都市計画と交通の変遷を追ってきましたが、この実装段階として「道路をどう作る?」という実装段階で道路を自動車だけでなく、自転車・歩行者・バスにとっても安全・便利・快適にする「コンプリートストリート」という考えが出てきました。
音声概要
Wikipedia 記事や Smart Growth America などの資料を学習し生成したラジオ番組風音声概要をお聞きいただけます。
Wikipedia 記事
コンプリートストリートの記事は英仏独伊西のほか、中国語、ルーマニア語など10カ国版がありましたが、日本語版が今回加わりました。元祖となるボンエルフの記事もあります。また、コンプリートストリートを推進する思想としてスマートグロースの記事は、2025年5月と新しいい翻訳です。都市計画に関する基礎的な情報は、まだまだ日本語版記事が足りていないと思われます。
コンプリートストリートって?
今まで「自動車のもの」と扱われてきた道路を「皆のもの」に取り戻す考えです。お年寄りも子供も自転車もバスも自動車も、皆が安全・便利・快適に利用でき、環境・経済的・健康にも良い効果をもたらす「完璧な」道路にしようという考えです。1920年代に「近代化のために道路は自動車を優先すべき」と米国で思想が変わったのですが、これを元の「道路は皆のため」に戻す動きです。これにより
- 歩行者、自転車、バス、自動車がそれぞれ安全・快適に移動できる
- 移動の選択肢が増え、自動車の利用が減り環境が改善
- 歩行者・自転車が増え、健康的になり、店舗の売り上げが立ち地域経済が活性化し、地価も上がる
- 道路の景観・個性的な店舗で街が楽しくなる
といったロジックのようです。
道路はどう変わる?設計要素
- 歩道、横断歩道、歩道橋、中央分離帯の横断島、視覚障碍者のための音声案内、車椅子の人が届く押しボタン、縁石の切り込み、縁石の延長など。
- 交通静穏化、自動車の走行車線の端を定義する交通緩和策。これには、道路ダイエット、交差点の採光、中央分離帯、隅切り半径の短縮、右折車線の廃止、斜め正面向き駐車、街路樹、植栽帯、地被植物の植え込みなど
- 普通自転車専用通行帯、隣接緑道、広幅舗装路肩、駐輪場などの自転車設備。 公共交通機関設備、バス・ラピッド・トランジット、バス停留所、バス待合所、交通信号優先システム、専用バスレーンなど。
欧州でのきっかけは住民の反乱
このコンプリートストリートの起源は、1972年にオランダ デルフトのボンエルフ(woonerf)です。「生活の庭」「居住地」を意味し、住民が夜遅くに舗装を剥がして、車が障害物を避けるために速度を落とさざるを得ないようにしたのが起こりだそうです。居住地に侵入する自動車を止めて、生活環境を守ろうとした動きのようです。ベルギーの交通規則第22bis条では、woonerfで以下の規制があります。
- 歩行者は公道の全幅を通行でき、遊ぶことも許可されている。
- 運転者は歩行者を危険にさらしたり、歩行を妨げたりしてはならない。必要に応じて停止せねばならない。さらに、子供に対しては、より一層の注意を払わねばならない。歩行者は、不必要に交通を妨げてはならない。
- 速度は時速20kmに制限。
- 駐車は許可された場所を除き禁止。
「道路で遊んで良い」としているのが良い感じですね。生活の場なら子供の遊びも尊重される思想が素敵です。また、デルフトと言えば、「自動車の外部性算定マニュアル」を作成したデルフト工科大学がある地ですね。意識の高さが伺えます。
米国での展開
米国では1961年ジェイン・ジェイコブスの運動など、行き過ぎた自動車依存を見直す動きが出ていました。オレゴン州が1971年に米国初のコンプリートストリート類似の政策を制定し、新改築の道路は自転車と歩行者の通行権を義務付け、州と地方政府に公共道路上の歩行者・自転車施設に投資するよう求めた。 以来、16の州議会がコンプリートストリート法を採択したました。ボンエルフの前年です。
コンプリートストリートタスクフォース
自転車団体「America Bikes」が主導し、AARP、米国都市計画協会、米国公共交通協会、米国造園家協会、米国心臓協会など多くの団体が積極的に参加するタスクフォースを結成し、連邦交通法案にコンプリート・ストリート条項を盛り込むことを目標に、全国から支持者や交通実務家を集め、「コンプリートストリート」を定義しベストプラクティスを共有し始めたそうです。
2005年に都市計画協会、景観協会などの支援団体と業界団体と全米コンプリートストリート連合を結成し、連邦、州、地方で政策の採択に取り組み1700もの政策採択を達成しています。現在、連合運営委員会のメンバーには、アメリカ公共交通協会、ブルークロス・ブルーシールド・ミネソタ、全米不動産協会が加盟し、運輸技術者協会、AARP、自転車・歩行者専門家協会(ABT)、多くのコンサルティング会社が連合を支援しています。
米国の推進団体スマートグロースアメリカ
現在、このコンプリートストリートを米国で提唱し推進しているのがスマートグロースアメリカです。提唱者、意思決定者、分野の専門家らが協力して、研究、権利擁護、実践的な支援を通じて、地域社会が健康で、豊かで、回復力もつための政策と実践を進めています。
スマートグロースとは、健康で豊かで回復力のある地域社会を実現するために、住宅、土地利用、交通を結びつけるコミュニティデザインです。日本では住宅・土地利用は都市局、交通は自動車・鉄道・船舶と縦割りになっています。米国ではこれを市民団体が横串を刺して連携させてい流のですね。
起点は市民
こうして見ると、コンプリートストリートは住民の活動から起き、組織化された市民活動が推進し、政策化しています。交通の受益者も、支援者も市民ですので、市民が主体なのです。スマートグロースアメリカは、各業界団体を巻き込み、かなり規模が大きい体制です。日本の活動とかなり内容が異なるので、今後もスタディを続けたく思います。
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- #Citizen, #Urban design