する

  • 賛成・反対という二元論を分解し、何が対立しているのかを具体化します。
  • 手法: パブリック・バリュー・スコアカードを使い、経済的価値、社会的価値、環境的価値をそれぞれ数値や物語として可視化します。これにより、感情的な対立をトレードオフ(あちらを立てればこちらが立たず)の調整へと翻訳します。

B. 熟議(Deliberation)の場を物の議会にする

人間だけで議論すると声の大きい人の意見が通ります。

  • ANT的アプローチ: 議論のテーブルに、将来のデータシミュレーション結果環境負荷の数値などの非人間アクターを代弁者として座らせます。人間同士の主観のぶつかり合いを、客観的なモノを介した再編へと導きます。

C. 戦略的三角形の再編

対立が起きたとき、公共マネジャーは三角形のバランスを修正します。

正当性(第4レイヤー)が足りないなら、反対派の懸念を運営能力(第3レイヤー:制度変更)に組み込み、新しい公共価値(安心感など)として再提示します。

誰にとっての価値かへの最終回答

公共価値の創造において、究極的に誰の価値かという問いへの答えは、そのプロセスから排除されなかったすべてのアクターによる、暫定的な妥協点となります。

  • 静的な正解はない: 時代や技術の変化によって、ネットワーク(価値の結びつき)は常に変化し続けます。
  • 手続き的価値: 誰かが独占した価値ではなく、対立を抱えながらも、対話と検証のプロセス(レイヤー間の往復)を経て導き出されたという手続きそのものが、公共価値の重要な一部になります。

共創ガバナンス・モデル

これまでの調査を繋ぎ合わせると、一つのモデルが見えてきます。

  • 第1レイヤー(専門知)が価値の仮説を立て、
  • ANT(アクターネットワーク)の視点で人間とモノ(第2・3レイヤー)を繋ぎ、
  • 戦略的三角形を用いて、対立を調整しながら正当性と運営能力を確保し、
  • 第4レイヤー(主体的組織)が、PVSC(スコアカード)を用いて自ら価値を測定し続ける。

歴史

公共価値の創造(Creating Public Value: CPV)の歴史は、公共部門が何を目標とし、どのように評価されるべきかという問いに対する、3つの大きなパラダイム・シフト(時代の転換)の流れの中で理解することができます。

単なる経営手法の歴史ではなく、行政と市民の関係性がどう変わってきたかの歴史でもあります。

伝統的公共行政(Old Public Administration: OPA)

【20世紀初頭 〜 1970年代:規律と執行の時代】

  • 背景: 産業革命後の都市問題に対処するため、官僚制が確立された時期です。
  • 価値の源泉: 法律とルール。
  • 特徴: * 公務員の役割は、議会で決まった法律を正確に、公平に執行することでした。
    市民は統治の対象であり、専門知(第1レイヤー)を持つ官僚がトップダウンで計画を立てました。
  • 限界: 柔軟性がなく、社会の変化や多様なニーズに対応できないお役所仕事の弊害が目立ち始めました。

新公共管理(New Public Management: NPM)

【1980年代 〜 1990年代初頭:効率と市場の時代】

  • 背景: 小さな政府を目指したサッチャー(英)やレーガン(米)の改革。民間企業の経営手法を公共に持ち込みました。
  • 価値の源泉: 効率性(低コスト)と顧客満足。
  • 特徴: * 公共サービスを市場原理に委ね(民営化)、コストパフォーマンスを最重視しました。
    市民は顧客として扱われ、サービスを選ぶ存在になりました。
  • 限界: 効率を追求するあまり、公平性やコミュニティの絆(第4レイヤー)といった数字に表れにくい価値が切り捨てられる副作用が生じました。

公共価値の創造(Creating Public Value: CPV)

【1995年 〜 現在:戦略と対話の時代】

  • 背景: マーク・ムーアが1995年に著書『Creating Public Value』を出版。OPAの硬直性とNPMの市場至上主義の第3の道として登場しました。
  • 価値の源泉: 社会的な合意と複雑な成果(アウトカム)。
  • 特徴: * 公務員(パブリック・マネジャー)は、自ら価値を提案し、三角形(戦略的三角形)のバランスをとる起業家的な役割を求められるようになりました。
    市民は、単なる顧客ではなく、価値を共に創る共創(Co-creation)のパートナーとして再定義されました。
時代 パラダイム 主な評価指標 市民の立ち位置 レイヤー構造の焦点
20世紀半ば 伝統的行政 (OPA) 法令順守、公平性 統治される客体 第3(制度)の維持
1980年代 新公共管理 (NPM) 効率性、コスト、満足度 サービスを買う顧客 第2(実装)の効率化
1990年代末〜 公共価値 (CPV) 社会的成果、正当性 価値を共に創る主体 第1・4の統合

