世界で最も精緻な英国の評価マニュアルTAG(Transport Analysis Guidance)は、健康増進や集積による生産性向上、さらには「知の交流」がもたらす経済効果までを可視化します。人口減少下の日本で、インフラ投資を単なるコストではなく「将来の税収を生む投資」と定義する強力な武器。富山や宇都宮の事例を交え、都市の真の価値を科学的に証明する厚生経済学の最前線を解説します。TAGは、交通プロジェクトの投資判断を下すための世界で最も精緻な厚生経済学的評価マニュアルとして知られています。

スライド資料(15ページ)

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英国TAGが示す都市と交通の「本当の価値」

音声解説(17分)

AI Notebook LM で生成したラジオ番組風解説

英国TAGが示す都市と交通の「本当の価値」

TAGとは?

元々はWebTAGという名称でしたが、現在はTAGとして統一されています。このガイドラインがなぜ重要なのか、その特徴と構造を専門家の視点で詳しく解説します。

1. TAGの基本理念:厚生経済学の徹底した社会実装

TAGの最大の特徴は、単なる財務的な収支計算ではなく、社会全体の厚生(ウェルビーイング)がどれだけ増えるかを科学的に測定する点にあります。

  • 客観性と透明性: 政治的な恣意性を排除するため、計算手法、パラメータ(時間価値、排出権価格、割引率など)が細かく規定されています。
  • マルチ・モーダル: 鉄道、道路、徒歩、自転車、航空など、あらゆる交通手段を同じ土図で比較評価できるよう設計されています。

2. TAGの評価構造:5つのケース(Five Case Model)

英国の公共事業評価では、TAGに基づいて以下の5つの視点からプロジェクトの妥当性を検証します。

  • Strategic Case(戦略的意義): 国家や地域の政策目標に合致しているか。
  • Economic Case(経済的妥当性): 社会全体の便益がコストを上回るか(BCRの算出)。
  • Financial Case(財務的実現性): 予算内に収まり、資金調達が可能か。
  • Commercial Case(商業的実行性): 市場に発注可能か、適切な業者が存在するか。
  • Management Case(管理体制): 計画通りに実行・管理できる体制があるか。

このうち、TAGの本質はEconomic Case(経済的妥当性)の計算手法に凝縮されています。

3. TAGにおける便益(ベネフィット)の3階

TAGでは、便益をその確実性と範囲に応じて3つのレベル(Level)で定義しています。

Level 1:直接的便益(User Benefits)

利用者が直接享受する価値です。

  • 移動時間の短縮(Value of Time): 貨幣換算された時間価値。
  • 運行コストの削減: 燃費や車両維持費の抑制。
  • 安全性の向上: 事故件数の減少による社会的損失の回避。

Level 2:環境・社会・分配の便益

社会全体に及ぼす外部性の評価です。

  • 環境負荷: 二酸化炭素、大気汚染物質(NOx、PM2.5)、騒音の貨幣換算。
  • 健康増進: 徒歩や自転車利用による疾病リスク低下と医療費抑制効果。
  • アクセシビリティ: 社会的弱者の移動手段確保による便益。

Level 3:広義の経済的便益(Wider Economic Impacts:WEI)

本シリーズの核となる集積の経済などが含まれる高度な評価です。

  • Agglomeration(集積効果): Venables (2007) らの理論に基づき、密度向上がもたらす生産性の向上を算出。
  • Labor Supply(労働供給): 通勤コスト低下による労働参加意欲の向上。
  • Output Change(不完全競争下での市場拡大): 輸送コスト低下による市場競争の活性化。

