複雑な世界をシンプルに理解する

こんな疑問を抱いたことはありませんか?「なぜ、ある問題は解決しようとすればするほど悪化するのだろうか?」「なぜ、意図せざる結果が繰り返し起きてしまうのだろうか?」

これらの問いの答えは、物事の表面的な出来事ではなく、その背後にある「システムの構造」に隠されています。システムダイナミクスとは、時間と共に非線形に変化する複雑なシステムの振る舞いを理解するためのアプローチです。このアプローチでは、「ストック」「フロー」「フィードバックループ」という3つの基本ツールを使い、目には見えないシステムの構造を解き明かし、その動きを予測していきます。

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音声解説

複雑な世界の「なぜ?」を解き明かす:システムダイナミクス入門―ストック、フロー、フィードバックで未来を予測する思考法

なぜこのような考え方が重要なのか?

ある企業の具体的なエピソードを交えて見ていきましょう。

1. 具体例:GEを悩ませた「見えない構造」

1950年代、米国の巨大企業ゼネラル・エレクトリック(GE)社は、ケンタッキー州にある家電工場で不可解な問題に直面していました。工場の雇用者数が、約3年周期で大きく増減を繰り返していたのです。経営陣は当初、これを景気循環のような「外部の力」のせいだと考えていました。

しかし、マサチューセッツ工科大学(MIT)のジェイ・フォレスター教授(システムダイナミクスの創始者)がこの問題を分析したところ、驚くべき事実が判明します。この3年周期の不安定な変動は、景気とは関係なく、採用や解雇に関する会社の「内部構造」によって引き起こされていたのです。問題の原因は、景気という「外部の敵」ではなく、自分たちの意思決定ルールという「内部の仕組み」にあったのです。

このエピソードから得られる最も重要な教訓は、以下の点に集約されます。

システムの振る舞いを決めるのは、個々の要素だけでなく、要素間の相互作用やつながり(=システムの構造)である。

GEの経営陣は、良かれと思って行った採用・解雇の意思決定が、意図せずして雇用を不安定にするサイクルを生み出していたのです。システムダイナミクスは、このような「見えない構造」を可視化し、理解するための強力なレンズとなります。

フィードバックループ

この「システムの構造」を可視化するための最初のツールとして、システムの動きを生み出すエンジンとも言えます。

2. システムの「エンジン」:フィードバックループ

フィードバックループとは、システムの変化を引き起こしたり(加速させたり)、あるいは安定させたり(ブレーキをかけたり)する「エンジンのようなもの」です。私たちはこのループを「因果ループ図」というツールを使って視覚的に表現します。

ここからの説明では、「革新的な新製品が市場に普及していくプロセス」を例に考えていきます。このシンプルな例を通して、フィードバックループの本質を掴んでいきましょう。

新製品が普及するプロセスには、正反対の働きをする2種類のフィードバックループが同時に存在しています。

  • 自己強化型ループ(Positive Reinforcement / R) 「多ければ多いほど、さらに増える」という、雪だるま式の効果を生み出すループです。
    • 例: 「製品の採用者が増える」→「口コミが広がる」→「さらに採用者が増える」というサイクルです。このループは、成長をどんどん加速させます。
  • バランシング・ループ(Balancing / B) 「成長には限界がある」という、ブレーキをかける安定化の効果を持つループです。
    • 例: 採用者が増えるほど、採用される可能性のある人(潜在的な採用者)の母数が減るため、新たな採用のペースは必然的に落ちていきます。

重要なのは、これら2つのループが常に同時に働いているということです。ある時点では自己強化型ループが優勢になり、また別の時点ではバランシング・ループが強く効いてくる。この相互作用が、システムのダイナミックな動き(振る舞い)を生み出すのです。

「ストック」と「フロー」という概念

因果ループ図によってシステムの構造を大まかに捉えたところで、次はその動きをより詳しく、量的に分析するためのストックとフローです。

3. 変化を「溜める」ものと「流れる」もの:ストックとフロー

システムの動きを定量的に理解するために、私たちは2つの要素を区別します。

  • ストック (Stock) 時間と共に蓄積したり減少したりする「量」のことです。これは、システムのある時点での状態を示します。
    • 比喩: バスタブに溜まった水の「量」
    • 新製品の例: 「採用者の数」や「潜在的な採用者の数」がストックにあたります。
  • フロー (Flow) ストックを変化させる「速度」や「流れ」のことです。
    • 比喩: バスタブに注がれる蛇口からの水の「流れ」
    • 新製品の例: 「新たに採用する人の流れ(新規採用者)」がフローにあたります。このフローによって、「採用者」というストックは増え、「潜在的な採用者」というストックは減ります。

この2つの関係を、新製品採用の例で整理すると以下のようになります。

用語 新製品採用の例での意味
ストック 採用者の数、潜在的な採用者の数
フロー 新規採用者の数(流れ)

3つの要素(フィードバックループ、ストック、フロー)の連携

どのように連携して一つの物語を描き出すのか、見ていきましょう。

4. すべてをつなげて見る:新製品が広まる物語

これまで見てきた3つの要素を統合し、新製品が市場に普及していくプロセスを物語として再構成してみましょう。

  • 始まり(導入期) 市場投入の直後は、採用者(ストック)自己強化型ループの力が弱く、新規採用者(フロー)の増え方は非常にゆっくりです。
  • 成長期 採用者(ストック)が増えるにつれて口コミの効果が加速し、自己強化型ループ (R) がシステムを支配します。これにより、新規採用者(フロー)が急激に増加し、爆発的な成長が起こります。
  • 成熟期 やがて、潜在的な採用者(ストック)バランシング・ループ (B) の影響が自己強化型ループを上回り始めます。その結果、新規採用者(フロー)の勢いは弱まり、成長は鈍化して飽和状態(頭打ち)に達します。

この「最初はゆっくり、次に急成長し、やがて頭打ちになる」という一連の振る舞いは、シミュレーションを行うと典型的な「S字カーブ」として現れます。このパターンは、新製品の普及だけでなく、生物の成長や技術の進化など、世の中の多くの成長現象に見られる普遍的な形です。

結論:あなたの新しい「ものの見方」

この解説で学んだ3つの基本要素は、複雑な世界を理解するための強力なツールです。

  • フィードバックループ:システムの振る舞いを生み出す「エンジン」の役割を果たす。
  • ストック:時間と共に蓄積する「量」であり、システムの状態を示す。
  • フロー:ストックを変化させる「流れ」や「速度」である。

システムダイナミクスは、単なる分析手法ではありません。それは、物事の表面的な出来事の裏にある「つながり」や「構造」を見るための、新しい視点(スーパーパワー)です。

身の回りで起きる「なぜか繰り返される問題」の裏には、どんなループが隠れているでしょうか? ようこそ、より深く、より本質的な世界の探求へ。

Wikipedia記事

System Dinamics は日本語版記事もありますが、英語版の解説が詳しいです。