現代におけるCPVの深化:デジタルと共創

2010年代以降、この歴史はさらに進化しています。

  • デジタル・ガバナンス: IT技術(第2レイヤー)の進化により、リアルタイムのデータ(第1レイヤー)を共有しながら、市民と共創する基盤が整いました。
  • ANT的展開: 環境問題やAIの倫理など、人間だけで解決できない課題に対し、非人間アクターも含めた広義の公共価値をどう定義するかが、歴史の最前線となっています。

歴史から学ぶ

歴史を振り返ると、第1レイヤー(専門知)と第4レイヤー(主体的組織)の結合は、まさに公共経営の歴史の到達点であることがわかります。
かつては専門知(第1)が制度(第3)として一方的に押し付けられていた(OPA)。
今は専門知(第1)を価値の物語に翻訳し、市民を主体(第4)として巻き込むことが成功の条件となった(CPV)。

事例

公共価値の創造(CPV)の理論を現実の都市経営やプロジェクトに当てはめたとき、どのような戦略的三角形の調整が行われたのか。国内外の代表的な事例を3つ挙げます。

これらは単なる成功例ではなく、対立をどう公共価値に翻訳したかというプロセスに注目すると、より深い学びが得られます。

英国:ロンドン・コンジェスチョン・チャージ(混雑課税)

【テーマ:反対の声を具体的成果で正当性に変える】

2003年に導入された、ロンドン中心部への流入車両に対する課税制度です。

直面した対立:

  • 商店主からの客足が遠のくという反発や、ドライバーからの移動の自由の侵害という強い不満(正当性の欠如)。

戦略的三角形の構築:

  • 公共価値: 渋滞解消だけでなく、得られた税収をすべてバス路線の拡充という目に見える便益に再投資することを約束した。
  • 運営能力: 高度なナンバープレート認識カメラ(非人間アクター)を導入し、課税の公平性を担保した。

結果:

  • 渋滞が緩和され、バスの定時性が向上したことで、当初反対していた市民からも移動がスムーズになったという支持(正当性)を獲得しました。

レイヤーの接続:

  • 第1(交通工学データ)を第3(課税制度)に変換し、第4(住民の納得)を勝ち取った事例です。

宇都宮市:ネットワーク型コンパクトシティ(NCC)とLRT

【テーマ:将来の公共価値を正当性の柱にする】

ANTの事例でも触れましたが、CPVの観点からは将来世代への価値が鍵となりました。

直面した対立:

車社会の宇都宮に電車は不要福祉に金を使えという現在の住民からの強い反対。

戦略的三角形の構築:

  • 公共価値: 単なる移動手段ではなく、100年先も持続可能な都市構造(コンパクトシティ)という、より高次の価値を定義した。
  • 正当性の確保: 100回を超える市民説明会や、LRT開業前から沿線でのまちづくり活動(第4レイヤーの醸成)を行い、賛成・反対の二元論を将来をどう創るかという議論へ翻訳した。

結果:

開業後、利用者が予測を大きく上回り、不動産価値の向上や沿線への投資という形で公共価値が顕在化しました。

ニューヨーク市:ハイライン(High Line)

【テーマ:遺構というモノを価値の源泉に翻訳する】

マンハッタンの廃棄された高架鉄道を空中公園へと再生したプロジェクトです。
直面した対立: 市当局は当初安全上のリスクとして解体を計画(制度的判断)。

戦略的三角形の構築:

公共価値: 住民グループFriends of the High Lineが、遺構の歴史的価値と、緑地がもたらす周辺不動産や観光へのプラス効果を提唱。

運営能力: 市と住民組織によるパートナーシップ(官民連携ガバナンス)を形成。

結果:

荒廃した鉄骨(非人間アクター)が観光資源・憩いの場という公共価値へと見事に翻訳されました。

事例比較:戦略的三角形のバランス

事例 突破した最大の壁 公共価値の定義 支持を得た方法
ロンドン 利害関係者の反対 移動の質の向上 税収を直接バスに還元(見える化)
宇都宮 政治的な不信感 持続可能な都市構造 徹底した対話と将来シミュレーション
ニューヨーク 行政の解体方針 歴史遺産×都市の緑 住民組織による価値の再定義(プロモーション)