4. なぜTAGは集約を推奨する結果になるのか

TAGの手法を用いると、郊外の道路建設よりも、拠点への集約や公共交通の整備の方が高い評価(BCR)を得やすくなります。

  • 密度の価値を認める: Level 3の評価により、駅周辺に機能をまとめることで生じる集積の経済が莫大な経済価値として加算されます。
  • 負の外部性を厳しく見る: 自動車依存による渋滞、公害、事故、そして健康への悪影響をコストとして差し引くため、分散型都市構造の評価が相対的に下がります。
  • オプション価値の評価: 現在使わなくてもいざという時に移動手段があるという安心感も便益として算出します。

5. 日本の政策への応用:EBPMの推進

日本の立地適正化計画や地域交通の再編においても、TAGのようなエビデンスに基づく政策形成(EBPM)の導入が進んでいます。

  • 課題: 日本ではまだLevel 3(広義の経済的便益)の算定が標準化されておらず、単なる時間短縮効果に依存しがちです。
  • 展望: 英国のTAGのように、集約がもたらす生産性向上を数値化できれば、人口減少下での戦略的投資(賢い縮退)を住民や財務当局に説明する強力な武器になります。

Level 1:直接的便益(User Benefits)

英国の運輸省(DfT)が定めるTAG(Transport Analysis Guidance)において、Level 1:直接的便益(User Benefits)は、投資評価の第一の柱であり、最も客観的なデータに基づく領域です。

厚生経済学の基本原理である消費者余剰(利用者が支払ってもよいと思う額と、実際に支払う額の差)を貨幣換算して算出します。主要な構成要素を詳しく解説します。

1. 移動時間の節約(Travel Time Savings: TTS)

TAGにおいて最も大きなウェイトを占める項目です。時間を資源と捉え、短縮された時間に時間価値(Value of Time)を乗じて算出します。
業務移動(Business Case): 仕事中の移動。短縮された時間はそのまま生産活動に充てられると考え、雇用主のコスト(賃金+諸経費)を時間価値とします。

  • 非業務移動(Commuting / Other): 通勤や通学、レジャー。賃金ベースではなく、アンケート調査等による不便さを回避するためにいくら払えるか(支払意思額)に基づいて時間価値が決定されます。
  • 時間の質(Reliability): 単なる短縮だけでなく、到着時刻の正確性も評価対象です。遅延の不確実性が減ることは、心理的ストレスの軽減として貨幣換算されます。

2. 車両運行コストの削減(Vehicle Operating Costs: VOC)

輸送コストの低減は、個々の車両の維持・走行コストに直接反映されます。

  • 燃料消費: 渋滞の緩和や走行距離の短縮による燃料費の節約。
  • 非燃料コスト: タイヤの摩耗、車両の減価償却費、メンテナンス費用。
  • モード転換効果: 公共交通の整備により自家用車を手放したり、走行距離を減らしたりすることで、個人が負担する車両維持費の総額が減少する分を便益と見なします。

3. 利用者料金の変化(User Charges)

利用者が支払う運賃や通行料の変化です。

  • 運賃低減: 公共交通の効率化により運賃が下がれば、それは直接的な消費者余剰の拡大となります。
  • 一般化費用の低下: TAGでは時間と金銭的支出を合算した一般化費用(Generalized Cost)を指標とします。たとえ運賃が上がっても、それ以上に時間が短縮されれば、利用者の厚生は向上したと判断されます。

4. ユーザー体験とアメニティ(Journey Quality)

最新の厚生経済学的な知見に基づき、TAGでは移動の質もLevel 1に含まれます。

  • 混雑緩和: 満員電車の苦痛を回避するために払える金額を算出。
  • 施設のアメニティ: 駅の清潔さ、バリアフリー化、リアルタイムの運行情報提供など、移動中の快適性の向上。
  • 歩行・自転車環境: 街路の安全性や歩きやすさ(街路の質)の向上が、移動の楽しみを増やす効果。

5. 直接的便益の使い道:ル・シャトリエの原理と需要予測

Level 1の計算において重要なのは、新しい利用者の発生(Induced Demand)の扱いです。
輸送コストが下がると、これまで移動を諦めていた人が移動を始めます。この新規利用者が生み出す便益は、既存の利用者の半分(ル・シャトリエの原理を応用した1/2のルール)として計算されます。これは、新規利用者はコスト低減の全額を享受するわけではなく、コストが下がったからこそ初めて移動を決意した(ギリギリの判断だった)ためです。

行政・住民・産業への示唆

主体 Level 1 が示す価値

  1. 行政 時短や利便性向上を客観的な金額で示し、税金投入の正当性を証明する。
  2. 住民 自分の自由な時間や財布の負担が具体的にどれほど改善されるかの指標になる。
  3. 産業 物流時間の短縮による回転率向上や、従業員の通勤負担軽減(生産性維持)の根拠となる。

Level 2:環境・社会・分配の便益

英国の運輸省(DfT)が定めるTAGにおいて、Level 2:環境・社会・分配の便益(Environmental, Social and Distributional Impacts)は、交通プロジェクトが市場取引(お金)の外側に与える影響を評価する領域です。

Level 1が利用者の得を測るのに対し、Level 2は社会全体の質と公平性を測定します。厚生経済学における外部性(他者に与える影響)を徹底的に可視化するプロセスです。

1. 環境的影響(Environmental Impacts)

交通手段の変更が、地球環境や居住環境に与えるプラス・マイナスの影響を貨幣換算します。

  • 温室効果ガス(CO2): 排出量の増減に、英国政府が設定した炭素価格(Carbon Price)を乗じて算出します。
  • 大気質(Air Quality): NOx(窒素酸化物)やPM2.5の削減。これによる呼吸器疾患の減少(医療費抑制)を評価します。
  • 騒音(Noise): 交通量の変化による騒音レベルの変動を、周辺の不動産価値や健康被害への影響として算出します。
  • 景観・歴史的遺産: 新しいインフラが景観や文化財に与える影響を、定性・定量の両面から評価します。

2. 社会的影響(Social Impacts)

人々の健康、安全、そして生活の質に直結する項目です。

  • 身体活動(Physical Activity): * 核心的価値: 公共交通(LRTや鉄道)や歩行環境の整備により、住民の歩数が増えることによる健康増進効果。
  • 計算方法: HEAT (Health Economic Assessment Tool)などのモデルを用い、将来の死亡率の低下や医療費の削減分を、現在の便益として加算します。
  • 交通安全(Accidents): 事故発生率の統計に基づき、死亡・負傷による損失(個人の苦痛、警察・医療費、労働力の損失)を貨幣換算します。
  • 分断(Severance): 大きな道路などが原因で地域コミュニティが分断されている状態が、歩行者優先のまちづくりでどれだけ解消されるかを評価します。

3. 分配の影響(Distributional Impacts: DI)

厚生経済学において非常に重要な公平性の評価です。

  • 誰が便益を得るのか: プロジェクトの恩恵が低所得層高齢者障害者など、特定の社会的脆弱層にどれだけ届いているかを分析します。
  • 不均衡の是正: たとえ全体(Level 1)の便益が大きくても、特定の層に騒音や移動の不便が集中している場合、そのプロジェクトの厚生評価は下がります。
  • アクセシビリティ: 自家用車を持たない住民が、教育・医療・雇用にどれだけ容易にアクセスできるようになったかを重視します。

4. 集約と公共交通が Level 2 で高評価を得る理由

英国のTAGの手法に基づくと、日本の立地適正化計画(コンパクトシティ)は Level 2 において驚異的な数値を叩き出します。

  • 健康便益の最大化: 歩ける街への集約は、住民の身体活動量を劇的に増やし、数十年単位での医療費・介護費の抑制に直結します。
  • 炭素効率の向上: 高密度な居住は、一人あたりの走行距離を減らすだけでなく、家庭のエネルギー効率も高めます。
  • 社会保障の代替としての交通: 公共交通網の維持は、高齢者の孤立を防ぎ、分配の公平性を担保する社会基盤として評価されます。