これらの事例から学べるのは、公共価値は、専門家が決める数値(第1レイヤー)だけでは不十分で、それが現場のモノ(第2)や制度(第3)を通じて、いかに住民(第4)の生活実感に紐付けられるかという点です。

誰にとっての価値かという問いへの実務的な回答は、不利益を被る層に対しても、別の形の便益(代替価値)を提示し、ネットワークの中に繋ぎ止められるかという点に集約されます。

ギャップ

これまでの理論(ANT、4レイヤー、公共価値)と、日本の地方自治体や都市計画の現場を照らし合わせると、そこには構造的な3つのギャップが存在します。

しかし、そのギャップこそが、今後の新しい調査や実践における伸びしろ(展望)でもあります。

日本の現状との3つのギャップ

① 説明責任(Accountability)と公共価値(Public Value)の乖離

  • 現状: 日本の行政評価の多くは予算を適正に使ったか計画通りの回数を実施したかという手続きの正当性に終始しがちです。
  • ギャップ: 本来のCPV(公共価値)が問うべきそれによって社会はどう良くなったか(アウトカム)という結果の正当性への評価が弱いため、形式的な事業が継続されやすい構造があります。

② 縦割り行政とレイヤーの統合の断絶

  • 現状: 第2レイヤー(インフラ)は土木課、第3(サービス)は交通政策課、第4(コミュニティ)は市民協働課といった具合に、組織が分断されています。
  • ギャップ: ANTが教える人間とモノを一つのネットワークとして編み直す作業は、組織の壁を越える必要がありますが、日本ではレイヤー間の翻訳を行うメディエーターが不在です。

③ 合意形成と熟議の混同

  • 現状: 反対者を出さないための根回しやシャンシャン総会が合意形成と見なされることが多いです。
  • ギャップ: 公共価値を巡る対立(誰にとっての価値か?)を可視化し、科学的データ(第1レイヤー)を交えて議論するしんどい熟議を避ける傾向にあります。

今後の展望:ギャップを埋める3つの処方箋

これらのギャップを突破し、日本型の共創モデルを構築するための展望です。

A. データ・ナラティブ(物語)による翻訳

専門知(第1)を単なる数字として提示するのではなく、住民の生活感覚(第4)に響く物語(ナラティブ)に翻訳する手法が普及します。

  • 具体策: デジタルツインやVRを活用し、新しい交通が導入された後の月曜日の朝の風景を可視化。非人間アクター(技術・環境)がもたらす価値を身体的に実感させます。

B. アジャイル型ガバナンスへの移行

最初から完璧な計画(第3)を立てるのではなく、小さなネットワーク(社会実験)を素早く構築し、修正していく手法です。

  • 具体策: 3年かけて計画を立てるのではなく、3ヶ月で仮のサービスを始め、モノ(データ)と人間(住民)の反応を見ながらレイヤーを調整する。ANT的な翻訳を繰り返しながら、ネットワークを安定させます。

C. 公共価値の仲裁者としての専門家の再定義

学識者やコンサルタントは、単に正解を出す第1レイヤーの住人ではなく、戦略的三角形のバランスを整えるメディエーターとしての役割を担うようになります。

  • 具体策: 専門家が、行政(運営能力)、政治家(正当性)、市民(価値)の三者の間に立ち、パブリック・バリュー・スコアカードを用いて対話をナビゲートする。

持続可能な共創ガバナンスの構想図

全体構造:4つのレイヤー(垂直の統合)

プロジェクトを以下の4階層の積み重ねとして捉え、階層間の断絶を防ぐ。

  • 第1:学際的専門知(エビデンス・理論・予測データ)
  • 第2:物理・技術実装(インフラ・車両・デジタル技術)
  • 第3:制度・サービス(法規制・予算・運行計画・UI/UX)
  • 第4:主体的運営組織(住民組織・官民連携・コミュニティの熱量)

動力源:公共価値の創造(戦略的三角形)

各レイヤーを貫通させ、駆動させるための経営的視点。

  • 公共価値: 何のためにやるのかという社会的意義の再定義。
  • 正当性と支持: 政治的承認と住民の自分事化(主体性)。
  • 運営能力: 技術とリソースを価値に変換する現場の地力。
  • 評価軸: パブリック・バリュー・スコアカードを用い、数値(データ)と物語(納得感)の両面で測る。