5. 日本の自治体における使い道

日本の地方自治体では、これまで Level 2 の健康増進や社会的包摂といった価値が、単なるスローガンで終わることが多くありました。

  • 実務への適用: 英国のTAGを参考に、LRTや駅前再開発の事業計画に将来の医療費削減額(Level 2)や交通弱者の就業率向上(DI)を数値として組み込むことで、財務当局からの予算獲得や住民への説得力が飛躍的に向上します。

Level 3:広義の経済的便益(Wider Economic Impacts:WEI)

英国の運輸省(DfT)が定めるTAGにおいて、Level 3:広義の経済的便益(Wider Economic Impacts:WEI)は、交通投資が交通市場を超えて労働市場や製品市場の生産性にどう影響するかを測定する領域です。

これまでの伝統的な費用便益分析では見落とされてきた、集積の経済や知の交流といった現代経済の成長エンジンを貨幣換算する手法です。

1. なぜ Level 3 が必要なのか?

従来の Level 1(直接的便益)は、市場が完全競争(すべての情報が行き渡り、外部性がない状態)であることを前提としています。しかし、現実の都市経済には以下の歪み(不完全性)があります。

  • 集積の外部性: 誰かが都会に住むことで、周囲の人の生産性も勝手に上がる効果。
  • 不完全競争: 企業が独占的な力を持ち、価格がコストより高い状態。
  • 税の歪み: 人がもっと働きたいと思っても、所得税が壁になる状態。

Level 3は、交通投資がこれらの歪みを解消し、GDPを純増させる効果を計算します。

2. Level 3 の主要な4つの評価項目

英国のTAGでは、主に以下の項目を厳密な数理モデルに基づいて算出します。

① 集積の経済(Agglomeration Economies: WB1)

輸送コストの低下により、実質的な有効密度(Effective Density)が高まることで生じる生産性の向上です。

  • 仕組み: 企業がより多くの熟練労働者や専門サプライヤーにアクセスできるようになり、情報の伝播(ナレッジ・スピルオーバー)が加速します。
  • 計算: 産業ごとに設定された集積の弾力性(密度が1%上がると生産性が何%上がるか)を用いて、GDPへの寄与分を算出します。

② 労働供給の拡大(Output Change in Imperfectly Competitive Markets: WB2)

輸送コストが下がることで、余暇よりも労働の価値が相対的に高まり、人々がより多く働くようになる効果です。

  • 仕組み: 通勤費用や時間が減ることは、労働者にとって実質的な賃金上昇と同じ意味を持ちます。これにより労働供給量が増え、社会全体の産出量が増加します。

③ 労働力の高付加価値化(Move to More Productive Jobs: WB3)

交通網の整備により、労働者がより生産性の高い(給料の高い)仕事に就きやすくなる効果です。

  • 仕組み: 地方の低賃金エリアから、都市部の高付加価値な仕事へのアクセスが可能になることで、労働力がより効率的に配置(マッチング)されます。

④ 不完全競争下での産出量変化(Output Change: WB4)

輸送コストが下がると、企業のコスト構造が改善され、製品の価格が下がって流通量が増えます。

  • 仕組み: これまで輸送費の壁に守られていた地域独占が崩れ、競争が促進されることで、消費者の余剰が拡大します。

3. 日本のコンパクトシティへの応用

Level 3の視点を持つと、日本の都市政策の正当性がより明確になります。

  • 拡散した都市の弱点: 道路網を広げても、密度が薄まれば集積の経済(WB1)は働きにくく、Level 3の便益は小さくなります。
  • コンパクト・プラス・ネットワークの強み:
    1. 集約: 特定の拠点に密度を作ることで、WB1(集積の経済)を爆発的に高める。
    2. ネットワーク: 拠点間を高速な交通(LRTや鉄道)で結ぶことで、WB3(マッチング)を広域化させる。

4. 算定上の注意点(追加性の原則)

Level 3は魅力的な数値ですが、英国のTAGでは非常に慎重に扱われます。

  • ダブルカウントの禁止: 地価の上昇分や店舗の売上増などを単純に足すことはしません。それらはLevel 1の利便性向上が形を変えたもの(転嫁)に過ぎない場合が多いからです。
  • 純増分の抽出: 経済活動が単に場所を移動しただけ(移転)なのか、それとも密度が高まったことで新しく価値が生まれた(創出)なのかを厳密に区別します。

結論:Level 3 が開く新しい経済学

Level 3(広義の経済的便益)を理解することは、移動を単なるA地点からB地点への移動としてではなく、知恵と能力を衝突させ、社会の価値をアップデートする行為として再定義することを意味します。

行政がインフラに投資し、拠点を集約させる本当の理由は、このLevel 3の知の爆発を誘発し、次世代の稼ぐ力を創ることに他なりません。

Level 1からLevel 3への波及

Level 1(直接的便益)の時短やコスト削減が、どのようにしてLevel 3(広義の経済的便益)である集積の利益や生産性向上へと昇華されるのか。その論理的接続(トランスミッション・メカニズム)を解説します。

英国のTAGはこの接続を静的な効率化から動的な成長への転換として位置づけています。

1. 接続の鍵:一般化費用の低下による実質的な距離の短縮

Level 1で算出された時間短縮や運賃低減は、合算して一般化費用(Generalized Cost)の低下として定義されます。これがLevel 3へ繋がる出発点です。

物理的距離から経済的距離へ: 物理的に20km離れていても、輸送コストが下がれば、経済的には5kmの距離と同等の接触頻度になります。
有効密度の向上: 輸送コストが下がると、ある地点から一定時間内に到達できる人や企業の数が増えます。これを有効密度(Effective Density)と呼びます。

2. 接続プロセス:Level 1からLevel 3への波及経路

輸送コストの低下(Level 1)は、以下の3つの経路を通って生産性(Level 3)に変換されます。

① 集積の経済への変換(Agglomeration)

輸送コストが下がると、企業はより多くの供給業者や専門家と接触できるようになります。

  • 共有 (Sharing): 輸送コスト低減により、高度なインフラや特殊な専門サービスを広域で共有できるようになり、一社あたりの固定費が下がります。
  • マッチング (Matching): Level 1の通勤時間短縮により、企業は自社に最適な人材をより広い母集団から選べるようになり、労働生産性が直接的に向上します。
  • 学習 (Learning): 対面交流のコストが下がることで知識の伝播(スピルオーバー)が加速します。

② 労働供給の拡大(Labor Supply)

Level 1で通勤の不便さ(一般化費用)が下がると、これまで遠すぎて働けないと考えていた層(潜在的労働力)が市場に参入します。

  • 税収の増加: 労働供給が増えることで個人の所得が増え、それが国家の所得税収増(社会的な厚生向上)としてカウントされます。

③ 市場の歪みの解消(Output Change)

現実の市場は完全競争ではなく、輸送コストが一種の参入障壁になっています。

  • 競争の促進: 輸送コストが下がると、企業は遠方のライバルとも競う必要が生じます。これにより、企業が価格を吊り上げる力(マークアップ)が抑制され、消費者の便益が拡大します。

3. なぜ集約・コンパクト化が最強のソリューションになるのか

この論理的接続を最大化するのが施設の集約と都市のコンパクト化です。

  • Level 1の効率化: 集約された都市では移動距離そのものが短いため、Level 1の時短効果が全住民に波及しやすい。
  • Level 3の増幅: コンパクトな空間では有効密度が爆発的に高まります。Ahlfeldt et al. (2015) が示した通り、密度が2倍になれば生産性は数%向上するという集積の弾力性が、公共交通を軸にした集約によって最大化されます。
  • 行政の持続性: 拡散した都市でLevel 1(時短)を提供し続けるには膨大なインフラコストがかかりますが、集約型であれば低いLCCで高いLevel 1サービスを維持できます。