接続手法:アクターネットワーク理論(翻訳の技術)

人間とモノ(非人間アクター)を対等に扱い、強固なネットワークを編む。

  • 非人間の動員: データ、車両、道路、法律を沈黙の存在にせず、議論のテーブルに載せる。
  • トランスレーション(翻訳): 専門知(第1)を、住民が触れるプロトタイプ(第2)や納得できる物語(第4)へと翻訳し続ける。
  • メディエーター(媒介者): レイヤー間を往復し、異なるアクターを繋ぎ直す新しい専門家像。

日本の現状を突破する展望マトリクス

視点 従来の日本型モデル 次世代共創モデル(今回の調査結果)
意思決定 行政主導の合意形成 多様なアクターによる熟議と翻訳
専門知の扱い 正解を与える権威 価値を可視化するエージェント
モノの捉え方 単なる道具・コスト 社会を変える能動的なプレイヤー
評価の指標 手続きの順守(アウトプット) 公共価値の達成(アウトカム)

結論

理想的な共創とは、専門知(第1)がモノや制度(第2・3)を媒介としてコミュニティ(第4)に深く翻訳され、人間とモノが互いに欠かせないネットワーク(公共価値)として安定した状態を指します。

出典・参考文献

公共価値(CPV)の原典と基本書

まずは、この理論の生みの親による著作です。

  • Mark H. Moore, Creating Public Value: Strategic Management in Government, Harvard University Press, 1995.
    内容: CPVの原典です。戦略的三角形の概念が初めて体系化されました。
  • Mark H. Moore, Recognizing Public Value, Harvard University Press, 2013.
    内容: 前著の発展版で、今回議論したパブリック・バリュー・スコアカード(PVSC)など、価値をいかに測定・評価するかに焦点を当てています。
  • ジョン・ベニングトン、マーク・ムーア編著『公共価値:理論と実践』(未邦訳:Public Value: Theory and Practice, Palgrave Macmillan, 2011)
    内容: 世界各国の研究者が、それぞれの文脈でCPVをどう適用したかをまとめた論集です。

日本における公共経営・ガバナンスの重要文献

日本の行政システムや地域社会の文脈で、CPVや新しい公共経営を理解するための文献です。

  • 山谷清志 編著『公共価値のマネジメント:成果評価から価値評価へ』(晃洋書房、2013年)
    内容: 日本における公共価値研究の第一人者による編著。行政評価の限界をどう乗り越えるかを論じています。
  • 上山信一『行政経営の時代:官民共創のガバナンス』(NTT出版、2010年)
    内容: 日本の自治体改革の視点から、官民連携(PPP)や経営感覚の導入を説いています。
  • 大住莊四郎『公共マネジメント:変化する公共性のあり方』(日本評論社、2014年)
    内容: 公共性の歴史的変遷から、現代の共創に至る流れを網羅的に解説しています。

レイヤー構造と共創に関連する参考文献

今回の4つのレイヤーやANTとの接続に役立つ、学際的な視点を持つ文献です。

  • 伊藤嘉高『地域を創生する:ポスト・マネジメント時代の公共圏』(明石書店、2015年)
    重要性: 先ほども挙げましたが、公共経営(CPV)とANTの視点を架橋し、日本の地域課題に落とし込んでいる希少な一冊です。
  • 小林亮一『スマートシティのガバナンス:データ利活用による公共価値の創造』(東京大学出版会、2022年)
    内容: デジタル技術(第2レイヤー)をいかに公共価値に変換するかという最新の議論です。

理論を統合するためのリーディング・ガイド

これまでの調査(ANT、レイヤー、CPV)を繋げて読み解くためのヒントです。

  • そもそも価値をどう定義するか?
    マーク・ムーア『Creating Public Value』
  • 日本の自治体でどう評価するか?
    山谷清志『公共価値のマネジメント』
  • 組織やコミュニティをどう動かすか?
    伊藤嘉高『地域を創生する』
  • 具体的な評価指標の作り方は?
    Mark Moore『Recognizing Public Value』

注意

以上の文書はAI Geminiが生成したものを加筆修正しており、誤りが含まれる場合があります。

参考

話し合いが空転するのはなぜか?アクターネットワーク理論が提唱する「物の議会」と新しいガバナンス

制度の経済学で解く停滞の正体 ― なぜ経路依存の呪縛から逃れられないのか?

通行量の呪縛を解け!エリアマネジメントが導く、滞在の質と幸福度を軸とした都市運営

交通理論体系整理の試み