4. 英国TAGにおける追加性の考え方

TAGでは、Level 1にLevel 3を単純に足し合わせることはしません。

  • ダブルカウントの回避: Level 1で計算した利用者の満足と、Level 3の生産性向上が重複しないよう、市場の不完全性(不完全競争や税の歪み)に由来する純粋な追加分のみをLevel 3として計上します。
  • 厳密なエビデンス: 英国では、集積による生産性向上の係数を産業ごとに統計的に算出しており、非常に保守的かつ精緻な推計を行っています。

日英比較 集約の評価

英国のTAGと日本の費用便益分析(B/C)は、いずれも厚生経済学を基礎としていますが、その評価の網羅性と社会構造の変化をどこまで見込むかという点において決定的な差があります。

日本のB/Cが移動の効率化に主眼を置くのに対し、英国のTAGは移動がもたらす経済成長と社会正義までを計算に組み込んでいます。

評価区分 評価項目 日本のB/C(標準的項目) 英国のTAG(Level 1-3) 解説と主な出典
直接的便益 移動時間の短縮 日本は平均賃金、英国は業務/非業務を厳密に分離(TAG Unit A1.3)。
走行経費の減少 燃料・車両維持費等。ほぼ共通。
交通事故の減少 事故損失の貨幣換算(TAG Unit A4.1)。
定時性の向上 英国では遅延の変動幅を統計的に評価し加算。
環境・社会 温室効果ガス(CO2) 英国は将来の炭素価格を高く設定し削減の価値を重く見る。
健康増進効果 歩行増による医療費抑制をHEAT等のモデルで算出(TAG Unit A4.1)。
アクセシビリティ × 交通弱者の目的地到達可能性の変化をスコアリング。
広義の経済 集積の利益 × Venables(2007)。密度向上が生む生産性向上を算出(TAG Unit A2.4)。
労働供給の拡大 × 通勤コスト低下による就業率向上を税収増として計上。
職種転換の利益 × 低付加価値から高付加価値(高賃金)な仕事への移動。

決定的な3つの違い

1. 集積の経済(WEI)の有無

日本の評価はその道路/鉄道を何人が使うかという静的な需要予測に基づきます。一方、英国はその鉄道によって周辺にどれだけ企業が集まり、地域全体の生産性が底上げされるかというAhlfeldt et al. (2015) 的な動的変化(Level 3)を便益の主軸に据えています。

2. 健康・医療費への着眼

日本のB/Cでは、歩行者が増えることによる健康増進効果は、一部の都市事業を除いて標準的には算入されません。英国では、交通政策は保健政策の一部とみなされており、1マイル歩くことがどれだけ国家の医療費を浮かせるかという視点が標準装備されています。

3. 不完全競争の考慮

日本のモデルは市場が効率的であることを前提にしますが、英国は市場の歪み(独占や税金)を前提にします。例えば、所得税があるため人々は本来より少なく働いていますが、交通費が下がればその歪みが解消され、働く人が増えます。この社会全体の税収増を便益として認める点が、厚生経済学としての深さの違いです。

比較から見える日本の都市政策の課題

日本の立地適正化計画において、予算獲得や住民説明が困難な理由は、日本のB/Cが集約による生産性向上を計算できないからです。

  • 課題: 日本の手法では、郊外のバイパス(時短効果が大きい)の方が、駅前の集約(生産性向上は大きいが時短は小さい)よりもB/Cが高く出やすい。
  • 解決策: 英国TAGのように集積の利益(Level 3)や健康便益(Level 2)を公式に算入することで、コンパクトシティへの投資の正当性を科学的に示すことができます。

TAGの実践

英国の厚生経済学的な評価手法(TAG)のレンズを通すと、日本の各都市が行っている施策の真の価値や改善点が鮮明に見えてきます。
ここでは、日本の代表的な都市施策を例に、英国流のLevel 1(直接)、Level 2(環境・社会)、Level 3(広義の経済)の視点で勝手に格付け・分析してみます。

ケース1:富山市コンパクトシティ(LRTネットワーク)

【判定:AAA(世界基準の優等生)】
富山市の施策は、英国のTAGの考え方に最も近い構造を持っています。

  • Level 1(直接): LRT(次世代型路面電車)の導入により、高齢者の移動障壁を下げ、時間とコストを節約。
  • Level 2(環境・社会): 自動車依存を脱却しCO2を削減。さらに、外出機会が増えることで高齢者の健康寿命が延びる医療費抑制効果を創出。
  • Level 3(広義の経済): お団子(拠点)と串(公共交通)の構造により、中心市街地の有効密度を向上。これが集積の経済(WB1)を刺激し、中心部への民間投資(再開発ビルや店舗)を誘発しています。

ケース2:宇都宮市芳賀・宇都宮LRT

【判定:AA+(産業構造に強い)】
日本初の全線新設LRTとして注目される宇都宮市は、特に産業の生産性に効くモデルです

  • Level 1(直接): 工業団地への通勤渋滞を劇的に緩和。朝晩の死んだ時間を生産的な時間に転換。
  • Level 3(広義の経済):工業団地と住宅地・駅を強固に結ぶことで、企業がより広い範囲から優秀な人材を確保できる労働市場のマッチング改善(WB3)を実現。これはTAGにおけるOutput change in imperfectly competitive markets(WB2)、つまり供給力の拡大による地域GDPの押し上げに直結します。

ケース3:多くの地方都市バイパス沿いの大型モール誘導

【判定:C(短期的利便性、長期的リスク)】

かつての道路中心のまちづくりは、厚生経済学的には厳しい評価になります。

  • Level 1(直接): 開通直後は移動時間が短縮されますが、すぐに誘発需要(渋滞が減るとまた車が増える現象)により便益が減衰します。
  • Level 3(広義の経済):
    分散を加速させるため、都市の密度が低下し、集積の利益(WB1)が失われます。さらに、行政側のインフラ維持費(LCC)が膨らみ、長期的には社会全体の厚生を毀損するリスク(負の便益)としてカウントされます。

英国式TAGで見た、日本の施策を強化する3つのポイント

日本の多くのプロジェクトを世界基準の評価に引き上げるには、以下の3点が欠けていることが多いです。

1. 知の交流の貨幣換算

日本では賑わいという抽象的な言葉で片付けられますが、TAGでは密度が上がると1人あたりの特許出願数や付加価値が何%上がるかという係数を使って、金額(Level 3)で評価します。

2. 医療費抑制の算定

歩ける街にすることで、住民のBMIが下がり、糖尿病などの生活習慣病が減る。この将来の社会保障費削減分を、現在のインフラ投資の便益(Level 2)として公式に計上すべきです。

3. 不作為のコストの提示

何もしなかった場合に、都市がどれだけ拡散し、どれだけ行政コストが膨らむかというベースラインとの比較(Counterfactual analysis)を徹底することで、集約投資の正当性をより強固にできます。

結論:あなたの街を厚生経済学で語るために

厚生経済学は、単なる計算ではありません。私たちがどのような都市に住めば、最も自由で、豊かで、健やかになれるかを論理的に導き出すための、合意形成の言語です。

輸送コストを下げ、拠点を集約することは、単に節約するためではなく、私たちの知恵を最も効果的に掛け合わせ、イノベーションを起こすための装置を創ることなのです。

再評価チェックリスト

英国の運輸省(DfT)のTAG (Transport Analysis Guidance)の枠組みを、日本の自治体や事業者がセルフチェックできる形式に落とし込んだ再評価チェックリストを作成しました。

このリストは、単なるコスト計算を超えて、移動が社会に生む真の価値を可視化するための道具です。

輸送コスト低減・再評価チェックリスト(TAG版)

1. Level 1:利用者と直接的ベネフィット

プロジェクトが現在の利用者の負担をどれだけ減らし、利便性を高めるかを評価します。

[ ] 時間価値の換算: 通勤・業務・余暇それぞれの短縮時間を貨幣換算しているか?(単なる分ではなく円で示しているか)

[ ] 信頼性の向上: 定時性が確保されることで、利用者の心理的ストレスや遅延リスクがどれだけ減るか?

[ ] 一般化費用の低下: 運賃と時間を合算したコストが、以前よりどれだけ下がったか?

[ ] 1/2のルール(需要誘発): コスト低下によって新しく移動を始めた人の便益を適切に計上しているか?

2. Level 2:社会・環境・健康への影響

プロジェクトが市場を通さない価値をどれだけ生み出しているかを評価します。

[ ] 身体活動の増進: 徒歩や自転車移動が増えることで、将来の医療費・介護費がどれだけ削減されるか?

[ ] 炭素価格の適用: 排出削減量を、政府目標に基づいた将来の炭素価格で換算しているか?

[ ] アクセシビリティ(分配): 高齢者、障害者、低所得層の目的地(病院・スーパー等)への到達可能性が向上したか?

[ ] オプション価値: 現在使っていない住民にとってもいざという時に使えるという保険的価値が生まれているか?

3. Level 3:広義の経済的便益(WEI)

プロジェクトが地域の稼ぐ力や構造改革にどれだけ寄与するかを評価します。

[ ] 有効密度の向上: 輸送コストが下がることで、拠点内の知の交流(集積)がどれだけ加速するか?

[ ] 労働市場のマッチング: 企業がより広い範囲から最適な人材を確保できるようになり、生産性が上がっているか?

[ ] 不完全競争の是正: 輸送コスト低下により、地域の独占が崩れ、より質の高いサービスが安価に提供されるようになったか?

[ ] 集積の弾力性: 密度向上によって1人あたりの付加価値(GDP)が向上する分を、統計的根拠に基づき計上しているか?

4. 戦略的・財務的評価(Five Case Model)

プロジェクトが持続可能で、地域戦略に合致しているかを評価します。

[ ] インフラLCCの抑制: 施設の集約により、30年〜50年単位の公共インフラ維持費がどれだけ浮くか?

[ ] 不作為のコスト(ベースライン): 何もしなかった場合にどれだけ地域が衰退し、コストが膨らむかという最悪シナリオと比較しているか?

[ ] 民間投資の誘発: 公共投資(LRT等)が呼び水となり、駅周辺の民間地価や不動産投資がどれだけ動いたか?

チェックリストの活用法:行政・産業・住民の対話のために
このチェックリストを埋める過程で、プロジェクトの強みと弱みが明確になります。

  • 行政担当者へ: Level 3(広義の経済)を語ることで、財務当局にこれはコストではなく、将来の税収を生む投資だと説明できます。
  • 産業界へ: Level 1(直接的便益)の改善が、従業員のエンゲージメント向上や物流の資本効率にどう繋がるかを示す根拠になります。
  • 住民へ: Level 2(社会・健康)の視点から、この街に住み続けることで、健康で自立した老後が送れるという安心感を共有できます。

注意

以上の文書はAI Geminiが生成したものを加筆修正しており、誤りが含まれる場合があります。

参考

都市や社会も書き換える輸送コスト低減の経済学

社会の見えない価値を可視化する厚生経済学

英国サッチャーが作った自動車こそが自由という幻想の崩壊

英国のインフラ政策

英国鉄道の再国有化は失敗か進化か?

日本の交通政策とドクトリン

日本のインフラ政策

都市や社会も書き換える輸送コスト低減の経済学

交通理論体系整理の試み